8 / 22
ヨウくんとまひろくん
4
しおりを挟む
◇
ところで俺は、休みの日は必ずまひろの後をつけている。理由は簡単で、彼が危険な目に遭わないように監視するためだ。彼はいつもふわふわと海に浮かぶクラゲの如く漂っている。そんな彼を見守るのは、俺の役目なのだ。
その日もいつも通り、彼が自宅の玄関から出てくる。薄手のパーカーと少し緩めのジーンズを身につけた彼は履いているスニーカーの爪先を三回、地面に弾ませる。これが、彼のルーティーンだ。まひろはよく、決まった行動を取る癖がある。
先ほどの爪先を三回地面に弾ませる行為もそうだし、登校したら必ず下駄箱で三回、上履き同士を叩きつける。まひろにとって、決まったそういう行動があるらしい。
そんな彼の決まった行動を知っているのは、きっと俺ぐらいだろう。
謎の自信が沸々と湧き上がり、鼻を鳴らしたくなる。
そして、今から彼が行く場所も決まっている。俺は彼のあとをバレないようにつけながら、ぽてぽてと歩く後ろ姿を眺めた。
彼は電車に乗り、降りた先の駅近くにある公園へ向かう。その公園には鯉がいて、餌をやることができるのだ。彼はそのスポットがたいそう気に入っているのか、休日は欠かさず訪れる。鯉に餌をやった後は、決まったルートを散歩して、帰宅するのだ。
────その過程で、彼が誘拐される可能性だってある。故に俺がしっかり見届けなければいけないのだ。
決してこれはストーカーではないと自分に言い聞かせ、駅内へ消えるまひろの背中を逃さないように追う。今まで、この尾行が彼に知られたことは無い。
しかし、俺が尾行していると知ったところでまひろは「そうなんだー」で片付けそうだ。そういうところが、危ういのだと俺はムズムズする心を落ち着かせる。
改札を抜け、プラットホームへ向かう。滑り込むようにするりとやってきた電車に乗り、彼の視界に入らない位置で、まひろを眺めた。
彼は電車の揺れに身を任せながら、差し込む太陽の光に撫でられ、うとうととしている。
このまま乗り過ごしたらいけないなと思ったが、彼は目的の駅に到着するまで眠気と格闘していた。
やがて、電車は目的の駅へ辿り着いた。まひろは待ってましたと言わんばかりに腰を上げ、降りる。俺もそのあとを、静かに追った。
人混みに紛れても、彼の茶色の猫っ毛は見逃さなかった。我ながら気持ち悪い特技であるなと自負している。
駅を離れ、道路を渡り、辿り着いた公園でまひろは再び靴の爪先を三回鳴らした。そして、売店へ向かい鯉の餌を買う。片手に収まるほどの紙袋を受け取った彼は池へ向かい、水面を眺めた。
「可愛いねぇ」と独り言を呟くまひろは、周りから見たらちょっと変な子かもしれないが俺にとってはたいそう愛しく思える。
餌をやり始めたまひろが、目を細め鯉を見つめている。
────いいよな、まひろから笑いかけてもらえる上に餌まで与えられてよ。
鯉にまで嫉妬し始めた俺は、色々と末路かもしれないなと思いつつ、影から彼を観察する。通りすがりの子供に「何してんのあのお兄ちゃん」と言われても気にしない。俺にはまひろを見守る役目があるのだ。いつ足を滑らせて池に落ちるか分からない彼からは目が離せなかった。
餌をやり終えたまひろはベンチに座りぼんやりと空を眺め始めた。
────あの隣に座りたいな。
彼と一緒に笑い合いながら鯉に餌をやり、のんびり過ごしたい。きっと今、彼の元へ向かい偶然を装ってもまひろは「奇遇だねぇ」と朗らかに笑うだろう。
彼は俺が尾行している事実を一切知らない。そのことが、彼を裏切っているような気がして心苦しかった。
そうこうしているうちにまひろがベンチから腰を上げた。鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌な足取りで、いつもの散歩ルートへ向かう。俺もそのあとを急いだ。
ふわふわと彷徨い歩き、やがて彼は帰宅のために駅へ向かった。転んだり、車に轢かれかけたりというハプニングが起こらず、胸を撫で下ろす。
まひろの姿を見逃さないようにと、俺も駅へ入り込んだ。ちょうどやってきた電車に乗り込み、まひろを目で追う。
休日ということもあり、電車は混雑していた。座れなかったまひろは吊り革に掴まり、ぼんやりと広告を眺めている。
隣の車両から眺めていた俺は、まひろの様子がおかしいことに気がつく。まひろがしきりに斜め後ろに立っている男へ視線を投げている。モゾモゾと居心地が悪そうに体を捩らせたり、眉を顰めたりしている。
そこで俺は、とあることに気がついた。
────もしかして、痴漢では。
理解した瞬間に全身の血液が沸騰し、頭にのぼった気がした。眩暈で倒れそうになり、視界が歪んだ。怒りの勢いにまかせ、ズンズンと大股で男に近づいた。
しかし、俺の体はある一声で止まった。
