エンド・オブ・フォーマルハウト

まきえ

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<PROLOGUE/撃砕雷霆>

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 イギリス、ウェールズのグウィネズ州にあるスノードン山の麓で、巨大な結界の帳が降ろされた。現実世界から隔絶され、如何なる被害をここで収束させるべく、一人の魔女が奮闘する。

 ショートカットで赤毛の混じる黒髪の魔女の首に掛けたペンダントが、キラリと光る。

 金と銀、鋼に水銀、特殊な製法で作られた合金は、金型ではなく削り出しの土台。赤い宝石をその土台で挟み込むようにして取り付け、骨董魔具アンティークの鎖を再利用して穴に通して、首に掛けていた。

 走るたびに揺れる鎖が首を刺激する。けれど、その刺激は集中を欠くことはない。けれど、心しか気持ちが高ぶる。

 気持ちは前向きにならなければ、判断が鈍る。判断が鈍れば、命を削る。命を削れば、その先はない。



「わたしがを止める。ジューダス、トドメは君に任せるよ」

 手のひら大の小型拳銃デリンジャーに魔力を通す。内部で錬成される弾丸は、神話を再現するに値する一品。いかなる魔術的現象を撃ち抜く"弾貫"の性質は、魔弾となって空間を貫く。



「――『黒鉛こくえんつがい、アシュライ・クラフトの門番もんばん十三じゅうさん城壁じょうへきよ、はかりかせ審判しんぱんとなれ』――



 四節の詠唱に弾丸が呼応する。レミントン・ダブル・デリンジャーのグリップに埋め込んだ宝石内で、新たな術式が構築され、錬成した弾丸へと導入インストールされた。



 狙うは――悪魔に惑わされ魔物と化した、死を超越し、死を冒涜した悪霊使い。



「あれはすでに人の負える存在じゃないぞ、ナツキ。悪魔祓いの術式でなければ、あの存在は消えない。一度体勢を・・・・・・」

 ジューダスと呼ばれた、暗く蒼い修道服を着た男が口を開いた。手には、穂先が禍々しい造形をした槍のようなものを握り、目の前に蠢く悪魔を睨んでいる。

「エクソシズムは君の管轄だろ。聖職者なら、これくらいしてもらないと困る」

 制止の言葉は聞けない。ナツキ――倉山くらやま夏喜なつきにとって、引くという選択肢はすでにない。目の前の魔物は、すでに際限がない。このままでは膨らみ続け、憎悪と悪霊を周囲に撒き散らす。耐性のない人間がそれを浴びれば、またたく間にアンデットの類へと生まれ変わるだろう。

 だからこそ、夏喜にはここで事を終えないといけない責任がある。

「クソ、人使いが荒いマスターだ。聖職者全員が悪魔祓いをできると本当に思ってるのか」
「思ってないよ。けど、そのならばそれに近いことはできるだろう。繰り返しになるけど、できないでは困るってもんだ」

 ジューダスが手にしている槍は――神代の代物。長腕と評された太陽神が用いた、必殺の槍・ブリューナク。歪な五尖槍を介して雷を呼ぶ。その火力ならば、存在するものなら打ち勝てない道理はない。

 膨らむ憎悪。二人の目の前にいる存在は数刻前まで人の形をしていたが、触媒となった子供の特異性を利用して悪魔に魂を売り、魔物へと変貌した。



 ――悪魔とは。人を誘惑し、失墜を先導する事象。

 形は何だって良い。結果だって何だって良い。人の闇堕ちこそが悪魔の所業であり、存在意義である。

 その形が、今回は子供を触媒としたアンデットの腹となった。



 悪霊使いの雄叫びが空気を震わす。湧き上がる悪意は触れるもの全てを闇に染め、鍋底の焦げよりもひどくこびり付く。発生が人の多いところであれば、きっと誰も救えない。



 けれど、幸いなことに、今この場には生きた人間は倉山夏喜一人しかいない。彼女のそばに立つ男は人ではなく、彼女が青い魔石を触媒にして召喚した過去の人物――幻想騎士レムナント・ジューダス。

 魔法の一端で受肉させた、奇跡の形。その彼が手にする太陽神の神槍の穂先に電気が跳ねた。



 悪霊使いが振るう腕が、夏喜とジューダスに襲いかかる。目の前にいる敵を駆逐せんと猛襲し、生み出された悪霊が広範囲にも及ぶ津波のようになだれ込んだ。



 それを、隙間を縫うようにして夏喜が躱す。避ける。わずかに捉えた標的にトリガーを引く。一条の弾丸は吸い込まれるように悪霊使いを貫き、夏喜が詠唱により付与した術式が展開された。



 ――拘束術式『金色鎖縛こんじきさばく』。光の鎖が巨大化しつつある悪霊使いの全身を縛り上げ、周囲に撒き散らしていた悪意を封じ込めた。

 並の魔物ならば、この術式が発動した時点で強制封印が完了する。悪魔祓いに必要である対象者の名を介せず地縛の拘束具となるが、相手は新生の悪魔。

 悪魔の強さは新生時と恐怖の蓄積により左右される。悪魔は新生期を経て休眠期に至り、そこで蓄積された恐怖により覚醒期を迎え、以降は封印されない限り休眠期と覚醒期を繰り返す。悪霊を従えるタイプの悪魔は恐怖の温床になりやすい。強力なタイプだからこそ、今ここで抑えなければより被害が拡大すると拘束するが、全身を縛る光の鎖を断ち切ろうとしていた。



 ならば、討てる機会は今しかない。



「――月天を穿て、――『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』――!!」



 悪霊使いの頭上から、雷霆の一撃が振り下ろされる。神槍により神の撃砕。夏喜による拘束と瞬間転移により虚をついた攻撃は、新生の悪魔の痕跡を消し去っていた。



 夏喜の首に掛けていたペンダントが、キラリと光った。



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