18 / 23
兄の話
4
しおりを挟む
◇
あの日以降、片足が不自由になった。打ちどころが悪かったのか、病院に連れて行ってもらえなかったのが悪かったのか。痺れを残したまま、うまく歩行ができなくなった。
これも罰なのだと、受け入れる他なかった。僕が殴られるのも、罵倒されるのも、地下倉庫に閉じ込められるのも、片足が不自由になるのも。
罰だ。全て、僕に対する罰。だから、受け入れなければいけないのだ。許してもらうために────誰に? 誰に許してもらうため、僕は罰を受けているのだろうか。分からない。けれど、ひたすらに耐える術しか僕には残されていない。
「兄ちゃん」
僕が暴行を受けた後、必ず弟であるグランドが慰めてくれた。少年特有の、肉のついていないひょろひょろと長い腕に抱きしめられるたびに、僕は崩れ落ちそうになる。その体に縋り、全てを壊して、終えてしまいたくなる衝撃に駆られるのだ。きっと、彼は知らないだろう。僕がそんな破滅衝動を孕んでいることに。
グランドは、父に全く似ていなかった。顔の造形もさる事ながら、性格も声音も、何もかも違った。僕が殴られていると、すぐ間に入り、大柄な父から僕を守ろうとする。
……僕が同じ立場なら、行動に移せるだろうか。いいや、移せない。僕は臆病者で、誰よりも弱っちい存在だ。だから、きっと、無理だ。
けれど、グランドは違う。彼は、僕を必死に守ってくれるのだ。
「ごめん、守れなくて」
痣だらけになった僕の体をゆっくりと抱きしめる。真綿のように優しく包み込むグランドの体温が、心臓にまで染み込む。「気にしないで、君は悪くない」。彼を慰めるため声を出すが、滑舌が悪い。きっと先ほど殴られた頬がひどく腫れ上がっているのだろう。ズキズキと頭の裏に響く鈍痛に耐えながら、グランドの背中に手を回す。
「君は、とても優しいね」
その言葉に、グランドがパッと顔をこちらへ向けた。眉間に皺を寄せ、悔しそうに唇を噛み締める彼は唸る。
「俺は優しくない」
「そんなことない。君は優しい」
僕は彼に見放されたら、本当に消えてしまうかもしれない。ドロドロにヘドロのように溶けるのだろうか、それともサラサラと砂のように消えるのだろうか。分からない。けれど、そう思ったんだ。
彼が僕を繋ぎ止める、唯一の光だ。
「……好きだよ、兄ちゃん。誰よりも」
腫れた頬に指を滑らせながら、妙に熱っぽい声でそう囁く弟を見つめる。彼の好きという言葉がどんな意味を孕んでいるか知らないまま、僕はその腕の中で目を瞑った。
◇
兄弟同士での性交を父に強要された時、僕は吐き気のあまり、その場に倒れそうになった。冷や汗と震えが止まらず、目の前が歪む。「出来ません、許してください」。カサついた唇からこぼれた抵抗を、父は聞き逃さなかった。「やれって言ったら、やるんだよ」。顎を掴まれ、怒鳴られる。酒に酔った父の息臭さを肌に感じながら、何度も頷いた。
グランドは────拒絶らしい拒絶をしなかった。僕はまだいい。何を強要されても、罰として受け入れなければいけない。けれど、彼は違う。何も悪いことをしていない。なのに、こんなことを強いられている。男同士で、兄弟同士でこんな悍ましい行為を強いられている。あまりにも可哀想だ。
それなのに、彼は拒絶をしなかった。父の言葉を受け入れ、平然と僕の手首を掴んでいた。汗ばんだその手に、思わず喉の奥が引き攣る。涙が溢れ出て、拒もうと勝手に体が動いた。
けれど、グランドは余計に力を込めた。僕をフローリングに押し倒しながら「兄ちゃんごめん」と口だけを動かす。
その瞳は、熱に支配されていた。
あの日以降、片足が不自由になった。打ちどころが悪かったのか、病院に連れて行ってもらえなかったのが悪かったのか。痺れを残したまま、うまく歩行ができなくなった。
これも罰なのだと、受け入れる他なかった。僕が殴られるのも、罵倒されるのも、地下倉庫に閉じ込められるのも、片足が不自由になるのも。
罰だ。全て、僕に対する罰。だから、受け入れなければいけないのだ。許してもらうために────誰に? 誰に許してもらうため、僕は罰を受けているのだろうか。分からない。けれど、ひたすらに耐える術しか僕には残されていない。
「兄ちゃん」
僕が暴行を受けた後、必ず弟であるグランドが慰めてくれた。少年特有の、肉のついていないひょろひょろと長い腕に抱きしめられるたびに、僕は崩れ落ちそうになる。その体に縋り、全てを壊して、終えてしまいたくなる衝撃に駆られるのだ。きっと、彼は知らないだろう。僕がそんな破滅衝動を孕んでいることに。
グランドは、父に全く似ていなかった。顔の造形もさる事ながら、性格も声音も、何もかも違った。僕が殴られていると、すぐ間に入り、大柄な父から僕を守ろうとする。
……僕が同じ立場なら、行動に移せるだろうか。いいや、移せない。僕は臆病者で、誰よりも弱っちい存在だ。だから、きっと、無理だ。
けれど、グランドは違う。彼は、僕を必死に守ってくれるのだ。
「ごめん、守れなくて」
痣だらけになった僕の体をゆっくりと抱きしめる。真綿のように優しく包み込むグランドの体温が、心臓にまで染み込む。「気にしないで、君は悪くない」。彼を慰めるため声を出すが、滑舌が悪い。きっと先ほど殴られた頬がひどく腫れ上がっているのだろう。ズキズキと頭の裏に響く鈍痛に耐えながら、グランドの背中に手を回す。
「君は、とても優しいね」
その言葉に、グランドがパッと顔をこちらへ向けた。眉間に皺を寄せ、悔しそうに唇を噛み締める彼は唸る。
「俺は優しくない」
「そんなことない。君は優しい」
僕は彼に見放されたら、本当に消えてしまうかもしれない。ドロドロにヘドロのように溶けるのだろうか、それともサラサラと砂のように消えるのだろうか。分からない。けれど、そう思ったんだ。
彼が僕を繋ぎ止める、唯一の光だ。
「……好きだよ、兄ちゃん。誰よりも」
腫れた頬に指を滑らせながら、妙に熱っぽい声でそう囁く弟を見つめる。彼の好きという言葉がどんな意味を孕んでいるか知らないまま、僕はその腕の中で目を瞑った。
◇
兄弟同士での性交を父に強要された時、僕は吐き気のあまり、その場に倒れそうになった。冷や汗と震えが止まらず、目の前が歪む。「出来ません、許してください」。カサついた唇からこぼれた抵抗を、父は聞き逃さなかった。「やれって言ったら、やるんだよ」。顎を掴まれ、怒鳴られる。酒に酔った父の息臭さを肌に感じながら、何度も頷いた。
グランドは────拒絶らしい拒絶をしなかった。僕はまだいい。何を強要されても、罰として受け入れなければいけない。けれど、彼は違う。何も悪いことをしていない。なのに、こんなことを強いられている。男同士で、兄弟同士でこんな悍ましい行為を強いられている。あまりにも可哀想だ。
それなのに、彼は拒絶をしなかった。父の言葉を受け入れ、平然と僕の手首を掴んでいた。汗ばんだその手に、思わず喉の奥が引き攣る。涙が溢れ出て、拒もうと勝手に体が動いた。
けれど、グランドは余計に力を込めた。僕をフローリングに押し倒しながら「兄ちゃんごめん」と口だけを動かす。
その瞳は、熱に支配されていた。
10
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
つまりは相思相愛
nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。
限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。
とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。
最初からR表現です、ご注意ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる