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帝国編
第十一話 魔獣と兵士 1~4
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◆ ◆ ◆
影兎達は約四時間、船に揺られた。体感的には短く感じた。と言うのも暇すぎて船内に設備されていたカジノで一儲けしていたからだ。
こう見えて影兎は、ブラックジャックやポーカー、ルーレットなどpcで出来るゲームは一通りマスターし、上位十%以内に君臨しているのだ。
最初こそ生でプレイする感覚は慣れず、負けてしまったが小一時間ほどでなんとなく慣れてくると、負けた分を取り返す以上の儲けが出てしまった。
「――あ、えっちゃ……ん?! なにそれ?」
船から降りるためにカジノ場から出て乗船口まで来ると、咲夜達と鉢合わせた。
咲夜は真っ先に影兎の抱えている袋を見て驚いていた。しかも、普段はテンションが低い影兎がウキウキで出てくるものだから何があったのか気になり、咲夜は間合いを一瞬で詰めてきた。
「……臨時収入」
まるで何かにとり憑かれているかのように影兎は一言、普段とは似つかないほど明るく言うと咲夜を過ぎ、船から降りて行った。
残された咲夜達は呆然としながら互いに顔を合わせ、後を追った。
影兎は船を降りると、辺りを見回して驚きに苛まれた。
「え? なにあれ……」
影兎が真っ先に見たのは巨大な龍が街を飲み込もうとしている彫像画だった。
影兎が驚いているところに咲夜達も遅れて合流した。咲夜もその彫像画を見て驚き、絶句した。
「……すご…………まさに異世界」
咲夜は彫像画を見上げながら小さな声でそう呟いた。
(ん~? なんか驚くポイントが違う気もするけど……)
「あの子たち、『始りの終焉』を知らないのかしら……」「おい、見ろよ」「今時『始りの終焉』を知らないやつがいるんだな……」
影兎達が足を止めてあまりにも彫像画に見入っているものだからか、周囲の人から過ぎ去り際に色々とつぶやかれてしまった。
「あの、トリスさん。『始りの終焉』って何なんですか?」
影兎は小声でさっきから気になっていた単語を訊いた。
「まさかとは思っていたけど『始りの終焉』を知らないのか」
「ああ……はい。何かがあったんですか?」
影兎がそう訊いたところで、もう一人の護衛のトードさんが馬車を連れて戻ってきた。
「……この話は行きながら教えようか」
トードさんが馬車を運転し、影兎達は後方の荷台で『始りの終焉』について話を訊いた。
『始りの終焉』これはもう1000年も前のこと。
とある村がたった数時間で壊滅したのだ。
当時駆けつけた騎士や魔法使い達は為す術もなく災厄に全てを呑み込まれた。
当時の文献にはこう書かれていた。
〈――村は荒れ、人々は錯乱し、建物は全て燃え尽きた。
人々はただ、人が人ではない姿に変貌していく様を目に焼き付けることしか出来なかった。〉
実は、当時使われていた言語と今の公用語は全く違うのだ。そのため、言論の解析を幾人かでしていたのだが翻訳できたのは100年も掛かって、たったの二文だった。
今でも解析はしているらしいのだが、人手が足りず全くと言って良いほど進展は無いのだそう。
話が逸れたが、結局の所『始りの終焉』とはなんなのか。それは――――
影兎達は馬車に揺られながら1000年前、帝国で引き起こった『始りの終焉』について聴いていた。
始めはドキドキしながら聴いていた二人だったが、次第に興味より圧倒的怖さが膨れ上がり、影兎はあまりの気持ち悪さに嘔吐してしまった。
「おえっ……」
「ちょっ、えっちゃん大丈夫?」
咲夜は影兎の背中を擦りながら優しく訊いた。
流石に影兎は馬車の中には吐かず、馬車から乗り出し外へ出していた。
「これ以上は影兎さんの前では話さないほうがいいですね」
咲夜も同意見だったらしく、トリスさんに一瞬意識を向け軽く会釈すると再び影兎の背中を擦った。
「……ごめん、さくちゃん。おえっ……多分車酔いもあるかも……」
影兎は咲夜に介抱されながらそう言った。この場合車酔いというよりかは、馬車酔いと言ったほうが正しいのかもしれないが、言い換える余裕も影兎には残っていなかった。
影兎は少し吐き気がなくなり、楽になったのか横になり寝た。
――しばらく無言の時間が続いた。
馬車が不規則に鳴らす車輪の音、時折小石を踏んでいるのかガタガタと震える木音。
道はあまり整備されていないのか、終始揺れていた。
ふと外へ意識を集中させると、遠くから剣戟の音が耳を掠めた。しかし、聞こえたのは一瞬だったためどこから聞こえたのかは見当も付かなかった。
今度は外を眼に収めてみた。
運悪く岩壁が目の前に現れ、外の景色を堪能することは出来なかったが、外へ顔を出したことにより、熱くも冷たくもない心地よい風が頬を掠め先程までの緊張感が一気に抜けていくのが感じられた。
影兎は枕にする物がないからか、地面に頭を付けて眠っていた。時折、馬車が跳ねると影兎の頭も心地悪そうに跳ね上がっている。
咲夜は、影兎の頭をスッと持ち自分の膝の上へ乗せた。
先程まで地面に頭をぶつけるたび、顔を顰めていた影兎だったが、膝の上に乗り楽になったからか、それとも良い夢を見ているのか、安堵の表情を浮かべ「すぅー」と寝息を立てながら眠ってしまった。
咲夜は影兎の頬を撫でながら柔和な笑みを浮かべた。
そして、ポツリと影兎のことを話し出した。
「……えっちゃん、昔から乗り物酔いが酷くて。だから必ずどこかに行くときは寝てたんです。小学生までは……」
咲夜はトリスさんの方は見ず、影兎の頬をを優しく撫でながら、まるで我が子のように言葉を紡いだ。
「……中学生になってからは、外出する機会がなぜか減ったんだよね。一時期は焦ったな~、このままえっちゃん引き籠もっちゃうのかと……」
始めは敬語で話していたものの、だんだんと崩れ、いつの間にかあの頃を幾つしみながら話していた。
「……だから私、休みの日には必ずえっちゃんの家に行っていろんな所に連れ回して、私の好きな本をおすすめしたり、ちょっとおしゃれな店に行ったりして、そしたら自然とそれがルーティンになっちゃって」
えへへと、笑いを零しながら語る咲夜。
「……つい何日か前にこっちの世界に来て一事はどうなるのかと思ったけど、えっちゃんも楽しそうで良かった」
咲夜は何かを思い出したのか、目から雫が溢れかけていた。
「――咲夜さん。影兎さん……起きてください」
いつの間にか咲夜も眠っていたようだ。まだ馬車は揺れているが、トリスさんが二人を起こしてくれた。
「……ん、んぅ」
「あと三十分ほどで着くので、そろそろ起きてください」
影兎が先に目を覚ました。
(柔らかい……なんだこれ?)
地面の上で寝ていたはずなのに、いつの間にか寝心地が良くなっており少し混乱しているようだ。
「……あれ?」
目を覚まし、目線の位置が少し高い事に気がついた。目を横に――地面の方へ向けると……
「……って。ええ?!」
影兎は飛び跳ねるように身体を起こした。そのままの勢いで後ろを振り返ると、咲夜が壁にもたれかかって顔を俯け眠っていた。
「……」
無意識のうちに影兎は呆然としたまま咲夜の顔を覗き込んでいた。
――咲夜と目が合った。
「……あれ? えっちゃんもう起きたの?」
「え、あ。うん」
咲夜は目をぱちくりとさせながら、両手を上げて伸びをした。
……今更になるが影兎と咲夜はこっちの世界に来てから一度も着替えていない。むしろ二日前ほどに魔族と出くわしたときも、コーリスさんとの昇級試験があったときも今着ている服と同じなのだ。
ちなみに、影兎と咲夜は中学生だ。咲夜はセーラー服の上からジャージを着ているだけのラフな格好(もちろん下はスカート)に対し、影兎は制服ではなく体操服を着て、上からジャージを着るという今から体育でもするのかという格好だ。
学校カバンは常に二人とも持ち歩いている。ただ単に置いておく場所がないだけだが……
「えっと……なんで膝……枕?」
訊かずにはいられなかった。
「……苦しそうにしてたから?」
求めていた答えと違い一瞬「?」を浮かべるが、そういえば途中まで悪夢を見ていたような……と思い納得? した。
「……さて、今回討伐する魔物ですが」
いつまでも本題に入りそうになかったからか、トリスさんが手を叩き話題をすり替えた。
影兎と咲夜はトリスさんの方に向き直り胡座をかいた。
「影兎さんには言いましたが咲夜さんには言ってなかったですよね。デス・サーペントは通称ゾンビ蛇とも言われて――」
影兎は一度、船でデス・サーペントについてトリスさんから教えて貰っていたのでなんとなく聞き流した。
「――次に危険な魔物ですが……外を見てくれますか?」
そう言われ咲夜と影兎は馬車の外を見た。
先程まで岩ばかりのゴツゴツした道だったのにいつの間にか舗装されたきれいな道になっていた岩はほとんどなく変わりに、横に広がっている木がかなり見えた。
「……変な木」
「あれはここでしか育たない木なんですよ。あ、丁度居ますね。木の上を見てください」
言われるがまま咲夜と影兎は木の上に視線を向けた。
黒い大きな影がいくつか視認できた。目をこらしてよく見ると四足歩行の魔物のようにも捉えることができた。
「でかっ?!」
影兎が声を上げ驚き、咲夜が目を見張った。
「え。あ、あんなのと戦うの?」
影兎は震える唇で言葉を繋いだ。そんな影兎に対しトリスさんは普通の声色で、あたかも朝食出来てるよーとでも言うかのように言った。
「あれと戦ったらほぼ確実に死にますよ? それに、あの魔物達は群れを好む習性を持っているので狙われたら最期ですね」
さらっとそんなことを口走り出すものだから影兎は気絶しかけた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。帝国でしか生息できないので」
「そ、そうなんだ……」
影兎はほっと胸をなで下ろした。それからもう一度木の上にいる魔物を見た。
(うわぁ……なんか改めてみると気持ち悪いな……)
遠巻きからでも思わず身震いしたくなるようなあの魔物の姿はまるで蜘蛛とムカデのキメラかのようだった。とにかく気持ち悪い、見ているだけで吐き気が……
「あ。あんまり見ない方が良いですよ、影兎さん。あいつら精神異常のスキルを持っているので……って遅かったか」
トリスさんが気付いた頃には影兎はあまりの気持ち悪さに吐き出していた。
咲夜はよくは見ていなかったらしく精神異常をきたすことはなかったが目眩を発症させていた。
「あぁ……私の説明不足ですね。すみません」
トリスさんは二人に謝りながら状態異常回復のポーションを飲ませてくれた。
――やっと目的地に着いた。道中なんやかんやあり影兎も咲夜も憔悴しきっていた。
二人とも馬車から降りると目の前の光景に絶句した。
「な、なにあれ……」
目の前には大量の死体と、寝ているのか丸くなっているデス・サーペントの姿があった。
