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<CHAPTER 03/一難去って/WORKING>
<Paragraph 9/輪廻の蛇/Annulus>
しおりを挟む――日をまたぎ、深夜になった。
影の影響が出た鈴蘭は、トンネルから離れることで影は鳴りを潜め、それに引っ張られる形で鈴蘭自身も眠りについた。後部座席で横になり寝息を立てているが、その内部からは未だ黒い影の気配が蠢いている。
沖縄中南部の西海岸沿い。夏喜の咥えるタバコの煙は海風に溶ける。全身を包むは潮の匂い。傍らに立つジューダスが眺める水面には、反射する月明かりが静かに揺れていた。
「おまたせしました。遅くなってしまい申し訳ありません」
琉装姿ではなく、普段着を召した麗蘭が姿を表す。暗めのサイドスリットワンピースの下に、色落ちのした薄い色のスキニーパンツ。強い海風が身体を冷やすのを防ぐために厚手のストールを羽織っていた。
「わたしが着替えておいでと言ったんだ。君が謝罪することではないよ」
深い宵闇を月明かりが照らす。満月とはいかないが、それでも月は星々の輝きを奪うほど大きい。
「鈴蘭の影のことは大体わかった。けど、その前に君に聞きたいことがいくつかある。いいかな?」
「はい。わたくしで力になれるのなら何なりと」
「単刀直入に聞く。まずは、――鈴蘭の出生についてだ」
その質問は、彼女の予想の中にあったのだろう。表情一つ変えず、けれど、何かを覚悟したように麗蘭は口を開く。
「鈴蘭の父親は、すでにこの世にはいません。そして、そのことすらあの娘は知りません」
「それはご愁傷さま。けど、故人の死因はおよそ関係がない」
冷たい言葉が麗蘭に向けられる。けれど、それすら飲み込むように受け止めていた。
「はい。存じております。父親らしいどころか、――乱暴をされて出来た娘ですので」
鈴蘭の父親は、見ず知らずの男だった。出会いもなく、素性も知らぬ男に夜道で襲われた麗蘭の身体は、何故かすんなりと子を宿した。夜遊びがたたった不幸か、一方的に組み伏せられた麗蘭には為すすべもなく、ただ時間がすぎるのを待っていた。受入れたのではなく、諦めた。そのことで、苦痛を伴う行為自体が早く終わるのならと、初めての行為は不運のもとに終を迎える。
その後、被害届を出し、男の身元は判明した。が、麗蘭の抵抗がなかったことから不起訴となり、彼女1人がさらなる苦痛を背負うこととなった。時代が違えば、彼女の苦しみは多少なりと緩和されていたのかもしれない。けれど、当時の警察関係者は彼女の混乱をなだめることはなく、1人で夜道を歩く本人が悪いといさえ言う者もいた。多くの問題がある中、そのような状況であれど、宿った命に罪はないと、父親となる存在を麗蘭の中に封印することで鈴蘭を出産することとなった。このことで、より麗蘭の合意のもとという認識が広まり、男は無罪放免となった。
「――当時と現在では、見方は変わっていたのかもしれません。ただ、時代が法に追いついていなかったと思っています。けれど、天罰はありました。わたくしに乱暴を働いた男は、後日事故により亡くなったと。報道もされていたのでこれは事実でございます」
「苦しい過去を話してくれてありがとう。やはり、君は護られたようだ」
「どういうことでしょうか」
夏喜は麗蘭の疑問の表情を見て、車の中で眠る鈴蘭の顔に視線を移す。親子だけあって似ている。肌は焼けているが、若い頃の麗蘭も同じような顔をしていたのだろう。
「確認したい肝心なことだ。君は、――他にも身籠っていなかったか?」
「・・・・・・気付かれて、しまったのですね」
「ええ。初めはわからなかった。けど、鈴蘭の恐怖心に反応する『彼』は、もしかしたらと思ってね。君には、影がなにかずっとわかっていたんだろう」
鈴蘭を覆う影。夏喜のように娘の寝顔を眺める麗蘭だが、その視線はどこか透けている。
