ヨルム

黒とん君

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第2章 3

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 畜生夫婦を処刑した後、娼館に向かった。

 ロキの言う通りだった。娼館には中々の腕前の魔法使いが二十人いる。連中が腕によりをかけて造った罠も至るところにある。今の俺は睡眠が足りてない。がっつり寝て体力と思考力を回復させないと足元をすくわれてしまう。

 娼館の近くの羊飼い夫婦をマイコンして、厩舎で寝させてもらった。

 3時間寝られた。十分だ。だけど腹が減ってるな。雌羊さんのお乳を少々もらって、少しのお金をおかみさんのへそくり袋に入れて、娼館に向かった。

 寝ている間に、変な夢を見た。

 ロキと俺と、水晶玉で見たヘルと、あともう一人の男と庭にある白いテーブルで仲良く昼飯を食っていた。

 異世界なのにメニューは何故か寿司。ヘルはコーン軍艦だのツナマヨ軍艦だの玉子だの、子供が食べるようなものばかり食べて0

 ヘルは何となくわかるけど、男は一体なんだ?

 どんな男かというと、何故か覚えていない。俺よりも大柄な男って以外は。

 まあいい。目の前の戦いに集中しよう。

 ○                    ○                     ○


 館にこっそり忍び込んで一人ずつ倒していくのは面倒臭かった。連中を野外に引きずり出す事にした。

 娼館に俺のありったけの力で、雷撃を見舞う!

 半径1キロ四方に響く轟音と共に、いかずちが娼館を襲った。

 やはりな。雷は魔法で強化された避雷針で無力化された。だが魔法使い達には今のが自然発生のものではないとわかったはずだ。音もなく腕っこきの奴らが俺の面前に陣取った。

 総勢20人。集団戦闘に慣れてる奴らだ。それに俺の尋常ではない魔力に気づいている。奢ることなく全体で挑んで来る。

 そらきた!十人が力を合わせて冷却魔法を仕掛けてきた。大地が見る見る青白い氷に覆われていく。羊達が食べる草は凍りつき砕けていく。地中の土竜か?哀れにも一瞬で凍死した。尋常じゃない冷波が地面を這う。足を凍りつかせて身動き取れなくするつもりだ。

 俺は跳躍するしかない。

 全く予想通りに残りの十人が炎撃を仕掛けてきた。常人なら近くにいるだけで目は潰され焼死する。さすがに十人がかりは強い!必死に耐火する。

 だが真上から、真の刺客が襲い掛かってきた!

 全長5メートルのトカゲに似た体躯に蝙蝠のような羽根。鋭い牙。


 飛竜ワイバーンだ!

 見事な作戦だ。冷却魔法と火炎魔法で余裕を奪い、ワイバーンにとどめを刺させる。この三重の攻めを防ぎきれる奴はそうそういまい。

 だがね。相手が悪すぎたな。読んでたよ。

 俺の頭を噛み砕こうと降りて来るワイバーンに話しかけてみた。

 「よせよワイちゃん!仲良くしようぜ!」。

 ワイバーンの鋭い眼光が魔法使い達に向けられた。

 そして猛スピードで奴らに突進!「おわあああああああっ!」全く予想外の飛竜の裏切りに慌てる魔法使い達に容赦なく。

 ワイバーンの尾の一撃が見舞われた!五人が即死。機を見て俺は光の矢を放った。更に五人が即死。

 勝負あり。「ひえええええええええええ!」残りの十人はパニクってちりじりに逃げていく。

 いつもの俺なら深追いはしない。

 だがな。お前らの頭の中は調べた。3年前の12歳だったヘルを犯したのはお前らだよな!?

 もう何十人もの少女を犯しているよな!?

 許さねえ。俺は光の矢を更に放った。心臓を射ぬかれ苦痛なく死ねるだけでもありがたいと思え。

 寸分の狂いもなく全員に命中。魔法使い達は全滅した。

 俺とワイバーンだけが残った。

 マイコンから解放してやるつもりだったが、そう言えば俺とヘルの足がない。 

 「ワイちゃん、もう少し付き合ってくれるかい?俺と可愛い女の子を乗せて、行ってもらいたい所があるんだ。ちょっと待っててくれよ!」。

 刃向かうわけがないんだが聞いてみた。

 ワイバーンの目がギロリと青く光った。従いますという事らしい。

 俺は笑って、丸裸の娼館に向かった。

○                    ○                    ○

 

 娼館に入った。

 ヘルの部屋は地下だ。プレイ中のポーナグドのVIPどもは異変に気づいて侍従と一緒に逃げたらしい。いるのはどうしたらいいかわからない哀れな女の子達。ヘルもその一人だ。魔法使いどもは一掃したが何処に罠が潜んでいるかわからん。用心しながら降りていった。

