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初めての依頼
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瞬間、僕は体を地面に叩きつけた。腕の中にいたマルチダが小さく呻き声を上げる。何が起こったのか分からぬまま、僕は呆気に取られた。
見上げると、エッジレイが僕を抱えていた。彼に押し倒されたのだと理解する。しかし、一体なぜ……。
同時に鳴き声が聞こえた。聞き覚えがある音に、僕は目を見張る。
「この声は……」
「魔豹だ。ティノ、アンタはマルチダを連れて少し離れた場所にいろ」
見上げたエッジレイの顔は引き攣っていた。その様子に違和感を覚えながら頷く。立ち上がり、木の影に隠れた。エッジレイは僕の姿を確認し、安心したように頷き、剣帯にぶら下がった剣を慣れた具合に引き抜いた。そのまま、魔豹に構える。
魔豹はまだ小さく、退治するには手こずらないであろうサイズだった。
────僕も、何か役に立てるかも。
そう思ったが、しかし。腕の中にいるマルチダの怯え具合を察し、我に返った。
────僕が出て行ったところで、足手纏いになるだけだ。今は、彼女を保護することに力を入れよう。
「あの子に襲われたんだね、可哀想に。怯えなくても、大丈夫だよ」。なるべく穏やかな言葉でマルチダをあやした。
どすんと鈍い音が響く。エッジレイの方へ視線を投げた。彼の近くには魔豹が倒れていた。目玉が無数についた体から、じわりと血が滲んでいる。どうやら、何事もなく倒せたらしい。
剣を仕舞うエッジレイは息切れ一つもせず、飄々としている。
────カッコいいな。
男として、ああやって瞬時に行動できる彼に羨ましささえ覚える。
「ティノ。大丈夫か。怪我はないか」
「僕はなんともないです。もちろん、彼女も。あの……あなたは大丈夫ですか? 怪我は?」
エッジレイに問う。彼は「あー……」と似合わない間延びした返事をしたあと「大丈夫だ」と返した。
「それより、マルチダを家に帰してやろう。きっと、魔豹に追われ、怪我をして、疲労困憊に違いない」
背伸びをした彼が、僕の脱ぎすてたローブと靴を手に取る。不意に、エッジレイの背中に違和感を覚えた。
────衣類が破れている。
「エッジレイ……あの……」
「どうした? ほら、身に付けろ。マルチダを運んだら、今日の仕事は終わりだ」
抱えていたマルチダの首根っこを掴み、僕から引き剥がしたエッジレイ。腕の中に彼女をすっぽりと納め、撫でている。
────まるで子猫のようだ。
大男であるエッジレイがマルチダを抱えると、彼女は子猫のように小さく見えた。厳ついエッジレイと、甘く鳴き声をあげるマルチダのギャップに微笑みつつ、ローブと靴を身に付ける。
「じゃあ、行くか」
僕の背中を叩き、彼が促す。ふわりと漂った鉄の臭いに眉を顰めつつ、しかし、彼に導かれるまま帰路へ着いた。
◇
「マルチダ!」
セルセイの歓喜の声に、エッジレイは「もう逃すなよ」と釘を刺す。マルチダを両手に抱えた彼女は涙ぐみながら「ありがとう」と繰り返した。
「魔豹に追われて、怪我もしてたんだ」
「怪我!?」
セルセイが気絶しそうなほど目を開き、悲鳴を上げた。キンとした声に唇を曲げたエッジレイが続ける。
「大丈夫だ。ティノが治した」
「本当!? ありがとう、ティノ」
涙ぐんだセルセイが前のめりになって僕に感謝を伝える。「僕が出来るのはこのくらいしかないので……」と伝えると、彼女は白髪を揺らしながら首を横に振った。
「何を言っているの。あなたはマルチダを見つけ出して、傷まで治してくれたじゃない。十分すぎるわ!」
セルセイが空いている手で僕の手を掴んだ。ぐんぐんと何度も振り回し、全身で感謝を伝える。その大袈裟すぎる喜び方に僕は嬉しくなり、頬を染める。
何かをしてこんなに喜んでもらえたのは初めてだ。
ギルドにいた頃は、やることなすことに難癖をつけて嫌味を言われ、その度に愛想笑いを浮かべていた。
けれど、このように面と向かって喜ばれると、どんな顔をしていいか分からなくなる。自分が今、うまく笑えているか分からず、不安になった。
