ラーメン憩い

小豆あずきーコマメアズキー

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ラーメン憩い 三日目

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三日目。

「美幸」

声を掛けたのは栗色の髪のイケメンの風貌の男性だ。パソコンと向き合って座る美幸は、画面から顔を逸らして見た。

「おはようございます瀬田さん」

瀬田悠大。彼女の3つ上の先輩で、チャラいと有名で、女遊びが絶えないのも噂されている。

「今日の夜。空いてる?」

遊ばれそうな予感だが、噂は噂。間には受けてなかった。

「今日ですか?」

男性に誘われたのはいつ振りだろうか。だがあの時はホストのキャッチに捕まったくらい。あんなのは誘われたうちには入らない。

「一緒に飲みに行きたいなって」

その言葉は、どのくらいの人数の女性を泣かせて来たのだろうか。

「あぁ。飲みですか…」

「嫌だ?」

「いいえ!そんな!」

先輩の気を損ねてはならない。美幸は両手を振って否定しているのを表す。

「じゃあ今夜。仕事終わったら行こう?」

何かを企むような、イヤらしいその目付きと笑みが、自分たちの行く末を物語っている。そして瀬田は歩いて自分のデスクに戻って行くなり、そこへ黒髪を一つに結わえたスタイルの良い女性がヒールを鳴らして歩いて来て声を掛けた。

「今瀬田に誘われてたでしょう?大丈夫?」

気に掛けてくれたのは葉渡瑤子。瀬田の5つ上の先輩であり、歳は28。

「先輩なので引き受けない訳には…」

「ダメよ。あの人の噂知ってるでしょう?ここに勤めてた瀬長真希さんて言う子も瀬田に遊ばれたショックで辞めたんだから」

長瀬真希と言う19歳で入社した、滅多に見れない程可愛い顔をした女の子だったのだが、確かに辞めたのは事実だが、果たしてそれが本当の理由なのか。噂は信じない方だが、先輩である葉渡に言われたら、信じるしか無かった。仕事が終わった頃にはお腹が空く。

「………………………………………」

お腹空いたなぁ。

今日は何を…。

「美幸ちゃん。行こう?」

早速、瀬田が話し掛けて来た。

「あっ。はい」

醤油ラーメン。

今日は醤油ラーメンのお腹。

「瀬田さん」

「んん?」

「飲みに行くならラーメン憩いに行きませんか?」

「えっ?女の子なのにラーメン食べるの?」

差別とも言えるその発言に、彼女は黙り込んでしまう。

「冗談だろう?BAR行こうぜ?」

「………………はい」

BAR、か。

私とは無縁の場所。

自慢の赤いポルシェに乗って訳30分。彼の行き付けのBARは照明が青く、大人の雰囲気を漂わせている。カウンター席に座り、アルコール度数は約20度の、チョコミントのような味わいの、アフター・エイトと言う酒を頼み、30代前半程の若いマスターがシェイカーをし、代表的でもある逆三角形のカクテルグラスに注ぐ。彼女は先ず、飲む前にその匂いを嗅いでから口にゆっくりと含む。コーヒーリキュールにカルーアを使用するのが一般的。クリーム系リキュールとコーヒーリキュールに、ホワイトペパーミントリキュールを加えているので、甘いだけでなく爽やかな味わいが楽しめる。チョコミントが好きな女性に人気。

「ふぅ。美幸ちゃん。こう言うところに来るの初めて?」

「はい…」

静かなBGMが流れ、とても落ち着いた雰囲気なのだろうが、美幸の頭の中は、ラーメン憩いでいっぱいだった。

ラーメン憩いに行きたい。

今日は醤油ラーメンが食べたい。

お酒飲んだら。

直ぐにラーメン憩いに行こう。

ナガレさんや、奥さんの鈴さん。

バイトの夢ちゃんと尊さん。

純也さんに会いたい。

あの家族感が良いのに。

アットホームなラーメン屋さんが。

私を呼んでる!

「瀬田さん私。酔って来たみたいなので、帰ります」

ラーメンが食べたい。だからそう言って帰るふりをしてラーメンを食べに行こうと立ち上がるなり

「送るよ?」

彼も立ち上がり、お金を払って共にBARから出た。

「瀬田さんすみません。払わせてしまい」

助手席に座る彼女は、酔ってはいなかった。酒の味すら分からない程、ラーメン憩いの誘惑に負けていた。

「俺が誘ったから。当たり前だろう?」

すると車は、どこかの建物の駐車場に止まった。

「えっ?ここどこですか?」

「本当に酔ってる?」

「家じゃないです!酔ってても分かります!」

シートベルトを外した美幸は危機感を感じてドアを開けようとしたとたん

「全然酔ってないなお前!」

瀬田は隣から手を出してワイシャツの胸ぐらを掴んで来たのだ。

「止めて下さい!!」

ドン!と押して抵抗し、そのままドアを開けて飛び出した。

「おい!」

彼女は駐車場から出るなり、ここがラブホテルである事に気付いた。噂は本当だった。遊ぶ気満々だったようだ。

「最低」

美幸は走り、取り敢えずこの場から逃げて走る。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

ザアァッ。雨が全てを押し流すほど凄まじく降り出し、カツカツカツカツカツカツと、ヒールの踵を鳴らして走る。びしょ濡れになりながら。

「うえっ?あっ!お客様!」

その時だった。声を掛けたのはラーメン憩いでバイトをしてる伊村尊だ。その、童顔の可愛らしい顔をしてる子は、ラーメン憩いの子だと直ぐに分かり、ホッとして笑みが浮かび、ぼろぼろと、今降っている大粒のような雨のような涙を流したのだ。

