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初めての依頼
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「こちらにサインを」
「は、はい……」
万年筆を受け取り、サインを書く。これで、僕はエッジレイと正式なパートナーになれるんだ。そう思うと、なんだか胸の辺りがムズムズとした。
「彼は、エッジレイとだけ組むんですか? それとも、オルネラのギルドに所属するんですか?」「いや、オルネラとは無関係だ」「承知いたしました」。
二人の会話を横目に見て、居心地が悪くなる。オルネラとは誰なのだろうか、とぼんやり考えながら集会場にいる人たちへ視線を投げる。みんな愉快げに笑い合い、会話をしていた。
────楽しそうだな。
ギルドにいた頃、みんなが笑い合う中、僕だけうまく笑えずにいたことを思い出す。役立たずと小馬鹿にされ、肩を竦めて無理に笑うしかなかった。嬉しくなくても、楽しくなくても、笑顔を張り付けて微笑まなければいけなかった。
頬に手を伸ばす。引き攣った筋肉の感覚がいまだにそこに残っていた。
「どうした? ティノ。大丈夫か?」
背中をポンと叩かれ、我に返る。見上げるとエッジレイがきょとんとしていた。首を横に振り「大丈夫です」と返す。
「ならいい。じゃあ、今から何か依頼を受けてみるか?」
「依頼」。僕は言葉を往復させた。今まで、討伐などについて行くことはあったが、自分で仕事を請け負い、達成するという行為をしたことがなかった。
「嫌なら、構わない。無理強いはしない」
「いえ、やってみたいです。僕、誰かの役に立ちたいです!」
興奮気味の僕を見て、エッジレイが子供を宥めるみたいに笑った。その笑みは、僕を見下してクツクツと肩を揺らしていたギルドメンバーたちの笑みとは違うものだった。同じ動作なのに、ここまで違うんだなと頭の隅でぼんやり思う。
「分かったよ。何か、探してみよう」
「あ、エッジレイ。お待ちください」
クロエが声をあげる。ちょいちょいと手を動かし、僕らを招いた。トンと紙を指先で叩き、目を細める。
「セルセイさんから、ご指名依頼です」
「またか……」
エッジレイが額に手を当てる。「よろしくお願いします」と微笑むクロエとエッジレイを交互に見た。
「ティノ」
「は、はい」
「猫は好きか?」
◇
依頼主はセルセイという女性。内容は自分の飼っている猫が脱走してしまった故、探して欲しいとのこと。渡された写真には真っ黒な猫が写っている。イエローともグリーンとも言い難い色をした瞳は、まるで宝石のようだ。クリクリとした瞳でこちらを見つめている写真を掲げ、僕は首を傾げる。
「こういう依頼もあるんですね」
「金を貰えば、皿洗いだってしに行く。それが、俺たちの仕事だ」
「そうなんですか」
集会場から離れた僕たちは、依頼主であるセルセイの元へ向かう。ふと、皿洗いをするエッジレイを想像してしまい、少し頬が緩んだ。
隣を歩むエッジレイは顔を顰め、腕を組んだ。「いつも猫を脱走させてるんだ、彼女は。しかし、猫なんて放っておけば帰ってくる生き物だろう。心配性すぎだ」と唇を曲げる。どうやらエッジレイはセルセイという女性にたいそう好かれているらしい。いつも猫を逃しては「捕まえてくれないか」と依頼を出しているそうな。
「信頼されているんですね」
「どうだかな」
肩を竦めた彼が声を上げる。「あそこだ」。街から少し離れた場所。静かな木々が生い茂る中にポツンとある一軒家は、とてもひっそりとしていた。庭には綺麗に植えられた花々があり、大切にされている様子がひしひしと伝わる。焦茶色のドアをノックすると、中から老婆の声が聞こえた。「あいよ」としゃがれた声が聞こえ、ゆっくりと扉が開く。
「おぉ、エッジレイ。よく来てくれたねぇ」
セルセイがエッジレイの姿を見た途端に、のろりとした動きで彼を抱き寄せた。その行動に慣れているのか、エッジレイは宥めるように彼女を離した。
「またマルチダを逃したのか、セルセイ」
「そうなんだよ、あの子ったらすぐに外へ飛び出しちゃって……あれ?」
声を弾ませていたセルセイが僕の姿を視界に捉え、目をまん丸とさせた。「おや、おやおやおや」とかけていたメガネの縁を上げる。僕とエッジレイの顔を交互に見て「彼は?」と聞いた。エッジレイは「新しいパートナーだ」とつげる。
その言葉を受け、セルセイが「パートナーを作る気になったんだねぇ」と涙ぐんでいた。
「別に、泣くほどじゃないだろ」
「いいや、あんたがやっと他の人間と組むようになって、嬉しいんだよ。ほら、あのことがあってからあんたは……」
そう言いかけ、口元を手で押さえる。「とにかく、良かったよ」とセルセイがひとりごちる。
────あのこと……?
