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三章 地下迷宮

23話 スペクター

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 前後を挟まれたか。コイツはマズイな。
 すばやく決断しなければならない。
 鉢合わせ覚悟で出口へとむかうか、さきほどの部屋が密集した場所に戻るか。
 前者なら一本道。スペクターと会うのは避けられない。
 後者は袋小路だ。だが、数ある部屋のひとつに飛び込めば、うまくやり過ごせるかもしれない。
 どうする?

 ――小部屋へ戻る決断をした。
 アッシュの「スペクターはわざわざ逃げる相手を追ったりしないよ」との言葉を受けて。
 ならば少しでも出会う可能性が低いほうがいい。
 だが、そんな我らをあざ笑うかのごとく、走り出してすぐに不気味な人影を見つけた。

 灰色のローブを着た、人のような姿。
 フードの奥は真っ黒でなにも見えず、手足があるのかさえ定かではない。
 ただ、前方に浮く黄色のハンドベルが、ときおりチリリンと鳴り響く。

 コイツがスペクターか。
 たしかに危険なかおりがする。

 スペクターは体を左右にゆらしている。
 なんとも不気味な動きだ。できれば関わり合いになりたくないものだ。
 見たところスペクターは一体のみ。横をすり抜けるか?
 剣がきかぬとはいえ、一体だけならかわすこともできるのではないか?
 
 ――ん? 何だ。
 視界におかしな影をとらえた。
 壁にぼんやりにじみ出る淡いシミ。
 それはまたたくまにローブを着た人の姿となった。
 壁から湧いて出た? いや、壁をすり抜けて来たのか!

 チリン。

 また鈴が鳴った。
 背後を振り返ると、ローブを着た不気味な人影が複数、地面を滑るように近づいてくる。

「アッシュ、前だ! 小部屋へ急げ!!」

 かいくぐって進むしかない。
 少しでも数が少ない小部屋へと戻る道をえらぶ。

 またシミだ。前方の通路の壁からスペクターが湧いてくる。これで三体目。
 だが、今なら間に合う。これ以上数が増える前に横をすり抜けるのだ。

 左!
 スペクターが出てくる反対側を駆け抜ける。
 大丈夫だ。動きはノロイ。
 なんなく通路の奥へとたどりつく。
 しかし……。

「アッシュ!」

 アッシュが遅れた。すり抜けようとする彼にローブのそでが伸びていた。
 すかさずナイフを投擲。

 しかし、ナイフはローブを貫通するのみで、スペクターにはまるで効果がないようだった。
 それでも、捕まえようとする妨げにはなったようで、アッシュは無事に横をすり抜けることができた。
 
「止まるな! 走れ!!」

 アッシュが私の横を駆け抜けていく。立ち止まるなとその背中を声で押す。
 ……意外に遅いな。アッシュの走る速度は想定よりゆっくりだ。
 まあ、荷物を背負っているから仕方がないか。
 すこし足止めが必要だな。

