上 下
17 / 28
初めての依頼

6

しおりを挟む
 瞬間、僕は体を地面に叩きつけた。腕の中にいたマルチダが小さく呻き声を上げる。何が起こったのか分からぬまま、僕は呆気に取られた。
 見上げると、エッジレイが僕を抱えていた。彼に押し倒されたのだと理解する。しかし、一体なぜ……。
 同時に鳴き声が聞こえた。聞き覚えがある音に、僕は目を見張る。

「この声は……」
「魔豹だ。ティノ、アンタはマルチダを連れて少し離れた場所にいろ」

 見上げたエッジレイの顔は引き攣っていた。その様子に違和感を覚えながら頷く。立ち上がり、木の影に隠れた。エッジレイは僕の姿を確認し、安心したように頷き、剣帯にぶら下がった剣を慣れた具合に引き抜いた。そのまま、魔豹に構える。
 魔豹はまだ小さく、退治するには手こずらないであろうサイズだった。
 ────僕も、何か役に立てるかも。
 そう思ったが、しかし。腕の中にいるマルチダの怯え具合を察し、我に返った。
 ────僕が出て行ったところで、足手纏いになるだけだ。今は、彼女を保護することに力を入れよう。
 「あの子に襲われたんだね、可哀想に。怯えなくても、大丈夫だよ」。なるべく穏やかな言葉でマルチダをあやした。
 どすんと鈍い音が響く。エッジレイの方へ視線を投げた。彼の近くには魔豹が倒れていた。目玉が無数についた体から、じわりと血が滲んでいる。どうやら、何事もなく倒せたらしい。
 剣を仕舞うエッジレイは息切れ一つもせず、飄々としている。
 ────カッコいいな。
 男として、ああやって瞬時に行動できる彼に羨ましささえ覚える。

「ティノ。大丈夫か。怪我はないか」
「僕はなんともないです。もちろん、彼女も。あの……あなたは大丈夫ですか? 怪我は?」

 エッジレイに問う。彼は「あー……」と似合わない間延びした返事をしたあと「大丈夫だ」と返した。

「それより、マルチダを家に帰してやろう。きっと、魔豹に追われ、怪我をして、疲労困憊に違いない」

 背伸びをした彼が、僕の脱ぎすてたローブと靴を手に取る。不意に、エッジレイの背中に違和感を覚えた。
 ────衣類が破れている。

「エッジレイ……あの……」
「どうした? ほら、身に付けろ。マルチダを運んだら、今日の仕事は終わりだ」

 抱えていたマルチダの首根っこを掴み、僕から引き剥がしたエッジレイ。腕の中に彼女をすっぽりと納め、撫でている。
 ────まるで子猫のようだ。
 大男であるエッジレイがマルチダを抱えると、彼女は子猫のように小さく見えた。厳ついエッジレイと、甘く鳴き声をあげるマルチダのギャップに微笑みつつ、ローブと靴を身に付ける。

「じゃあ、行くか」

 僕の背中を叩き、彼が促す。ふわりと漂った鉄の臭いに眉を顰めつつ、しかし、彼に導かれるまま帰路へ着いた。



「マルチダ!」

 セルセイの歓喜の声に、エッジレイは「もう逃すなよ」と釘を刺す。マルチダを両手に抱えた彼女は涙ぐみながら「ありがとう」と繰り返した。

「魔豹に追われて、怪我もしてたんだ」
「怪我!?」

 セルセイが気絶しそうなほど目を開き、悲鳴を上げた。キンとした声に唇を曲げたエッジレイが続ける。

「大丈夫だ。ティノが治した」
「本当!? ありがとう、ティノ」

 涙ぐんだセルセイが前のめりになって僕に感謝を伝える。「僕が出来るのはこのくらいしかないので……」と伝えると、彼女は白髪を揺らしながら首を横に振った。

「何を言っているの。あなたはマルチダを見つけ出して、傷まで治してくれたじゃない。十分すぎるわ!」

 セルセイが空いている手で僕の手を掴んだ。ぐんぐんと何度も振り回し、全身で感謝を伝える。その大袈裟すぎる喜び方に僕は嬉しくなり、頬を染める。
 何かをしてこんなに喜んでもらえたのは初めてだ。
 ギルドにいた頃は、やることなすことに難癖をつけて嫌味を言われ、その度に愛想笑いを浮かべていた。
 けれど、このように面と向かって喜ばれると、どんな顔をしていいか分からなくなる。自分が今、うまく笑えているか分からず、不安になった。
 思わずエッジレイを見上げる。彼は僕らの光景を微笑ましく眺めていた。口パクで「良かったな」と呟く。僕は頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

尻で卵育てて産む

高久 千(たかひさ せん)
BL
異世界転移、前立腺フルボッコ。 スパダリが快楽に負けるお。♡、濁点、汚喘ぎ。

召喚された美人サラリーマンは性欲悪魔兄弟達にイカされる

KUMA
BL
朱刃音碧(あかばねあおい)30歳。 ある有名な大人の玩具の開発部門で、働くサラリーマン。 ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。 性欲悪魔(8人攻め)×人間 エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』

珍しい魔物に孕まされた男の子が培養槽で出産までお世話される話

楢山コウ
BL
目が覚めると、少年ダリオは培養槽の中にいた。研究者達の話によると、魔物の子を孕んだらしい。 立派なママになるまで、培養槽でお世話されることに。

皇城から脱走しようとする皇帝のペット

匿名希望ショタ
BL
鬼畜なご主人様である皇帝から逃げるペット。

【BL】婚約破棄されて酔った勢いで年上エッチな雌お兄さんのよしよしセックスで慰められた件

笹山もちもち
BL
身体の相性が理由で婚約破棄された俺は会社の真面目で優しい先輩と飲み明かすつもりが、いつの間にかホテルでアダルトな慰め方をされていてーーー

生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた

キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。 人外✕人間 ♡喘ぎな分、いつもより過激です。 以下注意 ♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり 2024/01/31追記  本作品はキルキのオリジナル小説です。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

凶悪犯がお気に入り刑事を逆に捕まえて、ふわとろま●こになるまで調教する話

ハヤイもち
BL
連続殺人鬼「赤い道化師」が自分の事件を担当する刑事「桐井」に一目惚れして、 監禁して調教していく話になります。 攻め:赤い道化師(連続殺人鬼)19歳。180センチくらい。美形。プライドが高い。サイコパス。 人を楽しませるのが好き。 受け:刑事:名前 桐井 30過ぎから半ば。170ちょいくらい。仕事一筋で妻に逃げられ、酒におぼれている。顔は普通。目つきは鋭い。 ※●人描写ありますので、苦手な方は閲覧注意になります。 タイトルで嫌な予感した方はブラウザバック。 ※無理やり描写あります。 ※読了後の苦情などは一切受け付けません。ご自衛ください。

処理中です...