 一番奥の部屋に来た。恐ろしくでかくて頑丈な錠前。

 開けるのは簡単だ。だが一切の自由がないヘルの状態を象徴しているようで、見ているだけで腹が立った。

 右足を思い切り上げて、踵を落とす。

 バン!という音と共に火花を散らし、錠前は落ちた。

 ゆっくりとドアを開けた。

 ヘルが、立っていた。

 メイドのような出で立ち。だがほとんど下着だった。

 上は黒のブラジャーだけ。下は黒の超ミニスカートに唯一メイドらしいエプロンが申し訳程度にくっついている。スラリと伸びた足には白のロングタイツ。

 髪の毛を留めるホワイトプリ厶には猫の耳が付いている。
 
 そして目の前のヘルは水晶玉で見せられた映像よりはるかに美しかった。

 黒い大きな目は長い睫毛をお供に俺を見つめていた。鼻は筋が通っていて高いがロキと同じで冷たさは感じられない。

 思ったよりも大きい胸をしっとりとした肌が包んでいる。歳の割には豊かな腰回り。長く綺麗なラインを描く足。

 そんな類い稀な美少女がいきなりしゃがみ込み、手をついて感情のない、取ってつけたような笑顔で俺に言った。

 「お帰りなさいませご主人様」
 「何なりとお申しつけくださいませ。今宵、ヘルはご主人様の奴隷です」。

 地下室で、しかもお客が帰った直後で部屋に一人だけだったんだろう。それで異変に気付かなかったらしい。

 ヘルは立ち上がり、俺の服を脱がそうとする。

 俺はヘルの両腕をやんわりと握り、本当に必死に優しそうな笑みを浮かべる事に努めた。そして言った。
 「いいんだ。もうこういう事しなくていいんだ。俺はヘルを抱かねえ」。

 すると。

 ヘルの顔が恐怖に引き攣った。わなわなと震え始めた。そして再びひざまづき、土下座して叫んだ。
 「申し訳ございません!愚かなヘルは粗相をいたしました!もう二度とご主人様を怒らせるような事はいたしません!何とぞ!何とぞお許しください!」。

 しくじった!

 ヘルにとって客が自分を犯さないというということは、自分が客を怒らせた事を意味する。そして待つのは身の毛もよだつ拷問だ。

 ヘルは本当に怯えきっていた。今までどれだけ心に傷を負ってきたか。

 もちろん、怯えるヘルを無理矢理ロキの元に連れていくのは簡単だ。

 だが俺はヘルが納得して俺と来てくれることを望んだ。その方が後々この子のためになる。そう信じた。

 俺はしゃがんだ。ヘルと同じ目線になった。

 そしてそっとヘルの両肩をつかんで言った。もう笑顔なんて作らない。俺が本当にヘルの事を思っている事を素直に知らせるだけだ。

 「俺がヘルを抱かないのは、ヘルを嫌いだからじゃねえ。逆だ。ヘルの事が好きだからだ」。
 「・・・・・・」。
 「ヘルの事が大事だからだ。それにな」。

 俺は扉を吹き飛ばした。

 「ひいいいいい!」怯えるヘル。俺は肩を掴む手の力を強めた。そして語気を強めて言った。
 「大丈夫だ!誰も来やしねえよ。今までヘルをいじめてきた連中も、人でなしの両親も、みんな懲らしめてやった」
 「もう誰もヘルをいじめない。汚いおやじに嬲られる事もないんだ。ヘルはこれからは、自由に自分の幸せを追うことができるんだ」。
 
 「嘘・・・・・・」。

 ヘルがつぶやいた。表情は怯えたままだ。そうだよな。俺はヘルをそっと抱きしめた。もうそれしかできなかった。

 「わかるぜ。初めて会ったわけわかんねえ奴にいきなり『自由だ』とか言われても困るよな。信じられねえよな。でも、本当の事なんだ」。

 ヘルは答えず、ぶっ飛んだ扉の方を見た。

 触ることすら禁じられていたみたいだ。ヘルを閉じ込めていた扉。ヘルを縛り、ヘルと外の自由な世界を隔てていた分厚く冷たい扉。

 その扉が消えた。

 俺は再びヘルの顔を真正面から見つめて言った。

 「ヘル。俺と一緒に来てくれ。会わせたい人がいるんだ」。
 「・・・・・・」。
 「凄く綺麗な女の人だ。そして優しい。俺の一万倍強くて、ヘルの事を気にかけてる人だ」

 「お願いだ。来てくれ」。

 ヘルが。

 震える右手で、俺の頬に触れた。

 そして。

 ほんの少し。本当にほんの少し。

 笑った。

 笑ったと思う。

 そして。

 わずかに。本当にわずかに。

 うなずいた。

 何故だろう。俺の両目から涙が溢れた。

 俺はヘルを抱き抱え、扉の外に出た。

 ヘルの目からも涙がこぼれた。

 何故なのか。何のために泣くのか。

 二人ともよくわからなかった。

 館の外に出た。

 ワイバーンが忠実に待っていた。

 俺はヘルを抱いたまま、飛び乗った。

 翼を広げ、飛竜はロキが待つアジトへと向かった。

 ヘルはワイバーンを初めて見たのか。最初は怯えていたが俺を信じる気持ちのが強かった。特に暴れたり、叫んだりはしなかった。
 
 俺は道中ずっとヘルを抱いていた。

 わかった事がある。

 もう世界が違うとか遺伝子など関係ない!俺の本能が教えてくれた。

 ヘルは俺の、妹だって。
 
 

 
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