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第四話 私も初耳でございます
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泰樹が寝かされていた客間に、イリスと二人で戻ってくる。
そこには、シーモスと名乗った眼鏡の男が待っていた。
「お帰りなさいませ。イリス様、タイキ様。お茶の支度が調っておりますよ」
シーモスはにこやかに、布のかけられたテーブルの上を指し示す。そこには確かに、色とりどりの菓子類とポットやらカップやらが並んでいた。
「ありがとー! シーモス。さあ、まずはお茶でも飲んで、一息つこう。タイキくん」
昼休憩前に空へ放り出された泰樹は、思わず腹の辺りを押さえた。腹の虫が鳴き出すほどでは無いが、空腹は感じる。有り難くご馳走になることにする。
テーブルに向かいかけて、泰樹はふと足を止めた。テーブルの足下になにか、いる。
「シーモス、アルダーくんは?」
「アルダー様は、一足お先にお昼を召し上がってらっしゃいますよ。ほら」
シーモスが示した先には、大きな獣が一匹、床に置かれた皿から餌を食べていた。
ピンと尖った耳、真っ黒な毛で覆われた筋肉質な身体。いかにも走ることが得意そうな、太い足、丸い紫の眼と長く伸びた鼻面は紛れもなく、犬科の動物に見える。
「……ひっ!?」
泰樹は息を飲んだ。
昔、ガキの頃。近所で飼われていた、でかい犬に追いかけられてから、どうも犬は苦手だ。とくに、こんなに大きく厳ついヤツは。
青い顔をして、テーブルに近づけずにいる泰樹に、イリスはきょとんとした表情を向ける。
「どうしたの? タイキくん」
「い、いや、そのっ……俺、は……犬が、そのっ!」
「もしや、タイキ様は『犬』が苦手なのでございますか?」
シーモスが、ずばりと痛い所を突いてくる。
「ああ、それなら大丈夫。アルダーくんは犬じゃないもの」
「はあ?! どう見ても犬だろ??」
それも、かなりでかい。泰樹は恐怖から、じりじりとテーブルから距離を取る。
「いいえ。アルダー様は『犬』ではなく、『魔獣』でございますよ」
アルダー様と呼んだ黒い犬の頭を、慣れた手つきで撫でながらシーモスは言った。
「ま、魔獣?!」
「驚かれましたか? 貴方も、小型の魔獣などならご覧になったこともお有りでしょう?」
「いや、無い……」
「左様でございますか。もっとも、この方は生まれながらの魔獣ではございませんし、無闇矢鱈に他者に噛みついたりはなさりません。私の護衛をつとめていただいております」
コイツはなんで、飼い犬?にまでもったいぶって話すんだ?
いや、ツッコミ所はそこじゃ無い。
――『魔獣』。魔獣ってのは何だ?!
「なあ、『魔獣』ってのは何なんだ? 俺の住んでた場所じゃ、そんなモノはいなかった……」
「へえ。魔獣がいない国なんてのも、あるんだねー」
感心したように、イリスが首をかしげる。
「小型の魔獣もいらっしゃらないと? ふむ。それは珍しい地域でございますね。『魔獣』は、身体に魔力をため込む性質のある獣でございます。只の獣より優れた身体や、特殊な能力を持っております。そのために人びとは『魔獣』を狩って武器や装飾品、魔具を作ります」
この地域で、『魔獣』と言うのはそんなに一般的なモノなのだろうか。それに、『魔力』とは、『魔具』とは?
理解できない単語ばかりで、泰樹の顔に、大きな?が浮かぶ。
「そのお顔は、説明に納得しておられないようですね。『ソトビト』でらっしゃるタイキ様でも、魔具の噂くらいはお耳に届いてらっしゃるのでは?」
「いや、知らない。アンタの言ってることが全然解んねえ……そもそも『ソトビト』ってのが何なんだ?」
「『ソトビト』はね、この島の外に住んでるヒトたちの事だよ! 君もそこから来たんでしょう? どこから来たのかな? ヴァローナ? グラナート? それともアスール?」
嬉しそうに、国名を上げていくイリス。彼が言う国に一つも聞き覚えが無い。
「いや、俺は日本から……ここに来た」
「ニホン? 初めて聞く名前! どんな国なの? シーモスは聞いたことある?」
「いいえ、イリス様。私も初耳でございます」
地球上に住んでいて、日本を知らないなんてことが、あるのか? 泰樹は慌てて言いつのる。
「えーと、日本で通じなければジャパンとか、ニッポンとか……とにかく! 俺はそこで働いてて……落っこちたんだ。60m位のとこから!」
「60めーとる? めーとるってなに? それって高いところなの?」
「mって言うのは長さの単位だよ! あーここではインチとか使うのか? 外国だからなー。ははは……」
泰樹の乾いた笑いに、イリスはきょとんとした顔で「いんち?」と、微笑んだ。
――嘘だと言って欲しい。ここはどこか地球上にある珍しい外国で、今は西暦2022年で、飛行機に乗れば日本に帰れるのだと。
「長さの単位って何だっけ?」
「『方舟』では、リーネでございますね」
「そうそう! 1リーネはこの位ー」
イリスはこれくらい、と腕を広げてみせる。
泰樹にも少しずつ解ってきた。多分ここは、自分が知っている世界では無いのだ。
現代の地球には、ドラゴンに姿を変える人間など存在しない。そもそも、ドラゴン自体があり得ない。一瞬で知らない言葉がわかるようになったりもしないし、魔獣もいない。
「……なあ、ここは、どこなんだよ……」
「どこって……『方舟』だよ?」
「違う……そんなんじゃ無くて……ここは地球なのかって事だよ……!!」
