役立たずなヒーラーは幸せな夢を見る

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初めての依頼

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 家について早々、彼に上着を脱ぐように指示する。「気にしすぎだ。先に、パウンドケーキを食べよう。紅茶とコーヒー、どっちがいい?」と問われ、僕はムッと眉を顰める。

「エッジレイ、お願いです。傷を見せてください」

 根負けしたのか、エッジレイが衣類を脱ぎながらベッドの縁に腰を下ろす。大きなため息を吐き「心配しすぎだ」と肩を竦めた。
 僕は彼の隣に座り、背中へ視線を遣る。そこには浅いものの、しっかりと傷が出来ていた。血が滲み、固まりかけている。見過ごせるはずない傷は、痛いに決まっている。なのにエッジレイは平然とした顔をしていた。しきりに「すまない」と謝っている。

「初めての依頼が成功して、喜んでたってのに……」
「そ、そんな……そもそも、僕を庇ってくれた時にできた傷ですよね? 僕の責任です」

 手を翳し、傷を癒す。徐々に塞がっていくそこをぼんやり眺め、果たしてこんなに優しい人が僕と一緒にいていいのだろうかと思う。
 僕にここまで気を遣ってくれて、庇ってくれて。優しくしてくれて。なのに僕は、何も返せないままだ。
 痛みが引いたのか、エッジレイが振り返り「ありがとうな」と微笑む。

「思ってた通り、アンタは治癒が上手いな」
「……上手い下手があるんですか?」
「戦いが上手い奴がいるだろう? 同様、治癒が上手い奴もいるんだ。それが、アンタ」

 「前のギルドは惜しいことをしたな。こんな優秀なヒーラーを逃すなんて」。脱いでいた上着に手をかけ、着ようとしたエッジレイの腕を止める。「どうした? まだ終わってないのか?」と問われ、僕は唇を舐めた。

「今日は、色々ありがとうございました」
「いいや、こちらこそ、世話になった。ありがとう」
「……それで、えっと……その……僕がヘマしたことと、ヒーラーであるにも関わらずあなたの傷を察知できなかった件についてですが……」
「は? アンタはヘマしていない。大丈夫だ。俺が勝手に怪我をしただけだ。気にしすぎ────」
「いえ、あなたにお世話になった分、その恩返しをしたい」

 目を瞑り、顔を伏せたまま淡々と言葉を述べる。エッジレイから降り注ぐ視線が、痛いほど自分を射てることに気がついていた。

「……好きに、体を使ってください。もし、そのケがないなら、喉でも────」

 目を開け、エッジレイを見上げた。彼はポカンとしている。「えーっと……」と言ったきり、なんと続けて良いか分からないのか固まったままだ。

「あ、使い込まれているので、大きくても平気ですよ! 嘔吐いたりしないので、安心してください!」

 「嘔吐くたびに殴られたので、嘔吐かない体になったんです」。自慢げに語り、ぐいと彼に近づく。瞬間、肩に手を置かれた。そのまま、引き剥がされる。強張ったエッジレイの表情を見て、察した僕は「男という点が、嫌なのですか? 大丈夫ですよ、男にされてるのが嫌だというギルドメンバーは、灯りを消して、目を伏せて僕を使っていました。いつもちゃんと果ててくれていたので、下手ではないと思います」と続ける。
 エッジレイは額に手を当て、大きなため息を漏らした。

「しなくて、いい」
「でも、僕はそういうことでしか役に立てません。他に、何をしたら良いですか? 洗濯? 掃除?」

 エッジレイはうむむと悩み、やがて僕を横抱きにした。そのままベッドにダイブする。ボフンと背中に跳ねた感触が伝わった。大きな胸板に頭を預けたまま、僕は固まる。ぎゅうと肩を抱き寄せられると、彼の体温が伝わった。

「じゃあ、今日からこうやって一緒に寝てくれ。それが俺への恩返しだ」

 僕たちが寝そべっているベッドは、もとより体格の大きな彼用に作られたものだろう。けれど、そうだとしても男二人は流石にきついんじゃないのかな、と耽る。
 エッジレイを見ると、どこか恥ずかしそうにしていた。

「……あなたが喜んでくれるなら、毎日します」

 僕の呟きに、彼が頷く。「しばらく、こうしていよう。今日はもう疲れただろ」とエッジレイがひとりごち、頬を撫でた。無骨な指先がヴァンサを彷彿とさせる。けれど、エッジレイはその指先一つさえ、優しさを感じた。
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