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一重彼女と犯罪的恋愛
しおりを挟む気がつくと、目の前には見慣れた課長の顔。
彼が四月に異動してきて、はや半年。
ノー残業デーとか「え、うちの会社にそんなもんあったっけ?」って思っちゃうくらい、毎日毎日仕事漬けの日々を送っている。
つまり同じ部署で、半年も上司と部下として過ごせば、顔なんかあっという間に見慣れちゃう訳で――
「なんで、課長……?」
「室橋。目を覚ませ」
低音の甘く響く声に、身体が反応する。
普段、ニコニコして人当たり良く優しい課長は、部下のみならず同じ課長連中からも、その上の部長たちからも大層評判のいいお方だ。
普通、この若さで本社の課長として栄転してくれば、少しくらい妬まれたり疎ましく思われたりしそうなものだけど。
ボンヤリしながら、ゆっくり瞬きする。
やっと、目の前にある課長の顔以外のものが視界に入りはじめた。
正面の壁には大きな鏡台。その横には造り付けのクローゼットらしきもの。
反対側下には、腰より低いサイズの冷蔵庫。
右手壁には閉じられたカーテンと、その前に小さな一人掛けソファとテーブルのセット。
左側には壁と、その向こうにはおそらくユニット型のバストイレ。
(この造りは……)
見る限り、典型的なシティホテルの一室だ。
問題は、出張に出た覚えがないことと、同じ部屋の、それもベッドの上に課長と共にいること。
「なんで、課長……?」
「君はそれしか言えないのか、室橋」
彼は呆れた口調で眼鏡を取る。自分のじゃない。私のをだ。
「ちょっ、何を……」
眼鏡がないと、ますます周りが見えなくなる。
そう、近くにある課長の顔以外は――
「やっぱり眼鏡がないと、よく分かるな」
「は? な、何がですか?」
至近距離にある彼の顔だけが、ハッキリと目に映った。
いつも優しげに細められる瞳に浮かぶ、見たことのない熱。
微笑むと片側が少しだけ余分に上がる口端。
厚めの色気ある唇がわずかに開いて彼の湿った吐息が頬にかかり、私の背筋はピクンと震えた。
「君の一重まぶただよ。思ってた以上に厚いね」
ピー――……
突如頭の中にビープ音が鳴り響き、私の思考は一時停止した。
(こいつ……今、なんて言った?)
なぜか近づいてくる彼の顔を両手で押しやり、私は身体をクルッと反転させ、ベッドから下りた。
(これ以上見られてたまるかっ!)
アイプチの侵入すら許さない、強固で肉厚な私の一重まぶたは、唯一にして最大のコンプレックスだ。
それを、よりによって課長に見られるとは。
(しかもやたらとじっくり見てたよ、この人――!)
サイドボードに置かれた眼鏡に手を伸ばしたら、行く先をなぜか課長に阻まれる。
手首を掴まれ、強い力で身体ごとベッドの上に引き戻された。
「わっ……ぶっ!」
バランスを崩し、フカフカの枕に顔面から突っ込む。
うつぶせ状態の私にのしかかってきた課長は、男のくせに大層優美な笑みを浮かべ、私の耳にわざと吐息を吹きかけて言った。
「逃がさないよ。俺は全部知ってる。だから絶対に阻止するからな」
(全部って……何を……)
驚いて目を剥き顔を上げたら、彼の骨ばって長い指が私の肉厚まぶたの上を優しくなぞった。
(まさか、まさかまさかまさか――……)
「このまぶた、素晴らしいね。ぷっくりして柔らかくて……なんてまろやかな触りごこちだ」
私の頭の中に再び、警告音が鳴り始める。しかもピーとかプーみたいな可愛らしい音じゃない。
ビーーッ! ビーーッ! ビーーッ!
