エンド・オブ・フォーマルハウト

まきえ

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<CHAPTER 01/神の奇跡/HELENA>

Paragraph 3/黄昏に生きる/God Knows

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「伯爵との話は終わったか」

 夏喜とジューダスが和食レストランの外に出ると、ヒース=ベールが待っていた。足元には、すでに火の消えたタバコの吸殻が数本落ちている。

「何で待ってるのよ、エージェント・スミス」
「ヒースと言っただろう、ミスターアンダーソン。ごっこはいい。あれはちゃんと隠せよ。オレにまでとばっちりがある」

 ヒースの言うあれは、先程ケビン=ゴッドバルト伯爵から渡されたものに他ならない。退室の際、ケビン伯爵がヒースは信用に値する男だと言っていたが、夏喜の表情は暗い。

「ナツキ、お前はあの部屋に強制誓約ギアスの下地があるのは気付いていただろう。なぜ泳がせた」
「あ、バレてた? 協会の顔役があれだけの事をしたのよ。うまい話だろうなって思ってね」
「うまい話ってお前・・・・・・」
「何よ。ジューダスだって最初から気付いていたくせに、人に言えた話ではないでしょ」
「マスターの意向に沿うのが幻想騎士レムナントというものだろう。雇い主が曲者だと難儀するな」
「そうだな。まったくだ」
「なんじゃいお前ら、わたしの文句は伯爵に言いなさいよ」

 不貞腐れる夏喜がポケットからタバコを取り出し、火をつけて紫煙を揺らした。

「とにかく、伯爵からの依頼が済んだのなら移動しよう。ホムンクルスの受け渡しがある」
「あの子さ、ホムンクルスってことはやっぱ短命?」
「知らん。だが死なせるなよ。深くは知らんが生きていることに意味がある」
「かなりの魔力があったな。単純にみてもオレたち三人が倍いて足しても及ばないほどだろう」
「あ、わたしも思った。そりゃ偽物とはいえ吸血鬼騒動にもなるよね。暴走して触媒になっても魔炉も破損してなかったし、もしかしてあれも爆弾になるのかな」

 タバコがフィルターまで近付くほど力強く吸い、濃い煙を一気に口から吐き出す。うまい、と満足そうに息を吐く夏喜の様子を、ヒースは黙って見ていた。

「な、なによ・・・・・・」
「ああ、いや。こうも気持ちよくタバコを吸う女がいるんだなって思ってな」
「ええ~褒めてるの? わたしに惚れても貢がないわよ」
「バカ言え。オレのタイプは背が高くて胸もケツもデカい東洋人だ。チビのお前は東洋人以外に魅力はない」

 ちなみに夏喜は日本人の女性としてかなり平均値な身長と肉付きをしている。欧米人から見れば確かに背は低いが、端的にチビと言われる筋合いはない。もっとも、それを言うヒースが長身なだけなのだが。

「やっぱわたし、君のこと嫌いだわ」
「やれやれ。最初の依頼の子供を引き取りに行くぞスモーカー共」



 ジューダスに則されてそうこうしているうちに、バークレーストリートから移動した夏喜たちであったが、次の目的地はロンドン一有名な場所だった。

「やっと着いたわ、麗しの時計塔ビッグ・ベン

 ロンドンのランドマークにして、第一魔法協会の本拠点。ウェストミンスター宮殿に付属する形で建てられ、レンガの下地と鋳鉄の尖塔せんとうからなり、女王の加護を受けた建造物である。

「保護室って伯爵は言ってたけど、どこにあるのよ」
「そういうのは地下と相場が決まっている」
「さいですか」

 ヒースの案内で足早にウェストミンスター宮殿の敷地を進んでいく。夏喜としては観光気分を味わいたいところであるが、そんなのことお構いなしと彼の足が止まることはない。

「時間は金に変えられん。無駄にすれば金も減るからな」
「せっかちめ」
「よく言われるよ。ほら、これが地下への階段だ」

 あれこれ小1時間歩いている夏喜たちであったが、やはり歴史ある建物である時計塔の地下へ至る道程にエレベーターの類はなかった。

「現代化の影もないわね」
「150年前の建物だからな。増築の計画はあるらしいが、なんせ表では観光地だ。ある方がいいとの声もあるが趣がなくなると反対するやつも多い。オレとしては人流を止めてでもやるべきと思うよ」
「まぁ・・・・・・人流が止まるのは二十年は無理よねぇ」
「ん? それはどういう意味だ?」
「なんでもない。忘れて」