思わずエッジレイを見上げる。彼は僕らの光景を微笑ましく眺めていた。口パクで「良かったな」と呟く。僕は頷いた。
見上げると、エッジレイが僕を抱えていた。彼に押し倒されたのだと理解する。しかし、一体なぜ……。
同時に鳴き声が聞こえた。聞き覚えがある音に、僕は目を見張る。
「この声は……」
「魔豹だ。ティノ、アンタはマルチダを連れて少し離れた場所にいろ」
見上げたエッジレイの顔は引き攣っていた。その様子に違和感を覚えながら頷く。立ち上がり、木の影に隠れた。エッジレイは僕の姿を確認し、安心したように頷き、剣帯にぶら下がった剣を慣れた具合に引き抜いた。そのまま、魔豹に構える。
魔豹はまだ小さく、退治するには手こずらないであろうサイズだった。
────僕も、何か役に立てるかも。
そう思ったが、しかし。腕の中にいるマルチダの怯え具合を察し、我に返った。
────僕が出て行ったところで、足手纏いになるだけだ。今は、彼女を保護することに力を入れよう。
「あの子に襲われたんだね、可哀想に。怯えなくても、大丈夫だよ」。なるべく穏やかな言葉でマルチダをあやした。
どすんと鈍い音が響く。エッジレイの方へ視線を投げた。彼の近くには魔豹が倒れていた。目玉が無数についた体から、じわりと血が滲んでいる。どうやら、何事もなく倒せたらしい。
剣を仕舞うエッジレイは息切れ一つもせず、飄々としている。
────カッコいいな。
男として、ああやって瞬時に行動できる彼に羨ましささえ覚える。
「ティノ。大丈夫か。怪我はないか」
「僕はなんともないです。もちろん、彼女も。あの……あなたは大丈夫ですか? 怪我は?」
エッジレイに問う。彼は「あー……」と似合わない間延びした返事をしたあと「大丈夫だ」と返した。
「それより、マルチダを家に帰してやろう。きっと、魔豹に追われ、怪我をして、疲労困憊に違いない」
背伸びをした彼が、僕の脱ぎすてたローブと靴を手に取る。不意に、エッジレイの背中に違和感を覚えた。
────衣類が破れている。
「エッジレイ……あの……」
「どうした? ほら、身に付けろ。マルチダを運んだら、今日の仕事は終わりだ」
抱えていたマルチダの首根っこを掴み、僕から引き剥がしたエッジレイ。腕の中に彼女をすっぽりと納め、撫でている。
────まるで子猫のようだ。
大男であるエッジレイがマルチダを抱えると、彼女は子猫のように小さく見えた。厳ついエッジレイと、甘く鳴き声をあげるマルチダのギャップに微笑みつつ、ローブと靴を身に付ける。
「じゃあ、行くか」
僕の背中を叩き、彼が促す。ふわりと漂った鉄の臭いに眉を顰めつつ、しかし、彼に導かれるまま帰路へ着いた。
◇
「マルチダ!」
セルセイの歓喜の声に、エッジレイは「もう逃すなよ」と釘を刺す。マルチダを両手に抱えた彼女は涙ぐみながら「ありがとう」と繰り返した。
「魔豹に追われて、怪我もしてたんだ」
「怪我!?」
セルセイが気絶しそうなほど目を開き、悲鳴を上げた。キンとした声に唇を曲げたエッジレイが続ける。
「大丈夫だ。ティノが治した」
「本当!? ありがとう、ティノ」
涙ぐんだセルセイが前のめりになって僕に感謝を伝える。「僕が出来るのはこのくらいしかないので……」と伝えると、彼女は白髪を揺らしながら首を横に振った。
「何を言っているの。あなたはマルチダを見つけ出して、傷まで治してくれたじゃない。十分すぎるわ!」
セルセイが空いている手で僕の手を掴んだ。ぐんぐんと何度も振り回し、全身で感謝を伝える。その大袈裟すぎる喜び方に僕は嬉しくなり、頬を染める。
何かをしてこんなに喜んでもらえたのは初めてだ。
ギルドにいた頃は、やることなすことに難癖をつけて嫌味を言われ、その度に愛想笑いを浮かべていた。
けれど、このように面と向かって喜ばれると、どんな顔をしていいか分からなくなる。自分が今、うまく笑えているか分からず、不安になった。
思わずエッジレイを見上げる。彼は僕らの光景を微笑ましく眺めていた。口パクで「良かったな」と呟く。僕は頷いた。
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