エンド・オブ・フォーマルハウト

まきえ

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<CHAPTER 03/一難去って/WORKING>

<Paragraph 10/解呪ノ儀(1)/Rut Of Hope>

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「確かに儀式の場所を探してっていったけどさ・・・・・・」

 鬱蒼とした木々を山頂へと抜ける風が揺らす。近くにはフェンスに囲まれた近代的な施設はあるが、人の気配はない。沖縄県内に点在しているアメリカ軍が管理する基地施設の一角である"八重岳やえだけ通信基地"。その入口の手前に、だだっ広い空間があった。

「遠くね? なぜここ?」

 夏喜が麗蘭に儀式の場所に指定した条件。

 霊場であること。普段人が立ち入らないこと。ユタとノロの関係が希薄な場所であること。この3つだった。そのためか、沖縄本島の本部もとぶ半島にある八重岳のいただき近くまで登ることとなった。麓から山頂に続く整備された道の端には、千本鳥居のように続くカンヒザクラがアーチ状に植えられており、日本一早い桜の開花スポットとなっている。

「なんでママまでいるのさ。てか何するの」

 夏喜の運転する車(昨日の事故により別の車に変更)とは別に、麗蘭も自身の運転で到着していた。

「夏喜様、ここは沖縄の桜の名所として知られている場所ですが、旬でない時期はほぼ人が寄り付きません。また、戦時中は日米両軍が直接対峙した激戦地だっただけに、かなりの霊場と昇華されております」

 桜の樹の下には屍体が埋まっている、とは古くから云われる噂だけあり、桜など生の美しさと屍など死の醜さは対比として結ばれがちではある。

「鈴蘭、今からここで君についている影の除霊を始める。わたしの話をよく聞いて、そして遵守してほしい」
「い、いきなりなに・・・・・・?」
「沖縄式の神道は降霊に特化しているから、こちらの方法でやらせてもらう」



 夏喜による除霊の儀式は5つの手順で行われる。

 手順1、"憑き物"の具象化。これは鈴蘭に憑いている影を浮き上がらせ、固定するための前準備。

 手順2、"憑き物"との対話。これにより、影の在り方を"自白"させる。

 手順3、"憑き物"の名をもらう。名前にはたましいが宿るとされ、悪魔祓いとしても重要な項目とされる。

 手順4、"憑き物"を神に上げる。人にも神にも成れない存在であった"憑き物"を文字通り神の位に持ち上げる。

 手順5、"憑き物"がいた空白を埋める。鈴蘭の体質上、良くないものを集めやすく、それを防ぐために変わりとなる神格化した霊体を降ろす。これには、手順4にて神に成り上がった"憑き物"そのものを転用する。



 この手順により、影の"在り方"だけを書き換えることとなる。そのための儀式として、そして外間家としてノロにもユタにも繋がりを持たない方法を用いることとした。

「君は儀式の間、目をとざし、口をつぐみ、耳をふさぐ必要がある。それは、あえて君の存在を影から隠す意味合いを持つ。目隠しと猿轡さるぐつわと耳栓で無理やりする方法もあるけど、それは邪道だ。君の尊厳は護らないといけない。君は、。だから、君を。信じてもいいかな」

「え。あ・・・・・・。うん・・・・・・」

 夏喜の強い視線と言葉に、鈴蘭の言葉が一瞬淀むが、信じたいと告げられたことで小さくうなずいた。

「麗蘭。念の為に言っておく。見るな聞くなとは言わないが、声は出さないでくれ。理由はわかるね」
「はい。もしものために、わたくしに被害が及ばぬように、ですね」

「ナツキ。用意ができた。いつでもいいぞ」

 ジューダスは手にした神槍で地面に大きな魔法陣を描いた。相生・相克を意味する陰陽道における"木"・"火"・"土"・"金"・"水"の五行思想を中心に、"昇華"と"退化"を上下にし、"陰"と"陽"の因子で挟む。陰陽五行とは違う構造ではあるが、琉球神道からあえてずらす術式を西洋の神具を触媒に展開させた。

