エンド・オブ・フォーマルハウト

まきえ

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<CHAPTER 01/神の奇跡/HELENA>

Paragraph 0/夏喜という女/The Witch

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 スノードン山での悪魔祓いを終えて半日後。曇天が夕刻の空に広がり、異国の夜は冷えるのが早い。

 倉山夏喜は現実世界と隔絶された結界を解き、救出され暗示で深い眠りについている子供を抱えたジューダスとともに麓から離れた場所にある小さな教会へと到着していた。人里からも少し離れた場所に位置する教会は、石造りの立派な広場とは裏腹に建物自体は年季が入り、窓ガラスにはヒビが多く見られる。建物内から光もこぼれず、仄暗く不気味とすら感じる。

「おお、ミズ・クラヤマ。ご無事で何よりです」

 夏喜たちが教会の石畳を進むと、木製の扉が開いてにこやかに笑う牧師――ローワンが出迎えた。黒の長衣と白のタイのジュネーヴ・ガウンと呼ばれる祭服を着こなし首には十字架を垂らしており、どうぞこちらへとジェスチャーをしているが、扉の前まで進んだ夏喜の足が止まる。

「依頼された『吸血鬼退治』はだいたい終わったよ。もっとも、吸血鬼と呼ぶには造形も意味合いも違うものだったけれど、あなたの依頼の進捗は良好だ」
「ならば、完了手続きを致しましょう。自営業フリーランスのあなたに事の処理を頼んだ以上、形式を通さねば上がうるさいのです。ささ、こちらへ」
「ときに牧師よ、依頼のときはこちらで騒がしいほどに遊んでいた子供たちはどちらへ。この教会は孤児院としても機能していたはずだろう」
「それでしたら人払いも兼ねて、子供たちは村の集会場で小さなパーティー中ですよ。吸血鬼騒動で村は大騒ぎでしたが、たちの悪い噂だったと情報を上書きしています。今は大人たちも一緒になってグラスを持っているはずです」
「そうか。難儀だったな、ローワン牧師。君の表情が明るいことがその証拠なのだろう」
「ええ。ですから、――」

「して、なぜ君はを見ようとしない。救助した子供を抱えているのは彼だぞ」

 夏喜の後ろに立つジューダスは表情こそ変えないが、目の前に立つローワン牧師は決して彼に視線を送ろうとはしなかった。幽霊のように初めから見えないような、または、見てはいけない恐怖の対象のように。

「君から見れば、彼は何だろうな。そもそもわたしもだが。魔女の所業は異端だったかね?」
「え、ええ。い、いや。そんなことはございません。彼にも、とても感謝しています。初めこそ驚きはしましたが、まさか、かの使徒だとすれば、ワタシのような者には到底――」

「到底、受入れられるものではない。君の顔にはそう書いてあるようにみえるよ、ローワン牧師」

 受入れられない。過去の人物の映し身である幻想騎士レムナントとして夏喜に使えているジューダスは、ローワン牧師が崇拝している宗教の始まりまでさかのる存在であり、神の子に使えた正当な使徒の一人だ。だからこそ、彼がここに立ち、自分たちのために動いていることこそが、奇妙な出来事であること感じている。

 『裏切りの聖者』と言われた十二番目の男が、健気に責務を果たしている。それこそが、神の子の裏切りであるとすら感じている。

「やめてくださいよ、ミズ・クラヤマ。ワタシにも立場がある。けれど、組織から見れば異端でも、在り方がどうであれ、あなたは我々の問題を解決へと導いた。それを受け入れるだけの器はあります」
「器、ね。まあいい。ならばローワン牧師、先から気になっているが、なぜ君の教会は明かりがついていない。いくら子供たちが出払っているからと言っても、すでに日は暮れて外は暗い。これでは、中も真っ暗とは言わずとも暗いだろう。その中で事後処理をしようとしていたのかな」
「ナツキ、もういいだろう。意地悪がすぎるぞ」
「ジューダスは黙っていてくれ。ローワン牧師、納得がいく答えを聞かせほしい。率直に言えば、わたしは君を信用していない」
「・・・・・・なぜです」
「君はわたしに嘘をついた。嘘をつくということは何だと思う。隠し事があるからさ。
 吸血鬼騒動の田舎に、孤児院から連れ去られた子供、プロテスタントの管轄内での、そして、孤児院を兼ねているはずの教会にしては、あまりにも生活環境が整っていない。ボロボロの建物なのに、異常なまで整備された石造りの広場。
 これでは、勘定が合わない。蒔かぬ種は生えないNothing comes of nothing.。さて、はっきり言うぞ、ローワン牧師。

 ――

 コツコツと、夏喜がつま先で石造りの地面を蹴る。固く、冷たい音が響く中、笑みを絶やさなかったローワン牧師の顔から感情が消えた。

「君ははじめからきな臭かった。プロテスタントの管轄内なのに、なぜわたしを最初に選んだ。内々で済ませればいいことを、わざわざ無所属に依頼すること自体が後ろめたさの証明だよ」

「やれやれ。異端の魔女め、勘のいい女だ。黙って仕事を終わらせて帰ればいいものを」

 ローワン牧師が眉間にシワを寄せ、汚物を見るような目つきで夏喜とジューダスを睨みつける。先程までの仮面は見る影もない。

「だが、ここで気付いたところで帰ってくれれば関係がない。さあ、仕事を終えたのなら手続きを終えて早く帰れ」

 急に態度を変えたローワン牧師だが、夏喜は動かない。後ろに立つジューダスは、彼女の考えが何となく察しており、やれやれとため息をこぼす。

「君の依頼は"吸血鬼退治とこの子の救出"、だったな。なら、後半の依頼解決をしようか」

 夏喜はおもむろに懐から取り出したデリンジャーの銃口を、ローワン牧師の額に押し付けた。夏喜の表情は冷たく、ローワン牧師は額に感じる金属の冷たさに全身がこわばる。

「な、何のつもりだ・・・・・・」
「言ったでしょう、後半の依頼解決さ。邪推せざる得ない状況だ、これを降ろしてほしければ、下の実情を話すんだ」

 石造りの広場の下。つまりは、教会のということになる。地上で見える小さな教会の建物では、孤児院としての機能は到底期待できない。なら、地下にその施設があるのならば。けれど、光も入らない地下空間で多くの子供を養うという事実は、それはそれで受入れられない。

「説明は嫌かな、ローワン牧師。そもそも救助を依頼した子はここの地域の子供ではないだろう。この村は昔ながらの閉鎖地域だ。日本人のわたしだってかなり気を使っている。だが、この子はどう見てもアジア圏の出身にしか見えない。その子が、孤児としてこの地域にいる事自体が不自然だった。それに、この子を攫った吸血鬼とかいう輩は、実際には悪霊使いだった。明らかに系統が違う。事もあろうに、この子はかなりの素質を秘めていた。君の話は何から何まで不自然だよ」
「だ、だったら何だ!? 異端の魔女に何の問題がある!?」
「別に。わたしは正義の味方じゃあない。誰も彼もは救えない。ただ、依頼を受けたのなら、それを遂行する責任ある大人ではある。わたしは仕事は投げないビジネスウーマンだからね」

 カチリと、撃鉄が上がる。もとより暗殺向きの銃であるデリンジャーに装填された実弾は、この距離ならば十分な殺傷能力がある。

 ローワン牧師は首から掛けた十字架を握った。自らの悪事はまだ公にはなっていないのに、それら全てを悟られ、数秒後には脳漿を撒き散らしている幻覚を見るほど、夏喜の目に感情はなく、金属の冷たさがより一層それを強固にした。

「神頼みか、ローワン牧師。命を張るギャンブルは苦手かな。だが、祈る神は慎重に選べ。六十億いる人間全ての祈りを丁寧に聞けるほど神は暇じゃない。件の神はいつも忙しい。君の祈りを届ける先が留守じゃないといいな」



「――そこまでにしておけ、クラヤマ」



 気付けば、教会の敷地の入口に、夜なのに黒い色の入った丸眼鏡を掛けた背の高い男が立っていた。2メートル近くあるだろう身長に、肌寒いのにタンクトップと南国の観光客のような花柄が派手な短パン、けれど登山用の靴とかなり難のあるファッションセンスをした男が口にしたタバコの煙を揺らしている。首には磔を模した十字架を掛けていた。

「誰かは知らないけど、邪魔しないで。これはわたしの仕事よ」
「お前の暴走を止めるのがオレの仕事だ。銃を降ろせ。そいつはこちらで拘束する」
「ふざけないで。競合ならなおさら聞けないわ。わたしのトリガーの後に拘束したらいいじゃない」
「それじゃ意味がないだろ、殺すなと言ってるんだ。貴様もマスターを止めろ、幻想騎士。暴力は神が許さない」
「・・・・・・やれやれ、どいつもこいつも"神"は免罪符じゃないんだがな。ナツキ、あの男は誰か知らんが銃は降ろせ。強行突破なら話の後でも十分だ」
「君はどっちの味方なんだ、ジューダス。ちっ、テンション下がる。こういうのは勢いが大事なのに」
「勢いでターゲットを殺すな、バカ。ローワン牧師、貴様には多くの疑惑があるが、その女に殺されたくなければおとなしくしろ。捨てた命は拾えないからな」
「・・・・・・あ、あ。ああぁ」

 死の恐怖からローワン牧師が崩れ落ちた。額からは大量の汗を流し、あまりにも強く掴んでいた十字架の鎖が切れる。カラン、と。何かが落ちた。

「・・・・・・悪趣味ね。偶像禁止のプロテスタントはやはり隠れ蓑か」

 ローワン牧師の傍に、手にしていた十字架とは別のものが落ちていた。赤い眼のようなものを貫く逆さ十字の意匠。夏喜がそれを拾い上げると、――



「・・・・・・おぇ」



 眼球が小刻みに震え、視界が揺れたことで唐突な吐き気に襲われた。

「おい、大丈夫か」
「・・・・・・大丈夫。問題ないわ」

 夏喜が心配するジューダスに強気に見せる。夏喜は見なくてもいいものを時折降ってくるように見てしまう体質であるため、油断していたこともあり強いストレスで軽い目眩が発生していた。

「その子供を連れてお前たちも一緒に来い」
「泥棒猫に従う義理はないわ。わたしたちは帰るわよ」
「仕事の依頼だ。依頼主は――第一魔法協会のケビン=ゴッドバルト伯爵だ」

 その名を聞いた夏喜は、ああ、これは厄介事だと、最大級のため息をこぼした。



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