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小高い丘だからそんなに距離がないと、徹夜で車の運転をするのは止めた。
だが砂利道を歩いている時に、昨夜雨が降っていた事を思い出して足を止める。
下を向くと、磨いたウイングチップに泥が跳ねているのが見えて、アランは大きなため息が出た。
それでも引き返す事はせずに、小高い丘を登る。
「町外れにある小高い丘を登ると、小さな店がある。そこに行くといい」
薄くなりつつある髪を撫でながら、警部ニケにそう言われたのが、一週間前。
なぜそんな場所に行かなければならないのか尋ねるが、行けば分かると詳しく教えてはくれなかった。
「猫の手も借りたいくらいなら、そこに行け」
以前から噂は耳にしていた。デタラメだと信じていないが、猫の手も借りたい状況なのは確かだ。
木々に囲まれた細い砂利道を歩いて数分後、土地が拓けている場所に辿り着いた。
丁度、丘の頂上にひっそりと建つ小さな店。
煙突からは煙が出ているのを見ると、人が住んでいるようだ。
洋館の入口には木彫りのプレートでOPENと
書いてある。ゆっくりとドアを開けたら、パルチャイムが鳴った。
「……ごめんください」
ゆっくり進みながら声を掛けるが、返事はない。辺りを見渡すも人気を感じない。
店の中はアンティークの小物が棚に陳列し、傍には値段の書いた紙が置いてある。
観賞用やペン立てなどの実用的な物も揃っている。一応、商売はしているようだ。
「良かったら、お手に取って見てくださいな」
急に背後から声が聞こえ、心臓が跳ねる。慌てて振り返ると、髭をたくわえた初老の男性が立っていた。
「みな、主人の手作りなのですよ」
「主人……?」
「ええ。主人の趣味が講じて、こうした商売を」
てっきり、皺のないスーツを着たこの男が店の持ち主かと思ったが違うようだ。
アランは上着の内ポケットから名刺を取り出し、男に渡す。
「商品を買うのはまたの機会にするよ」
名刺を見た男の表情は崩れない。にこりと笑って、お待ち下さいと窓際のソファーに案内された。
男は店の奥にあるドアを開けて中に入って行く。しばらくすると、紅茶を持ってドアから出てきた。
「もうすぐ主人が参ります。お待ちを」
紅茶とクッキーを差し出され、断れずに飲んだ。美味いと思わず呟いてしまい、はっと顔を上げると男はにこりと笑った。
「アッサムです。お気に召しましたか」
「ああ……いい味だ」
話しながら紅茶をテーブルに置いた時、向かいのソファーに黒猫が座ってるのに気付いた。
青い首輪には、小さな鈴が付いている。
驚いて固まっていると、黒猫がニャーと鳴いてソファーから下りて行き、奥の部屋の方へ走る。
黒猫を目で追っていると、誰かの足に擦り寄っている。
「……いらっしゃい」
黒猫を抱き抱える手は白く、細い。
長い黒髪に切れ長の目。少し眠たそうな表情を浮かべている。
まさに、噂通りの人物。
欠伸を一つして、黒猫を抱いたまま向かいのソファーに座る人こそ、アランが半信半疑で会いに来た人物。
小高い丘に住み
その出で立ちから魔女と言われ
忌み遠ざけられている。
「待っていたよ、アラン」
まるでアランが来る事を知っていたかのように笑う女に、不気味さを感じた。
吸い込まれそうな青い瞳に思わず警戒してしまう。
「そんなに警戒されると、話が進まないな」
肩を竦めて向かいのソファーに座る。膝の上に黒猫を乗せてゆっくりと撫でると喉を鳴らしていた。
「私はメラ…この店の主人だ。先程、お前に紅茶を出したのがバロン。君の事はニケから少し聞いていたよ」
昔から、ニケは口の軽い男だった。知らない人物に自分の事が知られていたとは予想外だが、話を進めるには早い。
「ここに出向いたのは、あんたに用があるからだ」
「先に言っておくが、警察に手は貸さないよ」
「…………は?」
予想外の返答に思わず固まる。メラの後ろに立っているバロンが口を抑えて肩を震わせて、笑いを堪えている。
「ニケがどう言ったのかは知らないけど、私は警察に手を貸したりはしない。店が忙しいんでね」
用件を言う前にキッパリと断られてしまった。ニケの紹介だと伝えれば協力してくれると思っていたが、そう簡単にはいかないようだ。
だからといって、このまま引き下がる訳にはいかない。
「貴方の力を借りたい。店もそんなにお客が来る訳じゃないだろう」
「来るさ。必要な時にね」
何度も力を借りたいと願い入れるも、メラから出てくる言葉はノーばかり。説得に疲れた頃には、日が暮れようとしていた。
「アラン様、そろそろ店を閉めませんと…」
バロンが頭を下げる姿に、とうとうアランは根負けした。
冷めきった紅茶を飲み干し、内ポケットから名刺を出してテーブルに置く。
「イエスと言うまで、何度も来るからな」
「…………」
話を聞くのに飽きたのか、メラは何も言わずに黒猫を撫でている。
失礼、と一言告げて、アランは店のドアに手を掛けた。
「……一つ忠告するよ」
後ろから聞こえた声に振り返ると、メラと目が合う。
「路地裏で死体が出たら、その女の手の中を見てみるんだな」
「なんだと……?」
思いもしない忠告に、表情が強ばる。にこりと笑うメラは、静かに手を振った。
