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村八分
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「意外だな。料理に慣れてそうだが」
椅子を引き、座るよう促される。腰を下ろすと、向かいにエッジレイも座った。
「屋敷でやってたのは料理以外の家事です。なので、うまく出来たか分かりません」
「いや、いいんだ。アンタが作ってくれたという事実が嬉しいんだ」
そういうものだろうか。僕は照れ臭くなり指先で頬を掻いた。
エッジレイはスプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。途端にピタリと動きが止まる。表情筋を動かさないまま固まった彼を見て、不安が押し寄せた。
「……美味しくないですか?」
僕の言葉を聞き、彼はどう返して良いか分からないのか、固まったままだった。やがて、静かに微笑む。
「……美味しいよ」
とんでもない間を置いて、彼がやっと返答した。しかし、その顔は美味しいものを食した時の表情をしていない。
僕は遅れてスープを口に含んだ。
「……どこがですか」
スープは不味かった。よく分からない刺激が口内を支配する。塩辛さと絶妙な香辛料の香りに、眉を歪める。口に含んでいたものをぼたぼたと溢しながら、エッジレイを見つめた。彼は無言でスプーンを動かしている。
「僕、やっちゃいました。失敗しました。ごめんなさい。エッジレイ。絶対に完飲してはいけないタイプのスープです、これ。エッジレイ、スプーンを動かす手を止めてください、エッジレイ。エッジレイ、聞いてます!?」
「アンタが作ってくれたという事実が嬉しいんだ」
「あ、その言葉で不味さを誤魔化していますね!?」
僕の言葉を聞き入れることなく、彼は飲み続けている。あわあわとしながら、声を震わせた。
「ダメです、エッジレイ。飲まないで。僕が責任を持って処理しますから……」
────あぁ、失敗してしまった。その上、エッジレイに気を遣わせてしまった。
自分の役立たずさ加減に呆れを覚えて、肩を落とす。どうしてこうも、人の役に立てないのだろうか、僕は。昔からそうだ。ギルドのお荷物だったし、何をやっても上手くいかない。
出そうになった涙を堪えていると、エッジレイが笑った。
「ティノ。最初は、誰だって失敗する。だからそう、気を落とすな。それに……本当に俺は、アンタが作ってくれたという事実が嬉しい。ありがとう、最高の朝だ」
真正面から言葉を受け、身が強張る。こんな不味いものを作ったのに、彼は一つも怒らない。
きっと、ヴァンサだったら僕の頭にスープをかけ「泥水を飲んだ方がマシだ」と冷たく言い放つだろう。
「そういえば、レルの婆さんが来てたのか?」
そう言われ、僕は首を傾げる。エッジレイはテーブルの上にあるパンを指差し「だってこれは、婆さんからの差し入れだろ?」と問う。
「いえ、えっと……妙齢の女性が届けてくれました。金髪で、そばかすの散った……」
「あぁ、アンドレアか……」
エッジレイは彼女を知っているのか、ため息を漏らしパンを口に含んだ。
「彼女、何か言っていたか?」
「いいえ、エッジレイは眠っていると告げると、また今度くると言って帰りました」
「……俺の元へ来てもなぁ……」
彼は何か言いたげにため息を漏らす。
────二人はどんな間柄なのだろう。
アンドレアと呼ばれた女性は、とても若く見えた。下手すると、少女のようである。そんな彼女と、エッジレイの関係が気になり、けれど口を挟めないまま固まる。
「そうだ。昨日、ポストを見ていなかった」
「僕が見てきます」
「いや、俺が見てくるよ。アンタはゆっくりしてろ」
エッジレイが立ち上がり、玄関へ向かった。僕はパンを手に取り、口へ運ぶ。ほんの少しだけ硬めなパンは、噛めば噛むほど芳醇な匂いが鼻に抜けた。先程まで口にしていた不味いスープの後味を掻き消してくれる。こんな美味しいものを作れたらな、とため息を漏らした。
