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1話 心の揺さぶり
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「お前に取ってこれ以上にない話だと思うが」
芯の通った若い悪魔のような男の声に、
俺は激しく心を揺さぶられていた。
急いで幼馴染みの家に向かうつもりで、
人通りの少ない近道を通っただけだったが、
俺はその男の言葉に釘付けにされてしまう。
周りには人の気配もなく街の賑わう音も聞こえてこない。
すぐにこの場を離れた方が良いと本能で感じていたが、
どうしてもその男の提案を振り払う事ができない。
「さあどうする? あまり時間も無いと思うが」
男は表情を変える事無くそう言って、俺に決断を迫ってくる。
冷静さを欠いていた俺はその提案に…
「おい、貴幸! 早く起きろよ! もう昼飯の時間だぞ!」
大声で名前を呼ばれて、ふと体を起こすと、
友人が腕を組んで目の前に立っていた。
「あれ……いつのまにか眠っていたんだな」
最近あの日の夢をよく見るため、深く眠る事ができず、
今のように授業中に居眠りする事が多くなっていた。
そんな不規則な生活を送っている俺、
鏑木 貴幸は、どこにでも普通の高校3年生、だった。
『だった』
そう、つい先日までは俺もどこにでもいる高校生だったが、
まさか自分が非日常な出来事に巻き込まれるとは思ってもみなかった。
今でもあの時の事を思い出すと恐怖を感じるが、後悔はしていない。
なぜなら大事なものは絶対に失いたくないから。
「おーい、聞いてるか?」
そして今、目の前で催促しているのは、
中学校からの友人でクラスメイトの東儀 雅春だ。
「またうなされて何やら言葉を口にしてたが、本当に大丈夫なのか?」
「時々嫌な夢を見る事があって、その影響なだけだから問題ないぞ」
「そうか……お前が良いって言うならそれ以上何も言えないが」
雅春はそう言いながらも、納得していない様子でこちらをじっと見つめてくる。
「ねぇ、聞いた?」
「夜に扇を持った美少女が徘徊してるって話の事だよね?」
気まずい沈黙を破るように、クラスメイトの女子の会話が聞こえてきた。
「そうそう。
何でも噂によると得体の知れない化物と戦ってるらしいよ」
「この平和な世の中に化物と戦うって、ありえない話が気がするけどなー」
「でも最近人が行方不明になる事件が起きてるみたいだし、
夜はあまり出歩かない方がいいかもしれないわね」
得体の知れない化物……か。
「何だ、女子が話してる噂話が気になるのか?」
「いや、何の話をしてるんだろうなって少し思っただけで、何でもないよ」
「そっか。まあただの噂だとしても、夜道は気をつけるに越した事は無いな。
……ってそれより早く購買へ行って、カレー焼きそばパンを買いに行くぞ!」
カレー焼きそばパンとは、今購買で今一番売れているパンの事で、
ブレンドされたカレーパウダーが焼きそばに絶妙に絡みあって、
凄く美味であると学校中の評判になっているのだ。
だが、あの夢を見た後と言う事もあって、
今は行列に並ぶ気力がない。
「俺はまあ売れ残りでいいから、買いに行ったついでに
俺の分も何か買ってきてくれないか?」
「購買まで一緒にいくためにお前を待ってたのに、
それはないだろうー」
雅春は怒り口調で強く抗議してくる。
「そう言われても、俺は今から行くところがあるからな」
「また茜ちゃんのとこに行くのか?」
「またとか言うな。
俺にはちゃんとした理由があるんだぞ」
雅春が言う「茜ちゃん」とは、俺の幼馴染みの上坂 茜の事で、
2歳年下の高校1年生。
去年は俺が高校、茜が中学と別々の学校だったが、
今年の春に茜が同じ高校へと入学してきたのだ。
「そうは言うが、昼休みはほぼ毎日行ってるだろう?
心配なのは分かるが、茜ちゃんにも学校生活があるんだし、
邪魔するのはよくないと思うぜ?」
「念のためだ」
「念のためと言ってもな……。
半月前に休んでた『3日間』に何かあったのか?