「帰り道……気をつけて」
・
だが砂利道を歩いている時に、昨夜雨が降っていた事を思い出して足を止める。
下を向くと、磨いたウイングチップに泥が跳ねているのが見えて、アランは大きなため息が出た。
それでも引き返す事はせずに、小高い丘を登る。
「町外れにある小高い丘を登ると、小さな店がある。そこに行くといい」
薄くなりつつある髪を撫でながら、警部ニケにそう言われたのが、一週間前。
なぜそんな場所に行かなければならないのか尋ねるが、行けば分かると詳しく教えてはくれなかった。
「猫の手も借りたいくらいなら、そこに行け」
以前から噂は耳にしていた。デタラメだと信じていないが、猫の手も借りたい状況なのは確かだ。
木々に囲まれた細い砂利道を歩いて数分後、土地が拓けている場所に辿り着いた。
丁度、丘の頂上にひっそりと建つ小さな店。
煙突からは煙が出ているのを見ると、人が住んでいるようだ。
洋館の入口には木彫りのプレートでOPENと
書いてある。ゆっくりとドアを開けたら、パルチャイムが鳴った。
「……ごめんください」
ゆっくり進みながら声を掛けるが、返事はない。辺りを見渡すも人気を感じない。
店の中はアンティークの小物が棚に陳列し、傍には値段の書いた紙が置いてある。
観賞用やペン立てなどの実用的な物も揃っている。一応、商売はしているようだ。
「良かったら、お手に取って見てくださいな」
急に背後から声が聞こえ、心臓が跳ねる。慌てて振り返ると、髭をたくわえた初老の男性が立っていた。
「みな、主人の手作りなのですよ」
「主人……?」
「ええ。主人の趣味が講じて、こうした商売を」
てっきり、皺のないスーツを着たこの男が店の持ち主かと思ったが違うようだ。
アランは上着の内ポケットから名刺を取り出し、男に渡す。
「商品を買うのはまたの機会にするよ」
名刺を見た男の表情は崩れない。にこりと笑って、お待ち下さいと窓際のソファーに案内された。
男は店の奥にあるドアを開けて中に入って行く。しばらくすると、紅茶を持ってドアから出てきた。
「もうすぐ主人が参ります。お待ちを」
紅茶とクッキーを差し出され、断れずに飲んだ。美味いと思わず呟いてしまい、はっと顔を上げると男はにこりと笑った。
「アッサムです。お気に召しましたか」
「ああ……いい味だ」
話しながら紅茶をテーブルに置いた時、向かいのソファーに黒猫が座ってるのに気付いた。
青い首輪には、小さな鈴が付いている。
驚いて固まっていると、黒猫がニャーと鳴いてソファーから下りて行き、奥の部屋の方へ走る。
黒猫を目で追っていると、誰かの足に擦り寄っている。
「……いらっしゃい」
黒猫を抱き抱える手は白く、細い。
長い黒髪に切れ長の目。少し眠たそうな表情を浮かべている。
まさに、噂通りの人物。
欠伸を一つして、黒猫を抱いたまま向かいのソファーに座る人こそ、アランが半信半疑で会いに来た人物。
小高い丘に住み
その出で立ちから魔女と言われ
忌み遠ざけられている。
「待っていたよ、アラン」
まるでアランが来る事を知っていたかのように笑う女に、不気味さを感じた。
吸い込まれそうな青い瞳に思わず警戒してしまう。
「そんなに警戒されると、話が進まないな」
肩を竦めて向かいのソファーに座る。膝の上に黒猫を乗せてゆっくりと撫でると喉を鳴らしていた。
「私はメラ…この店の主人だ。先程、お前に紅茶を出したのがバロン。君の事はニケから少し聞いていたよ」
昔から、ニケは口の軽い男だった。知らない人物に自分の事が知られていたとは予想外だが、話を進めるには早い。
「ここに出向いたのは、あんたに用があるからだ」
「先に言っておくが、警察に手は貸さないよ」
「…………は?」
予想外の返答に思わず固まる。メラの後ろに立っているバロンが口を抑えて肩を震わせて、笑いを堪えている。
「ニケがどう言ったのかは知らないけど、私は警察に手を貸したりはしない。店が忙しいんでね」
用件を言う前にキッパリと断られてしまった。ニケの紹介だと伝えれば協力してくれると思っていたが、そう簡単にはいかないようだ。
だからといって、このまま引き下がる訳にはいかない。
「貴方の力を借りたい。店もそんなにお客が来る訳じゃないだろう」
「来るさ。必要な時にね」
何度も力を借りたいと願い入れるも、メラから出てくる言葉はノーばかり。説得に疲れた頃には、日が暮れようとしていた。
「アラン様、そろそろ店を閉めませんと…」
バロンが頭を下げる姿に、とうとうアランは根負けした。
冷めきった紅茶を飲み干し、内ポケットから名刺を出してテーブルに置く。
「イエスと言うまで、何度も来るからな」
「…………」
話を聞くのに飽きたのか、メラは何も言わずに黒猫を撫でている。
失礼、と一言告げて、アランは店のドアに手を掛けた。
「……一つ忠告するよ」
後ろから聞こえた声に振り返ると、メラと目が合う。
「路地裏で死体が出たら、その女の手の中を見てみるんだな」
「なんだと……?」
思いもしない忠告に、表情が強ばる。にこりと笑うメラは、静かに手を振った。
「帰り道……気をつけて」
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