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帝国編
第十話 帝国と王都 1~4
しおりを挟む「確か、この辺りのはず……」
仕佐は自称神に言われた西の住宅街の街道に着いた。まだ夜中なので辺りは真っ暗だ。街灯のおかげでかろうじて足下くらいは見えている。仕佐は息を潜め、恐る恐る辺りを探索しだした。
なにも、いないよね……
仕佐がちょうど路地裏の前を通りがかったとき、路地裏から小さな物音が聞こえた。仕佐は壁に身を当てて路地裏を覗いた。
「はぁ、ったく。なんで俺がこんなことを……」
誰かが何かをしている。声質的には男だがその場から動かずに何かをしている。仕佐からの位置ではちょうど男の背が見えるだけで何をしているかは分かりそうになかった。
「こいつらか。でどこに連れてくんだっけ?」
男は一人でブツブツ言いながら、暗闇の中に居る影に近寄っていた。
「……あぁ、どっかのギルドか。ここから近いのだと……黄泉怪傑の炎帝。あそことはあまり関わりたくねぇんだよな~」
仕佐には何を言っているのかが全くと言って良いほど理解できなかった。
「ま、そんなこたぁ後回しで良いとして……」
男の目が一瞬こちらを見たような気がした。この暗さで人が居ることを確認できるはずがない、と仕佐は思っていた。だがここは地球とは違い、魔法やスキルがある異世界だと言うことを仕佐はすっかりと忘れていたのだ。そのためが故に、自身から発生する『音』を消せるスキル『隠密』生物のステータスを確認することが出来るスキル『鑑定』生物以外の無機物、物などの状態、詳細を視認することが出来るスキル『解析』。これらのスキルを所持していることすら、目前の状況によって思考を上書きされていた。
「おいおまえ、出て来いよ。隠れてねぇでさ!」
突然男がそう叫んだ。仕佐はビクンとし、建物の影に背を預けるようにして隠れた。
「そこに居るのは分かってんだよ!」
男の足音がだんだん大きくなっていく。仕佐の心臓の鼓動も足音に連れだんだん早くなっていく。
く、来る?! や、やばい、どうしよう!
仕佐はパニック状態に陥っていた。仕佐がここまで来たのは、あの自称神に言われたからであって、こんな事態になるとは微塵も思っていなかったのだ。
そんなこんなしている間にも男の足音は大きくなっていく。男の足音が途絶えた途端、すぐ側に来たのだと思い仕佐は咄嗟に目を閉じた。
「おい、おまえ。こんなとこでなにしてんだ?」
「……」
おかしい。俺に話しかけてきてるんならさっきまでの怒声でいいはず……
仕佐は目を瞑ったまま思案した。男から聞こえてきた声は先程までの怒声とは違い、嫌々、怪訝そうなこえだった。仕佐は意を決して恐る恐るゆっくりと目を開けた。
辺りはまだ暗いのだが、少し目を瞑っていたからだろうか闇に目が慣れており、自分の手も視認することが出来た。前を向くと視界の端に二つの影が見えた。
「あなたを、待ってた……」
小柄の影の方がそう言った。男は意味が分からないとばかりに頭を掻いていた。
「……おまえは、何者だ」
「見ての通り、私は奴隷……」
仕佐からはもちろん見えないが、フード越しに少女の首元に首輪が着いているのが窺える。
「そりゃあ見れば分かるんだよ! 俺が訊きてぇのはお前の正体の方だよ!! 俺はここに来る前に一度、観てから来てんだよ。それなのにイレギュラーがいる……なんなんだお前は?!!」
「そう、観てから来たんだ。なら私の持ってるスキルのことも、お友達から聞いたことくらいはあるんじゃないの?」
「なっ、お前まさか俺の正体を知って?!」
奴隷の少女は微笑むと「さあ? どうでしょうね」と言った。仕佐には彼等が何を話しているの全く分からず、ただここから息を潜めて眺めていることしか出来なかった。
『……権限スキルを使用、対象半径1メートル以内――』
「あら? やっと私の正体を知ろうと思ったの?」
奴隷の少女はクァルツ語を訊いても何も思わず、むしろ嘲笑した。だが仕佐は召喚者のため、この世界に召喚される時に自身の発する言語、他人から聞く言語はスキルがなくとも勝手に翻訳されてしまうようになっている。
――そう、だから聞き逃したりはしなかった。
(やばい、ここにいたら僕まで権限スキルの対象になってしまう!)
