戦国九州三国志

谷鋭二

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【第二章】壮烈・岩屋城

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 高橋紹運は、島津勢の本格的な城攻めを前に、今一度諸将を糾合した。
 「次の者は籠城に加わる必要なし、また許さん。一つ、両親に男子一人の者。二つ、兄弟のうち一人。いずれも城を出て家名を守るべし。老人、婦人、幼子、病人は統増の兵とともに宝満城に籠もるべし。また、敵に背を向ける者、恐れをなす者の参加は断じてなかるべし。なお、籠城に賛成せぬ者は遠慮なく申しでるがよい。決して責めはせぬ」
  この紹運の呼びかけに、城代屋山中務少輔が進み出てた。
 「恐れながら御館様、我等主従地獄の果てまでも共にありましょうぞ、例え冥土であろうと、千万億土の果てであろうと、お供つかまつりますぞ」
  と、声震わせながらいった。
 「よういうた、人の真価はいかに生きるかであると同時に、いかに死するかによっても決するもの、例え五体を微塵に砕かれようと決して臆するな。名こそ惜しめ」
  紹運は一体の御守りを手に握りしめていた。亡き道雪が死を前にして、紹運に託したものだった。

  
   岩屋城は本丸含めて、大小十二の曲輪があった。城兵が少ないので小曲輪は三十人、大曲輪は百人ほどの防衛である。七月十四日、まるで孤島に大波が押し寄せるかのごとく、島津兵は岩屋城の各曲輪に攻めよせた。
  紹運は天主櫓に床几をすえ、全身から静かな殺気をたぎらす。城を守る七百の将兵と一丸となったその姿は、さながら軍神だった。
 殺到する島津勢、だが紹運の軍配一つで将兵達は縦横無尽に動き、弓矢、鉄砲が雨あられと降りそそぐ。味方が幾度倒れても、島津兵は悪鬼のように曲輪めがけて押し寄せる。馬のいななき声、倒れる兵士の断末魔の叫び、攻防は夜半を迎えても月灯りを頼りに続けられた。三日間の攻防の末、島津兵は予想外の死者をだし一旦兵を引く。

  
   攻防七日目、島津軍により水の手が断たれた。だが将兵の士気は衰えない。

  
    攻防九日目、雷雨を伴い激しい雨が大地をぬらした。
 「道雪殿がこの戦を見守っておる……」
  紹運は御守りを握りしめ、激しく降る雨に打たれながら、ひたすら亡き道雪の霊に祈った。

  
    攻防十日目、島津兵は槍を片手に、ひたひたと城に迫る。その必死の勢いに紹運揮下の将兵達は一瞬ひるんだかに見えた。
 「進め、進め、皆殺しじゃ!」
  やがて島津兵の前に巨大な城門が姿を現した。だがこれが罠だった。島津兵が城門に取り付こうとした時だった。
 「今ぞ! 落とせ!」
  城代屋山中務少輔の合図とともに、巨石、大木が島津兵めがけて一斉に投下された。凄まじい悲鳴とともに、多くの島津兵が下敷きとなって息絶えた。

  
   十日間の攻防で島津方は、おびただしい数の士卒、武者が討ち死にした。特に城方の石攻めにより名だたる将の多くが負傷した。    
 山田有信は手の甲を打ち砕かれ、新納忠元は腰を強打し、板輿に乗って指図せざるをえなかった。上井覚兼も石攻めにあい、さらに顔に鉄砲玉が当たって重傷を負っている。覚兼の弟鎌田兼政もまた石攻めで負傷した。
  五万の軍勢をもって、七百人が守る城に手も足もでないという異常事態に、島津忠長と伊集院忠棟の両将は作戦の変更を迫られた。

  
   立花城の宗茂は、夜の闇に岩屋城の方角を仰ぎ見た。その手には、立花家の婿養子として岩屋城を後にする際、紹運から渡された備前長光が握られていた。血文字で記された言葉は、
 『一死を以って世を照らす 是 武士の本懐也』
  宗茂は今一度星を仰ぎ見た。不意に背に生暖かい感覚があった。いつの間にかぎん千代が入ってきて、宗茂の背に抱きついていたのである。
 「いかがいたした? このような夜更けに」
 「怖い夢を見たのです。宗茂殿が敵に討ち取られて……。どうか死なないで、御父上が死んで、紹運殿が死んで、皆々島津に滅ぼされてしまうのですか?」
  妖艶な香りが宗茂を幻惑した。
 『こやつ、女になりおった……』
  まだ若い宗茂は、不意にこみあげてくる欲情を必死にこらえた。
 「例え死んでも、わしはそなたの側を離れん」
  と、精一杯の言葉をかけた。

  
   島津忠長と伊集院忠棟の両将は、新たに新納蔵人という者を、降伏勧告の使者として城に赴かせた。紹運は麻生外記という偽名を使って、新納蔵人と面会した。
 「紹運殿の死をもってしても城を守らんとする覚悟、実に見事にごわす。なれど時代は島津に動いており、こん流れは誰も止めることはできもうはん。大友家は近年、天道に背くふるまい数多くあり、先行きはもはや見えもうした。かくなりたる上は、速やかに城を明け渡すべきかと。島津は決して降伏した者に粗略な扱いはしもうはんで」
  だが、紹運はかすかに冷笑を浮かべた。
 「さてさて、それはいかがなものかな? 確かに盛者必衰は世のならい、大友家も今はかっての勢いなし。なれど、主人の盛んなる時、忠を励み功名を顕わす者ありといえども、主人衰えたる時にも変わらず一命を捨てる者は稀にてござる。貴殿も島津家滅亡の時、主を捨て命を惜しまれるか。武士たる者、仁義を守らざるは鳥獣に異ならず」
  と、痛烈に切り返した。この時予想外のことがおこった。城外で会見の様子を見守っていた島津兵の中から、喝采の声があがったのである。
  部隊の最前列で、床几に腰かけていた島津忠長は立ち上がった。
 「もうよか、麻生外記殿いや高橋紹運殿、御無礼つかまった。かくなりたる上は弓矢で決着をつけるのみ、覚悟してお待ちあれ」
  と、城の方角に向かって大音声をあげた。

