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<CHAPTER 03/一難去って/WORKING>
<Paragraph 13/解呪ノ儀(3)/Lost Child>
しおりを挟む「――っは!」
夏喜が覚醒した世界で見た景色は、文字通りの漆黒であった。全身まとわりつくが、動けないほどではないではないことに気付く。
抵抗はあれど、夏基の裡は決まっていた。
――ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
――こんなの、絶対間違ってる。
――鈴蘭の未来は、鈴蘭のものだ。鈴蘭だけのものだ。決して……。
「君が閉ざしていいものじゃない――!!」
怒り。わかりやすくいえば、夏喜の感情はそれに集約される。
"影"の行き過ぎた守護により、鈴蘭の人生に与えた影響は大きい。万物の事象の介入はあれど、物事には限度がある。閾値は、超えてはいけない。
けれど、鈴蘭に憑く"影"はそれをやすやすと飛び越えた。飛び越えてしまった。その結果がE助のバイク死亡事故であり、鈴蘭の淡い想いは伝えるべき人を見失ってしまった。
夏喜は暗闇の中を見渡し、見えない視界であるものを探す。先程、儀式が始まる前に鈴蘭に装着したルーン文字の祝詞を刻んだ和紙には、夏喜の魔力が込められていた。自身の魔力残滓をたどれば、この"影"の荒波の中でも鈴蘭の居場所がわかる。
鈴蘭には、人影の怪異が取り憑いている以外、普通の女子高生と変わりない。夏喜のように魔法の一端に触れてきたわけでもなく、母である麗蘭のように特異的な力を持たない。
彼女には、ノロとしての才能がなかった。だからこそ、この影の氾濫で流れ込む情報量の中では意識を保てない。
「みつ、けた――!」
暗闇に左手を伸ばし、指先に感じた鈴蘭の腕を掴む。流れに負けぬよう引き寄せて抱き、右手の中で握っているデリンジャーに魔力を集める。
「ぐっ――!」
突如背中に感じた衝撃。まとわりつくような感触は、影が夏喜を取り込もうとしていることに他ならない。背中から肩と腰に広がり、四肢の動きを阻害しようと蹂躙する。
――甘いッ! それは初手で潰してるッ!
夏喜のインナーに刻んだルーン文字が励起した。それにより、魔女を取り込もうとした影が弾かれる。
「――っどぅりゅあああ!!」
インナーのルーン文字とデリンジャーを接続し、鈴蘭を抱きかかえた夏喜を中心にして周囲の影を消失させた。放射状に消えた影が、デリンジャーの"弾貫"の性質により破壊されている。溢れかえっていた影の脈動が沈静化し、黒い球体へと変化した。
「ナツキ、もう静観はなしだ! 無理やり終わらせるぞ!」
神槍を手にしたジューダスが球体と夏喜の間に割って入る。低く垂れた穂先にはすでに電気が跳ねるほどの魔力が収束していた。
「相手は影だぞ、ジューダス。油断するな」
「ああ、やりにくい、な!」
2人の会話を裂くように、ジューダス目掛けて影の一部が飛び出す。
刺し穿つように襲うそれを払い、その隙を埋めるかのように二撃目が迫る。ジューダスはそれを返しの刃で弾き落とし、更に増えた三撃目と共に弾かれた初撃と二撃目も同時に襲いかかった。
「スズランと共に結界を出ろ! 護りながらでは手が足りない!」
影の猛襲を躱しながら攻撃を弾いているジューダスの神槍は一層輝きを強め、全身を巡る魔力により肉体の反応速度をあげていく。同時に迫る三連撃をいなし、夏喜たちの壁になるよう移動する。
ジューダスの声を聞いた夏喜は鈴蘭を強く抱きかかえ、一直線に結界の外を目指して駆けた。
それを、――鈴蘭に取り憑いていた影は逃さない。
「ダメだ! 中に入るな!!」
夏喜が叫ぶ。彼女の背後には、ジューダスを飛び越えた影の槍が数十本にも分裂していた。
それを必死に払い落とすも、いかに神槍の出力をあげようにも、彼の身体1つでは到底足りない。堰から溢れた影の一本が、夏喜の背に襲いかかる。
その間に――疾走する1人の影が、夏喜の静止の声も聞かずに割り込んだ。
「つっ――」
「ちっ・・・・・・バカ! 何をしている、麗蘭!」
肩を貫く影により、垂れる血が身体を赤く染める。痛みに耐えているからか、唇を噛み声も出さずに耐えていた。麗蘭の突然の行動に声を荒らげる夏喜だが、彼女のおかげで鈴蘭を無傷で結界の外に出せた。すぐに結界内に戻り、麗蘭に駆け寄ろうとした時に、――影の異変に気付く。
「ジューダス! 祓うぞ!」
「――『丘へと登れ、ミストルティンの棺を担げ!
丘へと登れ、汝の名を刻んだ十字架を担げ!
天地よ、天使よ、大天使よ、
父なる神よ、預言者よ、神の使徒よ、
殉職者よ、告白者よ、清めし処女よ、祈りを掲げよ!
穢れを祓え!
悪を祓え!
魔を祓え!
葡萄とパンを持ち、その名を叫べ!』――」
ジューダスが悪魔祓いの呪文を紡ぐ。"名"のない影に対する未完成な祓の祝詞に神槍の穂先が眩く輝いた。
影の周囲を取り囲むように赤い魔法陣が出現する。その効果は祝詞による束縛であり、修祓のための門を開く。
「――善蘭・・・・・・あの子の、名前です・・・・・・」
夏喜に身体を預け、痛みに耐えていた麗蘭が口を開く。あの子とは――彼女が自らの腹に宿し、そして消えた我が子に他ならない。
「――『善蘭よ! 消えし者よ、天を仰げ!
善蘭よ! 宿されぬ者よ、頭を垂れよ!
善蘭よ! その禊を改め、汝の名を刻み、叫べ』――!!」
悪魔ではない影に対し、ジューダスは言葉を変えた。本来なら穢れし者、失墜者、追放者をそれぞれ悔い改める三構成の終の祝詞となるが、あえて別のものに変換し、悪魔祓いの形を成した。
赤い魔法陣のそばで、赤い十字架が八つせり上がる。それぞれが影の方を向き、次第に白く変化していく。
実体化のまま拘束されていた影は、徐々にその形状を崩壊させていく。桜のように散っていく姿を見つめる三人。その中で、――
「――消えないで!」
結界の外から、意識を取り戻した鈴蘭が声を荒らげた。消えていく自らの片割れに、涙を流して訴える。
「消えないで! うちを置いていかないでよ! ずっと一緒にいたんだったら、最後まで一緒にいてよ!」
それが鈴蘭の心からの願いだと、共に産まれるはずだった片割れへの、初めての言葉。
「ジューダス! コレを!」
夏喜が懐から取り出して投げたのは、ヒビの入った小さな箱――桐で出来た鈴蘭のへその緒がはいった臍帯箱。それを受け取ったジューダスが、神槍の穂先で"X"と刻んだ。
「――『天の逆月、地の万象、
彼岸の果てに巡る船出、
彼の戸の先に、新芽と咲け』――」
ほとんど塵となって消えようとしている影へと、ルーン文字を刻んだ臍帯箱から一条の光が繋がる。
麗蘭の子として名を与えられた消えた我が子。鈴蘭と善蘭のつながりを、彼女のへその緒を触媒にして接続し、――
「行かないでっ!」
「麗蘭! 名前を呼べ!」
娘の絶叫を、息子の名前を呼ぶように促された母が、静かに口を開く。
「――おかえりなさい、善蘭」
_go to "Qué Será, Será".
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