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三章 B.J・シュタイナー
18話 エマージェンシー
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ここには有り難いことに蛇口があって水も出た。
しっかりと喉を潤すと、手と顔も洗っておく。適当に見繕った瓶に水をつめておくのも忘れない。
やすらぎの一時だ。
ひとりでに転がるボールや裾を引く見えない手と、少々落ち着かない環境でありはしたが。
「悪意を持った人と比べるまでもない」
そう一人呟くと、見つけたバスタオルで物資を飴のようにくるむ。それから、肩からナナメがけで体に縛り付けた。
これで両手が自由に使える。
扉を開き、外の様子を確認する。
通路の先には誰もいない。
進むべき道は三つ。右に曲がるか左に曲がるか、真っ直ぐか。
計ったかぎりでは、次に布が通過するまでおよそ八分。
選んだ先がたとえ行き止まりであろうとも、引き返す時間は十分にあるだろう。
よし行くかと身を乗り出す。が、その時、これまでになく強く服の裾を引っ張られた。
すごい力だ。
それもそのはず、どうやら裾を引くのは一つではなく、無数の見えない何かが私の服を掴んでいるようだった。
ここから出さない気か?
――いや、引き止めには違いないが、少し意味が異なるようだ。
通路の奥からフラリと人が現れた。
どうやら女のようで、年の頃は三十代後半、白いシャツにピンクのエプロンを着る。
あまり汚れは目立たない。
これまで見た者たちと違い外見に気を使っている印象を受ける。
ただ、手に持っているものを除けば、だが……
「あら、まだ起きてたの?」
ニヤリと笑みを浮かべると、女はこちらに向かって駆け出した。
その手に握り締めるのは警棒のようなもの。
しかもときおり、先端から青白い紫電を走らせる。
暴徒鎮圧用スタンガンか!!
女の瞳に映るのは狂気だ。
会話を早々に諦めた私は、素早く部屋の中央へと陣取ると、入り口に向け銃を構える。
「寝てない悪い子はここかしら~」
ガウン! という音と共に肩に衝撃が伝わる。
リボルバーより放たれた銃弾が女の胸を捉えた。
手応えは十分。
女は後方に倒れると、ピクリとも動かなくなった。
スタンガンに注意を向けつつ、女の死を確認する。
即死だ。どうやら弾はみごとに心臓を捉えていたようだ。
ふふふ、やはり狂人は良い。こうして私に物資を届けてくれる。
ポケットにあったキャップ五枚、首にかけていたカードキーのようなもの、そして暴徒鎮圧用スタンガンを奪うと、今度こそ部屋を後にした。
――――――
右の袖をかるく引かれ、右に曲がる。
左の袖を引かれると左だ。
どうも見えない何かは道案内をしてくれているようで、行き止まりに出会うこともなければ、歩く布と鉢合わせることもなく進めている。
ただ、道中一度だけ、薄暗い通路へと行き当たった。
いかにもと言った風体の、格子状の金属製シャッターが降りた通路だ。
懐中電灯で奥を照らすと脇道も扉もない一本道で、おそらく区画のつなぎ目だろうと思われる。
手動ではとても開きそうにない。かといって開閉ボタンも見当たらない。
制御する場所が他にあるのか? と思案する私の袖は再び引かれ、最終的にある扉の前へと辿り着いた。
これまでと似たような金属製の扉で、開閉ボタンに手をかけるもロックされており、開く気配はない。
見れば目の高さに、黒いレンズのようなものがある。
生体認証だろう。
チッ、あの女の目玉でもくり抜いてくれば良かったか?
いまさら引き返すのも面倒だと、舌打ちをする。
――いや、待てよ……
女から失敬したカードキーを取り出し、かざすと、小さな電子音と共に扉が開いた。
中は十メートル四方ほどの部屋になっており、机が数台向かい合わせで並んでいた。
壁には変色してしまった紙がいくつも貼られ、部屋の隅にある開いたままのロッカーからは、ホウキやチリトリなどの掃除道具が飛びだしている。
見える範囲に人影はない。
入ってきた扉をロックすると、紙に書かれた文字を読んでいく。
『四月十日、輪投げ大会』『五月三日、折り紙教室』
『刃物は引き出しにしまい鍵を閉めること』『手洗い週間!』
文章というより内輪むけのメモといったものであった。
内容から言って、ここは教員室だろうか?
そうして張り紙を読んでいるうち、壁に青と赤のボタンがあることに気がついた。そして、すぐ下に記載されたエマージェンシー(緊急)との文字も。
コレか。
緊急用ボタン。コイツであのシャッターが開くのか?
それとも別のボタンか?
見えない何かは、シャッターの下りた通路を経由してから、ここへと導いた。
通過できぬことをわざわざ見せたのだ。少なくともアイツはコレだと言っている。
だが、なんというか……嫌な予感がするのだ。
今のところ、見えない何かから悪意を感じるわけではない。
しかし、どうにも気が進まないのだ。
ここは慎重になるべきだろう。
改めてボタンを観察する。
上下に二つ並んでおり、上が青で下が赤。
また、それらを覆う透明なカバーもついており、外さなければ押せない構造になっている。
通常、緊急用ボタンとは装置に備えつけるもの。
事故を未然に防ぐため、すぐ停止できるよう目の届く範囲にあらねばならない。
だが、この部屋には装置と呼べるような物はない。
となると警報装置に類するものだが……
――非常用ベル……はないな。
カバーがあるのだ。すぐに押せなければ意味がない。
ならば、区画を隔離するといったもの。
これならあてはまる。遠くのシャッターを開閉できても不思議ではない。
ただ問題は、開くのがあのシャッターだけなのか? ということだ。
途中には、開かない扉がいくつもあった。見つけていない他の扉もあるだろう。
それに、この区画へ入れはした。区画そのものを隔離したワケではない。
はてさて、緊急とはいったい何に対してのものなのか……
しっかりと喉を潤すと、手と顔も洗っておく。適当に見繕った瓶に水をつめておくのも忘れない。
やすらぎの一時だ。
ひとりでに転がるボールや裾を引く見えない手と、少々落ち着かない環境でありはしたが。
「悪意を持った人と比べるまでもない」
そう一人呟くと、見つけたバスタオルで物資を飴のようにくるむ。それから、肩からナナメがけで体に縛り付けた。
これで両手が自由に使える。
扉を開き、外の様子を確認する。
通路の先には誰もいない。
進むべき道は三つ。右に曲がるか左に曲がるか、真っ直ぐか。
計ったかぎりでは、次に布が通過するまでおよそ八分。
選んだ先がたとえ行き止まりであろうとも、引き返す時間は十分にあるだろう。
よし行くかと身を乗り出す。が、その時、これまでになく強く服の裾を引っ張られた。
すごい力だ。
それもそのはず、どうやら裾を引くのは一つではなく、無数の見えない何かが私の服を掴んでいるようだった。
ここから出さない気か?
――いや、引き止めには違いないが、少し意味が異なるようだ。
通路の奥からフラリと人が現れた。
どうやら女のようで、年の頃は三十代後半、白いシャツにピンクのエプロンを着る。
あまり汚れは目立たない。
これまで見た者たちと違い外見に気を使っている印象を受ける。
ただ、手に持っているものを除けば、だが……
「あら、まだ起きてたの?」
ニヤリと笑みを浮かべると、女はこちらに向かって駆け出した。
その手に握り締めるのは警棒のようなもの。
しかもときおり、先端から青白い紫電を走らせる。
暴徒鎮圧用スタンガンか!!
