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しおりを挟む俺の耳に届いた声は、今話したばかりの盤次郎の声だ。
これは独り言だろうか。
いや、それはないと思う。
声は人目を伏せるように、こもった声だった。
それに内容がやばい。
鈴虫の鳴き声のような、音が聞こえてから宿の主人に呼ばれたと離席した。
足音からすると30歩くらい小走りで駆けた。
その間、勝手口を抜けて、正面玄関に行った感じだった。
主人が入り口付近にいつも居るんだろうか。
どこに居るかは働き手として知っていても不思議じゃないけど。
どこへ行くんだろうと、俺の目は自然と盤次郎の後ろ姿を追っていた。
一応、外に出て行ったわけだから。
そう思ったときに駒次郎が慌てた口振りで問いかけて来たんだ。
駒次郎の疑問に、多少、話を盛って答えた。
その後、耳に声が聴こえてきた。
空耳じゃないなら、とんでもない内容になる。
「まじか……」
この宿の蔵を破るという計画を漏らしていた。
そのつもりで居るなら、独り言は断じて避けねばならないはずだ。
分かっている。
彼は、確かにこう言った。
お里……周囲に気を付けろ、と。
お里は、宿の周囲にいるのだろう。
俺の悪い予感が当たったのか。
駒次郎がヤクザ者たちにやらかしてしまったことを心配していた。
きっと、お里をも逃がしたんだな。
駒次郎のほうは囮の逃走劇だった可能性が出てきた。
この兄弟は随分と思い切った行動を起こすんだな。
「え、ちょっと待って…」
もしかして。
俺、こいつらの逃亡の片棒担いじゃったのか?
まあ、それは今さらだよな。
それよりも、なぜ逃げてしまわないんだ?
お里を一人どこか遠くへやることができない……だろうし。
そこまで仕出かしたんなら。
三人で遠くへ逃げればいいだけだ。
もしかしたら、路銀がないのかもしれないな。
それしか考えられないかな。
しかし近くに潜んでいるのは、まずいな。
だからといって、蔵を破って金を盗むとか。
見つかったら、遠島だぞ。さすがに──流刑はないか。
路銀を確保してから夜逃げをするつもりなのか。
だとすれば、近いうちに決行する可能性大だな。
宿の蔵を狙って兄が下働きで、潜り込んでいたのか。
そう考えると、二人で……いや待て。
盤次郎の話からすると、もう一言忘れている。
身請け金を用意する、と言っていたような。
となると、お里はどこにいる。
やっぱり女郎屋じゃないか。
逃げてきた線が消えると、独り言の線が浮かぶ。
だが、盤次郎は宿周辺でお里と会話をしていたはずなんだ。
お里の分の足音はあったか。
いや微塵も感じなかった。
いったいどういうことなのだ。
これは探らないわけにはいかないぞ。
駒次郎はこの状況を把握しているよな。
なのにどうして俺をこの宿に連れてきたんだろ。
この先も俺が協力するかは分からないのに。
勘ぐられてバレたなら、仲間に引き込もうというものではないと思う。
強さを知って居るからな。
駒次郎が見張りで、俺に宿屋の者たちを引きつけてその隙に乗じるのか。
めんどくせえな。
役人に追われるのは避けなければいけないのに。
第一、蔵の鍵の開け方を知って居るのか、こいつら。
いや問題はそこだ。
なにかを調べると言っていたな。
駒次郎をなんとか遠ざけて、盤次郎の動向を探るのが難しいなら。
蔵の状況でも見に行くか。
「コマさん、宿屋は退屈だな。腹ごしらえもしたし、芝居小屋でも見物に行こうよ。案内のほど、お願いできますか?」
唐突な問いかけに駒次郎は、すこし不思議そうな表情をみせるが。
そんなことならお安い御用だと微笑みを返した。
芝居小屋まで案内されたら、駒次郎にこう伝えた。
「バンさんを手伝わなくていいの? 心配でしょ? 道は覚えたから先に帰ってもいいよ」
「え……」
意表を突くとはこのことか。
一緒に見るわけではないんだな、といった顔つきだった。
「それもそうか」と彼は兄の待つ宿へと帰って行った。
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