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第四十四話 これが必要だったのです
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『決闘裁判』の前日。珍しい人物がイリスの屋敷をたずねてきた。
「僕も、暇では無いのだがな。今日はたまたま非番だから! たまたま休みだっただけだから!」
言い訳のように言葉を重ねるのは、大書庫の筆頭司書、イクサウディだった。いつもの白い衣装は制服なのか、今日は灰色のローブっぽい地味な服を着ている。
「……はあ。それで? 今日は一体何の用だというのです? 私も明日の準備で暇ではないのです。ディ」
「あのな! お前が『儀式』に必要な魔法陣の詳細が欲しいって手紙よこしたから、僕がこうして来てやったんだ! それをその態度はなんだ、シー!」
「ああ、確かにそんな手紙を出しましたね。一週間以上前に。それがどうして、こんなに遅くなるのです? ディ」
シーモスとイクサウディの仲は、相変わらずのようだ。整えたばかりの爪を眺めながら適当に話すシーモスと、ますますヒートアップするイクサウディは玄関ホールでやり合っている。
「……まあまあ。積もる話はお部屋でしよう? イクサウディくん、わざわざお家まで来てくれて、ありがとう!」
二人に割って入ったイリスが、にこやかにイクサウディに笑いかける。
「あ、その……イリス様。いえ、礼にはおよびません。たまたま非番だったので。それ以外の理由はないので」
イリスに答えながら、イクサウディはきょろきょろと眼で何かを探している。
珍しい客を野次馬根性で見に来た泰樹は、ふっと微笑んだ。
「アイツなら、今頃お茶の用意してっから。さっさと応接間に行こうぜ」
「は? べ、別に僕は誰かに会いに来たわけじゃ、な、ないし!」
顔を真っ赤にして照れる、イクサウディの魂胆は見え見えである。あわよくば、アルダーの顔を見たいのだ。
「……ふっ」
シーモスが、ニヨニヨとなんとも言えない笑みを浮かべる。ライバル?の弱みを握ったのが、楽しくて仕方が無いようだ。
一同が応接間に向かうと、そこにはすでにお茶の支度を調えたアルダーとシャルが待っていた。
「お茶は召し上がりますか? イクサウディ殿」
ソファにかけたイクサウディに向かって、アルダーが静かに問いかける。
それだけで、イクサウディはほうっと放心している。ホントに解りやすいな、コイツ。泰樹は心密かにそう思う。
「……アルダー様、は、私の、護衛、です」
またしても勝ち誇るシーモス。それを、きっ!とイクサウディはにらみつける。
「解ってる! 何度も言うな! ……あ、あのっ……お茶、いただきます……」
アルダーには消え入りそうな言葉を返して、イクサウディはうつむいた。
「イリス様とタイキは? お茶と菓子、どうする?」
貰ったばかりのお仕着せ姿のシャルが、ティーセットと茶菓子の載ったテーブルの前でたずねる。
奴隷としてイリスの屋敷に勤めるようになったシャルは、けじめとして魔の者たちを『様』をつけて呼ぶようになった。泰樹だけはなぜだかそのままで呼ばれているが、本人は気にしていない。
「僕はお茶もお菓子も欲しい。ちょうだいー!」
「俺もー!」
「はいはい」
菓子を待ちきれない子供のようなイリスと泰樹を前に、シャルは手際よくお茶を用意する。
「シャル、返事は1回でいい」
「はい。すみません。アルダー様」
この家の奴隷になって、シャルはアルダーの言うことをよく聞いていた。アルダーの真面目な仕事ぶりに、感じるところがあったのだろう。その様子を見ていると、主人と奴隷と言うより師匠と弟子みたいだけどなーと泰樹は思う。
「それでは早速。魔法陣を下さい。ディ」
アルダーが客にお茶を出すのを待たずに、シーモスは告げた。
「ああ。僕も野暮用はさっさと済ませたい。僕の中から魔法陣を引き写せ、シー」
「それでは、私の手を取って下さい。それから魔法陣を詳細に思い浮かべて下さい」
イクサウディは、言われたとおりに手を差し出す。シーモスは右手でその手を取って、静かに呪文を唱え始めた。
「『王よ。運命と記録の麗しき女王よ、記憶の紡ぎ手よ。植物と紙の王、黒インクの主よ。この者の記憶の糸を手繰り、我が手に下せ……』」
呪文と共に。シーモスの左手に光が集まって、それがゆっくりと紙の形になっていく。
それにはすでに、詳細な魔法陣が描かれていた。
「……ああ、これです。これが必要だったのです。これだけ精密ならば、本番用も問題なく描けるでしょう」
魔法陣のコピーが終わると、シーモスはぱっとイクサウディの手を放した。
イクサウディも、触れられた手のひらを服でぬぐっている。
「さて、用事はお済みですね? さっさとお帰り下さい。ディ」
シーモスはイクサウディを追い払うように、さっと手を振る。それを憎々しげににらみつけたイクサウディが、歯がみしながら叫んだ。
「お前に言われなくても、お茶をいただいたらすぐ帰るさ! だが、その前に『儀式』の決行の日を教えろ。僕も『儀式』が見たいからな、シー」
「ふむ」
