10 / 73
第十話 光栄です
しおりを挟む
「……昨晩はお休みの所に押しかけてしまって、申し訳ございませんでした。タイキ様」
イリスと二人で午後の軽い食事をとっていると、黒い魔獣を伴って何食わぬ顔でシーモスがやって来た。
「……」
不信感をあらわにした泰樹は、じとりとした眼でにこやかなシーモスを見つめる。
「シーモス! え、あの後タイキの所に行ったの?」
「はい。少々懸案事項がございまして。お邪魔いたしました」
きょとんと首をかしげるイリス。そんな彼に、シーモスは真実では無いが嘘でも無い、微妙な言葉を並べて説明する。
「タイキは疲れてたんだから、邪魔しちゃダメだよー」
「はい。今後は、タイキ様の同意をいただいてから参ります」
シーモスがちらりと泰樹に向けた視線が、『イリス様には内密に』と告げているような気がする。
イリスは確かに子供っぽい所があって、性的な接触というモノにも馴れてはいないようだ。同性が着替えのために服を脱ぐことだけでも、恥ずかしそうにしていたくらいだ。
何より、まさか深夜の訪問が夜這いを目的としたモノとは、泰樹だって口には出せない。
「……俺は、もうアンタに『献血』はしねーから」
「そうですか……それは残念です」
あっさりとシーモスは、引き下がった。そのあっけない反応に、泰樹は肩透かしを食らう。
「その内、タイキ様が喜んで『献血』をご承知いただけるように、私、誠心誠意努力いたしますね?」
――あ、コイツ、自重する気はねえな。
笑顔のシーモスに何かを察した泰樹は、唇を引きつらせた。
「所でイリス様。嗜好品はほどほどになさって下さいね。ちゃんと『お食事』もお摂り下さい」
テーブルに並べられた、サンドイッチやら菓子やらの『食事』を見渡して、シーモスは言う。それが、泰樹には不思議だった。
「……うん。わかってる。でも、美味しいんだもの……普通の人のご飯は」
しょんぼりと、イリスはうな垂れる。
ああ、そうか。幻魔とやらであるイリスにとっては、普通の食事はタバコみたいなモノなのか。
吸ったら美味く感じるが、栄養は無い。タバコだけ吸っていては、生きていけない。
「……何となくわかるぜ、その気持ち。俺もタバコは止めるの、苦労したからなー」
「タイキも栄養にならないモノ、食べてたの?」
イリスは顔を上げて、小首をかしげた。
「俺の場合は『吸ってた』だけどな。一仕事終えての一服は、そりゃ美味かったなあ。でも、タバコは子供らに良くねえからな。だから止めた」
「……僕も止めた方がいい?」
しょんぼりとたずねるイリスに、泰樹は柔らかな笑みを向ける。
「いや。誰かに害があるーとかでなければ、そのままで良いんじゃねえか? だって、美味さは感じるんだろ? ちゃんと栄養もとれば問題ないだろ」
「そっか。……うん! ちゃんと栄養もとるね!」
素直にうなずくイリスは、とても人を食べる魔の者とやらには見えない。
泰樹が笑うと、イリスもにこにことと笑みを浮かべる。その笑顔を見ていると、泰樹はなぜだか気持ちが優しくなっていくのを感じる。
「それではイリス様、早速『お食事』をご用意いたしますね」
「うん。でも、もうちょっとだけ、普通のご飯を食べてからにする」
かしこまって答えるシーモスは、イリスの秘書か何かのように見える。この二人は結局どんな関係なのだろう?
それが、ふと気になって泰樹は訊ねた。
「なあ、アンタたちって、どう言う関係なんだ?」
「どう言う関係?」
「あー、例えば、雇い人と雇われ人、とか、友達とか、恋人とか……」
「友達だよ!」
イリスから、元気よく即答が返ってくる。
「光栄です、イリス様」
「シーモスはね、とっても大事な友達だよ!」
イリスの真っ直ぐな言葉に、シーモスはまぶしそうに眼鏡の奥の瞳を細めた。
「ふふふ。魔人はそもそも幻魔様方によって選ばれた者が大半です。ですが私は、魔法の使いすぎによって魔に染まり、魔人となりました。私は主を持たぬ者。有力な、どなたかの庇護が必要でした。イリス様は魔人を持たぬ幻魔様。日常的に、身の回りのお世話をする者が必要でした。それで、私たちは共に互いを補い合うことを決めたのです」
「ふうん。なるほどな。何だか持ちつ持たれつってヤツなんだな、二人は。あ、でも、イリスが魔人を持たないって何でだ?」
泰樹が訊ねた素朴な疑問に、イリスは困ったような表情を浮かべて答える。
「幻魔が作った魔人はね、幻魔の言うことは絶対なの。どんな命令でも聞かなきゃいけないから。例えば、『死んじゃえ』って言われたら死ななきゃいけない。でも、そう言うのあんまり好きじゃ無い。だから、僕は魔人を作ったことが無いの」
「そっか。そう言うことか……優しいんだな、イリスは」
泰樹は、イリスやシーモス以外の魔の者を知らない。それでも、わかった。こんなに優しく繊細な魔の者は他にはいないのだろうと。
「……やっぱ、ここに落ちてラッキーだったよ。俺は」
改めてうれしそうに笑う泰樹に、イリスは顔を輝かせる。
「えっと、えっとね……それなら、僕をなでなでしても良いんだよ? タイキ!」
遠慮がちに頭を差し出してくるイリスを、泰樹は思いっきり撫でてやった。
