殺人鬼アダムと狂人都市

ウツロ

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三章 B.J・シュタイナー

17話 誘導

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 今いる場所は約十メートル四方の広間。
 通路は前後左右、四方向へと伸びており、後ろは当然歩いて来た道、右手は三輪車が来た方向で、左手は消えていった方向だ。
 
 さて、どちらへ進むべきかだが……
 まあ深く考えても仕方がない。
 三輪車が来た方向、右の通路へと足を向けた。


 キコキコキコ。

 再びあの音が聞こえる。
 耳を澄ますが、音の出どころはハッキリしない。前方から聞こえているような気もするし、後ろから聞こえているような気もする。
 
 不意に何かが視界に入った。
 暗がりの中、目を凝らすと、どうやらオモチャのボールのようで、ころころと転がりながらこちらへと向かってくる。
 持ち主と思われる人影はない。
 やがて、足元までボールがくると、私はそれを拾い上げようとして――やめた。
 進路を妨げぬよう、素早く通路の端へ身を寄せたのだ。

 目前を通過するボール。
 それから、わずかな間をおいて、ふわりとした風が私の髪を揺らした。

 何だ? いま何かが通過したのか!?
 だとすればボールではない、風を起こすほどの質量を持った何かだ。
 しかし、それらしきものの姿など見えない。
 それとも、たまたま風が吹いただけか?

 ……どうも嫌な感じだ。
 気付けば響いていた三輪車の音も、いつの間にやら消えていた。
 

 後方にも気を配りつつ、さらに前へと進んでいくと、右手の壁に大きなガラスの窓がつき始める。
 窓と言っても開閉はできないハメ殺しで、進入はできないかわりに、中の様子がうかがえる。
 そっと覗き込む。
 小さな椅子と机、薄汚れた絨毯の上に転がる崩れた積み木、奥の壁に貼られたデッサンの狂った絵が確認できた。
 学校? いや、もう少し下だ。おそらく幼稚園ないし託児所たくじしょといったところだろう。
 

 バン! と何かを叩く音がした。
 それも、かなり近くで。

 銃を構え、周囲を見回す。
 しかし、人影はおろか、音を立てるような物など何も見当たらない。
 空調のダクトでも鳴ったか?
 いや、違うな。注意深く見てみると、覗き込んでいたガラスに小さな手形が一つ付いていることに気が付く。

 おのれの手を合わせてみる。
 小さい。私の半分にも満たない大きさだ。

 このようなもの、先ほどまでは確かになかった。
 今ついたのか? しかし、どうやって?
 念のためガラスをこすってみる。
 やはり、手形は消えない。向こう側から叩かれたものに違いなさそうだ。

 ――姿は見えぬが誰かいる。
 リボルバーのシリンダーを押し出し、弾丸の装填を再確認すると、可能な限り足音を殺して歩いていった。


 通路は右へと折れ、さらに奥へと続いていた。
 途中には扉が二つと脇道が二本。それぞれ向かい合わせで付いている。
 突き当りは見えない。光の届かぬ通路の先は、吸い込まれそうな闇がぽっかりと開くのみだ。

 ふわりと何かが舞った。
 通路の先の闇の中で。

 目を凝らすと、それはどうやら白い布のようで、長方形の体を波打ちながら宙に浮かんでいる。

 何か妙だ。
 布の長さは大人の背丈よりやや短い程度。下から風に煽られているのだろうが、床へ落ちる気配が一向にないのだ。
 高く舞い上がろうとせず、丸まることもなく、長方形の姿を保ったまま床すれすれに浮き続けている。
 しかも、わずかばかりだが、右が前になったり左が前になったりと、まるで歩いているかのようにクネりながら、徐々にこちらへと近づいてくる。

 キコキコキコ。
 三度みたび三輪車の音がした。
 今度は音の出どころがよく分かった。歩いて来た道からだ。
 間違いない。ちらりと目を向けると、向かって来る三輪車の姿も確認できた。

