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しおりを挟む芝居小屋にたどり着いた。
なんだかんだと30分は巡り、戻ってきた。
小屋の中は、ほぼ満席だった。
きっと名のある一座なのだろう。
芝居小屋といっても、寄席のような小さな舞台だ。
座布団が板の間に置かれていて、皆そこに座していた。
「えっと、名奉行が町民に扮して悪事を暴く……って、なんか知ってるし」
入り口で手渡された演目案内の絵草紙に目を通してみた。
面白そうだが、途中からなのでよくわからない。
芝居をじっくり見ている場合じゃない。
ここに来れば駒次郎と再会できると思っていたのだけど。
50人ぐらいの観客でひしめいているが、客に紛れている様子はない。
あいつの顔は小顔で爽やかな感じだから、居ればすぐにわかる。
けど大人ばかりしかいない。
見回りながら、小さく名を呼んでみたが見つけられなかった。
見当違いだったかな。
人だかりのある所なんて、ゴロツキたちも隈なく探しにくるか。
奴らには証文という名分があるから、人目をはばかる必要もないわけだし。
ここが安全だと考えたのは、少し安直だったかな。
芝居が大詰めを迎えてきて、役者が舞台の上にぞろりと並んだ。
「あれは……御白洲か」
奉行が裁判を行う場面だな。
舞台が狭いから簡略化されているが、町民役が平伏している。
◇
奉行役が「面を上げーい!」と逞しい声を張った。
「すごい迫力だな。あの奉行なら肩を晒すんだろうけど、んなワケないよな」
奉行役の一声のあと、町人役たちが顔を見せた。
数人いた町人役のなかに一人の若者の声があった。
奉行に泣きついて、弁明をしながら無実を訴えていく。
よくある場面だ。
さては、その周囲の者たちが悪者なんだな。
「ああ、やっぱり。──寄ってたかって若者を追いやっているぞ…」
うん?
なんの話だ、こりゃ。
『お奉行さま、わたしは……連れて行かれたお里を連れ戻したい一心で、お宿の蔵などを破ってしまったんです……うぐっ』
どこかで聞いたような内容だが!?
「……っていうか。コマさんの声じゃねえのか?」
あ、駒次郎だ!
あいつあんな所で何やってんだよ。
それより今……なんて言った?
お里と蔵破りは、芝居の筋書きじゃないだろ。
それをお前が口にしているということは。
「ははーん。うまいこと身を隠したものだな」
そういうことか。
面白そうな話のネタを持ち込んだんだな。
それが採用されて役者として舞台に上げてもらったのか。
おい、それはリアルネタじゃねえのかよ!
駒次郎のやつ、自分たちの計画を堂々と暴露してやがる。
やはり、ゴロツキに追われて逃げ込んでいたのか。
「いや、そうした方が返っていいのかも……」
芝居の中のことにしてしまえば、その話題を今後兄と話したとしても、ここの客の証言があるから何とでも誤魔化せるしな。
一石二鳥を投じたわけか。
しかし、あいつの事情を知る者がここに居ないことを願うばかりだ。
「どうやら、一件落着というのでもないみたいだ……」
幕は下りたのだが、舞台上の説明を聞けば2部完結のようだ。
つまり、この続きが明日に上演されるというのだ。
駒次郎、拍手喝采だったぞ。
大入りの観客は満足げに帰って行く。
次の日の舞台も必ず見に来ようと、笑顔で賑わっているぞ。
お前、いい隠れ家みつけたな。
給金も弾んでもらっているのかな。
だが。
「悪者はどこにいる? 奉行は町人に身をやつしたんだろ?」
待てよ。芝居の内容はともかく。
それより駒次郎がとっさに逃げ込んだ芝居小屋のはずだ。
それなら、ついさっきの出来事のはず。
おかしいな。なんか引っ掛かるぞ。
そんな短時間に皆が演技に移れるか?
いや、それはない。
2部完結という長編だぜ。
この芝居はかねてより話し合って組まれているだろうな。
「アレレ。益々おかしいな…」
どうなっているのか?
すこし頭の中を整理しておくか。
駒次郎は今日、俺と街道で出会ったときに鉱山から脱走してきたんだろ。
それを俺の意思で助けて。
旅の宿を探す俺に礼がしたいからと。
その足で宿の案内をしてくれて、俺はあの旅籠に泊まることにした。
ともに飯を食って、風呂に入って。
そして休憩のかたわら今後のことを思案した。
ポイント稼ぎの為にお前との進展を望んだ。
結果、兄の盤次郎を紹介してもらう。
状況の把握のために。
兄の盤次郎は、駒次郎が自ら契約を踏んだのに逃げてきたから、このままでは済まないだろうと俺に言ったんだ。
俺は、手立てがないなら、役人の力を借りればどうかと意見した。
役人にはすでに訴えていたが、結局お金が物を言う結果に。
そう、役人の弱みにより、踏んだ契約証文を3両で買い取ることが決まっていた。
そして兄が宿の主人に呼ばれたと離席するが、妙な会話を口にした。
お里の身請け金も含めて、宿の蔵に忍び込むと言っていた。
常人には聞き分けられないような距離で隠れるように話したのだ。
その兄の帰りが遅いので、俺は蔵の下見に行きたかった。
だが計画を知っているだろう弟の駒次郎が俺の傍にいるので、撒こうと思った。
そうして芝居見物を要望し、案内を任せ、先に宿に帰らせたのだ。
芝居見物はあくまでも俺の指示だ。
この兄弟が大胆な行動を起こそうとしているので、ある程度は用心している。
腹の底にあるものを探ろうとした。
駒次郎とお里のことは、駒次郎に聞かされた。
いや待て。
兄のことも、宿のことも、駒次郎からだ。
芝居小屋も駒次郎に任せた。
俺が自分の意思で動いたのは、その場での選択だけか。
案内はすべて駒次郎だ。
そうだ。実質、移動先は駒次郎が決めている。
行く所、行く所で、兄弟の言動に振り回されている感がある。
「気のせい……なのか。それとも──」
ここまで乗り掛かって、後戻りもないだろう。
だがこの先も胸がつっかえて、どうしようもないなら。
俺も2人を見習って。
直接、駒次郎にでも聞いてみる必要がある。
「宿の蔵を破って、3人で夜逃げをするのか」と。
大胆不敵な言動をな。
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