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しおりを挟む案の定、マリユスは門限の午後六時きっかりに帰って来た。
それを俺は夕飯の用意と風呂の湯を沸かしながら迎える。
「ただいま、僕のエル」
「おかえり…」
…俺は俺のものであっておまえのものじゃないけどな。
その言葉はぐっと飲み込む。訂正(否定)なんてしたら、マリユスによる‘わからせエッチ’なるものが始められるので我慢だ。
昨夜の‘お仕置きエッチ’だけでも今日一日あの有り様だったのに、連日好き放題ヤられまくって堪るかっ。俺の下半身がぶっ壊れるわ!
…これも大切な、俺の学びである。
「俺、いつもの習慣で風呂のお湯沸かしちゃったんだけど…。おまえ洗浄魔法使えるなら、明日から用意しなくても良い?」
ちゃっかり自分まで綺麗にしてもらう腹積もりで尋ねれば、
「なんで?お風呂、入るよ?エルと一緒に。これからも今まで通り」
「……んはぁい…」
『当たり前でしょ』と言わんばかりのきょとん顔でそう返された。
…そう。
俺は、なぜかベッドだけでなく風呂までコイツと‘一緒’しなければいけないのだ。
そりゃ……、最初にさ?、何度もお湯沸かすの手間(面倒)だから一緒に済ませるぞって言ったのは…俺だけど…。
あれ、マリユスが五歳のこどもだったから言っただけで…。
別に今はもう別々に入ってくれて全然構わないんだけどな…。ってか、別々に入るだろう、普通。この年齢なら。
どうして一人でも狭い風呂に、大の男二人で今もまだぎゅうぎゅう詰めになりながら入らなきゃいけないんだ…。
ぬるくてもいいから、俺、一人でゆったり入りたい…。
早速外れた目論見にちょっとガッカリしながらテーブルの上に本日の夕飯を並べる。
…パンと牛乳だけど。あと、サラダ(適当に千切ったリーフレタス)。
旅の《勇者》らしく佩いていた剣をベルトごと外し、マントやら胸当てやらの装備をさっさと外して振り返ったマリユスの顔が、これでもかと顰められた。
「…エル?」
「…なんだよ」
「朝は何食べたの?」
目の前にやって来たマリユスが、腕組みして小首を傾げた。サラリと流れた紫銀の前髪の奥から、やや鋭めな眼差しが俺を見る。
「なに、って…、普通に昼飯寄りの朝飯食べたけど?」
「へえ。一食抜いたんだ」
「う゛っ」
しまった。今のは失言、やぶ蛇だった。言わなくて良い余計なことまで喋ってしまった。
「それで、何を食べたの?」
「まあ聞かなくてもわかるけど」と。ジリジリ後退して、馬鹿だから自分から壁際に追い詰められた俺を、マリユスが壁に手を突くことで囲い込む。
わかってるなら聞かなきゃいいのにと、少し不貞腐れた気持ちになりながら観念して口を割った。
「………パンと牛乳」
だから…、だって俺、それだけあれば十分なんだから仕方ないだろっ。
白状した途端、抱き寄せられて長い長いため息をつかれた。
「ごめん」
なぜかマリユスに謝られる。
「僕が食事用意していくの忘れたせいだ」
「へっ?」
いや、なんでそうなる。
確かにこれまでは料理担当はおまえだったけど…。
《魔王》討伐の旅に出た今、そんなのは無効だろう。俺だって自分の事くらい自分でするつもりだったし。(料理のみ出来てるかどうかは別として。)
片側の頬を手の平で包まれ、覗き込まれた顔。澄んだ紫眼に至近距離から見詰められると、いつもなんだか落ち着かない気持ちになる。
「ただでさえエルはこんなに細いのに…」
「んゃっ…」
抱かれた腰…と言うか下腹部を撫でられ、その擽ったさに思わず震えた体を捩らせた。
「僕が見張っていなきゃエルはすぐに食事に手を抜くってわかってたのに」
「ちょ、っ…、やめっ…!いちいち触んな、ばか!」
マリユスを離そうと両手で必死に押し返すがビクともしない。
なんでコイツ、こんな頑丈なんだよマジで…。育ってきた環境一緒なのに。《勇者》ってそれだけでもう最強なの?なんなのホントッ?
「でも安心して、エル」
「え?」
「どうせエルは食事に一番手を抜くだろうなって思ったから、用意して来たんだ」
「用意…?」
なんのことだと疑問を隠しもせずに顔に浮かべた俺に、マリユスが意味深な笑みを返す。
ようやく離れてもらえたかと思ったら、手を引かれて連れて行かれたのは家に一つしかない食事なんかしたりするテーブル。
促されるまま自分の席に座らされる。
「ちょっと待ってて」
言うなり、徐にマリユスが持ち上げた手の先の空間が淡く光った。
俺の目の前で、いきなり魔法陣が空中に光の粒子を撒き散らしながら展開したのだ。円形の内側を時計回りに、外側を反時計回りにゆっくり回転させて。
驚きで目をまん丸に見開くだけじゃなく、口まであんぐりと開いていた。
「な、なにこれ…」
「ん?これ?《無制限収納》だよ。昨日教えてもらったんだ。例のパーティのメンバーの《賢者》って肩書きの人に。僕にならそんなに難しくないだろうからって」
「あ!じゃあもしかして転移魔法とか洗浄魔法も…?」
「うん。教えてもらった」
「筋が良いって褒められたよ」と笑って言う割に、マリユスはどうでも良さげだ。
(それにしても…教えてもらってすぐ出来るって…)
普通じゃあまり聞かない話、…な気がする。
もっとも、考えるまでもなくそれはコイツが特別な存在だから、なんだろうけど。
空間魔法の一つだと言う無制限収納に躊躇なく手を突っ込むと、そこからマリユスが包みを二つ取り出した。
横長に丸いそれを一つは俺の前に、一つは向かいの自分の席に置く。
「インベントリの良いところは時間停止の機能もついてるとこなんだ」
「うん…?」
「今日昼休憩のために途中で寄った町で食べたら美味しかったから、帰って来たらエルとも食べたくて出来立てを買って放り込んでおいたんだよ」
「や、俺はホントにパンと牛乳さえあれば──「あったかい内に食べようか、エル」……ぃ…ただきまぁす…」
‘俺のことなんかいちいち気にしなくていいから’、‘《魔王》討伐に集中しろ’、‘せっかく稼いだ金を無駄遣いするな’、…言おうと思った言葉はこわい笑顔を前に全部飲み込みざるを得なかった。
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