死体はデス・サーペントによって食い散らかされあちこちに肢体が転がっていた。
「あ、あれと、戦うんです、か?」
影兎は震えながらトリスさんに訊いた。
「正確には“戦う”ではなく“討伐する”ですけどね」
影兎は目の前の肢体は見ないように空を見上げた。
大きく息を吸――錆びた鉄の臭いが鼻を刺激した。
「すぅ…………うっ! げほっげほっ」
思わず咳き込み鼻を押さえた。
咲夜は大丈夫かなと空を仰いだまま首だけ振り返った。
「デス・サーペント、ね……私の経験値になって貰おうか」
何やらそんなことを言っており、戦う気満々のようだった。
「影兎さん、戦闘が難しそうなら下がっていても良いですよ」
トリスさんから甘い言葉が掛かった。でもここで下がれば咲夜だけが戦う羽目になってしまう。そんな葛藤もあり、影兎はデス・サーペントと戦うことに決めた。
影兎は深呼吸――すると刺激が強いので軽めに呼吸すると、息を整えた。
影兎達は約四時間、船に揺られた。体感的には短く感じた。と言うのも暇すぎて船内に設備されていたカジノで一儲けしていたからだ。
こう見えて影兎は、ブラックジャックやポーカー、ルーレットなどpcで出来るゲームは一通りマスターし、上位十%以内に君臨しているのだ。
最初こそ生でプレイする感覚は慣れず、負けてしまったが小一時間ほどでなんとなく慣れてくると、負けた分を取り返す以上の儲けが出てしまった。
「――あ、えっちゃ……ん?! なにそれ?」
船から降りるためにカジノ場から出て乗船口まで来ると、咲夜達と鉢合わせた。
咲夜は真っ先に影兎の抱えている袋を見て驚いていた。しかも、普段はテンションが低い影兎がウキウキで出てくるものだから何があったのか気になり、咲夜は間合いを一瞬で詰めてきた。
「……臨時収入」
まるで何かにとり憑かれているかのように影兎は一言、普段とは似つかないほど明るく言うと咲夜を過ぎ、船から降りて行った。
残された咲夜達は呆然としながら互いに顔を合わせ、後を追った。
影兎は船を降りると、辺りを見回して驚きに苛まれた。
「え? なにあれ……」
影兎が真っ先に見たのは巨大な龍が街を飲み込もうとしている彫像画だった。
影兎が驚いているところに咲夜達も遅れて合流した。咲夜もその彫像画を見て驚き、絶句した。
「……すご…………まさに異世界」
咲夜は彫像画を見上げながら小さな声でそう呟いた。
(ん~? なんか驚くポイントが違う気もするけど……)
「あの子たち、『始りの終焉』を知らないのかしら……」「おい、見ろよ」「今時『始りの終焉』を知らないやつがいるんだな……」
影兎達が足を止めてあまりにも彫像画に見入っているものだからか、周囲の人から過ぎ去り際に色々とつぶやかれてしまった。
「あの、トリスさん。『始りの終焉』って何なんですか?」
影兎は小声でさっきから気になっていた単語を訊いた。
「まさかとは思っていたけど『始りの終焉』を知らないのか」
「ああ……はい。何かがあったんですか?」
影兎がそう訊いたところで、もう一人の護衛のトードさんが馬車を連れて戻ってきた。
「……この話は行きながら教えようか」
トードさんが馬車を運転し、影兎達は後方の荷台で『始りの終焉』について話を訊いた。
『始りの終焉』これはもう1000年も前のこと。
とある村がたった数時間で壊滅したのだ。
当時駆けつけた騎士や魔法使い達は為す術もなく災厄に全てを呑み込まれた。
当時の文献にはこう書かれていた。
〈――村は荒れ、人々は錯乱し、建物は全て燃え尽きた。
人々はただ、人が人ではない姿に変貌していく様を目に焼き付けることしか出来なかった。〉
実は、当時使われていた言語と今の公用語は全く違うのだ。そのため、言論の解析を幾人かでしていたのだが翻訳できたのは100年も掛かって、たったの二文だった。
今でも解析はしているらしいのだが、人手が足りず全くと言って良いほど進展は無いのだそう。
話が逸れたが、結局の所『始りの終焉』とはなんなのか。それは――――
影兎達は馬車に揺られながら1000年前、帝国で引き起こった『始りの終焉』について聴いていた。
始めはドキドキしながら聴いていた二人だったが、次第に興味より圧倒的怖さが膨れ上がり、影兎はあまりの気持ち悪さに嘔吐してしまった。
