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三章 地下迷宮

29話 地下二階

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 一匹のコボルドの遠吠えが響いた。続けて響き渡るいくたの遠吠え。
 それを皮切りに戦いは始まった。

 三十は下らないであろうコボルドの群れは、歯をむき出しに走り寄ってくる。
 その姿は荒れ狂う川のようにうねり、喉元を食い千切らんとする白い牙が、泡立つ波となってこちらへ押し寄せる。
 私はその波にありったけのスローイングナイフを飛ばす。
 アッシュもクロスボウの矢を放つ。
 三匹、四匹、五匹。矢とナイフが刺さったコボルドは体勢を崩し倒れ込むと、後ろから押し寄せる者どもに飲まれ消えていった。
 仲間の体を踏みつけ、骨を砕き、死に至らしめたであろう者どもは、そんなことはお構いなしに狂ったように押し寄せる。

 アッシュはクロスボウを捨てメイスを構える。
 私は剣を握り締め、コボルドどもが織りなす狂乱の渦に飛び込んでいった。
 
 目前のコボルドどもは次々と体を起こし、四足歩行から二足歩行へと移行。いびつながらも人に似た手でナイフを握り飛びかかってくる。

 私は横なぎに剣を払う。
 目前のコボルド三匹の体は真っ二つとなり、回転しながら飛散した。

 だが、コボルドどもはひるむ様子はない。我先にと飛びかかってくる。
 返す刀で剣を振るう。
 またもや三匹のコボルドどもを切り裂いた。
 次々と押し寄せるコボルドども。死の恐怖など微塵も感じてないのか、その姿はまさに狂乱であろう。

 私は更に襲いかかる者を切り裂くべく剣を振りかけて止める。コボルドどもの動きに変化が見られたからだ。
 目の前の集団が左右に分かれ、私の横をすり抜けて背後に回ってきたのだ。
 包囲する気か? やけに統制がとれた動きだ。

 彼らは一瞬の静止の後、いっせいに襲い掛かってくる。
 前方より来る者は獲物の肉に牙を食い込ませんと大口を開け、背後の者は両手にナイフを握り締め、高く飛び上がる。

 このままでは八つ裂きにされるであろう。
 ならばと私は剣を腰だめに構え、彼らの刃や牙が到達するより早く目前のコボルド目がけて突っ込んで行った。
 
 噛みつこうとする者の胸を剣で突き破り、そのまま後ろの数体をまとめて串刺しにする。
 背後ではとつじょ目標を失った者どもがお互いの体をぶつけあい、倒れ込む。中には仲間の体にナイフを突き立てる者もいた。
 それでもすぐにコボルドどもは体勢を立て直そうとする。
 だが、そうはさせない。振り向きざまに剣を大きく振るった。
 
 鈍い音が響く。コボルドどもの骨が砕ける音だ。
 剣に刺さったままのコボルドと、新たに切りつけたコボルドが激しくぶつかり合ったのだ。
 そして、絡み合った彼らの体を私の剣が両断する。

 休まず剣を振り続ける。
 いくつかのナイフや牙が体をかすめたが、止まることなく剣を振るう。

 もう何体斬ったか分からない。
 ふとアッシュに目をむければ、彼は壁を背にコボルドの猛攻をしのいでいた。
 いいぞ、アッシュ。さっそくメイスが役に立ったな。
 彼を取り巻くコボルドの数は三匹。
 アッシュはムリに攻撃しようとせず、防御に専念しているようす。
 これならなんとか行けそうだ。
 コボルドどもが私に群がってくれたおかげで、彼を失わずにすむ。

「ウォ~ン」

 とつじょ大きな遠吠えが響いた。
 私とアッシュに取り巻いていたコボルドどもが、いっせいに引き上げていく。

 撤退するのか?
 通路の奥を見るとこの戦いに参加していない者がいた。
 全身真っ白な毛で覆われており、他より一回り大きい。
 あれが群れの頭か。

 その白いコボルドは、仲間が撤退する間ずっと私を見ていた。
 その瞳から感じるのは激しい憎悪。
 やがて全てのコボルドが撤退し、白いコボルド一匹となる。

「グルルル」

 白いコボルドは最後に低く唸ると、おのれも背中を向け通路の奥へと消えて行った。

 終わったか。
 こちらが予想以上に手強かったため引きあげたのか。全滅するまで戦うほど愚かではないらしい。
 しかし、やっかいなことだ。
 個として貧弱なコボルドなれど、統率する者が現れるとまるで勝手が違う。
 油断してると足元をすくわれそうだ。
 ……恨みも買ったしな。

 どさっと音がした。振り向くとアッシュが地面に膝をついていた。

「ぶはー、助かった」

 敵の姿が見えなくなり緊張が解けたのであろう、メイスを杖がわりにして荒い息をする彼は、安堵の表情を見せた。

「しかしアニキ強えな。コボルドが吹きとばしたチリみてえに飛び散ってたよ」
「後ろから矢でも射られない限り、そうそう私はやられたりしないさ。それよりアッシュ、お前は大丈夫か?」

「アニキんとこにウジャウジャと集まっていたおかげで助かった。どこも怪我してない。それよりアニキこそ大丈夫かよ、結構噛まれてたんじゃないか?」

 体を確認してみる。目の届く範囲に大した傷は無かった。ヨロイにわずかにナイフがこすれたようなキズと、噛み跡があるだけだった。

「背中はどうだ?」

 アッシュに尋ねる。

「ちょい待ち」

 そう言って立ち上がると、アッシュは私の背中を眺めていく。
 
「ん? 何か白いのが刺さってるよ」

 彼は手を伸ばし、なにかをつまむ。
 軽く引っ張られる感覚の後、アッシュが何かを差し出してきた。

 先端が細く、長さ十センチ程の湾曲した白い物体。牙だ。コボルドの歯。
 それはやがて手の平でフワッと黒い煙に変わり空気に溶けていった。

 周りでも通路に横たわったコボルドが次々に煙に変わり、青い宝石を残していく。
 私はそれを見て、何とも言えない気持ちになった。

 彼らは何の為に生まれ、何の為に死んでいったのか?
 生きるという事は、他者の命を奪いそれを糧とすることだ。
 生きる為に食らい、誰かを生かす為に食らわれる。

 だが、そもそも彼らは食料を必要としているのであろうか?
 もし食料を必要としていないならば、彼らは何故他者を襲うのであろうか?
 本能? 
 彼らは喰われる事は無い。死んで煙となるからだ。
 その身は残さず、代わりにジェムを残す。
 では彼らはジェムを人に運ぶ、その為だけに存在しているのか?

「やったぜ! 大収穫だ」
 
 床に散らばったジェムを集めるアッシュを眺める。
 彼も私と同じ疑問を抱いた事があるのだろうか。
 生きる為にジェムがいる。故にジェムを持つ化け物を倒す。ここジャンタールに生きる者にとってはこれが当たり前だ。
 
 ここでフッと笑いが漏れた。
 何を他人ごとのように。
 私もジャンタールに生きる者となったのだ、くだらない感傷など置いておいて、生きるためにジェムを拾いますかね。
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