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第五章 三つ目
ピアノガワカラナイ
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「そういうことですか」
女子二人、佐嶋香苗さんと梶原渚さんという名前だったか……。
その二人とテーブルを挟んで座り、彼女たちの説明を聞いていた。
大方梶原さんが説明してくれた。
ここが俺の家だということ。
俺が梶原さんにピアノを教えていたこと。
佐嶋さんが文化祭実行委員長ということ。
俺は昨日音楽室で倒れたらしい。
それでいて君はピアニストでピアノが弾けなくなる呪いにかかっている。
そんでもって音楽まで聞こえなくなっている。
そして今記憶がないと。
「そんな超常的な現象をどうやって信じればいいのか」
「普通はそう思うよね。現に私も全く信じられないし」
佐嶋さんがテーブルに肘をつけながら、隣にいる梶原さんにすっと目線を移す。
その梶原さんはトレイに朝食をのせて運んでき、テーブルの上に置いていく。
「詳しいことはあとで、まずは腹ごしらえしますか」
「ありがとうございます……」
何だろう違和感が。
えっと、何だろうか。
「あれ。ここ俺の家ですよね」
「そうだね」
「何で梶原さんが食材の場所を知っているのですか?」
するとにんまりと梶原さんは笑った。
「それは響ちゃんの……」
「の?」
「響ちゃんの……」
パッと顔を真っ赤にする梶原さん。一体何を言おうとし……。
一瞬あらぬ言葉が頭を過り、露骨に顔を赤くしそうになる自分。目の前にあるトーストにかじりついて誤魔化した。
「全く。梶原さんは度胸があるのか無いのかはっきりしないのね」
「わ、悪かったね」
「私が奪うよ」
「ちょっと!」
ギャーギャーと言い合う二人、喧嘩をしているようだが、仲良いのだろうか。
仲良ければそれでいい。
というか未だに謎なのがこっちの茶髪の佐嶋さん。
話を聞く限り俺と会って三日しか経ってないらしい。隣の梶原さんも一ヶ月半らしいが。
ますます怪しい。
俺はトーストを皿の上に戻す。
「もしかして、梶原さんと俺って一緒に住んでいた?」
「えっ……」
二人の表情が固まった。
一瞬時が止まったようだった。
「そ、そ、そんなわけ」
「ないない」
テンパる梶原さんと、呆れたように手を振る佐嶋さん。
「そ、そんなわけ」
「ないから」
「そんなわけ……ある」
「嘘でしょ!?」
俺も突っ込みたかったが、佐嶋さんのおかけで突っ込むことはなかった。
しゅんと肩を縮めて、落ち込んだようになっている梶原さん。
「は、恥ずかしい」
「えっ。ちょ。本当なの?」
慌てふためる佐嶋さん。
何故か両手を顔に当ててフリーズしてしまった梶原さん。
コントなのだろうか。記憶喪失した俺を励ます……。
いやそんなことはないか。
天然なのだろうか二人とも。
天然を演じている風には見えない。
それにあの反応だと梶原さんと俺は付き合っていたということになるのか。
えっと全く思い出せない。
それに何かそれはそれで、ぞわっとするような寒気があるのは気のせいだろうか。
二人があたふたしているので、とりあえず目の前にある食べかけのトーストを食べようか。
俺は少し冷めたトーストを両手で掴み、モソモソと再び食べ始めた。
「ねえ。本当に何も覚えていないの?」
朝食を食べ終えてからの再度質問攻めにあった。
テーブルを挟んで近づいてくる。
そりゃあ全く覚えていない。全くわからない。
自分の家の姿すら覚えていないからな。
「これはあれね。多分三つ目の呪いだね」
「三つ目?」
「なにそれ?」
何の話だろうか。