「おえっ……」
「ちょっ、えっちゃん大丈夫?」
咲夜は影兎の背中を擦りながら優しく訊いた。
流石に影兎は馬車の中には吐かず、馬車から乗り出し外へ出していた。
「これ以上は影兎さんの前では話さないほうがいいですね」
咲夜も同意見だったらしく、トリスさんに一瞬意識を向け軽く会釈すると再び影兎の背中を擦った。
「……ごめん、さくちゃん。おえっ……多分車酔いもあるかも……」
影兎は咲夜に介抱されながらそう言った。この場合車酔いというよりかは、馬車酔いと言ったほうが正しいのかもしれないが、言い換える余裕も影兎には残っていなかった。
影兎は少し吐き気がなくなり、楽になったのか横になり寝た。
――しばらく無言の時間が続いた。
馬車が不規則に鳴らす車輪の音、時折小石を踏んでいるのかガタガタと震える木音。
道はあまり整備されていないのか、終始揺れていた。
ふと外へ意識を集中させると、遠くから剣戟の音が耳を掠めた。しかし、聞こえたのは一瞬だったためどこから聞こえたのかは見当も付かなかった。
今度は外を眼に収めてみた。
運悪く岩壁が目の前に現れ、外の景色を堪能することは出来なかったが、外へ顔を出したことにより、熱くも冷たくもない心地よい風が頬を掠め先程までの緊張感が一気に抜けていくのが感じられた。
影兎は枕にする物がないからか、地面に頭を付けて眠っていた。時折、馬車が跳ねると影兎の頭も心地悪そうに跳ね上がっている。
咲夜は、影兎の頭をスッと持ち自分の膝の上へ乗せた。
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咲夜は影兎の頬を撫でながら柔和な笑みを浮かべた。
そして、ポツリと影兎のことを話し出した。
「……えっちゃん、昔から乗り物酔いが酷くて。だから必ずどこかに行くときは寝てたんです。小学生までは……」
咲夜はトリスさんの方は見ず、影兎の頬をを優しく撫でながら、まるで我が子のように言葉を紡いだ。
「……中学生になってからは、外出する機会がなぜか減ったんだよね。一時期は焦ったな~、このままえっちゃん引き籠もっちゃうのかと……」
始めは敬語で話していたものの、だんだんと崩れ、いつの間にかあの頃を幾つしみながら話していた。
「……だから私、休みの日には必ずえっちゃんの家に行っていろんな所に連れ回して、私の好きな本をおすすめしたり、ちょっとおしゃれな店に行ったりして、そしたら自然とそれがルーティンになっちゃって」
えへへと、笑いを零しながら語る咲夜。
「……つい何日か前にこっちの世界に来て一事はどうなるのかと思ったけど、えっちゃんも楽しそうで良かった」
咲夜は何かを思い出したのか、目から雫が溢れかけていた。
「――咲夜さん。影兎さん……起きてください」
いつの間にか咲夜も眠っていたようだ。まだ馬車は揺れているが、トリスさんが二人を起こしてくれた。
「……ん、んぅ」
「あと三十分ほどで着くので、そろそろ起きてください」
影兎が先に目を覚ました。
(柔らかい……なんだこれ?)
地面の上で寝ていたはずなのに、いつの間にか寝心地が良くなっており少し混乱しているようだ。
「……あれ?」
目を覚まし、目線の位置が少し高い事に気がついた。目を横に――地面の方へ向けると……
「……って。ええ?!」
影兎は飛び跳ねるように身体を起こした。そのままの勢いで後ろを振り返ると、咲夜が壁にもたれかかって顔を俯け眠っていた。
「……」
無意識のうちに影兎は呆然としたまま咲夜の顔を覗き込んでいた。
――咲夜と目が合った。
「……あれ? えっちゃんもう起きたの?」
「え、あ。うん」
咲夜は目をぱちくりとさせながら、両手を上げて伸びをした。
……今更になるが影兎と咲夜はこっちの世界に来てから一度も着替えていない。むしろ二日前ほどに魔族と出くわしたときも、コーリスさんとの昇級試験があったときも今着ている服と同じなのだ。
ちなみに、影兎と咲夜は中学生だ。咲夜はセーラー服の上からジャージを着ているだけのラフな格好(もちろん下はスカート)に対し、影兎は制服ではなく体操服を着て、上からジャージを着るという今から体育でもするのかという格好だ。