 挟み撃ち!
 チッと舌打ちすると前に向き直る。そして……顔をしかめた。
 なぜなら、浮かび立つ白い布が三つに増えていたからだ。
 
 増えた布は二枚。左右の脇道から一枚ずつ、えっちらほっちら歩くように出てくると、ぶつかる直前、まるで示し合わせたかのように、こちらへ向きを変えた。

 どうしたもんか。
 銃で迎え撃つ?
 馬鹿らしい。
 効きはすまい。穴があいたまま、何事もなかったかのように進んでくるに違いない。

 通路の端に寄ってやり過ごす?
 それも御免だ。あれに敵意がないと思い込むほど楽観主義ではいられない。
 害をなすものと考え、行動するのが望ましいだろう。
 いずれにせよ、待つ必要などない。
 前か後ろどちらかの横をすり抜けるべきだ。
 
 が、まずはその前にと、左の扉の開閉ボタンに手をかけた。




――――――




 扉の向こうは部屋となっており、入室と同時に灯った明かりが周囲を照らしていた。
 壁には下手くそな絵がいくつも並び、床には積み木のほかにも、ボールやミニカーといった児童向けのオモチャが転がっている。

 人影もなければ布も浮いてはいない。
 ひとまず幸運といっていいのだろうか?
 なにせ、今いる部屋は左ではなく、何者かが手形をつけた右の部屋なのだ。
 
 左の扉は開かなかった。開いたのは右の扉のみ。
 まあ挟まれるよりマシかと、この部屋に飛び込んだワケだが、結果、最悪の事態は免れたようではある。今のところは……

 当然、入ってしまったからには、少しでも役にたつものがないかと物資を漁る。
 そうして見つけたのは、懐中電灯、小麦粉、そして、多数の人骨だった。

 人骨はどれも幼児と思われる大きさで、最奥に並んでいたベッドの上に寝転がっていた。
 また、この骨たちは殺された、というより自然死に近い印象を受ける。
 いずれも着衣のまま白骨化しており、服に穴があくなど刺された形跡もなければ、骨が折れたり陥没した形跡もないからだ。
 死後、運び込まれたという可能性がないわけではないが、寝ている間に息を引き取ったと考えてよいだろう。
 考えるとするなら病死、もしくは毒殺だが……どうでもよいか。
 死の原因が私に降りかかりさえしなければ、それでよい。

 ふと、気配を感じ窓の外へ目を向けた。
 いくつもの布が立ったまま、通過していく姿が見える。
 彼らは部屋に逃げ込んだ私を気にする素振りはなかった。
 ただただ、進み続けているようであった。
 おそらく決められたルートを往復しているのだろう、一度通過し、再び戻ってきた彼らは、今左から右へと進んでいる。

 バン! と窓ガラスが叩かれた。
 小さな手形が一つ増える。
 窓の外を通過する布の動きに変化は見られない。ゆらゆらと体をくねらせ横切っていく。

 なるほど。音には反応しないのは確定か。
 まあ、布に耳などないから当然ではある。
 となると目も見えてはいないか? 
 いや、思い込みは重大な過失を生む。確認してなお半々と捉えるべきだろう。
 音にも引き続き警戒して損はない。

 再びバン! と窓ガラスが叩かれた。
 窓に残る手形の数は、もう数え切れない。
 探索中何度も鳴っていたからだ。
 最初こそ驚いたものの、続けばやがて慣れてくる。
 肝心なのは危険度だ。音が鳴るだけでは脅威に成り得ない。
 それは、ずっと私の服の裾を引っ張っている見えない何かも同様だ。
 
 ここにいる透明の誰かが、何を訴えているのかは知らない。
 知りたいとも思わない。
 だが、若い身空で散らした命に、思わぬものがないワケではない。
 そうさな……
 次に殺す相手には気に掛けるよう伝えておこう。その者に託すとしよう。
 やはり死者の問題は死者が解決するのが道理なのだ。
 生きている者は何かと忙しい。それこそ死者には無限の時間があるはずだから。
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