 ふたたびスペクターにナイフを投擲。
 頭部、肩、胸と場所を変えつつ弱点をさぐる。
 しかし、すべてのナイフはローブを貫き、反対側へと抜けていくだけだった。

 チッ、ダメか。
 まったく効果のない様子に舌を巻く。
 厄介な相手だ。何か対策を考えねばならないだろう。

 前から来た者、後ろから来た者、スペクターは合流し一つの集団になると、まるで操り人形のように同じ動きでこちらに向かってくるのであった。



――――――



「はあ、はあ」

 大きく肩を動かすアッシュ。
 あれからきびすを返し、アッシュの背を追った形だ。
 ひとまずスペクターは振り切り、一息ついたところである。

 アッシュが選んだのは右奥から三番目の部屋。
 いいとも悪いとも言えない微妙な位置だ。

「アニキ。な……んで、そんなに……足が……はやいの」

 息も絶え絶え、話すアッシュ。
 たしかに私は足が速い。アッシュがべつに遅いワケではないのだ。

「修練だ。荷を背負ったまま速く走る修練をつむ」

 荷と背中にすき間をつくらない、荷を揺らさない足運びなど技術技法は多々あるが、結局は普段の積み重ねがものをいう。

「訓練……しても……そんな、はやく……走れないよ。コボルドより速い……」

 コボルド?
 ああ、あの犬人間か。たしかに犬だけあって走るのが速いな。

「犬と勝負するつもりか?」
「いや、しないけど……」

 同じ荷を背負えば、今でもアッシュの方が速いと思うが。
 まあ、そんなことはどうでもいいな。
 今はスペクターだ。追ってきていないとは限らない。

「アッシュ。スペクターに弱点はないのか?」
「わかんない。倒した話なんて聞かない。剣で切ってもダメ、矢で射てもダメ。奴らからはとにかく逃げろって言われてる」

「なるほど。では火を試したやつはいるか?」 
「駄目だ! 奴ら火に集まってくるんだ。明かりを持ってる奴が一番先に狙われる」

 火もダメか……。
 コイツはちと困ったな。倒す手立てが思いつかない。

 避けるしかないか。
 注意を引きつけすり抜けるのが一番マシか。
 背負い袋から松明を数本引き抜くと油を垂らす。それからポケットから火炎石を取り出した。

「え!? だから火は――」
「シッ!!」

 気配を感じ、アッシュを黙らせる。
 いるな。近くに。
 視線をあちらこちらにさまよわせる。
 扉か? 今、あのあたりにいるのではないか?

 じりじりと後ろに下がる。トンと壁に背中がついた。
 これ以上は下がれない。

 そのまましばしの時が流れる。ほんの一瞬が永遠にも感じた。
 うつる視界に変化はなかった。
 通り過ぎたか? 
 いや、気配はまだ近い。今扉を開けば鉢合わせだ。
 このまま壁を背にやつらをやり過ご……

 壁を背に?
 ――マズイ!! 
 とっさにアッシュに体当たりをする。
 振り向くと、後ろの壁から青白い手が突き出ていた。

「ヒッ」

 アッシュが短い悲鳴を上げる。
 青白い手は後ろの壁だけではなく、四方の壁からいくつも出ていた。

 そうだった。こいつらは壁をすり抜けるんだった。
 やがて、滲み出すように不気味なローブがあらわれる。
 その数はどんどん増え、やがてこちらを取り囲むと、じわりじわりと距離を詰めてきた。

「うわっ、来るな」

 アッシュのクロスボウから矢が放たれる。
 それは一番手前のスペクターにあたり、貫通する。
 だが、矢を受けたスペクターは何事もなかったかのように近づいてくる。

 ボッと炎が上がった。私が松明に火をつけたからだ。
 顔は見えぬがスペクターの視線がこちらに向いたのを感じた。

「これが欲しいのか?」

 壁にむかって松明を投げる。
 われ先にとスペクターは、それに群がっていく。

 フン、まるで蛾だな。
 そんなに欲しけりゃもう一本くれてやる。

「アッシュ、走れ!」

 ふたたび松明に火を灯す。
 ビクリと体を震わせたアッシュは弾かれたように走りだした。
 よし、それでいい。
 松明を投げ捨てると、自分も扉へとむかう。
 さて、いつまでもつか……

 松明に群がるスペクターを見る。
 すでに一本目の松明は消えており、二本目へと体の向きを変えていた。


「あっ……」

 驚くような、ささやくような、アッシュの声。
 見れば彼はドアノブへと手をかけており、今まさに扉を開こうとしていた。
 しかし、扉を開くことはなかった。アッシュは力をなくし、床へとペタンと座り込んでしまう。

 スペクターだ。扉のむこうから青白い手が伸び、アッシュの手をつかんでいたのだ。

「アッシュ!」

 スペクターは扉をヌルリと抜けてアッシュに覆いかぶさろうとする。
 させるか!
 一気に間合いを詰めると剣をぬく。
 そのまますくい上げるようにスペクターを斬った。

 青白い手が宙を舞う。腕は斬れる。ならば体は!
 続けて振り下ろす頭部への一撃で、ローブを真っ二つに裂く。

 ひらひらと舞い落ちるローブ、床に落ちると平たく伸びる。
 中身はどこへ?
 ――いや、それよりアッシュだ。
 座り込む彼を見ると、顔は青白く、血の気が失せていた。

「アッシュ! 逃げるぞ!!」

 アッシュは私の呼びかけには反応した。しかし、立ち上がろうとしても足に力が入らないようだった。

 クッ、マズイ。
 投げ捨てた松明を見る。
 群がるスペクターたちが青白い手をかざすと、炎はまたたくまに小さくなり、やがて消えた。

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