傘華 -黒き糸-

時谷 創

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第3話 着物姿の少女と執事服の少年

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中に入ると、そこは大きな玄関フロアとなっていた。

正面の壁には大きな古時計が掛けられており、その前に男女二人の姿があった。

1人は先ほどの声の主と思われる着物姿の黒髪少女、もう1人は、
こちらに向けて優しく微笑む執事服を着た少年だった。

突然訪れた豪華な世界に圧倒されながらも、左右を見渡してみると、
左手にはウォークインクローゼットが、右手にはリビングらしき広間が
確認できる。

執事服の少年はと言うと俺より少し下の18歳くらい、
着物姿の少女はそれよりも若いので15、6歳くらいだろうか。

「雨に降られて体が冷えている事でしょう。
 遠慮せずリビングまでお入りください」

執事服の少年が笑みを浮かべながら勧めてくれるので、
言う事に従ってリビングの中へと足を踏み入れる。

「マジか」

玄関で圧倒されたばかりだが、リビングに入るとそう本音をこぼしてしまう。

まず目に飛びこんで来たのは、いかにも「当主」と言った感じで描かれている
男性の肖像画だった。

白髪で齢80歳くらいと思われるが、背筋をピシッとした状態で
前を見据えており、蓄えた髭がより一層の貫禄を漂わせている。

また部屋の中央には豪邸拝見に出てくるような10人掛けの長いテーブルが、
天井には神秘的な光で部屋を照らすシャンデリアが吊り下げられていた。

「これまた凄い豪華さですね……」

「そちらの肖像は柊家当主である柊 正親(ひいらぎ まさちか)様で、
 お嬢様は正親様の孫に当たります」

着物姿の少女に目を向けてみると、肖像画の当主と同じく背筋を
ビシッとした状態でこちらを真っ直ぐ見つめてくる。

その瞳はまるで何かを見透かすような力強さを感じたため、
反射的に会釈をして部屋の奥に目を向ける。

「そちらには、キッチンと衝立の向こうには簡易の着替えスペースがございます。
 奥の扉から向こうはプライベートスペースになりますので、
 立ち入りはご遠慮願います」

「分かりました。そこまで無作法な事をするつもりはないので、大丈夫です。
 それより、俺みたいな見ず知らずの人間を上げもよかったのですか?
 もしかしたら、逃亡してきた犯罪者って可能性もありますし」

「あなたは、そんな人じゃないから」

着物姿の少女は短い言葉ながらも、キッパリそう言い切った。

それを聞いて俺は少し驚いたが、彼女の言葉にはどこか説得力があったし、
危険性が無いと判断された方が動きやすいので、
ここは敢えて何も言わない事にした。

「琴音様が仰るなら、もちろん私もお客様として歓迎致します。
 肩の力を抜いて気軽におくつろぎください」

「言葉使いも普通で結構ですよ」と少年が付け加えて、
 笑顔でタオルを手渡してくれる。

「そう言う事なら失礼のない範囲で、話させてもらおうかな」

タオルで頭を拭きつつ、響の後をついていく。

「まだ名乗ってなかったですね。私は伏見 響(ふしみ ひびき)、
 琴音様の家で執事をさせて頂いております」

執事服の少年が名乗ると、少女に手を差し伸べて椅子に腰掛けさせる。

「こちらは柊 琴音(ひいらぎ ことね)様。先程申し上げた通り、
 この辺りの地主である『柊家』のお嬢様で、寡黙ながらも、
 温かみ溢れる心遣いで、皆から慕われております」

響の言葉は少し大げさな感じもしたが、真剣な面持ちお辞儀をする響の姿からは、
「本当にお嬢様を慕っている」と言う気持ちが伝わってきた。

「柊 琴音さんに、伏見 響さんですね」

「琴音で良い」

いやいや、言葉に説得力があったとしても、それはまずいって。

「さすがにお世話になる人を呼び捨てするのは抵抗が」

「……」

無言でじっと見られても困るが、本人がそう言うなら問題ないか。

「……分かった。琴音、だな。雨が止むまでの間お世話になります」

琴音は少し、いやかなり変わっているが、振舞いや口調からは
良家の品格が伝わってくる。

この二人が柊家の人間を演じている可能性も少し考えたが、そこは大丈夫そうだ。

今の所不審な点は見られないので、響の勧めに従ってゆっくり椅子に腰かける。

「えっと俺の名前は、東城 誠(とうじょう まこと)。
 友人を訪ねるために山道を歩いていたんだけど、
 途中で集中豪雨に見舞われて、この通り雨宿りに来たって感じかな」

「それは災難でしたね。実は私達も車で駅に向かおうとしていたのですが、
 突然集中豪雨に見舞われて、この別荘に避難したんです。
 この辺りは雨が降ると道がぬかるみに嵌って動けなくなるので、
 何とか辿り付く事が出来たのは不幸中の幸いですね」

車の通行が危険なのは予想通りだが、「突然集中豪雨に見舞われて」か。

朝天気を調べた時、昨日は晴天になっていたし、集中豪雨は起きたのは今日だ。

となると、駐車場に止まっていた車のタイヤが汚れていてもおかしくないのに、
綺麗な状態のままだった。

でも「ぬかるみができる前に辿り着いたから」と言われたら、
それ以上は追求できないので、今は動くべきではないな。

そのような事を考えながら、ふと机の下に目を向けてみると、
床に灰のようなものが残されていた。
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