アルデリク家の兄弟

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兄の話

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 あの日以降、片足が不自由になった。打ちどころが悪かったのか、病院に連れて行ってもらえなかったのが悪かったのか。痺れを残したまま、うまく歩行ができなくなった。
 これも罰なのだと、受け入れる他なかった。僕が殴られるのも、罵倒されるのも、地下倉庫に閉じ込められるのも、片足が不自由になるのも。
 罰だ。全て、僕に対する罰。だから、受け入れなければいけないのだ。許してもらうために────誰に? 誰に許してもらうため、僕は罰を受けているのだろうか。分からない。けれど、ひたすらに耐える術しか僕には残されていない。

「兄ちゃん」

 僕が暴行を受けた後、必ず弟であるグランドが慰めてくれた。少年特有の、肉のついていないひょろひょろと長い腕に抱きしめられるたびに、僕は崩れ落ちそうになる。その体に縋り、全てを壊して、終えてしまいたくなる衝撃に駆られるのだ。きっと、彼は知らないだろう。僕がそんな破滅衝動を孕んでいることに。
 グランドは、父に全く似ていなかった。顔の造形もさる事ながら、性格も声音も、何もかも違った。僕が殴られていると、すぐ間に入り、大柄な父から僕を守ろうとする。
 ……僕が同じ立場なら、行動に移せるだろうか。いいや、移せない。僕は臆病者で、誰よりも弱っちい存在だ。だから、きっと、無理だ。
 けれど、グランドは違う。彼は、僕を必死に守ってくれるのだ。

「ごめん、守れなくて」

 痣だらけになった僕の体をゆっくりと抱きしめる。真綿のように優しく包み込むグランドの体温が、心臓にまで染み込む。「気にしないで、君は悪くない」。彼を慰めるため声を出すが、滑舌が悪い。きっと先ほど殴られた頬がひどく腫れ上がっているのだろう。ズキズキと頭の裏に響く鈍痛に耐えながら、グランドの背中に手を回す。

「君は、とても優しいね」

 その言葉に、グランドがパッと顔をこちらへ向けた。眉間に皺を寄せ、悔しそうに唇を噛み締める彼は唸る。

「俺は優しくない」
「そんなことない。君は優しい」

 僕は彼に見放されたら、本当に消えてしまうかもしれない。ドロドロにヘドロのように溶けるのだろうか、それともサラサラと砂のように消えるのだろうか。分からない。けれど、そう思ったんだ。
 彼が僕を繋ぎ止める、唯一の光だ。

「……好きだよ、兄ちゃん。誰よりも」

 腫れた頬に指を滑らせながら、妙に熱っぽい声でそう囁く弟を見つめる。彼の好きという言葉がどんな意味を孕んでいるか知らないまま、僕はその腕の中で目を瞑った。



 兄弟同士での性交を父に強要された時、僕は吐き気のあまり、その場に倒れそうになった。冷や汗と震えが止まらず、目の前が歪む。「出来ません、許してください」。カサついた唇からこぼれた抵抗を、父は聞き逃さなかった。「やれって言ったら、やるんだよ」。顎を掴まれ、怒鳴られる。酒に酔った父の息臭さを肌に感じながら、何度も頷いた。
 グランドは────拒絶らしい拒絶をしなかった。僕はまだいい。何を強要されても、罰として受け入れなければいけない。けれど、彼は違う。何も悪いことをしていない。なのに、こんなことを強いられている。男同士で、兄弟同士でこんな悍ましい行為を強いられている。あまりにも可哀想だ。
 それなのに、彼は拒絶をしなかった。父の言葉を受け入れ、平然と僕の手首を掴んでいた。汗ばんだその手に、思わず喉の奥が引き攣る。涙が溢れ出て、拒もうと勝手に体が動いた。
 けれど、グランドは余計に力を込めた。僕をフローリングに押し倒しながら「兄ちゃんごめん」と口だけを動かす。
 その瞳は、熱に支配されていた。
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