上 下
1 / 1

美しき、患者

しおりを挟む
膣に射精された精子が駆け抜け、子宮へと到達する。そして、卵管を通り卵子を待つ。卵巣から排卵が起こる。精子と排卵をした卵子が、卵管膨大部で出会い、受精をする。受精卵は細胞分裂を繰り返しながら卵管を通り、子宮内へ移動する。子宮に到達した受精卵は、子宮内膜に着床し、妊娠が成立する。互いに子を作るのは初めてだ。

『はぁはぁはぁはぁはぁ2人で、愛を注いでいけば大丈夫』

暗がりのベッドの上で、乱れる呼吸。

『はぁはぁうん』

不安はいっぱいだが、濃厚な口付けを交わし、愛し合う。

『うぅっ!ぐ、ああぁ!』

分娩室で仰向けになり、力むので棒のようなものを持たせられていた。

『頑張れ!もう少しだ!鈴!』

立ち会ってくれた夫は、妻の手を握っていた。

『うううぅあああああぁ!』

唾液を垂れ流し、ギリッと歯を食い縛って、激痛の中、力を緩めないように奮闘する。

『ぎゃああぁん!ぎゃあぁ!』

どのくらい経ったか分からない。けど、元気な男の子を無事出産出来た。幸せで幸せで、こんな幸せな事は二度と起きないかもしれない。愛し合う夫婦から産まれた子供は、絶対に幸せになる。産まれた直ぐに、子供よりも先に泣いたのは夫だ。初めての子供に、初めての妻の出棺の立ち会い。ベッドの上で、鈴は頬を染め、笑みを浮かべた。

俺は。

この人たちの愛によって出来た子供。

白鳥京牙。

本当に幸せ何だ。

パパとママで良かった。

出会えさせてくれてありがとう。

けど、その幸せが、突然に無くなった。

「京牙。これをパパに運んで行ってくれる?」

「うん」

キッチンに立つ、ブロンドの短い髪の一度見たら頭に残る蠱惑的な美貌の女、母親の鈴が、切ったリンゴを皿に乗せて黒いお盆の上に置き、差し出した。彼女は妊娠していた。8ヶ月の子が、お腹の中で必死に生き延びようと頑張っている。性別は女の子のようだ。7歳になった彼は、キッチンから出て、部屋へ運びに行く。平屋なので階段は無く、玄関開けたら直ぐ近くの部屋がパパの部屋だ。

「父ちゃん!りんご!」

ガチャッとドアを開けると、ベッドの上で仰向けになっているパパの姿が。緑色が掛かった黒髪の高身長で、性的魅力に溢れた男。青いシャツを身に付けており、下半身は薄い毛布を掛けているのでズボンの色が分からない。

「父ちゃん?父ちゃん!」

床に置き、走って駆け寄り揺さぶる。

「父ちゃん!父ちゃあん!」

「わぁ!」

「ああああぁ!!」

突然目を開けて大きな声を出されたものだから、彼は驚愕のあまり倒れてしまう。

「ぷはははははは!」

「父ちゃんふざけるなよ!」

立ち上がり、その肩を叩く。

「死んじゃったかと思っただろう!?」

「ごめんごめん。退屈だったからさ。京牙と遊ぼうかなって思って」

去年の春。ナガレの体に突如異変が起きた。先ずは、片方の目が薄れて来た。疲れ目だと思い放置していたら、見えなくなった。片方の目だけが失明したのだ。そこから、脳に異常が起きた。脳が痺れ、体に流れる電流のような激痛。彼は、左手と、右脚が硬直して動けなくなってしまった。そして今、寝たきりの状態に。脚が起動しなくなった。ベッドの近くには車椅子が畳まれている。

「それに、俺は死なねえよ。まだ子供も産まれるんだから」

「そうだよ!父ちゃんは死なない!絶対に!でも俺、父ちゃんのこんな姿、見たくない」

絶えず涙で瞳が潤い、拳を握り締めて涙を流すのを必死になって堪える。

「父ちゃんはいつでも、元気で、俺が泣くと直ぐに駆け付けて来て。『強くなれよ』って言って、いきなり押して来たり、川に落としたり、壁に放り投げたり」

「そこまではしてねえ!川までは事実だけどな!?」

「そうやって俺に本気でぶつかって来たくせに!何で今父ちゃんが弱くなったんだよ!今の俺なら父ちゃんを倒せる!」

ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を流して泣く息子を見て、父はこう言った。

「京牙。来い」

「グスッ!うぅ!」

更に近付くと、動けないはずの方の腕に、力を入れ、ギリッと歯を食い縛り、頭に手を、置いたのだ。

「父ちゃん…!」

「痛えよ。むっちゃ痛え。痺れてるけどさぁ」

腕を動かすだけで、脳が痺れ、片方の目の視界が悪くなる。まるで妨害された電波のように。

「俺、強いだろう?俺のどこが弱いって?病気が何だってんだ俺は病気何かに負けねえ!良いか?京牙。お前が、今度はママを守る番だ。泣くな!ママを守れ。女を守れねえのは、男じゃねえぞ?京牙」

