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しおりを挟む女神と別れて街道に出る。
ひとり静かに歩を東へ進めると、間もなく人通りが増える地点へときた。
ジョブチェンジをして忍者になったらしい。
さほど実感はない。
先ほど、世を忍ぶ仮の姿である薬売りになったばかりだ。
だが確かに荷物を背負って山林沿いの街道を軽々しく歩けている。
遠足でたまにこういう舗装のない道を歩くことがある。
半日で足首あたりから指の付け根まで、ヘトヘトになってしまう。
家路につけば、過度の筋肉痛による心の悲鳴などは当たり前だった。
電車もない。
バスも通ってない。こっちの当たり前はそこに尽きるよな。
そういえば、とつぜん馬が走って来たりするんだよな、この時代は。
え、なんか背中に強い視線を感じた。
背後から耳元に、人のわめき声が明瞭に届いてくるこの感じはなんだ。
どうやら、誰かがもめているようだけど。
10人ほどの大人と若い男がひとりいて、追いかけっこの最中か。
なにやら寄ってたかって若者をいじめているようだ。
通りすがりに肩がぶつかったとか、その類ではなさそうだ。
ずいぶんと遠くから追いかけられて、付きまとわれているみたいだ。
だが会話のやり取りから、金の話のようだ。
金銭トラブルか。
金でもめている若者が誰かに助けを求めて、こっちに向かってくる。
俺の30メートル手前を全力で走っているようだ。
俺は自分をエスパーかと思うほど、すでに背後の状況がくみ取れていた。
足音がばらついているのだ。息もかなり乱れているようだ。
運動会のリレーで、人数不足のチームにより他の人の分まで自分が走る。
そんな経験をいつしかしたよ。
まさにヘトヘトになって、もつれているのがわかった。
若者は大人たちを必死に振り払い、猛ダッシュを決め込んだ。
俺の背中から、肩に手をかけて「ごめんよ!」といって、すぐ脇に倒れ込んだ。
ぶつかって来たものだから、ついつい、「大丈夫ですか」といって彼をみた。
倒れた拍子に膝をすりむいた彼に、背中の薬箱を降ろし、軟膏をぬってやった。
「親切はありがたいけど。こ、こんな高価な薬で手当てをされても、おれ払えねえから……」
申し訳なさそうなその声は震えていた。
「お金を請求したりはしないよ。ただのお節介だから気にしなさるな」
気軽なくちぶりで彼の肩をポンと叩いた。
「だって薬屋さんでしょ?」
「うんまあ。でも困ったときはお互いさまっていいますよ」
「本当に!? どうもご親切にありがとう」その笑顔すら痛々しかった。
「ところどころ、ひどい傷だらけですが大丈夫ですか。さあ肩をかしましょう」
まだ子供じゃないか。中高生ぐらいだろうか。
ちょんまげでもないし。町民だな。
俺は、傷だらけの彼を一目見て、派手にやられたもんだなと思った。
念頭には、人助けをしなければという思いがあったわけだ。
状況を見るに見かねて、つい、訳も聞かずに手持ちの薬で手当をしてしまった。
ほんとに売って歩くわけでもなし。
もとより俺のものかどうか不明だし。
「おい、そこの若ぇの! そいつをこちらに引き渡してもらおうか」
男たちが追い付いて来たか。
中には力自慢の大男もいるみたいだ。
ああ、いわゆるヤクザ者というわけですな。
品がなく、ガラの悪い連中のお出ましだ。
だけど相手は10人はいるぞ。
いきなりの難敵じゃないか。
この世界で、俺はまだなんの経験もない。
偶然、おなじ街道を歩いていただけだ。
「か、堪忍してくれよな。巻き込むつもりはなかったんだ」
「まあ、こちらも巻き込まれるつもりなどないのですが」
「ぶつかった上に親切に手当てをしてもらって、肩まで貸してくれる人に遇ったのは生まれてはじめてだ。迷惑はかけられない。おれが出て行けば済む話だから」
人数が人数だからな、腹をくくったか。
親切にした俺を巻き込みたくない……か。
この若者は思いやりの心を持っているようだ。
俺も、どの道なにかを選択しなければならない。
その人助けの難易度をいまさら下げられるかという話だな。
死ななきゃオッケーなんだろ。
ここで一発、決めておくか。
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