「……あ?」
エッジレイが戻ってきた。彼の手の中には数枚の手紙があった。その中の一枚をじいと見つめ、眉を顰めていた。裏面を見て、表面を見て、再び裏面を見る。もう一度「なんだ……?」とひとりごち、椅子に腰を下ろした。
「どうかしましたか?」
訝しげなエッジレイに問う。彼は「いやなぁ……」と呟き、ナイフで手紙の封を開けた。中身を取り出し、目を通している。
「送り人不明の手紙だ。内容は────」
手紙の文章を読み、唇を曲げた。「なんじゃこりゃ」と肩を竦め、ため息を漏らす。
「……今日の午前十時。トレイ街の北にある酒場に来てくれ、だそうだ」
僕に手紙を差し出したエッジレイ。彼から受け取り、文章を読んでみる。
「エッジレイ。アンタだけに依頼したい事柄がある。今日の午前十時。トレイ街の北にある酒場に来てくれ。他者へこの内容を伝えないでくれ。一人で来てくれ。俺は監視されている。アンタだけが、頼りなんだ」。僕は読み終え「お知り合いですか?」とエッジレイに尋ねてみた。
「知らんな。名前も書いてなきゃ、依頼内容も書いてない。なんて不躾なやつだ。おまけに字も汚い」
「……行くんですか?」
「どうするかな」
彼は面倒くさそうに肩を竦めた。
「監視されているだなんて、とても困っていそうですね。それに、アンタだけが頼りだ、だなんて……」
うむむと唸ると、エッジレイが頬杖をついた。「助けたいか?」と聞かれて、顔を上げる。
「アンタが助けたいって思うなら、俺は行動するが」
「ぼ、僕が決めていいんですか?」
「俺はこんなやつ、どうなっても構わない。アンタがどうしたいかで、決める」
じいと真黒い瞳に射られ、唇を舐める。僕は間を置き、ゆっくりと口を開いた。
「助けて、あげたいです。彼はきっと、困っています。だから、手を差し伸べたい」
エッジレイが僕に手を差し伸べてくれたように、僕も誰かに手を差し伸べたい。小さいことでも、大きなことでも、誰かの力になりたかった。
「じゃあ、行くか」とエッジレイが頷く。僕はもう一度、手紙に視線を落とす。一体、どんな人物がこれを書いたのだろうかと耽った。
椅子を引き、座るよう促される。腰を下ろすと、向かいにエッジレイも座った。
「屋敷でやってたのは料理以外の家事です。なので、うまく出来たか分かりません」
「いや、いいんだ。アンタが作ってくれたという事実が嬉しいんだ」
そういうものだろうか。僕は照れ臭くなり指先で頬を掻いた。
エッジレイはスプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。途端にピタリと動きが止まる。表情筋を動かさないまま固まった彼を見て、不安が押し寄せた。
「……美味しくないですか?」
僕の言葉を聞き、彼はどう返して良いか分からないのか、固まったままだった。やがて、静かに微笑む。
「……美味しいよ」
とんでもない間を置いて、彼がやっと返答した。しかし、その顔は美味しいものを食した時の表情をしていない。
僕は遅れてスープを口に含んだ。
「……どこがですか」
スープは不味かった。よく分からない刺激が口内を支配する。塩辛さと絶妙な香辛料の香りに、眉を歪める。口に含んでいたものをぼたぼたと溢しながら、エッジレイを見つめた。彼は無言でスプーンを動かしている。
「僕、やっちゃいました。失敗しました。ごめんなさい。エッジレイ。絶対に完飲してはいけないタイプのスープです、これ。エッジレイ、スプーンを動かす手を止めてください、エッジレイ。エッジレイ、聞いてます!?」
「アンタが作ってくれたという事実が嬉しいんだ」
「あ、その言葉で不味さを誤魔化していますね!?」
僕の言葉を聞き入れることなく、彼は飲み続けている。あわあわとしながら、声を震わせた。
「ダメです、エッジレイ。飲まないで。僕が責任を持って処理しますから……」
────あぁ、失敗してしまった。その上、エッジレイに気を遣わせてしまった。