ニヤッとして言い、スルッと腕がずれ落ちた。

「父ちゃん…」

手の甲で涙を拭い、更に喋り続けた。

「父ちゃん死なないで!死んだらやだよ!父ちゃん!俺強くなるからさ!母ちゃん守るからさ!だからお願い!父ちゃん死なないで!死なないで父ちゃん!死なないで!」

「バ~カ!俺は死なねえよ!図太く生きてやるぜ!」

部屋の前に立つ鈴は、天井に顔を向けて瞳を揺らし、綺麗な涙を、流していた。

「………………………………………」

私も泣いたらダメ。

子供の前でも、夫の前でも。

私も強くならなきゃ。

ナガレ…。

やがて、リビングのソファーで仰向けになって眠る京牙が、一筋の涙を流していた。

「………………………………………」

鈴は、リビングから出て、夫の部屋へ行った。

「ナガレ」

「おぉ鈴!鈴…!早く顔が見たい」

目で見てる視界の範囲は、狭まれて行っていた。彼女は近付くと、夫の頬に触れれば、鈴の顔がしっかりと視界に入って来た。

「居た~」

笑みを浮かべ、嬉しそうにそう口にした。

「ナガレ。痛む?」

「あぁ。ちょっとな?体が痛い」

「ナガレ。痛むと思うけど、我慢して…」

その手首を掴んで優しく持ち上げれば、徐々に負担になっていく腕から来る痛み。

「ぐ、うぅ!」

彼女は、妊娠したお腹に触れさせた。

「あぁ~。大きくなったなぁ~。ママの腹の中で、生きてんだなスクスク育って」

彼女は、泣きそうになるのを堪えて、ぐっと、下唇を噛み締める。

「見てえな。どんな子が産まれるのか。抱きてえなあ」

そんな、弱い発言を聞いたものだから、ぼろぼろぼろぼろ、大粒の雨のような涙を流した。

「バカ…。そんな弱気な事、言わないでよ」

「………………………………………」

「抱けるから。大丈夫。生き続けるの。生き続ける事だけを考えて!ナガレ…!」

すると彼は、笑みを浮かべた。生きる理由がある。死ぬ理由など無い。誰だって生きたいと願っている。彼はまだ34歳。子供達と共にまだまだこれから長いのに、何故ナガレが、こんな思いをしなくてはならないのだろうか。

泣いててもお前は。

綺麗だよなぁ?

「鈴。来いよ」

すると彼女は上体を倒し、ムチュッと、唇に唇を、押し当てた。

変わって上げられるなら。

変わって上げたい。

ナガレ。

生きて…。

その夜。

彼の頭の中で響くのは『生きたい』と、願う声。

俺、アイツら置いて死ねるのか?

違う。

生きろ。

生きるんだ!

妻と子の為に、生きるんだ!

病気が何だ!

絶対えに負けねえ!

生き続けろ俺!

産まれてくる子供の為にも!

生きろ!

生きて!

生き抜け!

まだくたばるなよ!

白鳥ナガレええええぇ!!

ドクン!心臓が大きく鼓動した時、彼は目を見張って瞳を揺らす。

俺は生きる。

生き続ける。

くたばる訳には、いかねえ!

翌日。

鈴は、夫の部屋のカーテンを開けに中に入るなり

「!!!!!!!!!!?」

ベッドの上に上体を起こして座っているナガレの姿が。彼女は目を見張り、口を塞ぐ。

「おはよー!」

「ナガレ…!」

駆け付ける脚が重たい。こんな事あり得るのだろうか。

「体、痛く無いの?」

「何だか。軽いんだよ。体が」

「ナガレ」

瞳を揺らし、その頬に触れた。車椅子に座って、海の近くまで散歩しに来た。

「父ちゃん!貝殻持ってくる!」

「おう!気を付けろ!」

砂浜に走って向かう彼ははしゃぎ、その後ろから押していた彼女は立ち止まる。

「ナガレ。一緒に生きて行こう。産まれてくる子の為にも、家族4人で、生き続けよう」

「あぁ」

生きて、生きて、生き続ける。生が勝つか、死が勝つか。彼は生涯、妻と子を愛しながら、闘い続ける。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

恋するクロネコ🐾

秋野 林檎 
現代文学
全40話 7/26 完結しました。7/31番外編を投稿しました。(投票してくださった方々ありがとうございました。)頭脳明晰、容姿端麗の秋月翔太を花音(かのん)は、胡散臭い人だと避けていた、ところが不思議な出来事で急接近!カッコつけたがりの翔太と、意地っ張りの花音、そして変人と呼ばれる花音の兄、真一も絡んで意外な方向へと…。花音と翔太が見た愛とは?死とは?そして二人の愛は、。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...