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村八分

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 トレイ街はまだ昼間だというのに、何処となく暗澹な雰囲気を纏っていた。「相変わらず、妙な街だな」と僕の肩を抱き寄せながら、エッジレイが呟く。「攫われるなよ」と言った彼を見上げ「子供扱いしないでくださいよ」と笑った。けれどエッジレイは冗談のつもりじゃなかったのか、肩に置いた手に力を込める。どうやら、ここはそういう場所なのだと察し、なるべく彼から離れないように身を縮こませた。
 北にある酒場と記されていた場所は、モンレスと呼ばれる店らしい。ドアを開けると、中では酒を飲む人たちが戯れていた。エッジレイは怪訝そうな表情を浮かべ、キョロキョロと辺りを見渡す。

「……アンタ、エッジレイか?」

 斜め右の隅。テーブル席にぽつねんと座っていた男が手を挙げ「こっちだ」とこちらへ声をかけた。彼は僕を見ると同時にひどく顔を顰める。僕たちが近づくと、彼は俯き、目を逸らした。

「手紙の主か?」
「そうだ。ところでエッジレイ……アンタは一匹狼だと聞いたが?」

 幸の薄そうな男が、僕へチラリと視線を投げた。その瞳は黒く濁っていて、まるで深夜の森のような濃い色をしている。白目の部分は充血していて、潤んでいるようにも見えた。頬はこけていて、十分な睡眠と栄養が足りていない。
 ────大丈夫かな、この人。
 咄嗟に、そう思ってしまった。僕から見ても、彼は通常の人間には見えなかった。それはエッジレイも同意見なのだろう。眉間に皺を寄せている。

「そうだな、前までは一人で依頼を受けていた。今はパートナーがいる」
「……俺はアンタが一人だと聞いたから依頼したんだが」
「知るか。不服なら、俺たちは帰る」
「え、エッジレイ、そんな薄情な……」

 彼を置いて帰るだなんてあまりにも無慈悲だ。僕は立ちあがろうとしたエッジレイの服を引っ張る。向かいに座る男を放って置けるほど、僕は非情にはなれなかった。
 エッジレイは上げていた腰を下ろす。男はホッとしたのか「すまない」と謝罪した。

「お、俺の依頼は、あまり色んな人間に知られたくない内容なんだ。だから一人で依頼を受けているアンタに手紙を送った。でも、まぁ……いいか。一人増えたところで……いやしかし、この話は他言しないでくれ、頼む」

 男は自分を「シツウ」と名乗った。この街から南部へ進んだ先にあるエルス街という場所に一年前から住んでいるそうだ。職業は画家。街から一望できる美しく広々とした湖に惹かれ、そこへ移住したそうな。
 しかし、住み始めて半年、あるトラブルに見舞われたらしい。

「……俺は村八分にされて、その上、監視されている」
「えっ」

 僕は思わず声を漏らす。シツウは視線を左右に激しく動かしながら小声で話を続けた。

「俺が外へ出るたびに、みんなが家の中に入る。そして、窓から俺を監視するんだ。こう、ジッとな」

 彼が目を見開き、僕を見る。その瞳に圧倒され、唇を舐める。

「俺が家にいる時も、あいつらは監視してくる。近所の子供達が寝室にある窓から覗き込んだり、玄関を薄く開け話しかけてきたり……」

 シツウの顔色は悪く、汗をかいていた。今までされてきたことを思い出して、気分を悪くしているのだろう。
 しかし、なぜ彼がそんな目にあうのか分からず、首を傾げる。

「村八分の原因────心当たりはあるか?」

 僕の疑問を汲み取ったように、エッジレイがシツウへ問う。彼はニヒルな笑みを浮かべて腕を組んだ。

「俺はよそ者だからな。その上、画家だ。地下室に篭って絵を描くことが多くてな。それが、気持ち悪がられていたのかもしれない。働きにも出ないで、家の中に引き篭もる男なんて、奇妙な眼差しを向けられるもんだ」

 「田舎の嫌な部分が滲み出ているだろ?」と同意を求められ、小さく頷く。僕はヴァンサの屋敷から出たことがないため、よく分からなかったけれど、シツウが同意を強く求めていたからだ。

「村八分にされていたなら、食料はどうしていたんだ? そういうものも売ってもらえなかったのか?」
「あぁ。俺が行くたびに、店主たちが奥へと消える。けど、俺は元々地下室に篭りっぱなしだったから、備蓄はたくさんあったんだ。それで飢えを凌いでいた」
「なるほど」

 エッジレイがふぅんと頷く。おもむろに手を挙げ、店員を呼んだ。「何か頼もう」と僕へ呟く。確かにこんな場所へ来て、何も注文しないのは失礼だ。
 少し間を置いて、愛らしいエプロンを身に纏ったポニーテールの女性が小走りで来る。メモ帳を片手に、ニコリと微笑んだ。

「ブラックコーヒーはあるか?」
「もちろん」
「じゃあ、それで。ティノは?」
「あ、僕……お水で大丈夫です」
「そうか? ……アンタは?」

 シツウへ問いかける。しかし、女性を睨んだまま「俺はいい」と切り捨てるように言った。「で、では、すぐにお持ちしますね」と走り去る後ろ姿まで、鋭い眼光で見つめている。

「いいのか? 飲まなくて」
「あぁ、もしかしたらアイツもあの街の手先かもしれない。俺に嫌がらせをするため毒を盛る可能性もある」

 ────そんなに、この人は嫌われているのか?
 確かに、閉鎖的空間だと、他者を嫌う傾向があるかもしれない。けれど、執拗に狙う意味があるのだろうか。仮に彼がそこまで狙われているとしたら、原因は街にではなく、彼にありそうだ。
 シツウの乾いた唇にヒビが入っている。まともに水も飲めていないのだろうなと思った。

「で? 俺たちに何をして欲しいんだ? 街の連中に村八分をやめろ、と?」
「やめろとは言わなくていい。だが、俺がまともだと、奴らに言って欲しいんだ。俺が直接伝えたくても、ヤツらはすぐに家の中に引っ込んじまう」

 「俺はただ、あの綺麗な街で暮らして、絵を描きたいだけなんだ」。テーブルの上に乗った、薄い手のひらがカタカタと震えている。

「お待たせしました」

 不意に声が降り注ぐ。顔を上げると先ほどの店員がトレーを持っていた。注文した飲み物をテーブルの上に置く。「本当に何も飲まなくて大丈夫なのか?」とエッジレイがシツウへ問うが、彼は去っていく女性の背中を睨んだままだった。
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