自分の役立たずさ加減に呆れを覚えて、肩を落とす。どうしてこうも、人の役に立てないのだろうか、僕は。昔からそうだ。ギルドのお荷物だったし、何をやっても上手くいかない。
出そうになった涙を堪えていると、エッジレイが笑った。
「ティノ。最初は、誰だって失敗する。だからそう、気を落とすな。それに……本当に俺は、アンタが作ってくれたという事実が嬉しい。ありがとう、最高の朝だ」
真正面から言葉を受け、身が強張る。こんな不味いものを作ったのに、彼は一つも怒らない。
きっと、ヴァンサだったら僕の頭にスープをかけ「泥水を飲んだ方がマシだ」と冷たく言い放つだろう。
「そういえば、レルの婆さんが来てたのか?」
そう言われ、僕は首を傾げる。エッジレイはテーブルの上にあるパンを指差し「だってこれは、婆さんからの差し入れだろ?」と問う。
「いえ、えっと……妙齢の女性が届けてくれました。金髪で、そばかすの散った……」
「あぁ、アンドレアか……」
エッジレイは彼女を知っているのか、ため息を漏らしパンを口に含んだ。
「彼女、何か言っていたか?」
「いいえ、エッジレイは眠っていると告げると、また今度くると言って帰りました」
「……俺の元へ来てもなぁ……」
彼は何か言いたげにため息を漏らす。
────二人はどんな間柄なのだろう。
アンドレアと呼ばれた女性は、とても若く見えた。下手すると、少女のようである。そんな彼女と、エッジレイの関係が気になり、けれど口を挟めないまま固まる。
「そうだ。昨日、ポストを見ていなかった」
「僕が見てきます」
「いや、俺が見てくるよ。アンタはゆっくりしてろ」
エッジレイが立ち上がり、玄関へ向かった。僕はパンを手に取り、口へ運ぶ。ほんの少しだけ硬めなパンは、噛めば噛むほど芳醇な匂いが鼻に抜けた。先程まで口にしていた不味いスープの後味を掻き消してくれる。こんな美味しいものを作れたらな、とため息を漏らした。
「……あ?」
エッジレイが戻ってきた。彼の手の中には数枚の手紙があった。その中の一枚をじいと見つめ、眉を顰めていた。裏面を見て、表面を見て、再び裏面を見る。もう一度「なんだ……?」とひとりごち、椅子に腰を下ろした。
「どうかしましたか?」
訝しげなエッジレイに問う。彼は「いやなぁ……」と呟き、ナイフで手紙の封を開けた。中身を取り出し、目を通している。
「送り人不明の手紙だ。内容は────」
手紙の文章を読み、唇を曲げた。「なんじゃこりゃ」と肩を竦め、ため息を漏らす。
「……今日の午前十時。トレイ街の北にある酒場に来てくれ、だそうだ」
僕に手紙を差し出したエッジレイ。彼から受け取り、文章を読んでみる。
「エッジレイ。アンタだけに依頼したい事柄がある。今日の午前十時。トレイ街の北にある酒場に来てくれ。他者へこの内容を伝えないでくれ。一人で来てくれ。俺は監視されている。アンタだけが、頼りなんだ」。僕は読み終え「お知り合いですか?」とエッジレイに尋ねてみた。
「知らんな。名前も書いてなきゃ、依頼内容も書いてない。なんて不躾なやつだ。おまけに字も汚い」
「……行くんですか?」
「どうするかな」
彼は面倒くさそうに肩を竦めた。
「監視されているだなんて、とても困っていそうですね。それに、アンタだけが頼りだ、だなんて……」
うむむと唸ると、エッジレイが頬杖をついた。「助けたいか?」と聞かれて、顔を上げる。
「アンタが助けたいって思うなら、俺は行動するが」
「ぼ、僕が決めていいんですか?」
「俺はこんなやつ、どうなっても構わない。アンタがどうしたいかで、決める」
じいと真黒い瞳に射られ、唇を舐める。僕は間を置き、ゆっくりと口を開いた。
「助けて、あげたいです。彼はきっと、困っています。だから、手を差し伸べたい」
エッジレイが僕に手を差し伸べてくれたように、僕も誰かに手を差し伸べたい。小さいことでも、大きなことでも、誰かの力になりたかった。
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