乙女ゲーの男キャラに転生しました

さき

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3.王子様登場

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 用意された居室は、間取りこそビジネスホテルの一室を広くしただけのような簡素さだったが、手触りや家具の誂えを見れば、大変な金額を費やして用意されたことがよく分かった。大きな窓からテラスに出ると、昼過ぎの強い日差しに、庭園の緑が輝いている。バラに似た花が色とりどりに咲き乱れ、目を楽しませてくれる。
 盛大な腹の虫が鳴りやまないのを哀れに思ったのか、案内してくれたメイドがそのまま、花の香りのする紅茶を淹れてくれた。リタより頭ひとつ分小さいので、百五十センチ前半くらいだろうか。赤髪を二つに結んで、素朴な笑みを浮かべる彼女に、出会った瞬間ピンときた。王宮メイド物語の主人公に間違いない。
 自分がプレイヤーとしてカールを攻略していたとき、カールとの初対面は沈黙が多かった。体の弱いカールは、それを他人に知られるのが嫌で、神経質そうな目でメイドの接近を嫌がったものだ。そんな彼が少しずつ心を開いてくれる様子が乙女の心をつかんで離さなかったのだ。
 だが、今カールはリタであり、リタは人と話すのが好きだった。人のよさそうなメイドの少女に対し、つっけんどんな態度をとるのが逆にストレスになりそうで、リタはゲームの中のカール像を演じることを、早々に諦めた。
「おいしいお茶をありがとう。ええと、何さんと呼べばいいのかな」
 赤髪の少女は、つぶらな瞳をはちきれんばかりに開いて、頬を桃色に染めた。
「あっ…、アンネと申し、ます」
 伏し目がちに名乗る様は、同性から見ても愛らしかった。
 ゲームでカールが王位を継承することになるのは、主人公が第一王子アルフレッドと結ばれるハッピーエンドルートか、同じくアルフレッドと心中するバッドエンドルートの二択しかない。平民の彼女を愛した王子は、身分を捨てて、主人公との人生を選ぶか、結ばれない人生に失望して命を絶つ。実はトゥルーエンドとしてシンデレラルートが存在し、ここに入ると王子は身分を捨てずに主人公と人生を共に歩むらしいのだが、このためには全攻略対象とハッピーエンドを迎えていることが前提条件となるので、ゲームでないこの世界において実現されることはないだろうし、何よりまだクリアしたことがなかった。
 好感度の調整が至難の業だが、ここはアンネにハッピーエンドルートを辿ってもらい、二人に幸せに生きてもらうとともに、両親の願い通りカールを王座につかせるのが良いだろう。
 アルフレッドと距離を縮める方法を考えながらアンネをぼうっと見ていると、次第にアンネの頬が桃色から夕焼けのような朱色へ変わった。
「あの、カール様…っ顔に、穴が開いてしまいそうです……」
「ごめん」
 間髪入れず謝った。緊張で涙ぐんだ瞳がこちらを見る。同性でもぞっとするほど色気があった。
 まずいな、カールルートじゃなくて、アルフレッドルートに入ってもらわなければいけないのに。
「アルフレッド王子に挨拶したいんだけど、どこへ行けば会えるかな」
 打開策を探すべく、王子の名前を話題に出すと、居室の方から上品な笑い声が聞こえた。
「おや、僕のことかな? 思い出してくれて幸栄だよ、カール」
 驚いて振り返ると、居室の窓から見紛うことなき第一王子のアルフレッドが、半身を乗り出してこちらに手を振っていた。白い手袋を優雅に揺らして、整った顔に紳士然とした笑みを刷いている。
 ちらりとアンネに目をやると、まさかここでこの男に出会うと思っていなかったのだろう、視界に入れるのもおこがましいという体で必死に下を向き、身を縮めている。
「王子…、こちらからご挨拶に伺いましたのに」
「十五年ぶりに従弟殿が参内したんだ。待ちきれなくてね」
 そこのきみ、とアルフレッドはアンネに声をかける。小さな肩が跳ねる。
「僕にもお茶を頂けるかな」
「かっ、かしこまりました!」
 アンネは人形のようなぎこちない仕草で一礼して、花の香りのする紅茶を淹れなおす。コツ、コツと優雅な足音が近づいてきて、リタの横に腰を下ろした。
 がちゃがちゃと食器が触れ合う音がする。アンネの手が小刻みに震えているのだ。それを見て見ぬふりをして、アルフレッドは茶器を受け取り、「ありがとう」と彼女に礼を言った。
「はっはい! 何かございましたらお申し付けください!」
 アンネは始終恐縮していた。アルフレッドの影を踏むことすら失礼という態度で、ティーテーブルから少し離れると、目線を下げたままじっとそこで待機した。それをアルフレッドは当たり前のように受け止めている。
 個人的にはもう少し絡んでほしいところだが、最初はこれが精一杯だろうか。
「この茶はおいしいでしょう。メイドのアンネが淹れてくれたのです」
 それとなく水を向けてみるが、効果は薄かった。
「そうか。それよりカール、久しぶりに会ったんだ。きみの話を聞かせてくれよ」
 メイドには目もくれないが、カールに対して非常に友好的なふるまいをする。カールが王位継承候補者として召喚されたことを知らないはずがないのに、まさかこの男、根っからの「王子様キャラ」か。なんて設定に忠実な世界なのだ。
 リタは日本にいた頃を思い出した。一般的な家庭に育ち、大学卒業と同時に一人暮らしをはじめ、社会人となった。ごく普通の人生だが、上司に叱られ凹んだり、彼氏の浮気相手を妬んだりして、嫌気がさして、現実逃避でゲームに癒しを求めた。そんな中で、アルフレッドはまさに王道中の王道、王子様キャラで、攻略対象のなかでもっとも現実離れしていた。
 リタが地蔵を眺める気持ちで目を細めると、アルフレッドは顔にはりつけていた笑みを消し、まじめな表情をみせた。
「カール。陛下の采配を理由に、君が僕に遠慮したり、僕を疎ましく思うのなら仕方ない。でも距離を置かれるのは寂しいからやめてくれ。僕は陛下の期待に応えるつもりだし、君にも陛下の期待に応えてほしいと思っている。結果陛下が君を選ぶなら、僕はそれを快く受け入れる。君とは政敵である前に、親族でいたいんだ」
「アルフレッド王子、いや、アル。僕は君に遠慮する気も、疎ましく思うつもりもないよ」
 対等を望んだ彼に遠慮なく平語で応じると、アルフレッドはくすぐったそうに笑った。
「僕は王子を一人の人間として尊敬している。それは今後誰が何と言おうと、僕自身のなかで変わることのない気持ちだ」
「なんだよ急に」
 リタは本気だった。ゲームとこの世界が似ているといえど、今こうして目の前にいるアルフレッドは、生きている人間だ。彼のような特殊な人生において、この清廉潔白な精神を貫くのがどれほど大変なことか、リタには想像もつかない。
「だから皆が幸せになれるよう、アンネの淹れてくれた紅茶を飲んで、存分に味わってほしい」
 急に名前を引用され、アンネが視界の端でびくりと反応した。アルフレッドは、不思議そうな顔をしながらも紅茶を味わい、アンネがブレンドした茶葉の配合を間違えることなく言い当ててみせた。
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