「憩いさ~ん!」

反射的にギュッと抱き締めてしまい

「うええええぇ~!!」

彼は、頬を染めて叫んでしまう。

「タオルです」

「ありがとうございます」

店長の、ナガレの妻の鈴からタオルを差し出され、彼女は濡れた髪や、薄い黄色いトレンチコートを拭く。

「いきなり雨降ったもんね~?」

立った状態でカウンターに頬杖を付く夢は、水色の可愛らしいヒールサンダルを身に付けている。

「春とは言え冷えただろう?ラーメンでも食べて、体暖めて行って」

カウンターの後ろで声を掛けたナガレはそう言い、どんぶりを手にして待機する純也はにこやかな笑みを浮かべている。

「はい」

その言葉にさえ心が救われてホッとする。明るい近所の人たちが一つの家族になったように心が落ち着く。やはりここだ。気取った店とか、他の店に行くなら『ラーメン憩い』に行って寛ぐのが一番。

「鈴ちゃん昼間デートしようよ♪」

夫が近くにいるその人妻を平然と誘う純也はにこやかな笑みを浮かべて言うなり

「平然と妻を誘うんじゃねえガキ!」

ゴッ!ゴツッ!脳天に二つのコブが。一つは夫。もう一つは妻のコブ。

「ええぇ~!ダメ~!純也は夢とデートするの~!」

「ダメだ!俺が許さん!お前にもっと良い男を連れて来てやる!」

「純也じゃなきゃやなの~!」

「クスッ」

やっぱり、『憩い』の場だ。自分の苗字の白鳥ではなく、『ラーメン憩い』だからこそこの場の家族感に溢れた雰囲気が、人の心を癒す。だって、この会話だってお客さんの前ではしないだろう。なのにほっこりしてしまうのが、バイトや夫婦の信頼関係から出ているので、和んでしまう。

「今日は、何しますか?」

「醤油ラーメンで。麺は普通。油少なめ。トッピングはもやしとほうれん草と、あとは、玉子で」

慣れた。三日目にしてここのラーメン屋の頼み方が分かった。

「はい喜んで!」

雨が降っている。まだ続いている。

「ラーメン好き?」

夢は、隣に座ってそう聞いた。仕事中なのに。

「普段はあまりラーメンを食べないんですけど、ここのラーメン屋に出会ってから、もう夜はここのラーメンと決まってるんです。今日もラーメンが食べたくて、来たんです」

「でも、泣いてたよね?」

ふと尊は聞くと、彼女の瞳が揺れこう口にした。

「仕事で嫌な事があって、ここに来て美味しいラーメンを食べて、癒されようかと」

上司に嫌な男がいる。あと少しで遊ばれる所だった。そんな男よりもラーメンだ。ここのラーメンを食べれば癒されるのを知っている。

「俗世間はさ。嫌な事ばかりあるよね?」

麺を茹でるナガレと、その隣で純也と鈴はトッピングやニンニクや出汁の調達をしている。

「でも、そんな時はラーメン憩いだ。ストレスも疲れも忘れさせる程の美味しいラーメンを頑張って作るからさ。毎日でも良いからおいで?」

「ありがとうございます!」

毎日来ても飽きない。アットホーム感のあるラーメン憩いの虜だから。

「はいお待ち!」

ドン!と、どんぶりを置いた。醤油ラーメンにはシナチクと焼豚が。これもまたサービスのトッピングなのかもしれない。気前が良い。割り箸を手にして割り

「頂きます」

彼女は、麺を啜って食べる。

「!」

さっぱりしている。醤油ベースと、出汁が絡まってバランスが取れている。何故こんなにもさっぱりしているのだろうか。塩と言い味噌と言い。何故こうも美味しくて、自分を虜にさせてしまうのだろうか。シナチクと麺を一緒に食べ、更にあの、美味しい焼豚を食べる。安定だ。とろける程柔らかい。ズルズル音を立てて啜る。夢中になって食べてくれるので、こっちも嬉しかった。この音。啜って食べるこの音。良い音だ。今日も美味しく食べてくれているのが分かる。箸が止まらない程ノンストップで食べる。そして、どんぶりを手にしてゴクッゴクッと、汁を飲む。それも毎度ノンストップ。やがて

「はぁ」

食べ終えた美幸は、満足気に笑みを浮かべていた。

安定の美味しさ♡

そして、お金を払って店から出る。その頃には雨も止んでいた。

また虜にされちゃった。

ラーメン憩い。

やっぱ最高~♪

彼女はスキップしながら帰宅する。
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