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しおりを挟む日暮れ時になってから、夜風に当たりにふらりと外に出たのだろうか。
幼馴染の二人の晩飯はこれからか。
それなら「お腹が空いたから」早く帰ろうと言う。
子供なのだから。
夕飯時には食事の準備で慌ただしくなるのが一般家庭だ。
俺の身を案じながら帰りを待つ母親がいる。
お里にも親が居て家があるだろう。
君の親も君の帰りを案じていないのか。
お里は俺を見つけるなり早く帰る話しかしておらず、人懐っこく接してきた。
空腹の話題など微塵もでない。
俺の母親である、お袖が心配していると言っただけだ。
でもそれだけだ。
俺が振り払った腕を強引に組み直して横で張り付くように歩いている。
他に兄弟や祖父母など同居人が居れば、そこに親しみを込めて引き出してきても不思議ではない。
お里はこの様に、俺に好意を持って居るのだから。
兄弟のだれだれも心配しているとか、おばあさんも…とか。
居るなら家族の誰かとの交流が垣間見えてもおかしくはない。
だから俺は一人っ子なのだ。
もちろん、ステータ画面には母と俺の二人暮らしだと表示されていた。
だがお里のステータはわからないから、訊ねて探るしかない。
食後だと仮定しても、
貧困が生まれついてあるのなら、逆に我慢強い子供たちに育っている可能性があって、口には出さないだけかもしれないけど。自然と会話に出てこないなら、夜の食事は済ませた可能性がある。
ぎゅるるるる~。
「あ、いやこれは…その」
間違いなく俺の腹の音だ。
先ほども女神の前でみっともなく鳴ったが。
お腹に手をやり隠してしまいたい気持ちが込み上げたが。
すでに隠せるものではなかった。
食後かどうかを気にしたのは、まさにこれだ。
駒次郎がどうかではなくて、俺の腹は空腹である。
俺がおむすびを食うタイミングは今夜中に訪れるのかな。
オナラではないかと疑うこともなく、お里の耳にも入ったようで、
「駒ちゃんは優しいから。でもやっぱり身体は正直よね」
腹の虫が鳴って恥ずかしそうに答える俺に彼女は。
俺の肩にそっと小さな手と小首を添えて、寄り添うと。
讃えるように柔らかな声でなぜか気持ちを持ち上げてくれるのだ。
身体が正直ということは俺が空腹であることを承知しているのか!?
そのうえで寄り添っている。
「俺のやさしさって?」
身体は正直だが、優しいと言われた意味は解らない。
彼女は、ふふっと笑った。
身長差もほとんどない。
浴衣に見合った履物を履いている。
高下駄ではないが鼻緒の付いた和風の履物は時折カラコロと音が聴こえて来る。
今さら「ご飯は食べたのか」などと聞けなくなった。
ぎゅるるるる。
うわ、また盛大に響いたものだ。
恥ずかしさのあまり、思わず歩みを止める。
もう長屋の傍まで来ていた頃だ。
道の左右に古ぼけた家がひしめき合っているのが見えた。
「ねえ、盤さんは元気だった?」
「えっ?」
君もその呼び方なの?
──じゃなくて。
俺は盤次郎に会うために出てきたのか。
何を話したのだ、こんな夜に。というか、盤次郎は長屋暮しじゃないのか?
それとも会う約束で二人とも出かけたのか。だが幼年だし、その線は薄いか。
その疑問とともに俺は空を見上げた。
ひゅうっと風が頬を撫でていき、流れる雲が月を隠した。
目の前の色づいていた景色が視界からあっという間に消え去った。
二人はすっぽりと闇に飲み込まれた。
何をしても全てアクシデントにしてしまえる状況に包まれている。
暗闇に押されるようにお里の身体は、より強く俺に寄り添い、
「もう、隠さなくてもいいよ。駒ちゃんが、行く当てのない盤さんに差し入れをしていることは私も知っているのよ」
盤次郎は……、一体どうしたのだ。
そういえば早くに両親を亡くしたんだっけ。
そう思いながら俺は、お里に押される形で歩を進めた。
一本の細めの路地が長く奥までゆったりと曲がりくねっていた。
視界が闇で塞がれると聴力は力を増す様に、風の流れを集めてくれた。
闇に包まれた勢いでお里が言い放った言葉に俺は…。
「お、俺は差し入れなんかしてないぞ!?」
思わず口が滑ってしまった。
お里が俺の胸を軽くポンっと叩くなり、
「もう隠さなくていいってば!」
いや本当に。
隠すとかではなくて。
盤次郎にはまだ会っていないから。
俺は勇気を出して尋ねた。
「どうなっているの? 今夜はバンさんには会えなかった…」
お里の全身がピクンと震え、俺の顔を凝視しているのが伝わった。
今夜はやけに夜風が吹く。
一瞬だが、ぶるっと寒気が走った。
二人の背後からバサバサと強い風が押し寄せる。
家々の前に置かれていた桶などが、勢いよく転げていく音も混ざり、なにか恐怖めいたものに背中を見られている気がした。
俺が息を飲んだことは、すぐお里にも伝わり、彼女はきゃあっと小さく震えた。
姿を隠していた月が再び顔を覗かせると、お里は「早くお家に帰ろうよ」と甘えるようにいった。
月明りにうっすらと照らされながら色づいていた景色が何食わぬ顔を見せた。
俺の心に安堵の灯がともった。
ステータには5番地とあったのでこちらから数えて5軒目なのか。
それとも奥から数えての家だろうか。
彼女の口数が急に減った。
俺は嫌がっていたお里の手を自らの意志で握り返し「大丈夫だよ」と囁いた。
可愛い娘と手をつないで仲良く歩いて家路に着くのも悪い気はしないけど。
盤次郎に何が起きたというんだ。
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