「整形手術なんか、絶対させないよ。この週末の間、君は俺とここで過ごすんだ。悪いが、このホテルからは一歩も外に出さないから」
ピルピルピル、ピョ~~~……
ビープ音が、イカれた。
ついでに私も叫ぶ。
「なっ、なんっ、なんで……課長ーーっ!?」
どうして? 私の人生において、かつてない重大なトップシークレットを、なんであなたが知ってるの――!?
同僚どころか友だちにも家族にも、誰にも言ってないのに。
――まぶたのプチ整形。切らずに裏側を糸でキュキュッと縫いとめるだけの簡単な手術。
生まれてから26年。
スタイル良し、オシャレも化粧もセンス良し。頭も良ければ、運動も勉強も努力も出来る。
そんな私の唯一最大の欠点が、このぶ厚い一重まぶたなのだ。
もしも私のまぶたが二重だったなら。
「よくて中の上」「地味顔」「平安美人」「スタイルだけはいいのにね」などと決して人に言わせたりしなかった。
今頃、王道モテ街道を突っ走り、どんなイケメンだろうと思うがまま欲しいままに捕まえ、この手で思いきり愛でまくっていた筈なのに――!
ここ数年、コンタクトじゃなく眼鏡をかけてきたのは、ひとえに明日を迎えるためだった。
週末手術を受ければ、もともと腫れぼったいまぶたが多少余分に腫れたところで、眼鏡越しには誰も気づかない筈だ。
それなのに……おかしいだろ! なんで腫れる前に気づいてんだよ、このヤロー!!
「君が不思議に思うのも無理はない。それに俺もこういうことは本来時間をかけてゆっくり進めたいほうなんだ。でもまあ、今回は仕方ないよな。――こんな強硬手段に出ておいて、今更言うのもなんだけどね」
課長の言ってる意味が、全然分からない。
こういうことって、どういうこと?
彼の口調は普段の仕事の時と同じ。話し相手を例外なく和ませる、優しく穏やかなトーン。
職場でこの声が聞こえてくると、なんだかホッとする。と、同時に彼の存在を意識して、鼓動がにわかに早くなったりもする。
(今は、言動がちょっとおかしいけど)
――いや、ちょっとどころじゃない。だいぶおかしい。
「そもそも私、なんでここに……」
おかしいのは最初からだ。
なんでホテル? しかも目の前に課長?
いつどうして、こうなった。
私にのしかかったままの彼が微笑む。
やたらと色っぽく、職場では見せたことのない意味ありげな眼差しで、私の顔を覗き込んだ。
「打ち上げの帰り、酔いつぶれた君を俺がここに連れてきた」
「私、お酒なんか飲んでない」
だって明日は手術だ。いくら部分麻酔のプチ整形でも、前日に酒はまずい。
しかも私は、自分でも呆れるくらい酒に弱いのだ。コップ半分で顔が真っ赤になってしまう。
「ああ、俺が飲ませたんだ。途中でカクテルを勧めただろ。君が好きだっていうグレープフルーツの」
「えっ、あれ、お酒?」
ノンアルコールじゃなかったのか。
――そうだ。だんだん思い出してきた。
ここ半年ずっと詰めていたプロジェクトが形になり、社内コンペを勝ち上がって商品化が決定した。
今夜は内祝いを兼ね、チームメンバーで飲み会を開いたのだ。
ただの飲み会なら欠席したけど、さすがに今回は出ないわけにいかない。私は絶対、お酒を口にしないと決めて出席した。
「なんで、課長……?」
「君、そのフレーズ好きだね。理由はさっき言ったよ。手術なんかさせない。だからこの週末、君は俺とここで過ごすんだ」
何度説明されても、何がなんだか分からない。
そもそもなぜ課長は、私がプチ整形しようとしてたことを知ってるの? しかも詳しい日程まで。
そしてなぜ、こんなにも私のまぶたに固執しているのか――
無断で人に酒盛ってホテルに連れ込み「ここから出さない」って……監禁じゃないですか、それ。
犯罪スレスレってか、犯罪そのものだよ、マジで。
「おおお、落ち着きましょう、課長! ちょっと冷静に自分のしていることを見つめ直したほうがいいと思うんです」
目を合わせると、彼はニッコリ笑った。
――課長の目が「冷静じゃないのは君のほうだ」って言ってる。
うん。それは自分でもなんとなく分かってた。
だってさっきから、心臓の動きが尋常じゃない。
激しく波打ち、響く鼓動。
訳がわからない混乱と、初めて見る課長の表情。
言ってることはかなりおかしいけど、伝わってくる彼の気持ち。
そして今、私が置かれているこの状況――
(密室に、二人きり)
しかもベッドの上に押し倒され、のしかかられている。
これって、やっぱり……そういうこと?