「バニシング・ツイン。あの時、わたくしは双子を妊娠していたようです。ですが、妊娠初期に1つの胚はわたくしの子宮から消失していました」
医学的にはあり得る事象ではある。麗蘭は当初、二卵性双胎でありながら1つの胎盤で2つの胚がある一絨毛膜性双胎という稀な状態で妊娠していた。だが、そのうち1つの胚は、早期に胎盤内から消失しており、母体に吸収されたことで、結果として単胎妊娠になったと告げられた。その後、鈴蘭だけを出産することになる。夏喜は、鈴蘭自体を護る影の正体は、この時消えてしまった片割れの胎児の魂であると推察していた。
「バニシング・ツインが起きた場合、二重人格になる事例がある。その人格をイマジナリーフレンドのように接する場合もあると聞く。けど、鈴蘭の場合は、人格ではなく、独立した魂の状態に近い。独立した魂だからこそ、彼女は『彼』の存在が知覚できていないのかもしれないね」
「はい。"憑き物"の正体は、早い段階から気付いていました。それは、母親としての勘なのか、ノロとしての性質なのかはわかりかねます。表に出ることはなく、守護に特化した存在であるのならと、わたくしは静観していました。ですが、それが影となり、周囲に怪異を起こしてしまっては、わたくしの立場としては対処が必要となってしまいました。事の詳細をお話することができず、夏喜様にもご迷惑をかけてしまい、申し訳なく思っております」
麗蘭としての不幸は、自身が招いた現象に娘を巻き込み、それでいて自身で解決できない状況にある。母親としての立場より、仕来りを優先しなければいけないジレンマこそが彼女の最大の不幸であると自覚していた。
「それは違うぞ、麗蘭。『彼』は母を護り、そして鈴蘭が生き残るように護っていた。それを不幸というのは、『彼』が救われない。宿った命に罪はないと、そういったのは君だ。なら、『彼』の存在は、君が望んだものだ。だからこそ、それを否定してはいけない。それが、母なら尚更だ」
「・・・・・・そうですね。夏喜様の言うとおりでございます。名前どころか、戸籍すら存在しなくとも、確かにわたくしの中に宿った命の1つです」
「ナツキ。お前は影がレイランを護ったと言ったな。それはどういうことだ」
黙って話を聞いていたジューダスが口を開く。ジューダスには、夏喜ほど事の全容は読み取れていない。
「『彼』は今、鈴蘭を護っているようだけど、元は麗蘭の腹の中にいたんだ。その時は麗蘭の感情に反応していてもおかしくはないよ。言い方は悪いけど、怪異の行動理由はすごく単純だからね。だからこそ、麗蘭に向けられていた悪因を潰したんだろう。今となってはわからないけどね」
「それと今回のスズランの件はどう繋がる。確かに"肝試し百峠"で影が著しく反応して今の形になったと考えられるが、憑依までするのは度が過ぎるぞ」
「憑依?」
「いいの。君は気にしないで。ところで麗蘭。今回の依頼、君は3つ提示したね」
1つ目は――鈴蘭の"憑き物"の排除。2つ目は――発生源の特定。3つ目は――浄化。
「そのどれも、君はいいのかい。わたしが依頼を完遂すると言うことは、『彼』との別れだ。君には、その覚悟がある?」
「・・・・・・はい。覚悟は、依頼を出した時にできています」
静かに紡ぐ。その覚悟が正しいか否かは、夏喜が決めることではない。けれど、覚悟とは引き金である。夏喜はその代行に過ぎない。だからこそ、麗蘭の最後の意思を聞くことが、夏喜の目的だった。
「わかった。君の覚悟は確かに聞いた。明日の夜、鈴蘭から『彼』を引き離す。そのために麗蘭、君に1つ頼みがある」
月下のもとで強く吹く海風。鈴蘭たちが最後に訪れた火災のあったダンスホールの近くで、夏喜は麗蘭にメモを渡した。
_go to "Rut Of Hope"".
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