イリスと二人で午後の軽い食事をとっていると、黒い魔獣を伴って何食わぬ顔でシーモスがやって来た。
「……」
不信感をあらわにした泰樹は、じとりとした眼でにこやかなシーモスを見つめる。
「シーモス! え、あの後タイキの所に行ったの?」
「はい。少々懸案事項がございまして。お邪魔いたしました」
きょとんと首をかしげるイリス。そんな彼に、シーモスは真実では無いが嘘でも無い、微妙な言葉を並べて説明する。
「タイキは疲れてたんだから、邪魔しちゃダメだよー」
「はい。今後は、タイキ様の同意をいただいてから参ります」
シーモスがちらりと泰樹に向けた視線が、『イリス様には内密に』と告げているような気がする。
イリスは確かに子供っぽい所があって、性的な接触というモノにも馴れてはいないようだ。同性が着替えのために服を脱ぐことだけでも、恥ずかしそうにしていたくらいだ。
何より、まさか深夜の訪問が夜這いを目的としたモノとは、泰樹だって口には出せない。
「……俺は、もうアンタに『献血』はしねーから」
「そうですか……それは残念です」
あっさりとシーモスは、引き下がった。そのあっけない反応に、泰樹は肩透かしを食らう。
「その内、タイキ様が喜んで『献血』をご承知いただけるように、私、誠心誠意努力いたしますね?」
――あ、コイツ、自重する気はねえな。
笑顔のシーモスに何かを察した泰樹は、唇を引きつらせた。
「所でイリス様。嗜好品はほどほどになさって下さいね。ちゃんと『お食事』もお摂り下さい」
テーブルに並べられた、サンドイッチやら菓子やらの『食事』を見渡して、シーモスは言う。それが、泰樹には不思議だった。
「……うん。わかってる。でも、美味しいんだもの……普通の人のご飯は」
しょんぼりと、イリスはうな垂れる。
ああ、そうか。幻魔とやらであるイリスにとっては、普通の食事はタバコみたいなモノなのか。
吸ったら美味く感じるが、栄養は無い。タバコだけ吸っていては、生きていけない。
「……何となくわかるぜ、その気持ち。俺もタバコは止めるの、苦労したからなー」
「タイキも栄養にならないモノ、食べてたの?」
イリスは顔を上げて、小首をかしげた。
「俺の場合は『吸ってた』だけどな。一仕事終えての一服は、そりゃ美味かったなあ。でも、タバコは子供らに良くねえからな。だから止めた」
「……僕も止めた方がいい?」
しょんぼりとたずねるイリスに、泰樹は柔らかな笑みを向ける。
「いや。誰かに害があるーとかでなければ、そのままで良いんじゃねえか? だって、美味さは感じるんだろ? ちゃんと栄養もとれば問題ないだろ」
「そっか。……うん! ちゃんと栄養もとるね!」
素直にうなずくイリスは、とても人を食べる魔の者とやらには見えない。
泰樹が笑うと、イリスもにこにことと笑みを浮かべる。その笑顔を見ていると、泰樹はなぜだか気持ちが優しくなっていくのを感じる。
「それではイリス様、早速『お食事』をご用意いたしますね」
「うん。でも、もうちょっとだけ、普通のご飯を食べてからにする」
かしこまって答えるシーモスは、イリスの秘書か何かのように見える。この二人は結局どんな関係なのだろう?
それが、ふと気になって泰樹は訊ねた。
「なあ、アンタたちって、どう言う関係なんだ?」
「どう言う関係?」
「あー、例えば、雇い人と雇われ人、とか、友達とか、恋人とか……」
「友達だよ!」
イリスから、元気よく即答が返ってくる。
「光栄です、イリス様」
「シーモスはね、とっても大事な友達だよ!」
イリスの真っ直ぐな言葉に、シーモスはまぶしそうに眼鏡の奥の瞳を細めた。
「ふふふ。魔人はそもそも幻魔様方によって選ばれた者が大半です。ですが私は、魔法の使いすぎによって魔に染まり、魔人となりました。私は主を持たぬ者。有力な、どなたかの庇護が必要でした。イリス様は魔人を持たぬ幻魔様。日常的に、身の回りのお世話をする者が必要でした。それで、私たちは共に互いを補い合うことを決めたのです」
「ふうん。なるほどな。何だか持ちつ持たれつってヤツなんだな、二人は。あ、でも、イリスが魔人を持たないって何でだ?」
泰樹が訊ねた素朴な疑問に、イリスは困ったような表情を浮かべて答える。
「幻魔が作った魔人はね、幻魔の言うことは絶対なの。どんな命令でも聞かなきゃいけないから。例えば、『死んじゃえ』って言われたら死ななきゃいけない。でも、そう言うのあんまり好きじゃ無い。だから、僕は魔人を作ったことが無いの」
「そっか。そう言うことか……優しいんだな、イリスは」
泰樹は、イリスやシーモス以外の魔の者を知らない。それでも、わかった。こんなに優しく繊細な魔の者は他にはいないのだろうと。
「……やっぱ、ここに落ちてラッキーだったよ。俺は」
改めてうれしそうに笑う泰樹に、イリスは顔を輝かせる。
「えっと、えっとね……それなら、僕をなでなでしても良いんだよ? タイキ!」
遠慮がちに頭を差し出してくるイリスを、泰樹は思いっきり撫でてやった。
10
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる