殺人鬼アダムと狂人都市

ウツロ

文字の大きさ
上 下
3 / 38
一章 ベン・カフスマン

3話 熱視線

しおりを挟む
 全身を襲う倦怠感。そして背中がチクチクと痛む。
 爆弾の破片がめり込んでやがる。
 だが足を止めることはできない。倒れぬよう壁に手を添えながら前方の扉まで進むと、乱暴に開閉ボタンを押す。
 パシュリと軽い音をたてて扉が開いた。
 ツイてる。
 素早く部屋の中へと体を滑り込ます。と、同時に響くタタタンという音。
 チクショウ、なんてしつこい奴だ。
 ゆっくりと閉じゆく扉が、なんとももどかしい。

 早く閉まれ!

 やがて扉が完全に閉まると、パタパタパタと駆け寄ってくる音も途切れた。
 助かったか。
 フーと息をつくとその場に座りこむ。

 あの時、爆風にひるんでいたら死んでいた。
 あの奇妙な小人、死体をエサに狩りをしてやがるんだ。

 今いちど、扉のロックを示すランプの点灯を確認すると、ひとしきり悪態をつく。
 それからやっと部屋の中へと目を向けた。
 十メートル四方と、そう広くはない空間に、やや大きめのベッド。それから金属製のキャビネットに同じく金属製のデスク、天井にはむき出しの配管。
 いずれも錆が浮いており、長年放置された印象を受ける。

 胸のポケットを探る。
 出てきたのは紙の箱。表面にはベタリとした女の顔が描かれた、とても古い銘柄のタバコだ。
 ――やけに軽い。
 咥えたタバコに火をともすと、空となってしまった容器をクシャリと握りつぶす。

 さて、何かあればいいんだがね。
 重い腰を持ち上げ、部屋の物色を始めた。


 まず手をつけたのはキャビネット。鍵がかかっておらず、取っ手を引くと簡単に開いた。
 中には万年筆に紙くず、ビー玉にガラス瓶、何のフタかは分からないがブリキのボトルキャップ、他にもガラクタと思わしき物が多数詰め込まれていた。
 そんな中、栓抜きと缶切り、そして待望の缶詰を二つ発見した。

 運が向いてきた。
 缶詰のラベルを確認する。母親が乳飲み子を抱きかかえる絵が描かれている。
 ……コイツは粉ミルクだ。
 肝心の水はない。そして俺の口は緊張と脱水で渇ききっている。
 今こんなものを口にすれば喉が詰まっちまう。
 ひとまずそれらをポケットへと詰め込むと、金属製のデスクへと向かった。

 机の上はあまり物がなく、薄汚れた小さな地球儀、そしてスタンドつきミニュチュア星条旗があるだけだ。
 反対側へとまわる。備え付けの引き出しが三つあった。
 机上に片手をつき、順番に開いていく。
 一番下は紙の束。『あなたに癒しのひとときを!』『身だしなみは足元から』などのキャッチフレーズが書かれた紙だ。
 ――広告か。
 二段目はフィギュア。親指ほどの大きさの兵隊をした物が多数入っている。
 そして一番上。木片や小石などのゴミがあるだけだった。

 収穫なしか。
 落胆しつつ、ふと己の手の平をみつめた。
 特に意味があった訳ではない。なんの気なしだ。
 綺麗な手だ。
 マメができているわけでもないし、傷があるでもない。
 油にまみれているわけでもないし、埃にまみれているわけでもない。
 しかし何であろう。何かがひっかかる……

 ここで、ブウウーンと鳴る低い振動音に気が付いた。
 こんな音、鳴っていたか?
 いや、鳴っていたのだろう。特段意識しなければ、聞き逃してしまうほどの小さな音だ。

 場所はベッドの向こう側か?
 目を向けると、窪んだ壁にちょうど収まるように銀色の扉があった。
 冷蔵庫?

 ベッドを迂回するよう近づいていく。駆動するモーターの音も大きくなる。
 さて、なにか食い物でも入っているかね?
 このさい味にはこだわらない。口に入ればよい。
 駄目なら、せめて水だ。水さえあれば数日はもつ。

 扉の前に立つと、取っ手を引き、中を覗いた。

 ――目が合った!!
 冷蔵庫に入っていたのは多数の生首。デロリと舌をだしたもの、鼻の削げたもの、様々な表情をしているが、その全てと目が合ったのだ。

 むろん生きている訳ではない。扉を開いた者へと視線が向かうよう並べられているのだ。
 なかなか悪趣味だな。
 しかし、不思議だ。死者の目は、たいていは半開きになる。死後硬直にしても、ここまで綺麗に見開くものか……
 いまひとつしっくりこない俺は、生首へと顔を近づけた。
 そして納得した。なるほど、閉じぬようまぶたを糸で縫いつけているのか。


 その時! 背後でガサリと音がした。
 慌てて振り返り、周囲を見渡す。

 ゴトリゴトリ、ズッズッズッ。

 妙な引き摺り音が聞こえてくる。
 どこからだ……

 ――あそこだ!
 音の発生源は上部にある換気口。大人ではとても入れないような小さい穴だ。
 
 ははっ、どうやらここは、あの奇妙な小人のねぐらだったらしい。
 どうりで手に埃がつかないわけだ。

 しかしまあ、笑ってばかりもいられない。
 すぐにでも奴が銃を手にし、姿をみせるだろう。

 どうする? 穴から出てきたところをレンチで叩くか?
 ――却下だ!
 素早く背を向けると、ベッドを乗り越え、扉の開閉ボタンに手をかけた。
 同時にカツリという金属音が耳に届く。

 振り返りはしない。扉の開放とともに走り出す。
 その後すぐに発生する、ドン! という爆発音。

「あは!」

 不快な声とバタつく足音が追ってくる。

 クソッ、今に見てろ。お前の首を冷蔵庫の中に入れてやる。
 こうして二度目の鬼ごっこが始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

My Doctor

west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生 病気系ですので、苦手な方は引き返してください。 初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです! 主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな) 妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ) 医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)

処理中です...