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第十話 光栄です

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「……昨晩はお休みの所に押しかけてしまって、申し訳ございませんでした。タイキ様」

イリスと二人で午後の軽い食事をとっていると、黒い魔獣を伴って何食わぬ顔でシーモスがやって来た。

「……」

 不信感をあらわにした泰樹たいきは、じとりとした眼でにこやかなシーモスを見つめる。

「シーモス! え、あの後タイキの所に行ったの?」
「はい。少々懸案けんあん事項がございまして。お邪魔いたしました」

 きょとんと首をかしげるイリス。そんな彼に、シーモスは真実では無いが嘘でも無い、微妙な言葉を並べて説明する。

「タイキは疲れてたんだから、邪魔しちゃダメだよー」
「はい。今後は、タイキ様の同意をいただいてから参ります」

 シーモスがちらりと泰樹に向けた視線が、『イリス様には内密に』と告げているような気がする。
 イリスは確かに子供っぽい所があって、性的な接触というモノにも馴れてはいないようだ。同性が着替えのために服を脱ぐことだけでも、恥ずかしそうにしていたくらいだ。
 何より、まさか深夜の訪問が夜這よばいを目的としたモノとは、泰樹だって口には出せない。

「……俺は、もうアンタに『献血』はしねーから」
「そうですか……それは残念です」

 あっさりとシーモスは、引き下がった。そのあっけない反応に、泰樹は肩透かしを食らう。

「その内、タイキ様が喜んで『献血』をご承知いただけるように、わたくし、誠心誠意努力いたしますね?」

 ――あ、コイツ、自重する気はねえな。

 笑顔のシーモスに何かを察した泰樹は、唇を引きつらせた。

「所でイリス様。嗜好品はほどほどになさって下さいね。ちゃんと『お食事』もおり下さい」

 テーブルに並べられた、サンドイッチやら菓子やらの『食事』を見渡して、シーモスは言う。それが、泰樹には不思議だった。

「……うん。わかってる。でも、美味しいんだもの……普通の人のご飯は」

 しょんぼりと、イリスはうな垂れる。
 ああ、そうか。幻魔とやらであるイリスにとっては、普通の食事はタバコみたいなモノなのか。
 吸ったら美味く感じるが、栄養は無い。タバコだけ吸っていては、生きていけない。

「……何となくわかるぜ、その気持ち。俺もタバコは止めるの、苦労したからなー」
「タイキも栄養にならないモノ、食べてたの?」

 イリスは顔を上げて、小首をかしげた。

「俺の場合は『吸ってた』だけどな。一仕事終えての一服は、そりゃ美味かったなあ。でも、タバコは子供らに良くねえからな。だから止めた」
「……僕も止めた方がいい?」

 しょんぼりとたずねるイリスに、泰樹は柔らかな笑みを向ける。

「いや。誰かに害があるーとかでなければ、そのままで良いんじゃねえか? だって、美味さは感じるんだろ? ちゃんと栄養もとれば問題ないだろ」
「そっか。……うん! ちゃんと栄養もとるね!」

 素直にうなずくイリスは、とても人を食べる魔の者とやらには見えない。
 泰樹が笑うと、イリスもにこにことと笑みを浮かべる。その笑顔を見ていると、泰樹はなぜだか気持ちが優しくなっていくのを感じる。

「それではイリス様、早速『お食事』をご用意いたしますね」
「うん。でも、もうちょっとだけ、普通のご飯を食べてからにする」

 かしこまって答えるシーモスは、イリスの秘書か何かのように見える。この二人は結局どんな関係なのだろう?
 それが、ふと気になって泰樹はたずねた。

「なあ、アンタたちって、どう言う関係なんだ?」
「どう言う関係?」
「あー、例えば、雇い人と雇われ人、とか、友達とか、恋人とか……」
「友達だよ!」

 イリスから、元気よく即答が返ってくる。

「光栄です、イリス様」
「シーモスはね、とっても大事な友達だよ!」

 イリスの真っ直ぐな言葉に、シーモスはまぶしそうに眼鏡の奥の瞳を細めた。

「ふふふ。魔人はそもそも幻魔様方によって選ばれた者が大半です。ですが私は、魔法の使いすぎによって魔に染まり、魔人となりました。私は主を持たぬ者。有力な、どなたかの庇護が必要でした。イリス様は魔人を持たぬ幻魔様。日常的に、身の回りのお世話をする者が必要でした。それで、私たちは共に互いを補い合うことを決めたのです」
「ふうん。なるほどな。何だか持ちつ持たれつってヤツなんだな、二人は。あ、でも、イリスが魔人を持たないって何でだ?」

 泰樹が訊ねた素朴な疑問に、イリスは困ったような表情を浮かべて答える。

「幻魔が作った魔人はね、幻魔の言うことは絶対なの。どんな命令でも聞かなきゃいけないから。例えば、『死んじゃえ』って言われたら死ななきゃいけない。でも、そう言うのあんまり好きじゃ無い。だから、僕は魔人を作ったことが無いの」
「そっか。そう言うことか……優しいんだな、イリスは」

 泰樹は、イリスやシーモス以外の魔の者を知らない。それでも、わかった。こんなに優しく繊細な魔の者は他にはいないのだろうと。

「……やっぱ、ここに落ちてラッキーだったよ。俺は」

 改めてうれしそうに笑う泰樹に、イリスは顔を輝かせる。

「えっと、えっとね……それなら、僕をなでなでしても良いんだよ? タイキ!」

 遠慮がちに頭を差し出してくるイリスを、泰樹は思いっきり撫でてやった。
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