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帝国編
第十七話 ヒーローはやってこない 1~4
しおりを挟むと、その時複数の声が反響して聞こえた。
「――本当にこんな所にいるの?」
「いやいやいや、それ確かめるために来たんだろ?」
場違いなほどに楽しそうな声、それでいてこの状況、この場所を楽しんでいるかのよう。まるで数分前の咲夜達のようだ。
だんだんと声は近付き通路の先から灯りが漏れた。その瞬間咲夜の『光明』は消滅した。二人分の影が地面に映し出される。咲夜達に気がついたのか一人が声を上げた。
「ん? ……あそこ誰か居ない?」
咲夜と影兎は少し眩しかったため腕で目を覆った。男は視線は周囲に彷徨わせるだけで眩しいなどの感情は無さそうだ。
「えっと、お取り込み中ですか?」
「……」
三人とも何も答えない。いや、咲夜と影兎は声が出せないと言った方が正しい。今もし、この状況で助けを求めればあの人達に迷惑が掛かってしまうかも知れない。ましてや口封じのために殺されてしまうかも知れない。そうなってしまわないように咲夜と影兎は無言を選んだ。
だが男は違った。口端を吊り上げると不敵に笑った。
「お前らは……協力してくれるか?」
先程咲夜に投げかけたときの声よりも低く、不気味さが増しており影兎は思わず身震いを起こした。
「協力? なにの?」
二人はだんだんと近づいてくる。一人の手にはランプがあり小さな火種が中で燃えていた。僅か一メートル。もう目の前まで来た。ようやく二人の顔がランプの灯りによって見えた。
――数刻前。二人、もとい仕佐と条夜は帝国にやって来ていた。
二人が帝国に来た理由。それはあの時の爆破を追っていた所、魔族が絡んでいる情報を掴み王都内を駆け巡っているうちに帝国に逃げられてしまった。それを追い二人は帝国まで足を踏み入れたのだ。しかし、闇雲に探しても見つかるわけがないため条夜の案でこの地下水路を調査することになった。
――そして現在。歩き回っていたところこの三人と出くわしたというわけだ。
(見たところ人っぽいけど……さすがに魔族なわけないよね)
仕佐は条夜に目配せをしながら見極めた。
「……おい仕佐、あの二人の服見てみろ」
条夜は三人には聞こえないように小声で言った。
仕佐は言われたとおり二人の服装を目を凝らしてみてみた。
――制服を着ていた。カッターシャツにハーフパンツ、ハーフパンツの色が仕佐の学校のとは少し違うので同じ学校では無いだろう。そしてもう一人、ランプの光が眩しいのか目をずっと覆っている人がいる。わかりずらかったがこれだけ目を凝らせば流石に分かった。女性だ。こちらもシャツにハーフパンツの姿で手提げカバン、いや学校のカバンを肩に掛けている。
「……同じ日本人の可能性があるよね?」
会話内容は聞き取られないよう口元を空いている手で隠し、仕佐も小声で条夜と話した。
仕佐と条夜がこそこそ話し合っている間、影兎と咲夜もまたこそこそと話していた。
「さあ、えっちゃん。ここで問題です」
咲夜が小声でそう言ってきた。影兎は素直になんだろうという気持ちで耳を傾けた。
「あの二人に違和感があります。それはこの次のうちどれでしょう」
そう言うと人差し指をまずは立てた。
「一つ、顔立ちが日本人っぽいので現地の服に着せられている感がある」
次に中指を続けて立てる。
「二つ目、さっき私達のことをジロジロ見てたから変態なのかも知れない」
影兎は思わずジト目で返した。続けて咲夜は薬指を立てる。
「そして三つ目、あの靴……どう見てもNIKEにしか見えない」
影兎は咲夜の視線の先を見た。足の側面がこちらと平行にはなっていないので完全には分からないが、確かにNIKEのマークである「レ」を左右反転させて少し右に傾けたものに見えないこともない。
「服と靴の違和感が……」
「だよね……例えるなら、すっごい陽キャくんが書店でラノベ買ってるのを見たときみたいな」
「あ~、なんか分かる……あ」
仕佐と条夜が話し終わり、咲夜と影兎の方に目線を移した。仕佐が口を開きかけたとき男が言葉を遮るようにして割り込んできた。
「……どうだ、協力してくれるか?」
「協力の内容を言ってくれな分からん」
条夜は男の言葉が終わるまで待たず半ば被せながら言った。すると男は意外そうにしながら口端を吊り上げて笑った。
「そうか、なら簡潔に言ってやる……俺は各国の勇者を殺し彷徨ってんだ」
(殺し、彷徨っている? どういうこと?)
咲夜は「彷徨っている」という意味が分からず自問する。同じく影兎も怪訝そうに目を細めながら咲夜の隣で唸っていた。
「つまり、こういうことだっ!」
「……ッ『物理シールド』!」
仕佐は間一髪『物理シールド』を展開し攻撃を防いだ。突然のことに理解が追いつかず影兎はただ棒立ちする。咲夜は守りに行こうと駆けたが少し間に合わなかった。
全てが条夜の瞬き一つの間に終わった出来事だ。条夜は何も悟ることが出来ず、何も知ることが出来ず一瞬にして仕佐が死にかけた。その事実に条夜は自分の甘さを痛感した。
(たかが瞬き一つの間に……戦況を全て視界に収めないといけない、か)
男が斬りつけてきた刃物は直径三十センチ程しかないが『物理シールド』越しの仕佐の心臓の位置を確実に捉えていた。
男はその場から飛び退き、咲夜達と仕佐達の丁度間に立つと猫背の姿勢でナイフを前方に構える。
(敵なのは間違いないだろうけど、あの動きは明らかに素人のそれじゃねえ……俺と仕佐だけじゃ逃げるだけで精一杯……いや、逃げれるかどうかも怪しそうだな)
条夜は自嘲気味に笑いを零す。
「……よく今のを防げたもんだな。勇者でもないのによ」
「まるで、勇者以外は今ので殺せたみたいな口ぶりだけど?」
「チッ……イレギュラーか……楽に殺させてくれよ!」
そういうと懐から取り出した三本のナイフを勢いよく投擲した。
「『竜巻』!」
「『火炎弾』!」
仕佐の目の前に現れた『竜巻』がナイフの威力を殺し、仕佐の隣から放たれた『火炎弾』がナイフを燃やし尽くした。
「私がいるのを忘れて貰っちゃぁ、困るよ」
そう言いながら咲夜は両手を脇腹に置き、頭を少し傾けニヤッと笑った。
「……いいだろう。まとめて相手をしてやる……ほら、こいよ!」
その刹那男の姿が消えた。
「仕佐! 物理障壁を張れ!『土降らし』」
「『水球』!」
条夜の『土降らし』により大量の土がみんなの頭上に降ってきた。それに咲夜の『水球』が合わさり泥となる。
「いた! えっちゃん攻撃!」
「『弓生成』『付与』『氷刃』」
僅かに空中に浮いた泥を捉え『氷刃』が付与された弓を引く。矢は直線を描き真っ直ぐ飛来した。が、泥へ到達する前に弾き飛ばされてしまう。その一瞬何かが煌めいた。
「しゃがんで!」
間一髪、頬を擦っただけで重症にはならなかった。ナイフはそのまま水路に音を立てて墜落。
今度は咲夜が男に向かって距離を詰める。ナイフの軌道から居場所を特定したのだ。低い姿勢で走り、男の足下まで来ると左足を軸にして右足で地面すれすれを撫でるように半円を描く。かかとは男の足首にヒットし一瞬体勢が崩れる。そこへたたみかけるように影兎が『氷刃』を纏った矢を放つ。男は手に持っていたナイフを投擲し軌道を逸らした。矢は男の後ろにいた仕佐へと飛んでいく。仕佐は微動だにせず、それどころか回避行動さえとろうとしていなかった。だが仕佐に到着する前に先程展開させていた『物理障壁』に阻まれ地面へと落下する。
咲夜と影兎の連携プレーにより男を圧倒していく。仕佐と条夜は付け入る隙が無く呆然と眺めている。仕佐が介入しようと右手を水平に持ち上げるが条夜に制止された。
「下手に手出ししない方が良い。返って邪魔しちまうかもしれないからな」
仕佐は渋々手を下ろす。二人が話している間にも咲夜と影兎は男を圧倒していく。
――僅か一瞬タイミングがズレた。流石にずっと双方に意識を集中させて合わせるのにも限界があったらしい。影兎の矢を放つタイミングが少し遅かった。男はその一瞬の隙を狙い反撃を開始した。目前の咲夜の攻撃をいとも簡単に避けると、刹那の間で男は影兎に詰め寄った。影兎は咄嗟のことに反応できず男に吹き飛ばされる。
「えっちゃん!」
男は影兎の首根っこを掴み、じわじわと持ちあげる。影兎は苦しそうにうめき声を上げながら男から離れようとするも無力に終わってしまった。とうとう影兎の足は地面から離れてしまう。
「マキシマっ……だめだ。あいつに当たってしまう」
「さあどうする? 勇者。いや……不正召喚された人影咲夜に雷鳴仕佐!」
咲夜の鼓動がワンテンポ早くなる。それを気取られぬよう咲夜は冷静を保った。だが仕佐は違った。
「不正召喚って何? 僕たちはちゃんと神官に召喚されたけど」
(違う……多分だけどそういう意味じゃない! なにか、何かもっと別の嫌な予感がする……)
咲夜は何かを感じとっていた。だがそれは端的なもので本質を捉えることはできていない様子だった。男が言っていること自体は理解できるがその全容が読めない。それ故に迂闊に喋ることも出来ずにいた。
「神官? …………ああ~、お前らもしかしてアスタリアで召喚されたのか!」
男は実に愉快そうに言った。そして哀れむような目で咲夜を見据えると瞼を閉じる。影兎に向けているナイフを手の平の上でぐるぐる回すと嘴を吊り上げ瞼を開き声を大にして発した。
「――お前らを殺す理由がなくなった!!」
男は影兎を乱雑に放り投げた。影兎は地面に倒れ込み空気を吸うために咳を漏らす。咲夜は一瞬何が起きたのか理解できず反応が遅れたが、すぐさま影兎に駆け寄り頭を起こした。
「大丈夫?!」
「えほっ、えほっ……な、なんとか」
咲夜は安心したようにため息を漏らすと男に目を向けた。
「……『殺す必要がなくなった』ってどういうこと?」
「そのまんまの意味だ。じゃあな、また会わないことを祈るよ……」
そういうと男は踵を返し仕佐達の方へ歩いて行く。仕佐と条夜は咄嗟に身構えたが男は何もしてこず杞憂に終わる。仕佐の横を通り過ぎる際に男が仕佐だけに聞こえる声量で呟いた。
「おまえはいずれ殺す。あいつのようにな……」
仕佐は男が言った意味が分からず首をひねらせた。ハッと思い振り向くもそこに男の姿はなかった。
(あいつ……ってだれだ? この世界に知り合いなんているわけないし)
仕佐が考えている間、咲夜は影兎の腕を自身の肩に回し立ち上がらせていた。
「えっちゃん、歩けそう?」
「大丈夫。たぶん……」
そう言って影兎は咲夜から離れ自力で歩き出そうとしたが、数歩歩いたところで何かがプツンと途切れたように膝をついて倒れた。
「全然大丈夫じゃないでしょ! ほら、肩貸すから行くよ」
「――待ってくれ!」
条夜は悩んだ末に咲夜達に声をかけた。思ったよりも大きな声が出てしまい、全員が条夜の方を向いた。しかしそんなことは気にせず数歩前へ進む。そして意を決したように条夜は咲夜に問いかけた。
「……お前たちも、日本人。なのか?」
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