シーモスは少し考え込むように眼を伏せて、唇に指先を当てた。
「……決行は、明日『決闘裁判』に勝ってから。一週間のちの、深夜にいたしましょう」
「僕も、暇では無いのだがな。今日はたまたま非番だから! たまたま休みだっただけだから!」
言い訳のように言葉を重ねるのは、大書庫の筆頭司書、イクサウディだった。いつもの白い衣装は制服なのか、今日は灰色のローブっぽい地味な服を着ている。
「……はあ。それで? 今日は一体何の用だというのです? 私も明日の準備で暇ではないのです。ディ」
「あのな! お前が『儀式』に必要な魔法陣の詳細が欲しいって手紙よこしたから、僕がこうして来てやったんだ! それをその態度はなんだ、シー!」
「ああ、確かにそんな手紙を出しましたね。一週間以上前に。それがどうして、こんなに遅くなるのです? ディ」
シーモスとイクサウディの仲は、相変わらずのようだ。整えたばかりの爪を眺めながら適当に話すシーモスと、ますますヒートアップするイクサウディは玄関ホールでやり合っている。
「……まあまあ。積もる話はお部屋でしよう? イクサウディくん、わざわざお家まで来てくれて、ありがとう!」
二人に割って入ったイリスが、にこやかにイクサウディに笑いかける。
「あ、その……イリス様。いえ、礼にはおよびません。たまたま非番だったので。それ以外の理由はないので」
イリスに答えながら、イクサウディはきょろきょろと眼で何かを探している。
珍しい客を野次馬根性で見に来た泰樹は、ふっと微笑んだ。
「アイツなら、今頃お茶の用意してっから。さっさと応接間に行こうぜ」
「は? べ、別に僕は誰かに会いに来たわけじゃ、な、ないし!」
顔を真っ赤にして照れる、イクサウディの魂胆は見え見えである。あわよくば、アルダーの顔を見たいのだ。
「……ふっ」
シーモスが、ニヨニヨとなんとも言えない笑みを浮かべる。ライバル?の弱みを握ったのが、楽しくて仕方が無いようだ。
一同が応接間に向かうと、そこにはすでにお茶の支度を調えたアルダーとシャルが待っていた。
「お茶は召し上がりますか? イクサウディ殿」
ソファにかけたイクサウディに向かって、アルダーが静かに問いかける。
それだけで、イクサウディはほうっと放心している。ホントに解りやすいな、コイツ。泰樹は心密かにそう思う。
「……アルダー様、は、私の、護衛、です」
またしても勝ち誇るシーモス。それを、きっ!とイクサウディはにらみつける。
「解ってる! 何度も言うな! ……あ、あのっ……お茶、いただきます……」
アルダーには消え入りそうな言葉を返して、イクサウディはうつむいた。
「イリス様とタイキは? お茶と菓子、どうする?」
貰ったばかりのお仕着せ姿のシャルが、ティーセットと茶菓子の載ったテーブルの前でたずねる。
奴隷としてイリスの屋敷に勤めるようになったシャルは、けじめとして魔の者たちを『様』をつけて呼ぶようになった。泰樹だけはなぜだかそのままで呼ばれているが、本人は気にしていない。
「僕はお茶もお菓子も欲しい。ちょうだいー!」
「俺もー!」
「はいはい」
菓子を待ちきれない子供のようなイリスと泰樹を前に、シャルは手際よくお茶を用意する。
「シャル、返事は1回でいい」
「はい。すみません。アルダー様」
この家の奴隷になって、シャルはアルダーの言うことをよく聞いていた。アルダーの真面目な仕事ぶりに、感じるところがあったのだろう。その様子を見ていると、主人と奴隷と言うより師匠と弟子みたいだけどなーと泰樹は思う。
「それでは早速。魔法陣を下さい。ディ」
アルダーが客にお茶を出すのを待たずに、シーモスは告げた。
「ああ。僕も野暮用はさっさと済ませたい。僕の中から魔法陣を引き写せ、シー」
「それでは、私の手を取って下さい。それから魔法陣を詳細に思い浮かべて下さい」
イクサウディは、言われたとおりに手を差し出す。シーモスは右手でその手を取って、静かに呪文を唱え始めた。
「『王よ。運命と記録の麗しき女王よ、記憶の紡ぎ手よ。植物と紙の王、黒インクの主よ。この者の記憶の糸を手繰り、我が手に下せ……』」
呪文と共に。シーモスの左手に光が集まって、それがゆっくりと紙の形になっていく。
それにはすでに、詳細な魔法陣が描かれていた。
「……ああ、これです。これが必要だったのです。これだけ精密ならば、本番用も問題なく描けるでしょう」
魔法陣のコピーが終わると、シーモスはぱっとイクサウディの手を放した。
イクサウディも、触れられた手のひらを服でぬぐっている。
「さて、用事はお済みですね? さっさとお帰り下さい。ディ」
シーモスはイクサウディを追い払うように、さっと手を振る。それを憎々しげににらみつけたイクサウディが、歯がみしながら叫んだ。
「お前に言われなくても、お茶をいただいたらすぐ帰るさ! だが、その前に『儀式』の決行の日を教えろ。僕も『儀式』が見たいからな、シー」
「ふむ」
シーモスは少し考え込むように眼を伏せて、唇に指先を当てた。
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