魔王はまだ討伐しないようなので異世界ライフを楽しみます

転香 李夢琉

文字の大きさ
上 下
25 / 26
帝国編

第十七話 ヒーローはやってこない 1~4

しおりを挟む


 と、その時複数の声が反響して聞こえた。

「――本当にこんな所にいるの?」

「いやいやいや、それ確かめるために来たんだろ?」

 場違いなほどに楽しそうな声、それでいてこの状況、この場所を楽しんでいるかのよう。まるで数分前の咲夜達のようだ。
 だんだんと声は近付き通路の先から灯りが漏れた。その瞬間咲夜の『光明』は消滅した。二人分の影が地面に映し出される。咲夜達に気がついたのか一人が声を上げた。

「ん? ……あそこ誰か居ない?」

 咲夜と影兎は少し眩しかったため腕で目を覆った。男は視線は周囲に彷徨わせるだけで眩しいなどの感情は無さそうだ。

「えっと、お取り込み中ですか?」

「……」

 三人とも何も答えない。いや、咲夜と影兎は声が出せないと言った方が正しい。今もし、この状況で助けを求めればあの人達に迷惑が掛かってしまうかも知れない。ましてや口封じのために殺されてしまうかも知れない。そうなってしまわないように咲夜と影兎は無言を選んだ。
 だが男は違った。口端を吊り上げると不敵に笑った。

「お前らは……協力してくれるか?」

 先程咲夜に投げかけたときの声よりも低く、不気味さが増しており影兎は思わず身震いを起こした。

「協力? なにの?」

 二人はだんだんと近づいてくる。一人の手にはランプがあり小さな火種が中で燃えていた。僅か一メートル。もう目の前まで来た。ようやく二人の顔がランプの灯りによって見えた。

 ――数刻前。二人、もとい仕佐と条夜は帝国にやって来ていた。
 二人が帝国に来た理由。それはあの時の爆破を追っていた所、魔族が絡んでいる情報を掴み王都内を駆け巡っているうちに帝国に逃げられてしまった。それを追い二人は帝国まで足を踏み入れたのだ。しかし、闇雲に探しても見つかるわけがないため条夜の案でこの地下水路を調査することになった。
 ――そして現在。歩き回っていたところこの三人と出くわしたというわけだ。

 (見たところ人っぽいけど……さすがに魔族なわけないよね)

 仕佐は条夜に目配せをしながら見極めた。

「……おい仕佐、あの二人の服見てみろ」

 条夜は三人には聞こえないように小声で言った。
 仕佐は言われたとおり二人の服装を目を凝らしてみてみた。
 ――制服を着ていた。カッターシャツにハーフパンツ、ハーフパンツの色が仕佐の学校のとは少し違うので同じ学校では無いだろう。そしてもう一人、ランプの光が眩しいのか目をずっと覆っている人がいる。わかりずらかったがこれだけ目を凝らせば流石に分かった。女性だ。こちらもシャツにハーフパンツの姿で手提げカバン、いや学校のカバンを肩に掛けている。

「……同じ日本人の可能性があるよね?」

 会話内容は聞き取られないよう口元を空いている手で隠し、仕佐も小声で条夜と話した。

 仕佐と条夜がこそこそ話し合っている間、影兎と咲夜もまたこそこそと話していた。

「さあ、えっちゃん。ここで問題です」

 咲夜が小声でそう言ってきた。影兎は素直になんだろうという気持ちで耳を傾けた。

「あの二人に違和感があります。それはこの次のうちどれでしょう」

 そう言うと人差し指をまずは立てた。

「一つ、顔立ちが日本人っぽいので現地の服に着せられている感がある」

 次に中指を続けて立てる。

「二つ目、さっき私達のことをジロジロ見てたから変態なのかも知れない」

 影兎は思わずジト目で返した。続けて咲夜は薬指を立てる。

「そして三つ目、あの靴……どう見てもNIKEにしか見えない」

 影兎は咲夜の視線の先を見た。足の側面がこちらと平行にはなっていないので完全には分からないが、確かにNIKEのマークである「レ」を左右反転させて少し右に傾けたものに見えないこともない。