焦りと不安で叫びだした泰樹に驚いたように、イリスは目を丸くした。
「……ちきゅう? ……って、なあに?」
そこには、シーモスと名乗った眼鏡の男が待っていた。
「お帰りなさいませ。イリス様、タイキ様。お茶の支度が調っておりますよ」
シーモスはにこやかに、布のかけられたテーブルの上を指し示す。そこには確かに、色とりどりの菓子類とポットやらカップやらが並んでいた。
「ありがとー! シーモス。さあ、まずはお茶でも飲んで、一息つこう。タイキくん」
昼休憩前に空へ放り出された泰樹は、思わず腹の辺りを押さえた。腹の虫が鳴き出すほどでは無いが、空腹は感じる。有り難くご馳走になることにする。
テーブルに向かいかけて、泰樹はふと足を止めた。テーブルの足下になにか、いる。
「シーモス、アルダーくんは?」
「アルダー様は、一足お先にお昼を召し上がってらっしゃいますよ。ほら」
シーモスが示した先には、大きな獣が一匹、床に置かれた皿から餌を食べていた。
ピンと尖った耳、真っ黒な毛で覆われた筋肉質な身体。いかにも走ることが得意そうな、太い足、丸い紫の眼と長く伸びた鼻面は紛れもなく、犬科の動物に見える。
「……ひっ!?」
泰樹は息を飲んだ。
昔、ガキの頃。近所で飼われていた、でかい犬に追いかけられてから、どうも犬は苦手だ。とくに、こんなに大きく厳ついヤツは。
青い顔をして、テーブルに近づけずにいる泰樹に、イリスはきょとんとした表情を向ける。
「どうしたの? タイキくん」
「い、いや、そのっ……俺、は……犬が、そのっ!」
「もしや、タイキ様は『犬』が苦手なのでございますか?」
シーモスが、ずばりと痛い所を突いてくる。
「ああ、それなら大丈夫。アルダーくんは犬じゃないもの」
「はあ?! どう見ても犬だろ??」
それも、かなりでかい。泰樹は恐怖から、じりじりとテーブルから距離を取る。
「いいえ。アルダー様は『犬』ではなく、『魔獣』でございますよ」
アルダー様と呼んだ黒い犬の頭を、慣れた手つきで撫でながらシーモスは言った。
「ま、魔獣?!」
「驚かれましたか? 貴方も、小型の魔獣などならご覧になったこともお有りでしょう?」
「いや、無い……」
「左様でございますか。もっとも、この方は生まれながらの魔獣ではございませんし、無闇矢鱈に他者に噛みついたりはなさりません。私の護衛をつとめていただいております」
コイツはなんで、飼い犬?にまでもったいぶって話すんだ?
いや、ツッコミ所はそこじゃ無い。
――『魔獣』。魔獣ってのは何だ?!
「なあ、『魔獣』ってのは何なんだ? 俺の住んでた場所じゃ、そんなモノはいなかった……」
「へえ。魔獣がいない国なんてのも、あるんだねー」
感心したように、イリスが首をかしげる。
「小型の魔獣もいらっしゃらないと? ふむ。それは珍しい地域でございますね。『魔獣』は、身体に魔力をため込む性質のある獣でございます。只の獣より優れた身体や、特殊な能力を持っております。そのために人びとは『魔獣』を狩って武器や装飾品、魔具を作ります」
この地域で、『魔獣』と言うのはそんなに一般的なモノなのだろうか。それに、『魔力』とは、『魔具』とは?
理解できない単語ばかりで、泰樹の顔に、大きな?が浮かぶ。
「そのお顔は、説明に納得しておられないようですね。『ソトビト』でらっしゃるタイキ様でも、魔具の噂くらいはお耳に届いてらっしゃるのでは?」
「いや、知らない。アンタの言ってることが全然解んねえ……そもそも『ソトビト』ってのが何なんだ?」
「『ソトビト』はね、この島の外に住んでるヒトたちの事だよ! 君もそこから来たんでしょう? どこから来たのかな? ヴァローナ? グラナート? それともアスール?」
嬉しそうに、国名を上げていくイリス。彼が言う国に一つも聞き覚えが無い。
「いや、俺は日本から……ここに来た」
「ニホン? 初めて聞く名前! どんな国なの? シーモスは聞いたことある?」
「いいえ、イリス様。私も初耳でございます」
地球上に住んでいて、日本を知らないなんてことが、あるのか? 泰樹は慌てて言いつのる。
「えーと、日本で通じなければジャパンとか、ニッポンとか……とにかく! 俺はそこで働いてて……落っこちたんだ。60m位のとこから!」
「60めーとる? めーとるってなに? それって高いところなの?」
「mって言うのは長さの単位だよ! あーここではインチとか使うのか? 外国だからなー。ははは……」
泰樹の乾いた笑いに、イリスはきょとんとした顔で「いんち?」と、微笑んだ。
――嘘だと言って欲しい。ここはどこか地球上にある珍しい外国で、今は西暦2022年で、飛行機に乗れば日本に帰れるのだと。
「長さの単位って何だっけ?」
「『方舟』では、リーネでございますね」
「そうそう! 1リーネはこの位ー」
イリスはこれくらい、と腕を広げてみせる。
泰樹にも少しずつ解ってきた。多分ここは、自分が知っている世界では無いのだ。
現代の地球には、ドラゴンに姿を変える人間など存在しない。そもそも、ドラゴン自体があり得ない。一瞬で知らない言葉がわかるようになったりもしないし、魔獣もいない。
「……なあ、ここは、どこなんだよ……」
「どこって……『方舟』だよ?」
「違う……そんなんじゃ無くて……ここは地球なのかって事だよ……!!」
焦りと不安で叫びだした泰樹に驚いたように、イリスは目を丸くした。
「……ちきゅう? ……って、なあに?」
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