学校カバンは常に二人とも持ち歩いている。ただ単に置いておく場所がないだけだが……
「えっと……なんで膝……枕?」
訊かずにはいられなかった。
「……苦しそうにしてたから?」
求めていた答えと違い一瞬「?」を浮かべるが、そういえば途中まで悪夢を見ていたような……と思い納得? した。
「……さて、今回討伐する魔物ですが」
いつまでも本題に入りそうになかったからか、トリスさんが手を叩き話題をすり替えた。
影兎と咲夜はトリスさんの方に向き直り胡座をかいた。
「影兎さんには言いましたが咲夜さんには言ってなかったですよね。デス・サーペントは通称ゾンビ蛇とも言われて――」
影兎は一度、船でデス・サーペントについてトリスさんから教えて貰っていたのでなんとなく聞き流した。
「――次に危険な魔物ですが……外を見てくれますか?」
そう言われ咲夜と影兎は馬車の外を見た。
先程まで岩ばかりのゴツゴツした道だったのにいつの間にか舗装されたきれいな道になっていた岩はほとんどなく変わりに、横に広がっている木がかなり見えた。
「……変な木」
「あれはここでしか育たない木なんですよ。あ、丁度居ますね。木の上を見てください」
言われるがまま咲夜と影兎は木の上に視線を向けた。
黒い大きな影がいくつか視認できた。目をこらしてよく見ると四足歩行の魔物のようにも捉えることができた。
「でかっ?!」
影兎が声を上げ驚き、咲夜が目を見張った。
「え。あ、あんなのと戦うの?」
影兎は震える唇で言葉を繋いだ。そんな影兎に対しトリスさんは普通の声色で、あたかも朝食出来てるよーとでも言うかのように言った。
「あれと戦ったらほぼ確実に死にますよ? それに、あの魔物達は群れを好む習性を持っているので狙われたら最期ですね」
さらっとそんなことを口走り出すものだから影兎は気絶しかけた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。帝国でしか生息できないので」
「そ、そうなんだ……」
影兎はほっと胸をなで下ろした。それからもう一度木の上にいる魔物を見た。
(うわぁ……なんか改めてみると気持ち悪いな……)
遠巻きからでも思わず身震いしたくなるようなあの魔物の姿はまるで蜘蛛とムカデのキメラかのようだった。とにかく気持ち悪い、見ているだけで吐き気が……
「あ。あんまり見ない方が良いですよ、影兎さん。あいつら精神異常のスキルを持っているので……って遅かったか」
トリスさんが気付いた頃には影兎はあまりの気持ち悪さに吐き出していた。
咲夜はよくは見ていなかったらしく精神異常をきたすことはなかったが目眩を発症させていた。
「あぁ……私の説明不足ですね。すみません」
トリスさんは二人に謝りながら状態異常回復のポーションを飲ませてくれた。
――やっと目的地に着いた。道中なんやかんやあり影兎も咲夜も憔悴しきっていた。
二人とも馬車から降りると目の前の光景に絶句した。
「な、なにあれ……」
目の前には大量の死体と、寝ているのか丸くなっているデス・サーペントの姿があった。
死体はデス・サーペントによって食い散らかされあちこちに肢体が転がっていた。
「あ、あれと、戦うんです、か?」
影兎は震えながらトリスさんに訊いた。
「正確には“戦う”ではなく“討伐する”ですけどね」
影兎は目の前の肢体は見ないように空を見上げた。
大きく息を吸――錆びた鉄の臭いが鼻を刺激した。
「すぅ…………うっ! げほっげほっ」
思わず咳き込み鼻を押さえた。
咲夜は大丈夫かなと空を仰いだまま首だけ振り返った。
「デス・サーペント、ね……私の経験値になって貰おうか」
何やらそんなことを言っており、戦う気満々のようだった。
「影兎さん、戦闘が難しそうなら下がっていても良いですよ」
トリスさんから甘い言葉が掛かった。でもここで下がれば咲夜だけが戦う羽目になってしまう。そんな葛藤もあり、影兎はデス・サーペントと戦うことに決めた。
影兎は深呼吸――すると刺激が強いので軽めに呼吸すると、息を整えた。
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