「まっ、まぶた……」
「ん?」
私はせわしなく瞬きしながら、おそるおそる訊いてみた。
「まぶたさえ無事なら……ここから出してくれるんですか?」
課長は目を見開き、一時、黙って私の顔を見つめた。
「君がここを出た後、そのまぶたが無事である保証はどこにもないよね」
ううっ、その通り!
(どうしたらいいんだ、この状況)
このままじゃ私、課長に…………課長に、なんだろう?
この人、私に何をするつもり?
再び目を見合わせたら、課長はまるで私の思考が読めているかのように返した。
「心配しなくても、ちゃんと優しくする。この週末の間、甘やかして可愛がって、俺がどんなに君のまぶたが好きか分からせてやる。そしたら君も、まぶたを手術しようだなんて恐ろしいことは、もう考えないだろ」
(好きって……やっぱりまぶたかよっ!)
この人、絶対おかしい。
まぶたに優しく、まぶたを甘やかし、まぶたを可愛がるって……
なんだそりゃ?
「室橋。俺は覚悟を決めてここまで来た。君を逃がすつもりはないよ」
覚悟って、なんだ!
そんな格好よく言われたって騙されない。
課長を相手に、まさか……まさかの、まぶたプレイ?
ていうか、まぶたプレイって何だよ。
「無理です……ちょっと私には、荷が重いかも……」
無駄な抵抗かもしれないとは、うすうす感じつつ、一応訴えた。
課長は少しだけ驚いた顔をする。
「もしかして室橋。初めてなのか……?」
「はあ? あっ、あたりまえじゃないですかっ!」
まぶたプレイなんて、したことあるヤツのほうが珍しいに決まってる! ていうか、やり方なんて知らんわ!
「だって昔、佐藤と付き合ってたんだろう?」
「よ、よくご存知で……」
元彼の名前が出てきて驚いた。
何、この人。なんでこんなに私のこと詳しいの?
まだ課長とは、出会ってから半年しか経ってないというのに。
「佐藤とは、しなかったのか?」
(まぶたプレイを……?)
「するわけありませんよっ」
「誰とも?」
「したことありませんって!」
(しつこいわっ)
「マジか……」
そんなことに驚く課長にビックリだよ、こっちは。
もしかして、まぶたプレイってそんなに一般的なものなの? 私、聞いたこともないんだけど。
(あーもー……)
さっきから、腿に課長のナニが当たってる。
彼からは、何気に爽やかないい香り。
至近距離で見ても整った目鼻立ち。
普段は固めている前髪が額に落ち、襟元も開いていて、目の前には大きな喉仏と男らしい鎖骨が見えた。
そんなしどけない姿につい、ドキッとしたりして。
なんだかヘンな気持ちに……
(いや待て! ないないない)
落ち着け、私。相手は変態だぞ!
まぶたプレイがお前に務まるのか? ってか、まぶたプレイってホントのとこ、どうやるんだろ?
