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三章 B.J・シュタイナー
16話 コミュニケーション
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なるほど。この白いネズミの意図が見えてきた。
会話したいのだ。それも単なるコミュニケーションではなく、伝えたい何かがある。
しかし、問題は方法。ネズミは言葉を発することができない。
だからノートを見せ、おのれが会話可能なこと、そしてその手法を提示するためここへと導いた。
ならば聞かせてもらおう。圧倒的に情報が不足している現状、こちらとて判断材料となるものが欲しい。
引き出しにあった手押しのブザーを取り出すと、机の上へと乗せた。
すると予想通りネズミは、前足を器用に使いブザーを押し始めるのだった。
ブー、ブッ、ブッ、ブブー……
静まり返った部屋に響く、間の抜けた音。
だが、でたらめではない。明らかに一定の法則にのっとった旋律だ。
やはりモールス信号。
解読を試みる。
『危険。迫る。対策。教える』
内容はこれだけ。このフレーズを何度も繰り返している。
危険。危険か。
すでに一生分の不運に見舞われたような気もするが、まだまだ不幸の鍋底は見えないらしい。
まったく。誰か代わってくれないもんかね?
不満を吐き捨てながら、その危険とやらが何かを尋ねようとする。
が、しかし、私は咄嗟に言葉を飲み込んだ。
……待てよ。
何か変だな。どうも胸のあたりにモヤモヤしたものが広がっている。
これまで培った経験が、気をつけろと警告を発しているのだ。
落ち着いて考えるんだ。
ネズミの目的は私に危険を伝えることなのか? 善意で?
本当に?
そのとき、一つの仮説が浮かび上がった。
そして、ネズミに問いかける。
「お前、B.J・シュタイナーだな」
ネズミはピクリと体を震わせると、こちらを見た。
「そうか。自分の体を取り返すのが目的か。サイコダイブで」
言うが早いか、私はネズミへコブシを振り下ろす。
しかし、それをなんなくかわしたネズミは、ヒラリと身をひるがえし、部屋の奥へと走っていった。
チィ、小賢しい真似を!
ネズミは割れたダクトの前で振り返る。それから、シィと牙をむいてこちらを威嚇すると、そのまま中へと姿を消した。
逃げたか。
しかし、危なかった。
危険とは何だと問うた瞬間、会話は成立していただろう。
そしてサイコダイブを仕掛けられ、私はネズミとなる。
B.J・シュタイナーはサイコダイバーだ。そして、ネズミも。
ただ、彼らはおそらく生まれながらのサイコダイバーではない。後天的にその能力を身につけたのではなかろうか?
その切欠となったのは薬だ。ノートに出てきたベン・カフスマンが持ってきたという薬。
あとは想像に難くない。
会話を試みた彼らの間でサイコダイブが発動、入れ替わりが起こった。
B.J・シュタイナーにとっては不幸な出来事だ。まさか、おのれがネズミなるとは夢にも思っていなかっただろう。
いかにネズミの考えを知りたかろうと、自分自身がそうなってしまったなら、研究どころではないからな。
当然、彼は元に戻ろうとする。
だが、それは叶わなかった。
当たり前だ。
ネズミが応じるワケもない。
どこにでも行ける人の身を捨て、再びケースの中に押し込められるような不自由を選ぶものか。
もはや会話は不可能。殺されなかったのが不思議なぐらいだ。
となると、ネズミとなったB.J・シュタイナーは、他の手段をとらねばならない。
すなわち、乗り移り可能な別の誰かの捜索だ。
で、私を見つけたと。
ぞっとする話だ。
とんだジョーカーの押し付け合いだよ。
私が思うにサイコダイブとは双方向通信だ。こちらだけでなく向こうからもアクセスできるに違いない。
結果、入れ替わりが起こるのだ。
しかし、これはサイコダイバー同士なればこそだ。
能力のない者、言わば通信手段を持ち合わせてない者は、身動きがとれず、自我という情報を上書きされてしまう。
まったく。ここは狂人ばかり、ただえさえサイコダイブを使う相手が乏しい上に、会話可能な奴はサイコダイバーときたもんだ。
ハードすぎて泣けてくる。
さて、そろそろ行くか。
机の裏側を覗き込む。
すると、ダクトテープで貼り付けられた拳銃を見つけた。
観察記録に書かれていた武器とは、たぶんこのことだ。
拳銃はホルスターに入れられており、テープを剥がさずとも引き抜けるようになっている。
そのまま、そっと引き抜く。
……コイツはコルト・シングルアクション・アーミーか?
通称ピースメーカー。
回転式拳銃で装弾数は六、45口径の弾を使用する。
ごきげんだな!!