 
   七月二十七日寅の刻(午前四時)、島津勢はついに覚悟の城攻めを開始する。それはまるで夜明け前の静寂を破る嵐のように城に襲いかかった。
  崇福寺口から大手門の攻め口には、島津忠長の部隊が殺到する。これを守るのは屋山中務少輔以下約百人。
 「あれに見えるは名のある大将に違いない。討ち取って手柄にせん!」
  先頭に立って門に攻め込んだ忠長は、甲冑の派手さ故、敵兵のかっこうの標的となった。
 「その首もらった!」
  忠長は敵の武者のくりだした槍を、間一髪で脇に挟むと、そのまま真中からへし折った。
 「鉄砲隊射撃用意!撃てい!」
  敵の銃撃により忠長は左肩を狙撃され、一命はとりとめたものの、山本助六、森勘七等股肱の臣が身代わりとなって絶命する。

  
   本丸北百貫島の攻め口には、伊集院忠棟の率いる部隊が攻めこむ。対するは三原大和入道紹心以下百名。
  四尺余の大太刀を手に、敵兵の渦の中を所狭しと暴れ回る紹心だったが、従う兵達は次から次へと倒れた。やがて敵の放った鉄砲が左の胸を貫く。
 「打太刀の 金の響きも久方の……」
  死期を悟った紹心は、辞世の旬を読み始めた。
 「チェストォォォ!」
  島津兵の繰りだした槍をかわした紹心は、その腕をつかみねじりあげる。
 「雲の上にぞ 聞こえ上くべき」
  刹那、鉄砲弾十数発が一斉に紹心の五体を貫通した。
 「御館様、先に参りまするぞ……」
  三原大和入道紹心、享年三十九歳の壮絶な最期だった。

  
  一方、秋月勢の木所民部を将とする島津兵約千は、近在の百姓の案内で間道を抜け、水の手砦を突破し、本丸の腰曲輪を突破する。ここを守るのは吉田左京以下約二十五名。吉田左京は立花城で岩屋城の危急を知り、紹運に帰城するよう進められても聞かず、籠城戦に加わった。もとより二十五名で千の敵を止めることなど不可能である。だが吉田左京に率いられて僅かな兵は、まるで人間の体力を越えた何者かに突き動かされるかのように、力戦奮闘し全員討ち死にした。
  これにより、本丸は八方塞がりとなってしまった。

 
「恐れながら御館様、二の丸が燃えております」
 「今はもう本丸を守るだけの兵しかおらん。放棄するしかあるまい」
 「恐れながら、三の丸も燃えておりまする」
 「これまでか……」
  すでに虚空蔵台の砦を守っていた福田民部少輔が戦死。二重の櫓で力戦を続けていた萩尾父子も討ち死に。西南の城戸に敵を防いでいた屋山中務も遂に力尽き倒れた。

  
  やがて島津勢の雄叫びが本丸を取り囲む時がきた。紹運はわずかな兵とともに島津勢を迎えうつ。抜き放った刀には、宗茂に与えた備前長光とおなじ血文字が刻まれていた。自ら斬り結び十七名までも倒すが、島津兵はまるで津波のように退いては、また寄せてくる。やがて自らの五体に数創の傷を負うが、それにより闘志がいささかも衰えることなく、むしろ鬼の如き気迫は島津兵を戦慄させた。従うわずかばかりの兵も、紹運を守り一歩も退こうとしない。だがついに島津兵の放った鉄砲が左の足を貫通し、紹運は立つことすらできなくなる。
 「己島津め!」
  瞬時、紹運の両の眼は炎の如く島津兵を射すくめた。
 「御館様をお守りしろ」
  残った兵が紹運の盾となる。
 「もはやこれまでじゃ……。わしを櫓へ連れていけ」
  紹運は息を荒くしながら、ようやく声をだす。
 「もうよか、自害するつもりじゃろう。武士の最期じゃ、手出しせんで見守るのが礼儀」
  島津方の将は、追撃しようとする兵を制止した。

  
   紹運は味方にかかえられ、ようやく櫓にたどりつき、床几に腰を降ろすと経を唱え始めた。
 「見よ、あれぞ武士もののふの最期ぞ! 皆しかと焼きつけよ」
  見上げる島津兵の中からさえ、どこからともなく嗚咽がもれた。
 「道雪殿、わしも天に帰る時が来たようじゃ、ともに空の彼方で宗茂を見守りましょうぞ」
  紹運は暫時天を仰いだ。高橋紹運享年三十九。残った岩屋城の城兵も、ある者は自害し、ある者は斬り死にし、七百名ことごとく紹運の後を追った。

  
   こうして岩屋城は灰燼に帰した。島津勢にとり、残る難関は宗茂の立花城のみとなった。だがこの時には、すでに島津兵は甚大な犠牲のうえに疲弊の極みにあった。そして関白秀吉の援軍もまた、刻一刻と近づいていたのである。


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