「――初めてなのは分かった。だからと言って室橋……逃がしてやるわけにいかない。精一杯優しくするから。それで許してくれ」
(やっぱり無駄な抵抗でしたか……)
課長の真剣な表情と声音に、私は諦念の気持ちが湧き上がるのを感じた。
――この人、本気だ。
生半可な抵抗では、逃げられないだろうと思う。
だってこれはハッキリ言って犯罪だ。私がセクハラで訴えれば、よくて左遷。下手すればクビ。
監禁、強姦未遂で出るとこ出たら、刑務所行きもありえるかも……?
(今のところ、訴える気はないけどね)
幸か不幸か、現在私には恋人も好きな人もいない。ちょっとだけ憧れてた人はいたけど、ついさっき変態だと判明した。
(一度くらい、いっか)
私もここ数年、あっちはご無沙汰してたし。
そうフランクに思えるくらいには、彼のことを好きだと思う。――たとえ彼が、まぶたプレイを持ちかけるような変態であったとしても。
「分かりました。でも課長。なるべくなら、その……痛いのは勘弁して下さい」
「んー……そうだよな。でもな……出来る限り努力はするが。初めてだと、さすがにな」
(ええ~っ、やっぱり痛いの? 私のまぶた、どうなっちゃうわけ?)
もしかして、彼がまぶたの肉厚さを褒めていたのは、プレイに都合がいいってことだったの――?
「やっぱり怖いかも……」
「あああっ、心配するな室橋! 痛くないようにする! ちゃんと念入りにほぐして、初めてでもイケるくらい気持ちよくしてやるから!」
焦って言い募る課長の言葉に、私は内心色めき立った。
(初めてでもイケる? それって、慣れたら気持ちいいってこと?)
俄然、まぶたプレイに興味が湧いてきたのは、課長には内緒だ。
というかこんなこと、恥ずかしすぎて誰にも言えない――!
*
(ま、まぶた……どこにいった?)
課長はその言葉どおり、数年ぶりでご無沙汰な私の身体を念入りにほぐし、かつ幾度となく昇りつめてしまうほど気持ちよくしてくれた。
緊張とか恥ずかしさなんかはあっという間に吹き飛び、彼の手管に翻弄される。
(ホントやだ。仕事も出来てイケメンで、こっちも上手いとか……なんなの)
変態なはずの彼に、一体何をさせられるのかとビクビクしていたのに。
蓋を開けてみれば、私たちがしているのは、とてつもなく優しくて甘い、蕩けそうなラブえっちだ。
「室橋……こっち見て、舌出せよ」
「んっ」
顔を近づけてくる彼に、おずおずと舌を差し出す。
それを優しく絡め取るように吸われ、深く入り込んできた彼の舌が、私の口蓋をヌルリと舐めまわした。
「んむっ、ん……」
「はぁ……君、どこもかしこもスベスベして柔らかいな。ほら、肌なんか真っ白でモチみたいだ。すげぇ気持ちいい……」
元から私の肌質は悪くない。それに手入れも欠かさず万全だ。
私は常に完璧な女なのだ――まぶたが一重だってことを除けば。
彼の手が再び、足の間に伸びてくる。
散々可愛がられ、ぷっくりと膨らんだ花芽はまた、彼の指先に弄られて強い快感を湧かせた。
そして膣内にも彼の長い指が入り込み、敏感な所を上手に擦られる。
押し上げるような指の動きに合わせ、身体がピクピクと反応し、腰が大きく揺れてしまう。
「ああっ、んっ……んん、あっ……」
「もうだいぶほぐれたね、君のここ。ほら、グチョグチョ」
彼は愉しげに囁きながら、もう何度目かなんて既に分からなくなったキスをする。
(気持ちいい……良すぎてバカになりそう)
一度きりだなんて――
こんなセックス味わっちゃって、私ホントに我慢なんかできるの?