 夏喜の話の意味を理解出来ぬまま、石造りの階段を降りていく。壁側には小さな篝火かがりびがいくつか灯っているが、外の光が一切はいらない空間だけに足元は心もとない。

 数百段階段を下り、ようやく目的の保護室に到着した。

 中は妙に湿気が多く、ひんやりとしてわずかにカビ臭い。天井や壁には配管のようなものがむき出しになっており、水滴が時折落ちた。

「・・・・・・」

 ジューダスは夏喜の顔を見る。部屋に入った瞬間から、明らかに機嫌が悪いことが伺えた。彼女の性格を考えれば、思わぬ行動に出ないか心配している。

「一番奥だな」
「・・・・・・おい、ヒース。保護って言ってたわよね」
「ああ。言ったな」
のどこが保護なのよ」

 夏喜の視線の先――鉄格子の中に横たわる子供が、鋭い目つきで睨みつけていた。口には封声節と呼ばれる声を発するのを封じる布が巻かれ、両手は拘束着を着せられ、両足も何本ものベルトで締められている。

 怒りの表情をしているのは、横たわる子供だけじゃない。それ以上の形相で、夏喜がヒースの胸ぐらをつかんで力強く壁へと押し付けた。

「明らかに過剰でしょう。わたしにはこの子はハンニバルには見えないわ」
「協会にとって保護も拘束も同義だと知っていただろう。手を離せ」
「ふざけんな! あの子は被害者でしょう! 人道的に許されないわ!」
「人道的だと? あれはホムンクルスだ。しかもヒトの形をした原子炉級のな。それを抑え込むのもお前の仕事だ。これはそのつなぎでしかない」
「君、やっぱり嫌いだわ。伯爵が君のことを信頼できるって言ってたけど、人の話は当てにならない」
「安心しろ、オレもお前は好きじゃない。相思相愛だな」
「テッメェ・・・・・・」

 夏喜の握りこぶしに力が入る。怒りに任せてヒースに殴りかかろうとした瞬間、ジューダスが鉄格子を無理やりこじ開けた。

「何をやっている幻想騎士」
「マスターの意思を組むのがオレの仕事だ。ナツキがこの状況を気に入らないなら、是正するために動くだけだ」
「勝手なことをするな! それの中にはまだ悪魔の残渣がある! 浄化を遮れば呪詛返しが貴様に来るんだぞ!」

 ジューダスの手にはいつの間にか神槍が握られていた。彼の意思により虚空から出現した神代の武器の穂先が、地面に"内なる自己"を象徴するルーン文字を刻んだ。



「――『マンナズ』――」



 獣のようにうなる声すら抑制され、憤怒の表情をしていた子供が意識を失うように眠りについた。それに伴い、体内から悪魔の残渣が黒いもやとなって浮き上がる。

 それに対し、夏喜が懐からデリンジャーを取り出し、迷うこと無く引き金を引いた。乾いた発砲音が石造りの部屋に木霊し、夏喜の魔力から精製された半霊半物の弾丸が黒い靄を貫くと、光の粒子となって四散する。

「ジューダス、その子の拘束を解きなさい。今すぐに」
「了解した、マスター」
「悪魔の気配が消えただと・・・・・・。エクソシズムでもないのに。何をした、クラヤマ」
「元凶を殺しただけよ。クソ魔術師は黙ってなさい。ジューダス、拘束を解いたらその子を担いで。こんなカビ臭いところすぐにでも出るわ」
「ああ、任された」
「おい待てクラヤマ! どこに行く気だ!?」
「その子と一緒に帰るのよ。匿う依頼なんだから当然でしょう」
「待て待て。日本にか? これからか?」
「うっさいわね! これから! 日本に! 帰るの! ドゥーユーアンダスタン!?」
「ナツキ、ちょっと落ち着け。ヒースは足の心配をしてるんだろう」
「うっせー! 心配されなくても歩いてでも泳いででも帰っちゃるわ!!」

 鼻息荒く夏喜は一人先に保護室を後にした。残された男二人は顔を見合わせる。

「騒がしくてすまんな、ヒース。ああなったら話は聞かない女だ。落ち着かせたらまた連絡しよう」
「幻想騎士に心配されるマスターなんて聞いたことがない。・・・・・・まあいい、任せた。表に出るならロンドン橋でこれを使え」

 ヒースがジューダスに指輪を投げ渡した。ヒースが指にはめているものとはわずかにデザインが違うものであったが、出口専用の鍵らしい。

「ああ、承った」

 ジューダスもホムンクルスを抱えて、夏喜を追うように部屋を後にする。



「――落ち着いたか?」

 ジューダスが時計塔から出ると、ウェストミンスター橋に持たれてタバコの煙を揺らしている夏喜の姿が確認できた。

「わたしはいつでもれいせいです」
「強がりさんめ。それで、勢いよく外に出て、どう帰るつもりだ? オレの身分の偽装はできても、この子は無理だろう。寝てる子を抱えて飛行機にでも乗れば人攫いと疑われるそうだぞ」
「何よ、君はわたしのこと笑うの?」
「いいや、至極人間味のある反応だったと思うぞ。実にお前らしい」
「・・・・・・うっさい」

 まだ半分ほど残ったタバコの火を消す。快晴なロンドンに紫煙が馴染んでいく。



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