 あまりにも歪な結界。昨晩、夏喜が麗蘭と別れた後に結界図の下地を見せられたジューダスだが、あまりにもねじれた構造に頭を捻った。これでは鈴蘭に危険が及ぶ可能性を指摘するも、『わたしに任せなさい』と強行された。

「鈴蘭、手首と足首にコレを付けて」

 夏喜が鈴蘭に手渡したのは、和紙でできた更紙さらしであり、両面テープで固定する簡素なもの。だが、内側の中心にはルーン文字による祝詞のりとが刻まれている。これが鈴蘭を護るための護符となると付け加えた。

「よし。結界の中心で手を組んで座って。あ、お花を摘むなら今のうちよ」
「い、いかないし! 来る前にすませたし!」

 最後に鈴蘭を茶化して結界内へと見送る。まだ若い鈴蘭は大人の茶化しに動揺するが、夏喜からすれば緊張を緩和させる意図があった。今から始まる儀式はぶっつけ本番の一発勝負。お互いに失敗は許されない。

 人を呪わば穴二つ。その逆も然り。祓う行為の失敗は、呪詛返しによる実害がある。そのためにも、夏喜の気遣いは重要であった。

 結界の中心で鈴蘭が佇む。淡い微光を放つ結界線。霊場とは魔力の壺。結界を介して現実世界で知覚化される現象に、鈴蘭は驚きを隠せない。

「おーい。準備はいいか~」

 夏喜の声を聞き、慌てて手を組んで膝を付く。奇しくも祈りの形となった祓いの儀式が始まる。



///



「――やはり、あの『影』は危険だ」

 儀式が始まる前。昼過ぎのホテルの一室で儀式の準備をしている夏喜に対してジューダスが口を開く。

 前夜の出来事から、一度状態の落ち着いた鈴蘭は麗蘭と自宅に帰し、準備ができ次第迎えに行く手筈となっていた。その前準備として、不確定要素を排除するために午前中を使って鈴蘭には内緒で調査をした。

 秘密の調査――鈴蘭と共に"肝試し百峠"をしたA子とBパイセンからの聴取。いくつか確認したい事実があったが、夏喜が思った以上に危険な情報だった。

 浦添うらそえ城址から首里しゅり城に向かう道中のトンネル。あのトンネルに対し、影は異常なまでの反応を見せた。そして、そのトンネル内にあった事故の跡。その2つが関係しているのかもと思っていただけに、A子とBパイセンへの聴取は無駄ではなく、むしろ大きな成果だった。

「危険は危険よ。だからこそ、今日で決めるわ。『かれ』は野放しに出来ない。鈴蘭の人生は必ずどこかで破綻してしまうもの。鈴蘭が知らぬところで起こる怪異は、全部彼女を護るため。けれど、さすがにはやりすぎだ」

 和紙にルーン文字を刻む。一文字書くたびに青白く励起する。両手足首分書き終え、呪詛返し対策としてインナーの背中部分に同様の術式を組み込む。

「・・・・・・これでオッケーっと。少なくともわたしが取り憑かれる最悪だけは回避しよう。ジューダス、もしもの時は、わかっているね」
「ハズレくじだ。お前は、初めからオレに最後の尻拭きをさせるハラだったんだろう」
「それだけ信頼してるってことじゃん。そのための幻想騎士レムナントだ。わたしの寿命を半分も費やしたんだから、君は成果を出してもらわないと。わたしはそれができる人選をしたと思っているよ」

 軽口の魔女。けれど、彼女たちが今からすることは、降霊術でも悪魔祓いでもない。1つの存在を神に御仕上げる偉業であり、信仰の実績がない邪道。夏喜はA子の言葉を反芻した。

「・・・・・・これはもはや外間家だけの問題ではない。A子は鈴蘭に怯えている。青い春に紡いだ友情は一生モノだ。こんな形で仲違いするのは、あまりにも不憫でならないよ」



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