堅物王子と砂漠の秘めごと(旧題:強面王子と麗しき花の姫)

柊あまる

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番外編

SS_02 ~ヒクマト

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 急遽ラティーフさまの婚約が決まり、彼より先にユスラーシェに戻ってきた。
 まずは王の元へ、報告に行く。
 知らせは先に早馬で送っていたから、謁見の希望を出すやいなや、もの凄い早さで返事が返ってきた。

 王の執務室に呼ばれ、顔を合わせた途端、王と側近のソヘイルが身を乗り出す。

「ヒクマト!」
「一体何が起きた!?」

 手紙にはガジェティフ側が婚約を辞退し、ラティーフ王子の求婚をアブタキア王が快諾した、としか書いていなかった。
 実際、快諾したのはあのおてんば娘――もとい、レイハーネ王女であり、アブタキア王は盛大にゴネていたと聞いている。

 ヒクマトはあの離宮で起きた出来事や、その後の取引を、二人に順序立てて説明した。
 あらかた理解が進むと案の定、二人は顔を引きつらせる。

「危なかったな」
「ええ。誘拐がシャヒード王子の仕業だと露見しなければ、どうなっていたか……」

――本当にその通りだ。
 ご兄弟の中でも一際有能で、将来の期待を一身に背負うラティーフ王子。
 もしその身に何か起これば、ユスラーシェの国民は皆、大いに嘆き悲しんだであろう。
 そこに追い討ちをかけ、アブタキアやガジェティフとの戦が始まったりしたら――……
 ヒクマトは、もう何度目かも分からない安堵のため息を吐く。

「だがこれで、ガジェティフとの小競り合いは落ち着く」
「いっそ、これを機に友好条約を結んではどうでしょう」
「それはいい。今なら、あちらも嫌だとは言うまい」
「では早速」

 レイハーネ王女との婚姻が結ばれれば、アブタキアとユスラーシェは同盟を結んだも同然の状況になる。現国王を初め、王子たちも皆揃って、彼女を溺愛しているからだ。
 王女の身に何かが起きない限り、軍事、交易ともに、我が国は安泰だと言えるだろう。

「王女の身の安全が、国の最重要事項となりますね」

 ヒクマトの呟きに、王とソヘイルは大きく頷いた。

「その通りだ。任せたぞ、ヒクマト」
「うむ。おぬしには近衛兵隊の特別指揮権をやろう。ソヘイルと同等に、必要に応じて使うがいい」

――なぜ、そうなる。
 ヒクマトはただでさえ"いかつい"顔を更に険しくして、ソヘイルを睨んだ。
(いくら面倒だからって、俺に押し付けるな!)
 だがソヘイルは素知らぬ顔で視線を逸らす。
 時はすでに遅し。
 王の口から近衛の指揮権まで賜っては、今さら断るわけにもいかず、ヒクマトは渋々了承の意を示した。



 ラティーフさまが国へ戻り、レイハーネ王女を迎える準備は着々と進んだ。

 元々彼女をハレムに留め置くため、人も物も相応の配置をしていたから、新たに警備の人数を手厚くしたくらいで、特に手間取ることはなかった。
 ヒクマトの顔を見るたびに怯えてビクビクしていた侍女2人も、女主人が戻ってくることを知り、明らかに喜んでいる。

 ただ一つ問題があるとすれば、それは国民への説明だ。
 レイハーネ王女は一度、引見の後の宴に顔を出してしまった。
 あの特別な美貌も手伝い、すでにラティーフさまの妻として、各人に顔を覚えられてしまっている。
 さてどうしたものか……と思っていたら、ラティーフさまがこともなげに言った。

「昔から恋仲だったことにすればいい。あの時は内々に婚約が決まり、王女がお忍びでこちらに来ていたと説明しよう。顔を見せてから実際に婚約するまで、半月も経ってない。誤差の範囲だ」

 なるほど、と思った。
 ガジェティフが婚約を辞退した理由は公にされていない。
 二人が恋仲であったために、あちらが身を引いたことにすれば、大方の人間の納得は得られるだろう。
 納得しない少数派には、個々に説明すればいい。

「では、そのように。これで準備は整いましたな」
「そうか。じゃあ俺はレイハーネを迎えに行く」
「……は?」

 目を丸くすると、ラティーフさまは早々に立ち上がり、支度をするため嬉々として部屋を出て行った。
(なんだ、あの変貌ぶりは……)
 頑なに女性を拒み続けた、あの堅物王子と同一人物とは思えない。

 弟妹たちに接する姿から、ラティーフさまの愛情深さは知っていた。
 だが、いざそれを存分に注げる相手が見つかると、こうも変わるものか――

(不思議だ)
 レイハーネ王女との婚姻の条件は「彼女をただ一人の妻として大切にすること」。
 まるでラティーフさまに向けられた条件のようだ。
 そして彼が婚姻の意志を見せた唯一の相手は、様々な障壁を越え、向こうから彼の元へ飛び込んできた。そうなることが、あらかじめ決められていたかのように。

(いや、きっとそうなのだ)
 神が遣わした未来の王の花嫁。
 ユスラーシェに安寧をもたらし、王を幸福にする存在。
 ただ――
(とんだ跳ねっ返りなのが困りものだ)
 しかも、そんな王女の警護を一任されてしまった。

「ソヘイルめ……あれはハナからそのつもりだったな」

 ヒクマトは忌々しげに呟き、自分では手に負えなさそうな王女の扱い方を考える。
(まずはあの強気な侍女を懐柔するところから始めるか……)
 どちらも手強そうな相手だ。

 ヒクマトは顔をしかめつつも、内心では気合いを入れ、彼女を迎えに行くという主人の後を追いかけた。

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