殺人鬼アダムと狂人都市

ウツロ

文字の大きさ
上 下
18 / 38
三章 B.J・シュタイナー

18話 エマージェンシー

しおりを挟む
 ここには有り難いことに蛇口があって水も出た。
 しっかりと喉を潤すと、手と顔も洗っておく。適当に見繕みつくろった瓶に水をつめておくのも忘れない。
 やすらぎの一時だ。
 ひとりでに転がるボールや裾を引く見えない手と、少々落ち着かない環境でありはしたが。

「悪意を持った人と比べるまでもない」

 そう一人呟くと、見つけたバスタオルで物資を飴のようにくるむ。それから、肩からナナメがけで体に縛り付けた。
 これで両手が自由に使える。

 扉を開き、外の様子を確認する。
 通路の先には誰もいない。
 進むべき道は三つ。右に曲がるか左に曲がるか、真っ直ぐか。
 計ったかぎりでは、次に布が通過するまでおよそ八分。
 選んだ先がたとえ行き止まりであろうとも、引き返す時間は十分にあるだろう。

 よし行くかと身を乗り出す。が、その時、これまでになく強く服の裾を引っ張られた。
 すごい力だ。
 それもそのはず、どうやら裾を引くのは一つではなく、無数の見えない何かが私の服を掴んでいるようだった。

 ここから出さない気か?
 ――いや、引き止めには違いないが、少し意味が異なるようだ。

 通路の奥からフラリと人が現れた。
 どうやら女のようで、年の頃は三十代後半、白いシャツにピンクのエプロンを着る。
 あまり汚れは目立たない。
 これまで見た者たちと違い外見に気を使っている印象を受ける。
 ただ、手に持っているものを除けば、だが……

「あら、まだ起きてたの?」

 ニヤリと笑みを浮かべると、女はこちらに向かって駆け出した。
 その手に握り締めるのは警棒のようなもの。
 しかもときおり、先端から青白い紫電を走らせる。
 暴徒鎮圧用ぼうとちんあつようスタンガンか!!

 女の瞳に映るのは狂気だ。
 会話を早々に諦めた私は、素早く部屋の中央へと陣取じんどると、入り口に向け銃を構える。

「寝てない悪い子はここかしら~」

 ガウン! という音と共に肩に衝撃が伝わる。
 リボルバーより放たれた銃弾が女の胸を捉えた。

 手応えは十分。
 女は後方に倒れると、ピクリとも動かなくなった。

 スタンガンに注意を向けつつ、女の死を確認する。
 即死だ。どうやら弾はみごとに心臓を捉えていたようだ。

 ふふふ、やはり狂人は良い。こうして私に物資を届けてくれる。
 ポケットにあったキャップ五枚、首にかけていたカードキーのようなもの、そして暴徒鎮圧用スタンガンを奪うと、今度こそ部屋を後にした。



――――――



 右の袖をかるく引かれ、右に曲がる。
 左の袖を引かれると左だ。

 どうも見えない何かは道案内をしてくれているようで、行き止まりに出会うこともなければ、歩く布と鉢合わせることもなく進めている。

 ただ、道中どうちゅう一度だけ、薄暗い通路へと行き当たった。
 いかにもと言った風体の、格子状の金属製シャッターが降りた通路だ。
 懐中電灯で奥を照らすと脇道も扉もない一本道で、おそらく区画のつなぎ目だろうと思われる。
 手動ではとても開きそうにない。かといって開閉ボタンも見当たらない。
 制御する場所が他にあるのか? と思案する私の袖は再び引かれ、最終的にある扉の前へと辿り着いた。


 これまでと似たような金属製の扉で、開閉ボタンに手をかけるもロックされており、開く気配はない。
 見れば目の高さに、黒いレンズのようなものがある。
 生体認証だろう。

 チッ、あの女の目玉でもくり抜いてくれば良かったか?
 いまさら引き返すのも面倒だと、舌打ちをする。
 ――いや、待てよ……
 女から失敬しっけいしたカードキーを取り出し、かざすと、小さな電子音と共に扉が開いた。

 中は十メートル四方ほどの部屋になっており、机が数台向かい合わせで並んでいた。
 壁には変色してしまった紙がいくつも貼られ、部屋の隅にある開いたままのロッカーからは、ホウキやチリトリなどの掃除道具が飛びだしている。
 見える範囲に人影はない。
 入ってきた扉をロックすると、紙に書かれた文字を読んでいく。

 『四月十日、輪投げ大会』『五月三日、折り紙教室』
 『刃物は引き出しにしまい鍵を閉めること』『手洗い週間!』

 文章というより内輪むけのメモといったものであった。
 内容から言って、ここは教員室だろうか?
 そうして張り紙を読んでいるうち、壁に青と赤のボタンがあることに気がついた。そして、すぐ下に記載されたエマージェンシー(緊急)との文字も。


 コレか。
 緊急用ボタン。コイツであのシャッターが開くのか?
 それとも別のボタンか?

 見えない何かは、シャッターの下りた通路を経由してから、ここへと導いた。
 通過できぬことをわざわざ見せたのだ。少なくともアイツはコレだと言っている。

 だが、なんというか……嫌な予感がするのだ。
 今のところ、見えない何かから悪意を感じるわけではない。
 しかし、どうにも気が進まないのだ。

 ここは慎重になるべきだろう。
 改めてボタンを観察する。
 上下に二つ並んでおり、上が青で下が赤。
 また、それらを覆う透明なカバーもついており、外さなければ押せない構造になっている。

 通常、緊急用ボタンとは装置に備えつけるもの。
 事故を未然に防ぐため、すぐ停止できるよう目の届く範囲にあらねばならない。
 だが、この部屋には装置と呼べるような物はない。

 となると警報装置にるいするものだが……
 ――非常用ベル……はないな。
 カバーがあるのだ。すぐに押せなければ意味がない。

 ならば、区画を隔離するといったもの。
 これならあてはまる。遠くのシャッターを開閉できても不思議ではない。

 ただ問題は、開くのがあのシャッターだけなのか? ということだ。
 途中には、開かない扉がいくつもあった。見つけていない他の扉もあるだろう。
 それに、この区画へ入れはした。区画そのものを隔離したワケではない。

 はてさて、緊急とはいったい何に対してのものなのか……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

My Doctor

west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生 病気系ですので、苦手な方は引き返してください。 初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです! 主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな) 妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ) 医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...