と。だが、今動いてしまうと彼等に見つかってしまう可能性もあるため、この場から離れるか一瞬だが迷ってしまった。
男の周りから薄く光が広がっていく。対象範囲は僅か、男を中心として半径1メートルしかないのだが仕佐の判断が遅れたため、権限スキルの対象に入ってしまった。
――男が突然周囲を見渡し始めた。恐らく、少女以外に誰かがいることを権限スキルで知ってしまったからだろう。仕佐は咄嗟にその場にあった木箱の隣に座り込み隠れた。
「……ちっ、まあいいか。ネズミは後で見つければ良い……それよりもお前だ」
男が少女を見ると、フード越しでも分かるほどになぜか少女は驚いた顔をしていた。男が訊くよりも早く、少女は口を開いた。
「これは驚いたわ……私の予知眼でも『この場所には私たち二人しか来ない』となっていたのに……」
「予知眼……未来予知をする事が出来る秘眼、この国でも所持している者はただ1人しか居ない
……はずなんだが?」
「それが、私。世界秘眼の内の一つ『予知眼』を唯一所持している人物。――そう、この私よ」
少女は可愛らしく、そして自慢するかのように言った。フード越しでも分かるほど美的な笑みを浮かべていた。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ド
仕佐の心臓の鼓動が先程よりも速くなり、頭の中に直接響いているかのように反響していた。
彼等に見つかれば殺されるかも知れない。そんな不安が過ぎり、緊張と手の震えが相俟って仕佐に恐怖を与えていた。
(静まれ! 静まってくれ……!!)
仕佐はひたすらに心臓の鼓動を押さえつけようとしていた。そして、今頃気がついた。
(あ……! 『隠密』)
仕佐は『隠密』を使い足音を消す――と思いきや、心臓の鼓動の音を消した。この場に条夜でもいたのならば真っ先にツッコミを入れるだろうが、あいにくとツッコミ要員も人も居なかった。
(ふう、これで安心)
仕佐は安堵のため息をこぼした。それから男と少女の会話に耳を再び傾けようとした――その時だった。
ダァァァァン!
車同士が勢いよく衝突したような、そんな爆発音らしきでかい破裂音がその場に居た全員の鼓膜を響かせた。
「……予定外の事態が起こっても、私の視た予知は変わらないのね」
少女は驚くこともなく淡々とした口調で言った。仕佐はというと、びびりまくりで今にも心臓が飛び出そうなほど驚いていた。
それを聞いた男は一瞬怪訝そうにするが、特に問い詰めるでも無く無言のまま少女を見ていた。
「あら? さっきの音、気にならないの?」
男が無言のまま少女を見つめていたからか少女が口を開いた。男は一瞬間を開けてから、深く嘆願し言った。
「わざわざ確認しに行くより、お前が何か知ってそうだからな」
「あらま、それは迂闊だったわ」
「……それで、さっきの爆発はなんだ?」
少女は一瞬考えるように俯いたが、すぐに答えが見つかったのか、顔を上げ見透かすかのように前髪の奥から覗かせる両眼のオッドアイで男を見据えた。
男は少し怯んだが、負けずと睨み返した。
「気になるのなら……見に行ってみましょうか」
「……は?」
男は予想外の返しにキョトンとした。
それから少女は何も言わず歩き出してしまったので、男は言われるがまま少女に着いていった。
(助かった、のか?)
仕佐はようやくあの居心地の悪い空間から解放され、再び安堵のため息を吐いた。
そして仕佐は考えた。
このまま宿に帰り寝るか、男達の後を着いていくか。後者の場合、先程は運がよかっただけで危険を伴う可能性がある。かといってこのまま帰ってしまってはモヤモヤが残ってしまうだろう。
だが考えている暇などはない。そうこうしているうちに男達の後ろ姿はだんだんと見えなくなっている。ただでさえ辺り一面、見渡すことも出来ないほど暗いのにこれ以上見えなくなると、後を付けることも出来なくなってしまうだろう。
◆ ◆ ◆
仕佐は苦渋の判断を下した。
「……ただいまーっと」
あのまま男達を追いかけず宿に帰ってきたのだ。
仕佐は静かに部屋の戸を開けると、忍び足でそのまま布団に寝転んだ。
どうして追いかけなかったのか、それは仕佐が臆病だったから……ではない。
あの後、男達をつけようと物陰から立ち上がったときだった。一瞬フードを被っている少女と目が合った――気がしたのだ。もう既に男達との距離は十数メートルも出来てしまっている。それにこの暗さだ。人影くらいならまだしも、目を合わす事なんて出来ないだろうとそう思い、いや確信していた。それなのに視線を感じた上に目が合ったのだ。仕佐は恐怖により帰ってきてしまった。
まあ、その事を咎める人も居ないだろうが。仕佐は――寝た。
【翌日】
仕佐は条夜に肩を揺すられて起こされた。
「朝飯食いに行こうぜ!」
朝っぱらから元気な奴だ。こちとら昨日の件のせいで寝不足だというのに……
眠すぎてまともな思考が出来ず、顔を洗ってくることにした。
「先に行ってて……顔洗ってくるから……」
と、仕佐はすでに条夜に背を向けていたが言い終わる前に呼び止められた。仕佐は振り返り言葉を待った。
「……おりゃっ」
バシャン
仕佐の顔に冷凍庫並みの氷水がぶちまけられた。
「……冷たっ?! てかまたかよ!」
何かを言うのであろうと言葉を待っていたのに帰ってきたのは水(物理)だった。仕佐が文句を言おうと口を開きかけたが、条夜の方が少し早く仕佐は何も言えなかった。
「わざわざ洗面所行くより楽だろ?」
「いや、確かにそうだけどさ……」
仕佐は落胆を隠さず、食堂へと向かう条夜の後をタオルで顔を拭きながら着いていった。
――仕佐達は日替わりの定食を食べている。
「――そういえばおめぇよ。昨日の騒ぎ知ってっか?」
「何の騒ぎだよ?」
隣の席で朝食を食べている中年冒険者が何やら面白そうなことを話しており、条夜は目を輝かせながらその話に聞き入っているようだ。
「昨日の真夜中にな、一軒家が燃えたらしいんだよ」
「はぁ? なんでいきなり?」
「さあ? オレがその場に居たわけじゃぁねぇからよく分からんがな」
(……なんか既視感が……うん。気のせいだな、きっと)
仕佐は思い当たる節があったのか、うんうんと唸ったっていたがすぐに合点があったのか食べることに集中しだした。
「じゃあなんだ、放火犯でもいるのか?」
「知り合いから訊いたんだがな、燃えた家から去る二人組を見たとか言ってんだよな」
「なんだそれ、曖昧すぎたろ」
朝っぱらから酒を飲んでいた二人の中年冒険者は、席から立ち上がり、話が一区切りしたのか代金を払って外へ出て行った。
(うわぁ……、あれに関わりたくないな……というか条夜が目を輝かせながら僕のこと見てるし……はぁ)
「どうしたの条夜? ……って放火の事だよねきっと」
「おお、よく分かったな! なあ、いっ……」
「どうせそこに行きたいんでしょ……はぁ」
仕佐は条夜の言葉を遮って呆れ口調で言った。仕佐は水を口に含みながら横目で条夜の話を聞いた。
「なあ、いいだろ?せっかく面白そうなことがあるんだからさ、ね? それにさ、やっぱり異世界召喚モノで事件に巻き込まれるのって王道だろ?」
仕佐は飲んでいた水の入ったコップを机に置きながら言った。
「いや、巻き込まれるじゃなくて巻き込まれに行くの間違いでしょ」
「あ、バレた?」
(条夜、完全に楽しんでるな)
――結局最終的には仕佐が押し負け、行くことになってしまった。
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