傘華 -黒き糸-

時谷 創

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第21話 乗り越える力

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「お兄ちゃん……私、助かったの?」

「ああ! 偶然ここに訪れたこの東城様が、
 闇蜘蛛を退治してくださったんだ!」

「その件だが、ここに来たのは偶然じゃないんだ」

俺は人のSOSを感じとる能力を持っていて、
琴音からの助けを聞いて、駆けつけた旨をみんなに話した。

「私の願いが届いたから、と言ってた」

「そう。確かに退治したのは俺だが、
 元は琴音の想う気持ちが、繋がっての事だったんだ」

俺はそう言って琴音に微笑みかけるが、琴音はよく分かってないようで、
ぼーっとこちらを見ている。

「東城様の言う通り、琴音様には感謝しきれない気持ちが大きいです。
 でもご迷惑をおかけした気持ちが大き過ぎて、頭が下がる思いです……。
 どのような処罰が下されても受ける所存です」

「響の処罰はしない」

琴音は自信を持ってそう言い切った。

「ですが、琴音様を裏切り、無関係な方々を巻き込んだのは
 私なので、何もなしでは受け入れられません」

響が肩を落としてそう言うと、琴音は目を瞑ってしばらく考え始めた。

「……なら、巻き込んだ方々を弔いつつ、
 沙耶と一緒に住んで、執事として働くの」

「琴音様……」

琴音の寛大とも言えるその言葉に、響がその場で座り込んで涙を流した。

それを見た沙耶も響に駆け寄り、共に涙を流す。

結果的に解決する事はできたが、怪異のせいで何度このような場面を見てきたか。

2人の泣く声だけが聞こえる間、再び琴音は何かを考えていた。

何か言ってやりたいが思いつかないでいると、琴音がおもむろに口を開く。

「下を向いてたら駄目。前を向いて歩いて行かないと」

琴音の言葉に、俺は正直驚いていた。

琴音は一緒に行動している時も、闇蜘蛛の恐怖に負けないでいたし、
周りの事を真剣に考えている。

琴音が中心となって、響と沙耶も力を合わせれば、
今回の事もきっと乗り越えられる。

その思いが自然に湧いてきて、俺は琴音の頭を優しく撫でた。

「私、子供じゃない」

「まあご褒美のようなものと思って、受け取っておいてくれ」

俺の言葉に、琴音はむすっとした顔をし、響と沙耶はくすっと笑う。

みんなの空気が少し柔いだ事が、俺としても凄く嬉しかった。

「それでは、琴音の言う通りに前へ進むとしますか。
 まず最初にやるべき事は、また怪異が入り込まないように、
 穴を業者に塞いでもらう事だ」

「穴なら、あそこの奧にあります!」

沙耶が指す方向に目を向けてみると、
うっすらと光が漏れている場所が確認できた。

「確かに光が見えるな。一先ず俺が様子を見てくるよ」

琴音から懐中電灯を借りると、俺は穴の方向へと歩いていく。

「誠、前!」

琴音の言葉に俺はふと足を止めると、
細い糸が首元に引っかかりそうになっていた。

「危ない、危ない。闇蜘蛛の糸がまだ残っていたか」

これ以外にもまだ危険が残っている可能性もあるので、
一度気を引き締め直しつつ、傘で糸を振り払う。

「琴音、ありがとう。手伝ってくれた事も含めて、
 何か願いを叶えてやるから考えておいてくれ」
 その言葉を聞いた琴音はこくんと頷き、他に糸がないか確認し始める。

「……大丈夫、他にない」

「OK、それじゃ行ってくる」

警戒感を強めたまま、穴にたどり着くと、
どのような状態になっているかを確認してみる。

穴は闇蜘蛛が壊してできたと言うよりは、
雨風でその部分が風化してできたと言う感じのようだ。

でもこの状態なら塞ぐ事は可能と判断して、
みんながいる場所に戻り、その事を伝える。

「琴音様、業者には私から手配させて頂きます」

響の言葉に琴音が頷くと、すぐ次の指示を出す。

「リビングに戻ったら、誠の手の治療をして」

手の治療か……。

琴音に言われて思い出したが、闇蜘蛛の糸に触れた部分が
火傷の跡みたいになっていた。

「まあ、これくらいの傷は怪異と戦っていればしょっちゅうだし、
 気にしなくていいぞ」

「駄目。それなら私の願い事を使うから、誠は治療を受けて」

琴音はそう言うと、俺に向かって軽く微笑む。

その言動を見て、俺は力以外で琴音と戦ったら軽く負けてしまいそうだと、
手に汗をかいた。

「分かった。それではみんな疲れたと思うし、リビングに戻って体を休めよう」

突然の非日常の出来事にも関わらず、みんな折れずに頑張った。

今は休んで、また明日から考えていけばいい。

そんな言葉を皆にかけながら、ゆっくり地下室を後にしていった。

地下室を出て鉄扉の鍵を閉めると、まず目に飛び込んできたのは、
日光に照らされて、生き生きとした葉をつける木々だった。

豪雨で重々しい印象を受けていたせいもあるが、
その生命の力強さは、俺達に勇気を与えてくれている気がした。

琴音達にも目を向けてみると、みんな同じ事を考えているようで、
顔を合わて共に気持ちを分かち合った。

その後は、雲1つない青空を眺めながら廊下を歩き、リビングへと入っていく。
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