幸いなことに弾も全弾装填済みだ。
あいにく予備の弾丸は周囲を捜索しても見つからなかったが、まあ大丈夫だろう。
キャップさえあれば弾は買える。
私は最後にネズミが逃げ去った方を一瞥すると、部屋を後にした。
――――――
見知らぬ通路を歩いていく。
イザベラのいるパペットシアターには戻らない。
確かに、腹立たしいし荷物も惜しい。
殺して全てを奪いたい気持ちもある。
だが、危険が大きすぎる。ここで一か八かの賭けに出る必要もない。
弱肉強食が世の掟。より奪い易いところから奪えばよいのだ。
あえてイザベラを狙う必要はない。今はまだ……
そうして歩くうち、次の区画へと到着した。
研究所はこれまでと違い、早めの通過だった。
なにせ扉はいくつもあれど、ほとんどロックされており、通路をただ進むしかなかったからだ。
それでも、少ないながら開いた扉の先を探索し、わずかな食料とキャップを五つ見つけた。
これで私の持ち物は、拳銃一丁、食料にキャップ五枚、そして、ブザーと観察記録ノートだ。
ブザーとノートは念のため持ってきた。これがあればネズミとなったB.J・シュタイナーを上手く利用できる目もでてくるからだ。
奴にとってこれは希望の光。ちらつかせて捨て駒にするもよし、おびき出すための撒き餌とし憂いを断つのもいいだろう。
キコ、キコ、キコ。
それは通路が広間へと通じたときだった。何かを漕ぐような音が耳に届く。
素早く物陰に隠れる。
やがて、横道から何かが現れた。
三つの車輪に二つのペダル。金属のフレームにサドルとハンドル。
三輪車だ。
そいつは、錆びた金属が擦れるような音色を響かせながら、ゆっくりとした速度で広間を横断、そのまま反対側の通路へと消えていった。
何だ? ――いや、三輪車だ。それは分かっている。
だが、問題はそこに誰も乗っていなかったことだ。
自動運転?
違うな。たしかにここは妙に高いテクノロジーを内包しているが、それは土台部分だけだ。他の物品に関してはむしろレトロ感が漂う。
今の三輪車にしてもそうだ。1900年代前半そのもの。
動力源などない普通の三輪車。
となると……
ここの地面は一見平らに見えるが、もしや傾斜があるのか?
あるいは誰かが押し、惰性で進んでいった?
どちらもしっくりこない。
なぜなら、三輪車はわずかだが加速と減速を繰り返していたからだ。
まるで目に見えぬ誰かがペダルを漕いでいたかのように。
警戒したまま、しばし待つ。
特に何も起きぬまま時間が過ぎる。
もう良いか。
物陰から出ると、そっと通路を覗き込んだ。
……何も無い。
三輪車が来た通路、消えて行った通路、どちらも、ただ床にゴミが転がるのみであった。
さてと、どうしたもんかね?
会話したいのだ。それも単なるコミュニケーションではなく、伝えたい何かがある。
しかし、問題は方法。ネズミは言葉を発することができない。
だからノートを見せ、おのれが会話可能なこと、そしてその手法を提示するためここへと導いた。
ならば聞かせてもらおう。圧倒的に情報が不足している現状、こちらとて判断材料となるものが欲しい。
引き出しにあった手押しのブザーを取り出すと、机の上へと乗せた。
すると予想通りネズミは、前足を器用に使いブザーを押し始めるのだった。
ブー、ブッ、ブッ、ブブー……
静まり返った部屋に響く、間の抜けた音。
だが、でたらめではない。明らかに一定の法則にのっとった旋律だ。
やはりモールス信号。
解読を試みる。
『危険。迫る。対策。教える』
内容はこれだけ。このフレーズを何度も繰り返している。
危険。危険か。
すでに一生分の不運に見舞われたような気もするが、まだまだ不幸の鍋底は見えないらしい。
まったく。誰か代わってくれないもんかね?
不満を吐き捨てながら、その危険とやらが何かを尋ねようとする。
が、しかし、私は咄嗟に言葉を飲み込んだ。
……待てよ。
何か変だな。どうも胸のあたりにモヤモヤしたものが広がっている。
これまで培った経験が、気をつけろと警告を発しているのだ。
落ち着いて考えるんだ。
ネズミの目的は私に危険を伝えることなのか? 善意で?
本当に?
そのとき、一つの仮説が浮かび上がった。
そして、ネズミに問いかける。
「お前、B.J・シュタイナーだな」
ネズミはピクリと体を震わせると、こちらを見た。
「そうか。自分の体を取り返すのが目的か。サイコダイブで」
言うが早いか、私はネズミへコブシを振り下ろす。
しかし、それをなんなくかわしたネズミは、ヒラリと身をひるがえし、部屋の奥へと走っていった。
チィ、小賢しい真似を!
ネズミは割れたダクトの前で振り返る。それから、シィと牙をむいてこちらを威嚇すると、そのまま中へと姿を消した。
逃げたか。
しかし、危なかった。
危険とは何だと問うた瞬間、会話は成立していただろう。
そしてサイコダイブを仕掛けられ、私はネズミとなる。
B.J・シュタイナーはサイコダイバーだ。そして、ネズミも。
ただ、彼らはおそらく生まれながらのサイコダイバーではない。後天的にその能力を身につけたのではなかろうか?
その切欠となったのは薬だ。ノートに出てきたベン・カフスマンが持ってきたという薬。
あとは想像に難くない。
会話を試みた彼らの間でサイコダイブが発動、入れ替わりが起こった。
B.J・シュタイナーにとっては不幸な出来事だ。まさか、おのれがネズミなるとは夢にも思っていなかっただろう。
いかにネズミの考えを知りたかろうと、自分自身がそうなってしまったなら、研究どころではないからな。
当然、彼は元に戻ろうとする。
だが、それは叶わなかった。
当たり前だ。
ネズミが応じるワケもない。
どこにでも行ける人の身を捨て、再びケースの中に押し込められるような不自由を選ぶものか。
もはや会話は不可能。殺されなかったのが不思議なぐらいだ。
となると、ネズミとなったB.J・シュタイナーは、他の手段をとらねばならない。
すなわち、乗り移り可能な別の誰かの捜索だ。
で、私を見つけたと。
ぞっとする話だ。
とんだジョーカーの押し付け合いだよ。
私が思うにサイコダイブとは双方向通信だ。こちらだけでなく向こうからもアクセスできるに違いない。
結果、入れ替わりが起こるのだ。
しかし、これはサイコダイバー同士なればこそだ。
能力のない者、言わば通信手段を持ち合わせてない者は、身動きがとれず、自我という情報を上書きされてしまう。
まったく。ここは狂人ばかり、ただえさえサイコダイブを使う相手が乏しい上に、会話可能な奴はサイコダイバーときたもんだ。
ハードすぎて泣けてくる。
さて、そろそろ行くか。
机の裏側を覗き込む。
すると、ダクトテープで貼り付けられた拳銃を見つけた。
観察記録に書かれていた武器とは、たぶんこのことだ。
拳銃はホルスターに入れられており、テープを剥がさずとも引き抜けるようになっている。
そのまま、そっと引き抜く。
……コイツはコルト・シングルアクション・アーミーか?
通称ピースメーカー。
回転式拳銃で装弾数は六、45口径の弾を使用する。
ごきげんだな!!
幸いなことに弾も全弾装填済みだ。
あいにく予備の弾丸は周囲を捜索しても見つからなかったが、まあ大丈夫だろう。
キャップさえあれば弾は買える。
私は最後にネズミが逃げ去った方を一瞥すると、部屋を後にした。
――――――
見知らぬ通路を歩いていく。
イザベラのいるパペットシアターには戻らない。
確かに、腹立たしいし荷物も惜しい。
殺して全てを奪いたい気持ちもある。
だが、危険が大きすぎる。ここで一か八かの賭けに出る必要もない。
弱肉強食が世の掟。より奪い易いところから奪えばよいのだ。
あえてイザベラを狙う必要はない。今はまだ……
そうして歩くうち、次の区画へと到着した。
研究所はこれまでと違い、早めの通過だった。
なにせ扉はいくつもあれど、ほとんどロックされており、通路をただ進むしかなかったからだ。
それでも、少ないながら開いた扉の先を探索し、わずかな食料とキャップを五つ見つけた。
これで私の持ち物は、拳銃一丁、食料にキャップ五枚、そして、ブザーと観察記録ノートだ。
ブザーとノートは念のため持ってきた。これがあればネズミとなったB.J・シュタイナーを上手く利用できる目もでてくるからだ。
奴にとってこれは希望の光。ちらつかせて捨て駒にするもよし、おびき出すための撒き餌とし憂いを断つのもいいだろう。
キコ、キコ、キコ。
それは通路が広間へと通じたときだった。何かを漕ぐような音が耳に届く。
素早く物陰に隠れる。
やがて、横道から何かが現れた。
三つの車輪に二つのペダル。金属のフレームにサドルとハンドル。
三輪車だ。
そいつは、錆びた金属が擦れるような音色を響かせながら、ゆっくりとした速度で広間を横断、そのまま反対側の通路へと消えていった。
何だ? ――いや、三輪車だ。それは分かっている。
だが、問題はそこに誰も乗っていなかったことだ。
自動運転?
違うな。たしかにここは妙に高いテクノロジーを内包しているが、それは土台部分だけだ。他の物品に関してはむしろレトロ感が漂う。
今の三輪車にしてもそうだ。1900年代前半そのもの。
動力源などない普通の三輪車。
となると……
ここの地面は一見平らに見えるが、もしや傾斜があるのか?
あるいは誰かが押し、惰性で進んでいった?
どちらもしっくりこない。
なぜなら、三輪車はわずかだが加速と減速を繰り返していたからだ。
まるで目に見えぬ誰かがペダルを漕いでいたかのように。
警戒したまま、しばし待つ。
特に何も起きぬまま時間が過ぎる。
もう良いか。
物陰から出ると、そっと通路を覗き込んだ。
……何も無い。
三輪車が来た通路、消えて行った通路、どちらも、ただ床にゴミが転がるのみであった。
さてと、どうしたもんかね?
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