唇が離れ、私は彼をうっとり見つめた。
玉の汗が浮かぶすべらかな肌、引き締まった筋肉。
そして何よりも、彼が私に向ける欲望の滲む眼差しが、私の頭と身体を一緒くたに溶かしていく。
「室橋……ごめん。もう入れたい。いい……?」
速攻で「うんうん早くはいどうぞ」と言いそうになり、グッと堪える。
黙ってうなずくと、切なげな表情をしていた彼が、フッと嬉しそうに微笑んだ。
(わー……その顔、ヤバいから!)
こんな顔見たら、つい忘れてしまいそうになる。
この人が好きなのは私じゃなく、私のまぶたなんだってこと――
(そういえば、まぶたプレイって、どこいった?)
課長の顔を見上げると、彼は一見苦しげに眉根を寄せ、熱くぬめった肉棒の先をグッと押し当ててきた。そしてそのままゆっくりと私の中に押し入ってくる。
(うわ……)
大きい――そして圧迫感がすごい。
内臓が上に押し上げられ、もし今、私が満腹だったらこの場で吐いてたかも知れん。
幸い、痛みは感じなかった。これも彼がじっくりたっぷり、中をほぐしてくれたおかげか。
膣口に近い手前のほうで一回行き詰まり、そこを彼がグッと抜けたらズルズルっと奥まで一気に入った。
私の一番感じるところを、彼の先端が掠りながら押し上げ、ブワッと湧いた深い快感に思わず仰け反る。
「うんんぅーーっ!」
「くっ、は……痛いか? 大丈夫か、室橋」
(痛くない、全然痛くない。なにこれなにこれ、気持ちいい……!)
彼は中に入れるとき起こしていた上半身を寄せ、私を抱きしめようとする。
その動きに合せてまた中が擦れ、私の身体は強い快感を拾って大きく身震いした。
「ふぅあっ、ん、あっ……!」
「室橋っ、おいバカ……そんなっ、締めるな!」
「だって、やだ……気持ちいいよぉっ……」
私が締めつけてしまったせいか、課長のも中でビクビクッと大きく反応する。
それがまたこっちを気持ちよくしてくれて、私たちはお互いを強く感じ合った。
「なんだよ……マジで気持ちいいの? てっきり痛がってんのかとばかり」
「ううん、気持ちい……すごい、課長……私、頭おかしくなりそうっ……」
私の表情と身体の反応から確信を得たのか、彼はうっすら口端を上げ、大きく息を吐いた。
「そういうことなら、遠慮しない。最後までついてこいよ、室橋」
(えっ、最後まで……?)
目を見開くと、彼はまた言葉通り、すぐに遠慮をかなぐり捨てた。
彼は上半身を起こして私の腰を抱え、激しく奥を突きあげてくる。
「ひぃあっ、やっ、あっ、ああっ……、んっ、んぁっ……ああぁっ……!」
私は両腕を上げて枕を掴み、揺らされ前後に大きく振られる身体を必死で支えた。
「ああ、本当に感じてるんだ……。君のここ、キュッキュってすごい締めつけてくる」
「やぁぁ……っ、かちょ……んっ、いい……気持ち、い……っ」
「はっ……君、かわいいな。室橋ってエッチんとき、こんなエロい顔するのか」
低くて甘い課長の声で――少しだけ意地悪く言葉攻めをされ、余計に感じてしまう。
「ふぅんんっ、あっ……あんっ、ああっ……!」
「室橋……俺は君の顔、好きなんだよ。一重だけど切れ長の目が……少しツンとした表情もシャープだし」
(シャープ……?)
そんな褒め言葉、生まれて初めていただいた。
「仕事してるときのキリッとした姿もいいけど……っ、こうしてるときの蕩けた顔も、いいよ。かわいい」
(うわわわ……ちょっとっ!)
そんなに汗を浮かべて、それも乱れた呼吸の合間に、腰に響く声でそんなこと、囁かないで――!