僕は含みを持たれたその言葉に、眉を顰めた。エッジレイを見上げたが、彼は口を噤んでいた。聞いてはいけないことなのだろうと思い、目を逸らす。
────僕は彼のこと、なにも知らない。
彼が一人で依頼を受けて、仕事をして、あの一軒家で一人暮らしをしているという情報しか知らない。
────彼を、知ることができるだろうか。
「じゃあ、探しに行ってくる。すぐに連れて帰る」。そう言い、踵を返すエッジレイの後ろを追う。スタスタと歩みを進める彼は、まるで初めから猫(確か名前はマルチダだ)の居場所がわかっているかのような素振りをしていた。
「え、エッジレイ、待ってください」
「あぁ、すまん。いつもは一人で行動しているから、歩みが早くなった」
彼がピタリと止まる。エッジレイに駆け寄り、首を横に振った。
「ごめんなさい、僕がトロいのがいけないんです」
自分のノロマさに心底嫌気がさす。エッジレイに呆れられるのも時間の問題だなと肩を落とした。
「違う。俺が早歩きなのが悪い。アンタは悪くないよ。ほら、行こう」
エッジレイが背中に手を回す。「急かすのが俺のクセなんだ。今回の依頼は切羽詰まったものじゃない。だから、ゆっくり行こう」。
怒らない彼を見つめ、呆気に取られる。いつもは少し遅れただけで嫌味を言われていたから「アンタは悪くない」と言われることに慣れていなかった。
じんわりとした優しさに頬を緩めていると、エッジレイが言葉を続けた。
「は、はい……」
万年筆を受け取り、サインを書く。これで、僕はエッジレイと正式なパートナーになれるんだ。そう思うと、なんだか胸の辺りがムズムズとした。
「彼は、エッジレイとだけ組むんですか? それとも、オルネラのギルドに所属するんですか?」「いや、オルネラとは無関係だ」「承知いたしました」。
二人の会話を横目に見て、居心地が悪くなる。オルネラとは誰なのだろうか、とぼんやり考えながら集会場にいる人たちへ視線を投げる。みんな愉快げに笑い合い、会話をしていた。
────楽しそうだな。
ギルドにいた頃、みんなが笑い合う中、僕だけうまく笑えずにいたことを思い出す。役立たずと小馬鹿にされ、肩を竦めて無理に笑うしかなかった。嬉しくなくても、楽しくなくても、笑顔を張り付けて微笑まなければいけなかった。
頬に手を伸ばす。引き攣った筋肉の感覚がいまだにそこに残っていた。
「どうした? ティノ。大丈夫か?」
背中をポンと叩かれ、我に返る。見上げるとエッジレイがきょとんとしていた。首を横に振り「大丈夫です」と返す。
「ならいい。じゃあ、今から何か依頼を受けてみるか?」
「依頼」。僕は言葉を往復させた。今まで、討伐などについて行くことはあったが、自分で仕事を請け負い、達成するという行為をしたことがなかった。
「嫌なら、構わない。無理強いはしない」
「いえ、やってみたいです。僕、誰かの役に立ちたいです!」
興奮気味の僕を見て、エッジレイが子供を宥めるみたいに笑った。その笑みは、僕を見下してクツクツと肩を揺らしていたギルドメンバーたちの笑みとは違うものだった。同じ動作なのに、ここまで違うんだなと頭の隅でぼんやり思う。
「分かったよ。何か、探してみよう」
「あ、エッジレイ。お待ちください」
クロエが声をあげる。ちょいちょいと手を動かし、僕らを招いた。トンと紙を指先で叩き、目を細める。
「セルセイさんから、ご指名依頼です」
「またか……」
エッジレイが額に手を当てる。「よろしくお願いします」と微笑むクロエとエッジレイを交互に見た。
「ティノ」
「は、はい」
「猫は好きか?」
◇
依頼主はセルセイという女性。内容は自分の飼っている猫が脱走してしまった故、探して欲しいとのこと。渡された写真には真っ黒な猫が写っている。イエローともグリーンとも言い難い色をした瞳は、まるで宝石のようだ。クリクリとした瞳でこちらを見つめている写真を掲げ、僕は首を傾げる。