ところで俺は、休みの日は必ずまひろの後をつけている。理由は簡単で、彼が危険な目に遭わないように監視するためだ。彼はいつもふわふわと海に浮かぶクラゲの如く漂っている。そんな彼を見守るのは、俺の役目なのだ。
その日もいつも通り、彼が自宅の玄関から出てくる。薄手のパーカーと少し緩めのジーンズを身につけた彼は履いているスニーカーの爪先を三回、地面に弾ませる。これが、彼のルーティーンだ。まひろはよく、決まった行動を取る癖がある。
先ほどの爪先を三回地面に弾ませる行為もそうだし、登校したら必ず下駄箱で三回、上履き同士を叩きつける。まひろにとって、決まったそういう行動があるらしい。
そんな彼の決まった行動を知っているのは、きっと俺ぐらいだろう。
謎の自信が沸々と湧き上がり、鼻を鳴らしたくなる。
そして、今から彼が行く場所も決まっている。俺は彼のあとをバレないようにつけながら、ぽてぽてと歩く後ろ姿を眺めた。
彼は電車に乗り、降りた先の駅近くにある公園へ向かう。その公園には鯉がいて、餌をやることができるのだ。彼はそのスポットがたいそう気に入っているのか、休日は欠かさず訪れる。鯉に餌をやった後は、決まったルートを散歩して、帰宅するのだ。
────その過程で、彼が誘拐される可能性だってある。故に俺がしっかり見届けなければいけないのだ。
決してこれはストーカーではないと自分に言い聞かせ、駅内へ消えるまひろの背中を逃さないように追う。今まで、この尾行が彼に知られたことは無い。
しかし、俺が尾行していると知ったところでまひろは「そうなんだー」で片付けそうだ。そういうところが、危ういのだと俺はムズムズする心を落ち着かせる。
改札を抜け、プラットホームへ向かう。滑り込むようにするりとやってきた電車に乗り、彼の視界に入らない位置で、まひろを眺めた。
彼は電車の揺れに身を任せながら、差し込む太陽の光に撫でられ、うとうととしている。
このまま乗り過ごしたらいけないなと思ったが、彼は目的の駅に到着するまで眠気と格闘していた。
やがて、電車は目的の駅へ辿り着いた。まひろは待ってましたと言わんばかりに腰を上げ、降りる。俺もそのあとを、静かに追った。
人混みに紛れても、彼の茶色の猫っ毛は見逃さなかった。我ながら気持ち悪い特技であるなと自負している。
駅を離れ、道路を渡り、辿り着いた公園でまひろは再び靴の爪先を三回鳴らした。そして、売店へ向かい鯉の餌を買う。片手に収まるほどの紙袋を受け取った彼は池へ向かい、水面を眺めた。
「可愛いねぇ」と独り言を呟くまひろは、周りから見たらちょっと変な子かもしれないが俺にとってはたいそう愛しく思える。
餌をやり始めたまひろが、目を細め鯉を見つめている。
────いいよな、まひろから笑いかけてもらえる上に餌まで与えられてよ。
鯉にまで嫉妬し始めた俺は、色々と末路かもしれないなと思いつつ、影から彼を観察する。通りすがりの子供に「何してんのあのお兄ちゃん」と言われても気にしない。俺にはまひろを見守る役目があるのだ。いつ足を滑らせて池に落ちるか分からない彼からは目が離せなかった。
餌をやり終えたまひろはベンチに座りぼんやりと空を眺め始めた。
────あの隣に座りたいな。
彼と一緒に笑い合いながら鯉に餌をやり、のんびり過ごしたい。きっと今、彼の元へ向かい偶然を装ってもまひろは「奇遇だねぇ」と朗らかに笑うだろう。
彼は俺が尾行している事実を一切知らない。そのことが、彼を裏切っているような気がして心苦しかった。
そうこうしているうちにまひろがベンチから腰を上げた。鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌な足取りで、いつもの散歩ルートへ向かう。俺もそのあとを急いだ。
ふわふわと彷徨い歩き、やがて彼は帰宅のために駅へ向かった。転んだり、車に轢かれかけたりというハプニングが起こらず、胸を撫で下ろす。
まひろの姿を見逃さないようにと、俺も駅へ入り込んだ。ちょうどやってきた電車に乗り込み、まひろを目で追う。
休日ということもあり、電車は混雑していた。座れなかったまひろは吊り革に掴まり、ぼんやりと広告を眺めている。
隣の車両から眺めていた俺は、まひろの様子がおかしいことに気がつく。まひろがしきりに斜め後ろに立っている男へ視線を投げている。モゾモゾと居心地が悪そうに体を捩らせたり、眉を顰めたりしている。
そこで俺は、とあることに気がついた。
────もしかして、痴漢では。
理解した瞬間に全身の血液が沸騰し、頭にのぼった気がした。眩暈で倒れそうになり、視界が歪んだ。怒りの勢いにまかせ、ズンズンと大股で男に近づいた。
しかし、俺の体はある一声で止まった。
10
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる