殺人鬼アダムと狂人都市

ウツロ

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二章 イザベラ・コンラート

10話 ハンティング

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 もちろんトイレなんかに用はない。メインストリートと思わしき一番太い通路を突き進む。するとやがて、一つの脇道にワイングラスをかたどったネオン管を見つけた。

 あの先にあるのはパブ? いえ、シアターに持ち込む飲食を販売するブースといったところかしら。何かしらの物資が残されていそうね。
 足を止め、そちらに向かうかすこし考える。
 
 もちろん、いまさら食べ物なんて探すつもりなんてない。
 気になったのはネオン管の少し向こう、壁に人の影のようなものが映し出されていたから。

 確かめるべきか、無視するべきか。
 人だった場合、早めに駆除したほうが安全ね。背後をつかれて死ぬなんてまっぴらゴメンだから。
 でもわざわざ倒しにいくべきかしら? そっと通り過ぎれば済む話。無駄な戦いを避けられるならそれに越したことはないんじゃない? そもそも、ここの住人全部を倒すなんて無理なんだから。

 ……うん? 何か違うわね。
 自分の中の、ちょっとした違和感に首をかしげた。

 避けられる戦いは避ける、それは当たり前。殺しあうのが目的じゃないから。
 でもそうじゃない、一番大事なのは弾丸の在庫。
 在庫が増えるか否かで避けるかどうかを判断するべき。
 消費する弾丸と死体から得るキャップ、収支がプラスになるなら積極的に狩る。逆にマイナスなら避ける。それだけじゃない?

 こうして違和感を取り除くと、改めて壁に映る影を見つめた。
 やはり人の立っている姿に見える。それにわずかに左右に動いている気がする。

 置物ではなさそうね。でも生きている人なら何のタメに突っ立っているの? まあ、いずれにせよ確認する必要はあるわね。
 銃を構えると、影へと忍び寄っていった。



 ……いた!
 脇道の先が見える位置まで移動したとき、通路に佇む一人の男を見つけた。
 背の高さは160センチ前後、栄養失調ぎみの細い手足には泥だか何だか分からない汚れが、たくさんついている。
 また髪も、長い間洗っていないのでしょう、ねっちょりと油分で張り付き、とても汚らしい。

 なんとも言えない嫌悪感が湧く。
 でも原因は汚れてるからじゃない。男が身につけているものが私の生理的な部分に触れたから。
 なにせ下半身は変色しきったブリーフと靴下のみで、ズボンははいていない。また裸の上半身には唯一、赤ちゃんがつけるヨダレかけのようなものを装着しているの。

「死刑ね」

 男の罪状は確定した。あとは引き金を絞るだけ。
 胸を撃つか、それとも頭にするか考える。
 と、その時! 男が手を前につき出すような仕草をした。その手が持つのは円形の小さな金属蓋。

 あれはボトルキャップ!
 それだけじゃない、男の目の前には光る大きな箱があった。
 販売機だ。側面からで分かりにくかったけど、確かにローワーマーケットで見た弾丸の販売機と同種のものに間違いない。
 
「キャップは使わせない。あれは私のもの」

 そう小さく呟くと、男の胸に狙いを定めるのだった。



「キィキィ」

 ネズミが鳴いた。
 それはまさに引き金を絞ろうとした瞬間、私の背後で鳴き声がしたのだ。
 驚き、こちらを見る男と目が合う。

 チッっと心の中で舌打つとともに、引き金をひく。
 だが、遅かった。男は瞬時に飛び退き、弾をかわしてしまう。

 もう一発。さらに弾丸を放つ。
 今度は命中、逃げようとする男の右足のふくらはぎに穴を開けた。

 コロコロと何かが転がる。
 見ると二つのボトルキャップ。
 どうやら靴下にキャップを隠していたようで、着弾の衝撃で弾けとんだと思われる。その証拠に反対側の靴下も不自然に盛り上がっている箇所があった。

 あら? 意外とお金持ち!
 人は見かけで判断しちゃいけないって言うけどまさにそうね。
 落ちたキャップを素早く回収すると、足を引き摺りながら逃げる男を追っていく。
 ふふふ、逃げる貯金箱さん。すぐに、あなたの首を搔き切ってあげるわ。
 ここまでくれば弾丸はもったい無い。ナイフを鞘から引き抜くと、舌をペロリと出した。
 


 通路を右へ、次は左。
 ヨタヨタと歩く男を追跡する。
 急がない、慌てない。ゆっくり進み、罠や新手に注意を向ける。
 だってそうでしょう? ワザワザ囮になってくれてるんだから。
 声をだすならいざ知らず、無言のまま逃げる男が危険を運ぶとは思えない。
 むしろ道の安全を保障してくれてるとさえ言える。

 でもまあ、それも少しの間。男が私をどこかに誘い込もうとしている可能性だってある。
 過ぎたるは猶及ばざるが如し、欲張りすぎは身を滅ぼすのよ。
 追う速度を上げ、男との距離を詰め始めた。

 ポトリ。

 何かが逃げる男の肩へと落ちた。

 ボトボトボト。
 続いていくつもの黒い塊が男の頭へとふりそそぐ。

「あっ、あっ、あっ」

 落ちてきたのはネズミ。驚き、変な声をだす男に纏わりついてくる。
 その数は瞬く間に増え、やがて男の全身を覆うまで、そう時間はかからなかった。

「いぎィ~」

 纏わりついたネズミに体をかじられているのだろう、男は悲鳴を上げながら身をよじる。しかし、ネズミは離れない。より激しく噛み付いているようだった。

 ……まさか、ネズミが生きている人間を襲うなんて。
 気付けば私は足を止め、その様子を見守っていた。

「……」

 もう悲鳴は聞こえない。床に崩れた男は力尽きたようで、突っ伏したままピクリとも動かない。
 その身をスッポリとネズミどもが覆う。

 うぞうぞと波打つネズミの山。
 その黒いうねりに混じる白と赤は、ネズミの歯と男の血か。
 やがて、ネズミどもは満腹になったのだろう男の体から離れ、通路の奥へと消えていく。
 残されたのは、肉が食い散らかされ、いたるところの骨がむき出しになったむくろだけだった。


 そろり、そろりと男の亡骸へと近づく。
 必要以上に天井へと視線を向けてしまうのも、仕方がない。
 そうして距離をつめ、警戒しつつ見下ろした男の姿に眉をひそめた。

 ネズミは好き嫌いなく食べたようで、男の耳や鼻はもとより頬の肉も削げ落ちている。また、内臓も食い荒らされたのだろう、胸と腹には大きな穴が開いている。
 でも、問題はそこじゃない。周囲に目を向けても、金属製のフタ――肝心のキャップがどこにも見当たらなかったの。
 ネズミが食べた?
 いえ、さすがに金属のフタなんて食べないでしょう。
 だとすると持ち帰った?
 ……カラスなんかは光る物を巣に集める習性があると聞いたことはあるけど、ネズミなんかじゃ聞いたこともない。
 そもそも固すぎて巣作りには適さないでしょうし。

 何か嫌な予感がする。
 さっさとこの地区を通過したほうがいいかもしれない。
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