「はっ……、また締まった。ね、気づいてる? さっきから俺が『かわいい』って言うたびに、室橋のここ、キュッて締まる……ほら、また」
「やっ、んんぅ……っ」
首を横に振って否定しても、課長は愉しそうに私をからかった。
深くゆっくりと律動する彼の腰に足を絡めて、私も思うがままに快楽を貪る。
膨れ上がる一方の快感は、身体の中で渦を巻き、濃密さを増しながら弾ける瞬間を待っている。
緩急をつけて私の身体を揺する彼の呼吸に合わせ、甘えて縋るような声を上げた。気を抜くと感じすぎて、すぐに昇りつめてしまいそうになる。
私は懸命に快感を逃しながら、彼に何度も訊ねた。
「あっ、も……イキたい、のっ……んっ、イッてもい……? やっ、イッちゃう……っ」
「まったく、君は……感じやすいのかな。ダメだよ、そんなすぐにイッたら」
高まってくると、課長は優しく「ダメだ」と言って律動をやめてしまう。
それがもどかしくて、切なくて――そのうち私は涙を浮かべて懇願していた。
「お願い、します……っ、あっ、か、ちょ……あっ、ああっ……イキたいのっ、イカせてぇ……っ」
「君はいやらしいね、本当に。……そんなにイキたい?」
「んっ、イキたっ……い、お願いっ、だから……っ! そのまま激しく……めちゃくちゃに、してっ」
耳にフッと彼の吐息がかかり、ようやく待ち望んだお許しの言葉が聞こえる。
「いいよ。望みどおり激しくしてあげるから……思いきり、イッたらいいっ」
言葉どおり、彼は私の中に劣情を打ちつけてきた。とても激しく、熱く――そのまま、蕩けそうな快感に溺れる。
高波のような快感が押し寄せてきた。
私はもう我慢するのをやめ、そのまま波に乗り、身を任せる。
ギュッと課長の腕を掴んだら、彼はほんの少し痛みに顔をしかめた後、フッと笑みを浮かべた。
「イクっ、もっ……ダメっ、もうイッちゃう! あっ……やぁぁっ、あ、あっ、あ……、あああぁぁぁっ……!」
昇りつめるに任せ、私は声を上げる。
彼は一番高いところまできちんと私を追い詰めた後、ゆっくりと力を抜いた。
荒い呼吸が重なる。
私が目を開けて課長を見上げると、彼は視線に気づき、おかしそうに笑った。
「意識飛ばさず、ちゃんと起きてたな。エライエライ」
「え?」
「最後まで付き合ってくれる約束だよな」
(最後までって……何?)
さっきそんなことを言ってたような、言わなかったような――……
「俺、まだイッてないから。ちょっと遅漏気味なんだよね……。室橋、俺がイクまで、ついてきてね」
(イクまでって……でえぇぇぇぇっ!?)
今ので一緒にイカなかったの?
遅漏気味ってどの程度? ついてくって、どこまで行く気? イクまでってあとどれくらいかかるのーーっ?
思いきりでっかい波に弾き飛ばされたばかりの私は、それから結局、ヨレヨレして足腰立たなくなるまで攻められることになった。
(一回が長いくせに、もう一回したいって、おかしいでしょっ!?)
明け方ようやく眠りにつき、私は手術を予定してた土曜日の大半をホテルの中で寝ながら過ごすハメになった。
やっと落ち着いて課長と話ができたのは、その翌日の日曜日になってからだ。
「さあ、課長。聞かせてもらいますよ……一体、どういうつもりだったのか」
「どういうつもりも何も。俺は、室橋の芸術的なまでに美しいまぶたを守りたかっただけだ」
課長の真面目くさった表情を見て、私は思わず眉間にシワを寄せた。
「芸術って、それはないわ~……。このまぶたは、私の唯一にして最大のコンプレックスですよ? 長年の苦しみからようやく解放されると思ったのにっ!」
「バカを言うな! 信じられないぞ、俺は。まさか持ち主がその価値を理解していないとは……」
「そもそも、どうやって私が整形することを知ったんです? 誰にもしゃべってないのに!」
「そ、れは……」
急に歯切れが悪くなる。
私はベッドの淵に座ってうなだれる課長を正面から仁王立ちしたまま見つめ、更に問いかけた。
「私の元彼の話は誰から? 課長はなぜ、そんなにも私のことに詳しいんでしょうか」
すると観念したのか、彼は膝の上でギュッと拳を握りしめつつ、顔を上げた。
「整形のことは偶然というか……見たんだ。君がクリニックに入っていく姿を。それと、昼休みに非常階段のところで電話していただろ、予約変更の。それで日時が分かった」
(クリニックに入るところを偶然見た……? 非常階段を通りかかったのも、偶然……???)
