役立たずなヒーラーは幸せな夢を見る

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村八分

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「ふざけるな! そんな話、信じられるか!」

 シツウと落ち合った酒場に、叫び声が響く。僕はビクンと体を揺らし肩を竦めたが、エッジレイはこの結果を分かりきっていたのか眉を顰めている。
 やがてポケットから紙を取り出した。それを、顔を真っ赤にして肩で呼吸を繰り返しているシツウの前に出す。シツウはそれを一瞥し「なんだよこれ」と掠れた声を出した。

「アルマツ街に住んでいる医者の連絡先だ。アンタを治療したいとのことだ」
「俺を治療!? ふざけるな! 俺は病気じゃないし、あの街には人間がいる! 俺は村八分にされているんだ!」

 「落ち着いてください、シツウ」と遮った僕の声を無視し、シツウがぎろりと睨んだ。

「アンタも、あの街で人の声を聞き、姿を見たんだろう?」
「えぇ、その通りです。でも、それはガスの影響で……」
「違う! あの街には人がいる、陰湿な、連中が!」

 机を手のひらで叩き、息を切らせるシツウに僕はどうして良いか分からずエッジレイを見た。彼は動揺している様子はなく、どこか冷めている。

「あの街に人はいない。アンタはガスに脳を侵されている。言葉を選ばずに言うなら、病気だ。治療してもらうといい」

 エッジレイの冷たい声にシツウがパッと顔を上げた。

「俺は病気じゃない! 声が聞こえた、姿も見えた! あいつらは俺の悪口を言って笑っていたんだ!」

 「なんで信じてくれないんだよ」と涙を堪えるような声音を吐く。僕はシツウが可哀想になってきた。彼は苦しんでいる。だから、助けなくてはいけない。
 そっと手を伸ばす。彼のカサついた手のひらに触れようとした。
 ────もしかしたら。
 ヒーラーは身体にできた傷しか癒せない。視力を元に戻したり、悪い細胞を死滅させたり、風邪を治すことはできない。
 けれど、もしかしたらシツウを治せるかもしれない。役立たずな僕が、少しでも彼のためになれるかもしれない。
 ゆっくりと手を伸ばし、皮膚に触れる。瞬間、シツウがバッと払った。血走った目で僕を見つめ、歯を剥き出しにしている。

「お前、今、俺に毒針を刺そうとしたな!?」
「ちがっ、違います! 僕はヒーラーなので、その……もしかしたらシツウのことを癒せるかもしれないと思って……」
「嘘つけ! お前ら、最初からあの街の連中とグルだったのか! 俺をハメて、病気だと決めつけて、その医者に連れて行くことが目的なのだろう!」

 「どうして俺をここまで追い詰めるんだ、お前たちは」。シツウが頭を抱えこみ、項垂れた。オロオロとした僕の手を、エッジレイが緩やかに撫でた。「大丈夫か?」と問われ、頷く。

「……俺のパートナーに攻撃的な態度を取るなら、もうこの話は終わりだ。俺たちは一応、報告はした。あの街には誰もいないこと、アンタはガスの影響を受けているということ。これ以上、アンタに指図できる立場でもないから、あとは好きにしてくれ。じゃあな」

 エッジレイが腰を上げ、酒場を出ようとする。僕も遅れて立ち上がった。未だに項垂れてぶつぶつと呟いているシツウを見つめる。何か声をかけようと口を開いたが「ティノ」とエッジレイに遮られ、口を閉ざした。

「俺はおかしくない、俺はおかしくない、俺はおかしくない」

 彼を尻目に、後ろ髪を引っ張られる思いを孕ませながら酒場を出た。すでに暗くなった空を見上げる。月明かりは存在せず、代わりに重い雲が支配していた。ポツリと鼻先に水が落ちる。それは雨だった。
 エッジレイが、グイと僕の肩を引き寄せた。

「暗いと、迷子になるからな」

 ひとりごちたエッジレイに、無言で頷く。通り過ぎていく人たちのガラはとても悪く、僕は目を合わせないように下を向いたまま歩いた。街頭で照らされているにも関わらずトレイ街は薄暗く感じる。僕は無意識にため息を漏らした。

「エッジレイ、シツウはあのままで良いのですか?」
「俺たちがどうこう言ったって、変わらん」
「それは、そうですが……」

 歯切れの悪い僕の頭を、エッジレイが撫でた。

「ガスの説明もした、アルマツ街にいる医者の話もした。あとは、アイツがこの話を真実だと受け止めるかどうかが問題だ」
「でも、ガスの影響を強く受け続けた人が、まともに判断できるとは思えません……」
「……確かにその通りだ。だけどな、それは俺たちが受けた依頼の本質とはズレた話だ。シツウがこれからどうするかまでの面倒は、見切れん」

 その通りである。しかし、どうも納得ができない。空気を察したのか、肩に置かれた手の力が強まる。

「アンタにここまで迷惑をかけるなら、受けるべきじゃなかったな」

 迷惑とは僕がガスの影響を受けたことと、この依頼で残るしこりのことを指しているのだろう。
 僕は首を横に振った。「良い経験になりました」と返す。嫌味ではなく、本当にそう思ったのだ。僕はずっと屋敷の中にいたため、こんな不可解な出来事を経験したことがない。故に、どう受け止めて良いか分からない。

「後味の悪い依頼なんて、この仕事をやっていたら数えきれないほどある。今回の件は特殊だったが、でも割り切らないとやっていけない」

 肩を竦めた彼に頷く。薄汚れた街の石畳を踵で蹴り、僕らは家路に着いた。
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