「服と靴の違和感が……」

「だよね……例えるなら、すっごい陽キャくんが書店でラノベ買ってるのを見たときみたいな」

「あ~、なんか分かる……あ」

 仕佐と条夜が話し終わり、咲夜と影兎の方に目線を移した。仕佐が口を開きかけたとき男が言葉を遮るようにして割り込んできた。

「……どうだ、協力してくれるか?」

「協力の内容を言ってくれな分からん」

 条夜は男の言葉が終わるまで待たず半ば被せながら言った。すると男は意外そうにしながら口端を吊り上げて笑った。

「そうか、なら簡潔に言ってやる……俺は勇者を殺し彷徨ってんだ」

(殺し、彷徨っている? どういうこと?)

 咲夜は「彷徨っている」という意味が分からず自問する。同じく影兎も怪訝そうに目を細めながら咲夜の隣で唸っていた。

「つまり、こういうことだっ!」

「……ッ『物理シールド』!」

 仕佐は間一髪『物理シールド』を展開し攻撃を防いだ。突然のことに理解が追いつかず影兎はただ棒立ちする。咲夜は守りに行こうと駆けたが少し間に合わなかった。
 全てが条夜の瞬き一つの間に終わった出来事だ。条夜は何も悟ることが出来ず、何も知ることが出来ず一瞬にして仕佐が死にかけた。その事実に条夜は自分の甘さを痛感した。

(たかが瞬き一つの間に……戦況を全て視界に収めないといけない、か)

 男が斬りつけてきた刃物は直径三十センチ程しかないが『物理シールド』越しの仕佐の心臓の位置を確実に捉えていた。
 男はその場から飛び退き、咲夜達と仕佐達の丁度間に立つと猫背の姿勢でナイフを前方に構える。

(敵なのは間違いないだろうけど、あの動きは明らかに素人のそれじゃねえ……俺と仕佐だけじゃ逃げるだけで精一杯……いや、逃げれるかどうかも怪しそうだな)

 条夜は自嘲気味に笑いを零す。

「……よく今のを防げたもんだな。勇者でもないのによ」

「まるで、勇者以外は今ので殺せたみたいな口ぶりだけど?」

「チッ……イレギュラーか……楽に殺させてくれよ!」

 そういうと懐から取り出した三本のナイフを勢いよく投擲した。

「『竜巻』!」

「『火炎弾』!」

 仕佐の目の前に現れた『竜巻』がナイフの威力を殺し、仕佐の隣から放たれた『火炎弾』がナイフを燃やし尽くした。

「私がいるのを忘れて貰っちゃぁ、困るよ」

 そう言いながら咲夜は両手を脇腹に置き、頭を少し傾けニヤッと笑った。

「……いいだろう。まとめて相手をしてやる……ほら、こいよ!」

 その刹那男の姿が消えた。

「仕佐! 物理障壁を張れ!『土降らし』」

「『水球ウォーターボール』!」

 条夜の『土降らし』により大量の土がみんなの頭上に降ってきた。それに咲夜の『水球』が合わさり泥となる。

「いた! えっちゃん攻撃!」

「『弓生成』『付与エンチャント』『氷刃』」

 僅かに空中に浮いた泥を捉え『氷刃』が付与された弓を引く。矢は直線を描き真っ直ぐ飛来した。が、泥へ到達する前に弾き飛ばされてしまう。その一瞬何かが煌めいた。

「しゃがんで!」

 間一髪、頬を擦っただけで重症にはならなかった。ナイフはそのまま水路に音を立てて墜落。
 今度は咲夜が男に向かって距離を詰める。ナイフの軌道から居場所を特定したのだ。低い姿勢で走り、男の足下まで来ると左足を軸にして右足で地面すれすれを撫でるように半円を描く。かかとは男の足首にヒットし一瞬体勢が崩れる。そこへたたみかけるように影兎が『氷刃』を纏った矢を放つ。男は手に持っていたナイフを投擲し軌道を逸らした。矢は男の後ろにいた仕佐へと飛んでいく。仕佐は微動だにせず、それどころか回避行動さえとろうとしていなかった。だが仕佐に到着する前に先程展開させていた『物理障壁』に阻まれ地面へと落下する。
 咲夜と影兎の連携プレーにより男を圧倒していく。仕佐と条夜は付け入る隙が無く呆然と眺めている。仕佐が介入しようと右手を水平に持ち上げるが条夜に制止された。

「下手に手出ししない方が良い。返って邪魔しちまうかもしれないからな」

 仕佐は渋々手を下ろす。二人が話している間にも咲夜と影兎は男を圧倒していく。
 ――僅か一瞬タイミングがズレた。流石にずっと双方に意識を集中させて合わせるのにも限界があったらしい。影兎の矢を放つタイミングが少し遅かった。男はその一瞬の隙を狙い反撃を開始した。目前の咲夜の攻撃をいとも簡単に避けると、刹那の間で男は影兎に詰め寄った。影兎は咄嗟のことに反応できず男に吹き飛ばされる。

「えっちゃん!」

 男は影兎の首根っこを掴み、じわじわと持ちあげる。影兎は苦しそうにうめき声を上げながら男から離れようとするも無力に終わってしまった。とうとう影兎の足は地面から離れてしまう。
 
「マキシマっ……だめだ。あいつに当たってしまう」

「さあどうする? 勇者。いや……された!」

 咲夜の鼓動がワンテンポ早くなる。それを気取られぬよう咲夜は冷静を保った。だが仕佐は違った。

「不正召喚って何? 僕たちはちゃんと神官に召喚されたけど」

(違う……多分だけどそういう意味じゃない! なにか、何かもっと別の嫌な予感がする……)

 咲夜は何かを感じとっていた。だがそれは端的なもので本質を捉えることはできていない様子だった。男が言っていること自体は理解できるがその全容が読めない。それ故に迂闊に喋ることも出来ずにいた。

「神官? …………ああ~、お前らもしかしてアスタリアで召喚されたのか!」

 男は実に愉快そうに言った。そして哀れむような目で咲夜を見据えると瞼を閉じる。影兎に向けているナイフを手の平の上でぐるぐる回すと嘴を吊り上げ瞼を開き声を大にして発した。

「――お前らを殺す!!」

 男は影兎を乱雑に放り投げた。影兎は地面に倒れ込み空気を吸うために咳を漏らす。咲夜は一瞬何が起きたのか理解できず反応が遅れたが、すぐさま影兎に駆け寄り頭を起こした。

「大丈夫?!」

「えほっ、えほっ……な、なんとか」

 咲夜は安心したようにため息を漏らすと男に目を向けた。

「……『殺す必要がなくなった』ってどういうこと?」

「そのまんまの意味だ。じゃあな、また会わないことを祈るよ……」

 そういうと男は踵を返し仕佐達の方へ歩いて行く。仕佐と条夜は咄嗟に身構えたが男は何もしてこず杞憂に終わる。仕佐の横を通り過ぎる際に男が仕佐だけに聞こえる声量で呟いた。

「おまえはいずれ殺す。あいつのようにな……」

 仕佐は男が言った意味が分からず首をひねらせた。ハッと思い振り向くもそこに男の姿はなかった。

(あいつ……ってだれだ? この世界に知り合いなんているわけないし)

 仕佐が考えている間、咲夜は影兎の腕を自身の肩に回し立ち上がらせていた。

「えっちゃん、歩けそう?」

「大丈夫。たぶん……」

 そう言って影兎は咲夜から離れ自力で歩き出そうとしたが、数歩歩いたところで何かがプツンと途切れたように膝をついて倒れた。

「全然大丈夫じゃないでしょ! ほら、肩貸すから行くよ」

「――待ってくれ!」

 条夜は悩んだ末に咲夜達に声をかけた。思ったよりも大きな声が出てしまい、全員が条夜の方を向いた。しかしそんなことは気にせず数歩前へ進む。そして意を決したように条夜は咲夜に問いかけた。

「……お前たちも、日本人。なのか?」
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...