私が黙ったままジーッと見つめていたら、彼は視線をウロつかせ、明らかに挙動不審な様子だった。
「課長、まさか……まぶたフェチでは飽き足らず、ストーカーまで……?」
「それは誤解だっ! 俺は君が好きだしフェチだけど、断じてストーカーなんかじゃないっ」
(今、なんていった?)
課長が私のことを、好き……?
「課長が好きなのは……まぶたですよね? フェチ、なんですよね」
端的に訊くと、彼は虚を突かれたような顔をして目を瞬いた。
「俺はたしかに君のまぶたが好きだけど……。一重なら誰でもいいってわけじゃないよ」
しばし無言で見つめ合い、私の方が先に根負けして、その場にしゃがみこむ。
――その言葉、どう受け止めたらいいの?
混乱して一人でグルグル考えていたら、彼も私のすぐ前にしゃがみ、頭をポンポンと撫でてきた。
「室橋。俺と付き合ってくれないかな。直の上司と部下だから……当然おおっぴらには出来ないだろうけど」
私は顔を上げ、ジッと恨めしげに課長の顔を見つめる。
(よりによって私の最大の敵である一重まぶたを愛する課長と、付き合う……?)
その場合、これだけは事前に確認せねばなるまい。
「当然、課長と付き合っている間はプチ整形したらいけないってことですよね……?」
「あたりまえだろ! 一生ダメだ!」
とっさに叫んだ彼に、私は怪訝な目を向ける。
「一生……? 課長と別れたら、後は自由でしょう」
彼は信じられないといった顔をして、すっくと立ち上がった。
「俺に別れる気はない! 一緒にいる間は絶対ダメだ。だからつまり……、一生だ!」
(ええええええ~)
フェチのストーカーから、まさかの監禁プロポーズ……?
一分くらい悩んだ後、「どうしよっかな……」と呟いたら、彼に腕を取られ再びベッドの上に投げ出された。
「室橋がその気になるまで、俺はここから君を出さない」
(だから! なんで課長は口説き方が、そんなに犯罪チックなんですかっ)
――仕事ではとっても有能なクセに。ヘンな人。
とりあえず、これからのことは、ここを出てからゆっくり考えることにした。
もう少しだけ、彼のことを知ってみてもいいかなと思ったから。
あっちばっかり私を知ってて、私は何も知らないなんて、なんだか不公平だし。
(それにしても気になるのは……)
「ねえ、課長。まぶたプレイって、実際はどうやるんですか?」
「……まぶたプレイ?」
単語の響きが気に入ったのか、課長はゴクリと唾を飲み込む。
「そんなものは初めて聞いたが……なかなか興味深いな」
「えっ、あれ?」
(なんか間違ったか、私――)
「詳しく聞かせろ、室橋!」
「はぁ? いっ、嫌ですよ! っていうか、私も知らないってば!」
とんだヤブヘビってやつだ。
この人、絶対調べちゃう。きっと『まぶたプレイ』で検索しちゃうよ!
(頼むからそんなもの、この世に存在しませんよーに!)
変態な彼氏というのは、結構(かなり?)面倒くさいものかもしれない――と、少し思った。
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