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しおりを挟むまさか隠密の疑いを持っていたなんて。
ずっとそれを俺に抱いてきたのか──駒次郎。
彼が。
出会ったときから彼が、その疑念を抱いていたのなら。
あのとき俺が。
ツナセ街道で俺が取った行動が全部裏目に出てしまっていたことになる。
額から冷汗が滴り落ちてくるのがわかる。
ミス手を打ってしまったのか…俺は。
そうなると単なるコソ泥ですらないように感じてきた。
何なのだ? この駒次郎という男は……。
そんな素振りは一切見受けられなかった。
いま時計の針が止まったような不思議さが俺を包み込んでいる。
いい気になって、強くなったつもりで人助けをしていた。
ずっとか弱い存在だと思い、接して来た。
誰かを助けなければという思いが念頭にあった。
気持ちはあっという間に増幅し、おこがましいほど膨らんでいた。
社会に出ることもなく、たいした経験もなく、テレビばっかり見て遊んでいた。
そんな自分が突然、忍者になって過去の世に解き放たれたのだ。
足の速さも腕っぷしも実感している。
このまま何でもできる気がした。
悲鳴をあげて逃げまどい、自分にぶつかり震えおびえており、心の余裕の見られない憐れな少年と見受けた。
転んでできた傷はかすり傷だった。
だが俺は感謝をさせたい気持ちから、駆け寄り、優しい言葉を掛け、薬箱のぬり薬を取り出し、開けた着物のすそから垣間見えた素足にぬってやったんだ。
「助けてくれ」なんて一言もいっていない彼に余計なお節介をした。
薬を塗りつけてしまえば、その反応でどういう人物かわかるとも思った。
代金を取られると思い、申し訳なさそうに否定してきた。
だけど「余計な真似をするな」とまでは言われなかった。
彼にも助けて欲しい気持ちがあるのが見えた。
嫌味な性格ではなく、「気持ちはありがたい」という思いがすぐに聞けたから。
腕のっぷしの強さは感じられず、彼の印象にはか弱さとか焦りが残ってしまった。
じきにゴロツキたちが到着するのは分かっていた。
ぐだぐだと言い合っている暇がないからかもしれなかったが、とにかく俺は状況を見て、すっかり自分の方が勝っていると思ったのだ。
俺には、いざとなれば女神もいる。
女神エンジンもある。
葵の御紋の印籠だってある。
だから、おごり高ぶりはどこかにあったものと自分でも記憶している。
俺が、出会い頭に背後からぶつかってきた彼の事情など1ミリも知る由はないと、彼の目線に立ち、彼もそう思っていると勝手にそう決めつけた。
そう思いこませようと振る舞うつもりだった。
彼が追いかけて来るやつらのほうを気にしながら、起き上がるのを見る。
俺はずっとやつらには背を向けていた。
後方から来た彼なら、それがわかるはずだ。
そうだ、わざと一度も振り返らないでいた。
なにも気づいていない振りで歩いていたのだ。
男たちが追い付いてきて、傲慢な物言いをするまでは。
それを駒次郎に見せつけたのだ。
そうして置けば、事情を聞かなくて済む。
助けるつもりがあるのなら、やつらとはどの道、やり合う。
ああいう連中は部外者に詳細を説明したりはしないが。
万が一、勝手に打ち明けてきたら面倒くさい。
こちらも聞いて納得するわけにはいかないからな。
そうなると駒次郎が俺に助けてくれという可能性があるだろうか。
ない。
相手は十人もの荒くれだ。
見るからに駒次郎より俺の方が背が低い。
俺に救い出されるというビジョンがどうして浮かぶだろうか。
その証拠に、俺が抵抗したとき、「やめときな」とへっぴり腰で制止した。
他のことはずっと無視して、彼だけを彼の急場から助け出すのだ。
忍者の聴力で多少の状況は前もって知った。小石を拾いあげ、退ける準備をしていた。
命中率を試してみたい気持ちもどこかにあった。
だがそのことを悟られるはずはない。
ほんの少し前にこの時代に来たからだ。
ゴロツキと駒次郎はもっと手前から揉めていたはずだし。
だが鉱山で怖い思いをし、人間不信になり、助かりたい一心で俺を頼るも、人を疑う気持ちが拭えないだけかもしれない。
これらのことが、思い起こされた。
何かを最初から疑っていた。駒次郎の方が俺を観察していたというのか。
彼が疑い深い人物で、たとえ子供でも疑ってかかる人物だとしたら。
だとしても俺は彼の窮地を救ったんだ。
なのに救わせておいて、ここまで誘導したわけはなんだ?
監視下に置く為か。
隠密かどうかを聞く為か。探るためか。
俺が隠密だったら駒次郎とは敵対するのかな?
そもそもそれを疑う者は限られていないか。
同じ忍びか。それとも役人のせがれとか。
俺が何者なのかを心に問いながら、困ったふりをしていたのか。
盗賊の真似ごとは本気でやるつもりか。
そこに俺の強さが邪魔にならないか、用心しているのだとしか考えられない。
最初から疑っていたのだとすれば。
確かに俺は、人に親切すぎるな。ゴロツキに牙を向ければ仕返しもある。
逃げ切れなければ俺も夜逃げだ。
俺の方も、ワケありと見なされる。
つまり後ろ暗い過去の持ち主ではないかと。
だってこんな子供が薬箱担いでひとりで薬売りなんて。
得意げに軽業を見せたのは痛恨のミスだったか。
忍びだという疑いを抱いている可能性は充分にある。
◇
「──グン。どうしたんだい? そんなに真っ青な顔をして」
ハッ!
その言葉で我に返った。
駒次郎は俺の肩を後からがっつりと掴んで、さらに耳元でささやいた。
「グン…。まさか本当に忍びの里から出て来た忍者さん、ですか?」
隠密と忍びの里の存在を口にするのだ。
この者があの任命書にあった親方の形見を盗んだ別の忍びか、と、盗賊か?
「と…盗賊? コ、コマさん、盗賊の話をさきに聞かせてよ! 兄弟で蔵を破るつもりでいるの? 俺は三日もすれば旅立つから、助けてあげたいと思っているだけなんだ」
「それ。ど、どういう意味? 蔵破りを手伝ってくれるの?」
えっ!? そんなあっさり聞きますか。
「いや、…宿のはやめようよ。悪人の……ゴロツキの金蔵にしようよ」
「どっちにしても泥棒だよ。ゴロツキがいっぱい見張ってる所より宿のほうが…」
手薄だと言いたいのか。
「コマさんは、やっぱりバンさんの計画を知っているんだね。で、でも鍵はどうするの?」
強盗の片棒なんか担いでたまるか。
いまは駒次郎から遠ざかる手立てを考えるんだ。
話をあわせて油断させて、なんとか距離を置くのだ。
肩から駒次郎の握力が引いた。
ぬうっと前方に顔を突き出してきた。
「グン、どうして盤次郎の蔵破りを知ったんだ? おれは答えた……お前も答えろよ」
へっ!?
また低めの声で語気を強めてきた。
蔵破りは認めたから、今度は俺が答える番だというのか。
こんな駆け引きをする強さ、大胆さ。
助けたときに感じた悲壮感は本物だったか。
答えなければ、生きてここを出られないとかじゃないだろな。
ははは。
そんなまさかな。
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