美味しくお召し上がりください、陛下

柊あまる

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番外編

秋晧月 其の一

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 秋晧月しゅうこうげつは、悩んでいた。

 図らずも黄一族の秘中の技――それも一族の中でも一番の使い手と言われる白蓮びゃくれんによる施術を受けて以来、女性に対する食指が一切動かなくなった。

 晧月は龍華幻国りゅうかげんこくの中でもかなり高い身分の家柄の子息であり、貴族らしくたおやかで品のある顔をしている。背もそこそこ高く、ある程度鍛えているおかげで引き締まった体躯をしている。
 子どもの頃から皇子である蒼龍そうりゅうの右腕となるべく文武ともに励んできたおかげで、官人としても有能だと周りに見なされているし、武術だって困らない程度にはこなせる。

 貴族としてたしなむ程度には女遊びもしてきた。自分でもそれなりに女性にはモテる方だと思っていたし、今もその認識を改める必要性は感じていない。
 だが――

(この状態を、どうしてくれるのだ)

 あの後、宮殿に戻って蒼龍から白蓮を礼部侍郎れいぶじろう李汀洲りていしゅうの養女とし、貴妃として後宮入りさせるという話を聞いた。
 蒼龍の考えていたことが明らかになり「なるほど」と思うのと同時に、ひどくショックを受けた。

 これでもう二度と、あの施術を受けることは叶わなくなったのだと――

   ***

 白蓮の最初の印象は「生意気そう」だった。

 実家は富豪ともいえるほどの金持ちではあるが平民で、十も年下の娘であるにも関わらず、口の利き方から態度から、ちっともこちらに対する敬意が感じられない。
 さすがに蒼龍に対しては礼を払っていたが、ねやでの様子を覗き見た時は、蒼龍が軽くけしかけたらあっという間に反発心を露わにした。
 要は、とても気が強い娘なのだ。

 だが、見た目の美しさは誰にも引けを取らない。
 いくら身分が低かろうが、実家が娼館を経営していようが、あの美しさは褒誉ほうよに値する。
 事実、自分以上に女遊びをこなし、相手はいくらでも好きに選べたあの蒼龍が、二年前に迷人華館で見かけただけの白蓮に執着し、他の女相手には不能になってしまったのだ。
 その「一目惚れ」をしてからずっと、あの娘を手に入れるためにここまでの手をかけてきたのだと聞けば、蒼龍の周到さと執着の深さには驚きを通り越して呆れ返ってしまうほどである。

 つまりはそのくらい、白蓮の美しさには何か引き込まれるものがあるのだ。
 ただ見た目が整っているだけではない。あの娘の纏う雰囲気やコロコロと変化する豊かな表情、妖艶さと純真さを合わせ持ち、まるで男の理想を具現化したような女――

 あの施術室で、彼女をこの手に抱き上げて施術台の上に組み敷いた時。
 ひどく加虐的で暴力的な気分に支配されていたにも関わらず、強く魅了され、心を囚われたように感じた。
 直後に立場が逆転したのは、完全に想定外の出来事であったが……

 間違っても蒼龍の前で、白蓮を必要以上に気にしたり、心惹かれたような様子を見せるわけにはいかない。
 普段は冷静で、威圧的ではあるが少なくともこちらの言うことを聞く耳は持っている蒼龍が、白蓮のことになると平気でこちらの命を盾にして脅したりする。しかも本気で。
 もしも間違って白蓮を狙う敵だと認識されたりしたら、今度こそ本気で命の心配をすることになる。それはさすがに避けたい事態だ。

 だから、慎重に気をつけていたつもりだった。
 たまに遠目から白蓮の姿を見かけたとき、他に例えようもない飢えに似た感覚が身体を支配しても。彼女の足元に縋りつき、この飢えをどうにかして欲しいと懇願したくなることがあったとしても。
 それなのに――

「今宵、白蓮を閨に召す。心底気に食わないが……お前も来い、晧月」

 白蓮の行方不明騒ぎが解決し、蒼龍自らが瑠璃殿へと白蓮を送ってきた帰り。
 李汀洲も席をはずし、執務室に二人きりになったところで、蒼龍がそんなことを言い出した。

「は? ……なぜ私が閨に?」
 当然の質問を返しただけなのに、射殺いころされそうな勢いで蒼龍に睨みつけられた。
「お前の目が我慢の限界を訴えていて心配だそうだ。言っておくが決して二人きりにはしないぞ。秘技を受ける気なら、俺の目の前でだということを忘れるな」

 晧月は口を開けたまましばらく固まって、やっと意味が理解できたところで「ええぇぇぇぇぇっ!?」と叫んだ。

   ***

 闇が深くなり、月も宮殿の屋根を超えた高さまで昇ってくる時間――
 晧月が青瓷殿せいじでんの閨に足を踏み入れると、すでに中で待っていた二人が気がついて顔を上げた。

 蒼龍の閨を隣室から覗いたことはあっても、中に入るのは初めてだった。

 寝台の上では、蒼龍がかなり不機嫌そうな表情をして横になり、片腕で頬杖をつきながらこちらをじっと睨んでいる。
 その寝台の端に腰かけて、白蓮は少しだけ申し訳なさそうに晧月を見つめ、苦笑を浮かべた。

 白蓮の顔を見た途端に、晧月の身体と精神はともにあの飢えに似た感覚に苛まれ始める。

 あの迷人華館での施術は、晧月にとっては苦い記憶以外の何物でもない。

 どんなにその美しさに魅了されようとも所詮平民の、しかも娼館の娘。あの時まで晧月は、本当に白蓮のことを娼妓と変わらないと――そう思っていた。
 力でねじ伏せて無理やりにでも身体を奪ってしまえば、蒼龍の元へ戻ろうなどとは考えなくなるはず。
 その時は、自分が側室として屋敷に連れて帰ってもいい――

 そんな風に考えていた相手に、身体の自由を奪われ、逆に無理やり全身を暴かれた。
 体格も決して小さくなく、腕に覚えもあった晧月は、まさか自分がこんな目に遭う日がこようとは夢にも思っていなかったのだ。

 屈辱と恥辱にまみれ、自尊心プライドをへし折られて服従させられた。しかもそこに強烈な快楽を伴いながら。

 精神こころというのは不思議なもので、もし力ずくで強姦されて痛みを感じただけならば、大きな傷が残って終わっただろう。
 だがそこに快楽が伴うと、身体につられて精神までもが錯覚し始めるのだ。

 これは、自分自身が望んでいたものだったのではないかと――

 自尊心までも手放して、たかが女一人に身体も精神も支配され、強烈な愉悦の底に堕とされた。
 その記憶は、思い出すたび何度も新たな屈辱と恥辱を与えるのに、視界に白蓮の姿を捉えただけで、身体はやすやすとあの強烈な快楽を思い出して精神に錯覚を与える。

 またあの愉悦の底へ引きずりおろされたいと――まるで、自分がそう望んでいるかのような錯覚を――

「晧月」

 白蓮の高くて軽やかに響く声が、まるで誘いかけるように自分の名前を呼んだ。
 寝台の横で、白蓮の前に立ち尽くしていた晧月は、そっと視線を上げて彼女と目を合わせた。
「どうしたい? 施術する? それとも蒼龍さまの前では……嫌?」
 白蓮は妖艶な笑みを浮かべながら足を組み、べつにどちらでも構わないとでも言いたげに、軽く首を傾げてみせた。
 チラと蒼龍の表情を窺い見ると、白蓮が晧月に話しかけることすら気に食わないとでもいうように、キツイ視線をまっすぐにぶつけてきた。

「晧月。アレ、持ってきた?」
 白蓮が静かに立ち上がると、ゆっくりと晧月に近づきながら尋ねた。
「あの時の土産プレゼント。自分で使ってみた?」
 三歩くらい手前で立ち止まると、白蓮はじっと晧月の瞳を覗きこむように見上げた。

「持って……きました……」
 晧月が小さな微かに震える声でそう答えると、白蓮はその美貌に愉悦の笑みを浮かべながら言った。

「そう……いい子ね。じゃあ、今着ているものを脱いでそこに跪きなさい。まっすぐに、蒼龍さまのほうを向いて」

 晧月は目を見開き、顔を真っ赤にしながら握った手を震わせて、縋るような懇願するような眼差しを白蓮に向けた。
「言うこときけない子はどうなるか……晧月はもうわかってるよね? お返事は?」

 その言葉に、晧月の背中から全身にはぞくぞくとした快感が這い上がるように拡がっていった。
 白蓮の視線を浴びるだけで、晧月の身体はあの強烈な快楽を思い出し、それを体内に再現していく。
 それはまさに視姦そのものだった。

(逆らえるわけがない――)
 すでに愉悦に支配されかかっていた晧月は早々に屈服し、その場に膝をついた。

「はい……白蓮さま……」

   ***

 着けていた衣服を全て脱いで全裸になった晧月は、蒼龍のいる寝台のほうを向きながら跪き、前に立つ白蓮の顔を見上げていた。

 晧月との付き合いの長い蒼龍には、その目の前の光景が容易には信じられない。
(自尊心の高いあいつが……)
 羞恥に顔を真っ赤にして小刻みに身体を震わせながらも、白蓮の言うがままになっている。

(黄家の『秘技』とは、それほど強烈なのか)
 蒼龍は施術のときにだけ見せる白蓮の妖艶な微笑みを見て思う。
 中毒みたいなものだと白蓮は言ったが、これでは人心操作マインドコントロールされているようなものだ。快楽に抗えない人間は、白蓮の前では意のままになる人形と同じ。

(恐ろしい)
 蒼龍はうっすらとは感じたことはあっても、完全に支配されている人間を目の当たりにして初めて、心の底から恐怖を感じた。
 一歩間違えば自分もこうなっていたのかもしれないのだ。
 一国の皇帝である蒼龍にとって、それは色々な意味で恐ろしいことだった。

「この前と同じ格好になって、顔を上げて蒼龍さまを見つめて。晧月がどんな風に感じるか、ちゃんと見てもらおうね」

 白蓮は柔らかくまるで甘やかすような口調で、晧月が避けたいと思うだろうことをあえて命じている。それが蒼龍にも分かり、そこで感じたのは胸が焦げつくような強烈な嫉妬だった。

 このひと時だけだとしても、白蓮の頭の中では今、晧月の思考を読み、それをどのように誘導すれば快楽を刺激できるのか目まぐるしく考えているのだ。そのやり取りは、たとえ形は違っても男女の交わりとそう変わりない。

 蒼龍は今すぐ「やめろ」と叫びたくなるのを寸前で堪えていた。

「触ってもいないのに……今日は性感を上げなくても充分気持ち良くなれそうね」
 見れば、晧月のモノはすっかり勃起して固くなり、今にも迸りそうなほどになっている。
「ねぇ、晧月? 家で自分でもやってみた? ちゃんと正直に話して……何回、どんな風にしてみたのか」
 晧月は泣きそうな表情を浮かべてイヤイヤをするように首を横に振ってみせた。
 白蓮はますます愉悦の笑みを深くして嬉しそうに言う。

「そう……いいわ。言うこと聞けない子には、お仕置きだものね。お仕置きされたいなんて……晧月はいけない子ね」

 その言葉に晧月はもちろんのこと蒼龍も息を呑んで、二人はじっと窺うように白蓮の顔を見つめた。

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