そういえばさっき俺はピアノが弾けない呪いにかかっていると言ったな。
それ関係か。
「学校三大不思議って知ってる? 実長さん?」
「なにそれ? 聞いたことない」
「やっぱり浸透してないか」
少し落胆しつつも近くにあるカバンからゴソゴソと手を突っ込んで本を取り出した。
何か過剰な装飾を施されている本だった。
紫や黒、妙に髑髏があるし、オカルトというより中二を拗らせた感じが否定できないつくりだった。
梶原さんは本を捲り、あるページ開いて止めた。
「学校三大不思議」
俺と佐嶋さんが同じタイミングで言葉を呟く。
そこに書かれていたもの。
一、虹の色が減る呪縛
二、ピアノが弾けなくなる呪縛
三、これを知ると記憶が消える呪縛
「正直、上の二つと最後の一つの現象の差を、とても突っ込みたいんだけど」
「私も思うな」
佐嶋さんと意見があった。
「とはいっても、目の前にそれを体現した人間がいるのだけど」
まじまじと見つめる梶原さん。
「記憶がないということか」
「ピアノの呪いもあるし」
「ピアノが弾けなく呪いってどんなんだ? 具体的にどうなのかと、あとピアノって何?」
「んー。そうだね。前の響ちゃんが確か……」
と梶原さんは言いかけて俺を凝視し、くわっと瞳を大きく見開いた。
そして、ガシッと俺の両肩を掴みかかった。
「響ちゃん。嘘でしょ。ピアノがわからないの?」
必死の形相で掴みかかられ、思いっきり前後に揺すられる。
だけどわからないものはわからない。
さっきピアノを教えていたらしいという話も全く理解できていないのだから。
「じゃ、じゃあ。ちょっと来て」
今度は腕を掴まれて床を引き摺られるように、引っ張られた。
そして起きたときに見た横長の斜めに傾いたテーブルみたいな物体のそばにつれてこられ、少し高めの椅子に座らされた。
カバーが奥に吸い込まれるように動き、下に新たな空間が現れた。
「ねえ。鍵盤見える?」
「ケンバン?」
何のことだろうか、今俺には只の真っ暗な空間しか見えていない。
何も見えない。
「どれのことだ?」
「白と黒の四角い形のモノが交互に並んでいない?」
白と黒の形のモノ……。
よく目を凝らすが何も見えない。真っ暗な空間、手を伸ばしたら吸い込まれるのではないか、それくらい深く暗い闇の空間。
それしか見えない。
「すまない。わからない」
「そう……」
彼女の表情には失念したような表情だったが、どこか想像通りだったような。落ち着いた顔をしていた。
「じゃあ何が見えるの?」
「真っ暗な空間。深い黒が広がっているだけ」
「そう……」
さっきと同じように呟く。
本来どういう光景なのか、それが気になる。
「じゃあ。もうひとつ、これは聞こえる?」
梶原さんは真っ暗な空間に向かって指を伸ばし、暗闇の空間に指半分ぐらい突っ込んで止めた。
「音が聞こえた?」
音。
なんのことだろうか、どの音のことか。
特徴的な音と言えるものは何一つ聞こえない。
「すまん。わからん」
「そ、そう……」
彼女の試行を全てを折ってしまった。
だがそれが俺に憑かれている呪い。今に至って記憶すらない。
彼女に嫌がらせをしているわけではない。
ただの事実だ。
彼女にとっては残酷なのかもしれない。
俺はもう一度、ピアノと言われるモノを覗く。
真っ暗だ。ただ真っ暗で深く深く吸い込まれるような黒さだ。
吸い込まれるような。
俺は一歩ずつ近づく。近づいて近づいて近づいて。
「響ちゃん!!」
俺の腕がぎゅっと引っ張られた。
気がつくと僕の片腕がピアノの闇の中に入っていた。
そしてその先に……。
俺は飛ぶように後ろにさがった。
背筋に走る寒気。
闇に入っていた腕を掴み確かめる。
何も異常はない。
「だ、だいじょうぶ?」
梶原さんと佐嶋さんが、心配そうに伺う。
「だいじょうぶです」
本当はだいじょうぶでもない。
背筋ににじんできた汗。絡まるような悪寒。これを振り払うのには少々時間がかかりそうだった。
女子二人、佐嶋香苗さんと梶原渚さんという名前だったか……。
その二人とテーブルを挟んで座り、彼女たちの説明を聞いていた。
大方梶原さんが説明してくれた。
ここが俺の家だということ。
俺が梶原さんにピアノを教えていたこと。
佐嶋さんが文化祭実行委員長ということ。
俺は昨日音楽室で倒れたらしい。
それでいて君はピアニストでピアノが弾けなくなる呪いにかかっている。
そんでもって音楽まで聞こえなくなっている。
そして今記憶がないと。
「そんな超常的な現象をどうやって信じればいいのか」
「普通はそう思うよね。現に私も全く信じられないし」
佐嶋さんがテーブルに肘をつけながら、隣にいる梶原さんにすっと目線を移す。
その梶原さんはトレイに朝食をのせて運んでき、テーブルの上に置いていく。
「詳しいことはあとで、まずは腹ごしらえしますか」
「ありがとうございます……」
何だろう違和感が。
えっと、何だろうか。
「あれ。ここ俺の家ですよね」
「そうだね」
「何で梶原さんが食材の場所を知っているのですか?」
するとにんまりと梶原さんは笑った。
「それは響ちゃんの……」
「の?」
「響ちゃんの……」
パッと顔を真っ赤にする梶原さん。一体何を言おうとし……。
一瞬あらぬ言葉が頭を過り、露骨に顔を赤くしそうになる自分。目の前にあるトーストにかじりついて誤魔化した。
「全く。梶原さんは度胸があるのか無いのかはっきりしないのね」
「わ、悪かったね」
「私が奪うよ」
「ちょっと!」
ギャーギャーと言い合う二人、喧嘩をしているようだが、仲良いのだろうか。
仲良ければそれでいい。
というか未だに謎なのがこっちの茶髪の佐嶋さん。
話を聞く限り俺と会って三日しか経ってないらしい。隣の梶原さんも一ヶ月半らしいが。
ますます怪しい。
俺はトーストを皿の上に戻す。
「もしかして、梶原さんと俺って一緒に住んでいた?」
「えっ……」
二人の表情が固まった。
一瞬時が止まったようだった。
「そ、そ、そんなわけ」
「ないない」
テンパる梶原さんと、呆れたように手を振る佐嶋さん。
「そ、そんなわけ」
「ないから」
「そんなわけ……ある」
「嘘でしょ!?」
俺も突っ込みたかったが、佐嶋さんのおかけで突っ込むことはなかった。
しゅんと肩を縮めて、落ち込んだようになっている梶原さん。
「は、恥ずかしい」
「えっ。ちょ。本当なの?」
慌てふためる佐嶋さん。
何故か両手を顔に当ててフリーズしてしまった梶原さん。
コントなのだろうか。記憶喪失した俺を励ます……。
いやそんなことはないか。
天然なのだろうか二人とも。
天然を演じている風には見えない。
それにあの反応だと梶原さんと俺は付き合っていたということになるのか。
えっと全く思い出せない。
それに何かそれはそれで、ぞわっとするような寒気があるのは気のせいだろうか。
二人があたふたしているので、とりあえず目の前にある食べかけのトーストを食べようか。
俺は少し冷めたトーストを両手で掴み、モソモソと再び食べ始めた。
「ねえ。本当に何も覚えていないの?」
朝食を食べ終えてからの再度質問攻めにあった。
テーブルを挟んで近づいてくる。
そりゃあ全く覚えていない。全くわからない。
自分の家の姿すら覚えていないからな。
「これはあれね。多分三つ目の呪いだね」
「三つ目?」
「なにそれ?」
何の話だろうか。
そういえばさっき俺はピアノが弾けない呪いにかかっていると言ったな。
それ関係か。
「学校三大不思議って知ってる? 実長さん?」
「なにそれ? 聞いたことない」