女の瞳に映るのは狂気だ。
会話を早々に諦めた私は、素早く部屋の中央へと陣取ると、入り口に向け銃を構える。
「寝てない悪い子はここかしら~」
ガウン! という音と共に肩に衝撃が伝わる。
リボルバーより放たれた銃弾が女の胸を捉えた。
手応えは十分。
女は後方に倒れると、ピクリとも動かなくなった。
スタンガンに注意を向けつつ、女の死を確認する。
即死だ。どうやら弾はみごとに心臓を捉えていたようだ。
ふふふ、やはり狂人は良い。こうして私に物資を届けてくれる。
ポケットにあったキャップ五枚、首にかけていたカードキーのようなもの、そして暴徒鎮圧用スタンガンを奪うと、今度こそ部屋を後にした。
――――――
右の袖をかるく引かれ、右に曲がる。
左の袖を引かれると左だ。
どうも見えない何かは道案内をしてくれているようで、行き止まりに出会うこともなければ、歩く布と鉢合わせることもなく進めている。
ただ、道中一度だけ、薄暗い通路へと行き当たった。
いかにもと言った風体の、格子状の金属製シャッターが降りた通路だ。
懐中電灯で奥を照らすと脇道も扉もない一本道で、おそらく区画のつなぎ目だろうと思われる。
手動ではとても開きそうにない。かといって開閉ボタンも見当たらない。
制御する場所が他にあるのか? と思案する私の袖は再び引かれ、最終的にある扉の前へと辿り着いた。
これまでと似たような金属製の扉で、開閉ボタンに手をかけるもロックされており、開く気配はない。
見れば目の高さに、黒いレンズのようなものがある。
生体認証だろう。
チッ、あの女の目玉でもくり抜いてくれば良かったか?
いまさら引き返すのも面倒だと、舌打ちをする。
――いや、待てよ……
女から失敬したカードキーを取り出し、かざすと、小さな電子音と共に扉が開いた。
中は十メートル四方ほどの部屋になっており、机が数台向かい合わせで並んでいた。
壁には変色してしまった紙がいくつも貼られ、部屋の隅にある開いたままのロッカーからは、ホウキやチリトリなどの掃除道具が飛びだしている。
見える範囲に人影はない。
入ってきた扉をロックすると、紙に書かれた文字を読んでいく。
『四月十日、輪投げ大会』『五月三日、折り紙教室』
『刃物は引き出しにしまい鍵を閉めること』『手洗い週間!』
文章というより内輪むけのメモといったものであった。
内容から言って、ここは教員室だろうか?
そうして張り紙を読んでいるうち、壁に青と赤のボタンがあることに気がついた。そして、すぐ下に記載されたエマージェンシー(緊急)との文字も。
コレか。
緊急用ボタン。コイツであのシャッターが開くのか?
それとも別のボタンか?
見えない何かは、シャッターの下りた通路を経由してから、ここへと導いた。
通過できぬことをわざわざ見せたのだ。少なくともアイツはコレだと言っている。
だが、なんというか……嫌な予感がするのだ。
今のところ、見えない何かから悪意を感じるわけではない。
しかし、どうにも気が進まないのだ。
ここは慎重になるべきだろう。
改めてボタンを観察する。
上下に二つ並んでおり、上が青で下が赤。
また、それらを覆う透明なカバーもついており、外さなければ押せない構造になっている。
通常、緊急用ボタンとは装置に備えつけるもの。
事故を未然に防ぐため、すぐ停止できるよう目の届く範囲にあらねばならない。
だが、この部屋には装置と呼べるような物はない。
となると警報装置に類するものだが……
――非常用ベル……はないな。
カバーがあるのだ。すぐに押せなければ意味がない。
ならば、区画を隔離するといったもの。
これならあてはまる。遠くのシャッターを開閉できても不思議ではない。
ただ問題は、開くのがあのシャッターだけなのか? ということだ。
途中には、開かない扉がいくつもあった。見つけていない他の扉もあるだろう。
それに、この区画へ入れはした。区画そのものを隔離したワケではない。
はてさて、緊急とはいったい何に対してのものなのか……
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