「こういう依頼もあるんですね」
「金を貰えば、皿洗いだってしに行く。それが、俺たちの仕事だ」
「そうなんですか」
集会場から離れた僕たちは、依頼主であるセルセイの元へ向かう。ふと、皿洗いをするエッジレイを想像してしまい、少し頬が緩んだ。
隣を歩むエッジレイは顔を顰め、腕を組んだ。「いつも猫を脱走させてるんだ、彼女は。しかし、猫なんて放っておけば帰ってくる生き物だろう。心配性すぎだ」と唇を曲げる。どうやらエッジレイはセルセイという女性にたいそう好かれているらしい。いつも猫を逃しては「捕まえてくれないか」と依頼を出しているそうな。
「信頼されているんですね」
「どうだかな」
肩を竦めた彼が声を上げる。「あそこだ」。街から少し離れた場所。静かな木々が生い茂る中にポツンとある一軒家は、とてもひっそりとしていた。庭には綺麗に植えられた花々があり、大切にされている様子がひしひしと伝わる。焦茶色のドアをノックすると、中から老婆の声が聞こえた。「あいよ」としゃがれた声が聞こえ、ゆっくりと扉が開く。
「おぉ、エッジレイ。よく来てくれたねぇ」
セルセイがエッジレイの姿を見た途端に、のろりとした動きで彼を抱き寄せた。その行動に慣れているのか、エッジレイは宥めるように彼女を離した。
「またマルチダを逃したのか、セルセイ」
「そうなんだよ、あの子ったらすぐに外へ飛び出しちゃって……あれ?」
声を弾ませていたセルセイが僕の姿を視界に捉え、目をまん丸とさせた。「おや、おやおやおや」とかけていたメガネの縁を上げる。僕とエッジレイの顔を交互に見て「彼は?」と聞いた。エッジレイは「新しいパートナーだ」とつげる。
その言葉を受け、セルセイが「パートナーを作る気になったんだねぇ」と涙ぐんでいた。
「別に、泣くほどじゃないだろ」
「いいや、あんたがやっと他の人間と組むようになって、嬉しいんだよ。ほら、あのことがあってからあんたは……」
そう言いかけ、口元を手で押さえる。「とにかく、良かったよ」とセルセイがひとりごちる。
────あのこと……?
僕は含みを持たれたその言葉に、眉を顰めた。エッジレイを見上げたが、彼は口を噤んでいた。聞いてはいけないことなのだろうと思い、目を逸らす。
────僕は彼のこと、なにも知らない。
彼が一人で依頼を受けて、仕事をして、あの一軒家で一人暮らしをしているという情報しか知らない。
────彼を、知ることができるだろうか。
「じゃあ、探しに行ってくる。すぐに連れて帰る」。そう言い、踵を返すエッジレイの後ろを追う。スタスタと歩みを進める彼は、まるで初めから猫(確か名前はマルチダだ)の居場所がわかっているかのような素振りをしていた。
「え、エッジレイ、待ってください」
「あぁ、すまん。いつもは一人で行動しているから、歩みが早くなった」
彼がピタリと止まる。エッジレイに駆け寄り、首を横に振った。
「ごめんなさい、僕がトロいのがいけないんです」
自分のノロマさに心底嫌気がさす。エッジレイに呆れられるのも時間の問題だなと肩を落とした。
「違う。俺が早歩きなのが悪い。アンタは悪くないよ。ほら、行こう」
エッジレイが背中に手を回す。「急かすのが俺のクセなんだ。今回の依頼は切羽詰まったものじゃない。だから、ゆっくり行こう」。
怒らない彼を見つめ、呆気に取られる。いつもは少し遅れただけで嫌味を言われていたから「アンタは悪くない」と言われることに慣れていなかった。
じんわりとした優しさに頬を緩めていると、エッジレイが言葉を続けた。
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