「やっぱり浸透してないか」
少し落胆しつつも近くにあるカバンからゴソゴソと手を突っ込んで本を取り出した。
何か過剰な装飾を施されている本だった。
紫や黒、妙に髑髏があるし、オカルトというより中二を拗らせた感じが否定できないつくりだった。
梶原さんは本を捲り、あるページ開いて止めた。
「学校三大不思議」
俺と佐嶋さんが同じタイミングで言葉を呟く。
そこに書かれていたもの。
一、虹の色が減る呪縛
二、ピアノが弾けなくなる呪縛
三、これを知ると記憶が消える呪縛
「正直、上の二つと最後の一つの現象の差を、とても突っ込みたいんだけど」
「私も思うな」
佐嶋さんと意見があった。
「とはいっても、目の前にそれを体現した人間がいるのだけど」
まじまじと見つめる梶原さん。
「記憶がないということか」
「ピアノの呪いもあるし」
「ピアノが弾けなく呪いってどんなんだ? 具体的にどうなのかと、あとピアノって何?」
「んー。そうだね。前の響ちゃんが確か……」
と梶原さんは言いかけて俺を凝視し、くわっと瞳を大きく見開いた。
そして、ガシッと俺の両肩を掴みかかった。
「響ちゃん。嘘でしょ。ピアノがわからないの?」
必死の形相で掴みかかられ、思いっきり前後に揺すられる。
だけどわからないものはわからない。
さっきピアノを教えていたらしいという話も全く理解できていないのだから。
「じゃ、じゃあ。ちょっと来て」
今度は腕を掴まれて床を引き摺られるように、引っ張られた。
そして起きたときに見た横長の斜めに傾いたテーブルみたいな物体のそばにつれてこられ、少し高めの椅子に座らされた。
カバーが奥に吸い込まれるように動き、下に新たな空間が現れた。
「ねえ。鍵盤見える?」
「ケンバン?」
何のことだろうか、今俺には只の真っ暗な空間しか見えていない。
何も見えない。
「どれのことだ?」
「白と黒の四角い形のモノが交互に並んでいない?」
白と黒の形のモノ……。
よく目を凝らすが何も見えない。真っ暗な空間、手を伸ばしたら吸い込まれるのではないか、それくらい深く暗い闇の空間。
それしか見えない。
「すまない。わからない」
「そう……」
彼女の表情には失念したような表情だったが、どこか想像通りだったような。落ち着いた顔をしていた。
「じゃあ何が見えるの?」
「真っ暗な空間。深い黒が広がっているだけ」
「そう……」
さっきと同じように呟く。
本来どういう光景なのか、それが気になる。
「じゃあ。もうひとつ、これは聞こえる?」
梶原さんは真っ暗な空間に向かって指を伸ばし、暗闇の空間に指半分ぐらい突っ込んで止めた。
「音が聞こえた?」
音。
なんのことだろうか、どの音のことか。
特徴的な音と言えるものは何一つ聞こえない。
「すまん。わからん」
「そ、そう……」
彼女の試行を全てを折ってしまった。
だがそれが俺に憑かれている呪い。今に至って記憶すらない。
彼女に嫌がらせをしているわけではない。
ただの事実だ。
彼女にとっては残酷なのかもしれない。
俺はもう一度、ピアノと言われるモノを覗く。
真っ暗だ。ただ真っ暗で深く深く吸い込まれるような黒さだ。
吸い込まれるような。
俺は一歩ずつ近づく。近づいて近づいて近づいて。
「響ちゃん!!」
俺の腕がぎゅっと引っ張られた。
気がつくと僕の片腕がピアノの闇の中に入っていた。
そしてその先に……。
俺は飛ぶように後ろにさがった。
背筋に走る寒気。
闇に入っていた腕を掴み確かめる。
何も異常はない。
「だ、だいじょうぶ?」
梶原さんと佐嶋さんが、心配そうに伺う。
「だいじょうぶです」
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