それまでも心配はしてたが、そこまでではなかっただろう」
俺はその言葉を聞いて口に出しそうになるが、
唇を噛み締めて言葉を飲み込む。
いくら友達でも、雅春を巻き込む訳にはいかないんだ……。
「何度も言うが、雅春が心配する事は何にもない。
だから気にしないでくれ」
俺はそう言って心配そうな表情を浮かべる
雅春を振り切って、教室を後にする。
芯の通った若い悪魔のような男の声に、
俺は激しく心を揺さぶられていた。
急いで幼馴染みの家に向かうつもりで、
人通りの少ない近道を通っただけだったが、
俺はその男の言葉に釘付けにされてしまう。
周りには人の気配もなく街の賑わう音も聞こえてこない。
すぐにこの場を離れた方が良いと本能で感じていたが、
どうしてもその男の提案を振り払う事ができない。
「さあどうする? あまり時間も無いと思うが」
男は表情を変える事無くそう言って、俺に決断を迫ってくる。
冷静さを欠いていた俺はその提案に…
「おい、貴幸! 早く起きろよ! もう昼飯の時間だぞ!」
大声で名前を呼ばれて、ふと体を起こすと、
友人が腕を組んで目の前に立っていた。
「あれ……いつのまにか眠っていたんだな」
最近あの日の夢をよく見るため、深く眠る事ができず、
今のように授業中に居眠りする事が多くなっていた。
そんな不規則な生活を送っている俺、
鏑木 貴幸は、どこにでも普通の高校3年生、だった。
『だった』
そう、つい先日までは俺もどこにでもいる高校生だったが、
まさか自分が非日常な出来事に巻き込まれるとは思ってもみなかった。
今でもあの時の事を思い出すと恐怖を感じるが、後悔はしていない。
なぜなら大事なものは絶対に失いたくないから。
「おーい、聞いてるか?」
そして今、目の前で催促しているのは、
中学校からの友人でクラスメイトの東儀 雅春だ。
「またうなされて何やら言葉を口にしてたが、本当に大丈夫なのか?」
「時々嫌な夢を見る事があって、その影響なだけだから問題ないぞ」
「そうか……お前が良いって言うならそれ以上何も言えないが」
雅春はそう言いながらも、納得していない様子でこちらをじっと見つめてくる。
「ねぇ、聞いた?」
「夜に扇を持った美少女が徘徊してるって話の事だよね?」
気まずい沈黙を破るように、クラスメイトの女子の会話が聞こえてきた。
「そうそう。
何でも噂によると得体の知れない化物と戦ってるらしいよ」
「この平和な世の中に化物と戦うって、ありえない話が気がするけどなー」
「でも最近人が行方不明になる事件が起きてるみたいだし、
夜はあまり出歩かない方がいいかもしれないわね」
得体の知れない化物……か。
「何だ、女子が話してる噂話が気になるのか?」
「いや、何の話をしてるんだろうなって少し思っただけで、何でもないよ」
「そっか。まあただの噂だとしても、夜道は気をつけるに越した事は無いな。
……ってそれより早く購買へ行って、カレー焼きそばパンを買いに行くぞ!」
カレー焼きそばパンとは、今購買で今一番売れているパンの事で、
ブレンドされたカレーパウダーが焼きそばに絶妙に絡みあって、
凄く美味であると学校中の評判になっているのだ。
だが、あの夢を見た後と言う事もあって、
今は行列に並ぶ気力がない。
「俺はまあ売れ残りでいいから、買いに行ったついでに
俺の分も何か買ってきてくれないか?」
「購買まで一緒にいくためにお前を待ってたのに、
それはないだろうー」
雅春は怒り口調で強く抗議してくる。
「そう言われても、俺は今から行くところがあるからな」
「また茜ちゃんのとこに行くのか?」
「またとか言うな。
俺にはちゃんとした理由があるんだぞ」
雅春が言う「茜ちゃん」とは、俺の幼馴染みの上坂 茜の事で、
2歳年下の高校1年生。
去年は俺が高校、茜が中学と別々の学校だったが、
今年の春に茜が同じ高校へと入学してきたのだ。
「そうは言うが、昼休みはほぼ毎日行ってるだろう?
心配なのは分かるが、茜ちゃんにも学校生活があるんだし、
邪魔するのはよくないと思うぜ?」
「念のためだ」
「念のためと言ってもな……。
半月前に休んでた『3日間』に何かあったのか?
それまでも心配はしてたが、そこまでではなかっただろう」
俺はその言葉を聞いて口に出しそうになるが、
唇を噛み締めて言葉を飲み込む。
いくら友達でも、雅春を巻き込む訳にはいかないんだ……。
「何度も言うが、雅春が心配する事は何にもない。
だから気にしないでくれ」
俺はそう言って心配そうな表情を浮かべる
雅春を振り切って、教室を後にする。
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