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初めての依頼
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◇
「今から、俺とアンタが正式なパートナーになれるよう、申請をしに行く」
エッジレイが服の襟を整え、剣帯を腰に巻いた。手袋とブーツを履き、外行きの格好へどんどん変わっていく。食事を終えた僕は彼を見上げ、ポカンと口を開いたまま固まった。
「そ、そういうのがあるんですね……」
「あぁ。お前は元々いたギルドに入った時、交わさなかったのか?」
父に売られた時の記憶を呼び起こす。しかし、何も出てこなかった。父に売られた日以降、僕はヴァンサが仕切る屋敷に閉じ込められた。だから、まどろっこしい契約をした記憶がない。
「わからなくて」と返した僕を見つめ「わからなければそれでいい」とエッジレイが優しくひとりごちた。
「ティノ。これを着ろ。少し大きいが多分、サイズは合うはずだ」
渡されたのはグレーのローブだった。フードを被るとすっぽりと顔が隠れる。「一応、アンタは厄介なギルドから逃れてきた身だからな」と付け加え、ローブのボタンを留める。
「このぐらい、一人でもできますから……」
世話を焼かれ、頬が熱くなる。まるで何もできない赤子になったかのような感覚に陥った。
「……アンタを見てると甘やかしたくなるな」
「あ、甘やかしたくなる……?」
「あぁ。お前も肩の力を抜いて、俺に甘えろ。気張りすぎだ。な?」
ふふ、と小さく笑ったエッジレイは僕の背中をポンと叩く。「行こうか?」と促され、僕は小さく頷いた。
────甘やかされるのは、本当に久しぶりだ。
母にしか甘えたことがない僕は、この年齢になって「甘えても良い」と宣言され、それにどう答えて良いかわからず狼狽えた。
────甘える、とはどうすれば良いのか。
時々、行為が終わった後に、ヴァンサがひどく甘えてくる時があった。猫のように擦り寄り「本当はお前のことを愛している」と譫言の如くひとりごちる。きっと戯言なのだろうと聞き流しながら、彼の頭を撫でてやると、震える指先で縋ってくるのだ。
────あぁいう風にしたら良いのだろうか?
隣を歩くエッジレイを見上げる。彼に擦り寄って甘えたら、どうなるのだろうと考え、そこで思考を止めた。
────変なことをして嫌われたくない。
エッジレイは僕みたいな役立たずを拾うほど、世話焼きなのだ。そんな彼に、無礼なことをして失望されたくない。
頬を軽く叩き、気合を入れ直す。
僕は彼に拾われた身だ。献身的に生きて、彼を支えなければいけない。
「エッジレイも、僕に甘えてくださいね」
「はは、そうか。そうだな。俺も甘える時は甘えるよ」
「はい! 僕、奉仕は得意なので、大体のことはできます! なんでも仰ってください」
彼は喉に何かを詰まらせたような表情を浮かべ「奉仕……?」と返した。エッジレイの表情を、また曇らせてしまった。僕は自分に失望し、どうして彼の機嫌を損ねるようなことを言ってしまうのだろうか、とへこんだ。
◇
集会場と呼ばれた場所は、とても賑やかだった。エッジレイみたいに大柄な男性や、重そうな武器を軽々と掲げる女性が複数いて、受付と何かを話している。「ここは俺たちみたいな人間に仕事の斡旋や依頼を申し込むところだ」とエッジレイに言われ、相槌を打つ。
「こんにちは……ってあれ? エッジレイじゃないですか。お疲れ様です」
受付にいた女性は茶髪のボブを揺らしながらハキハキと言葉を述べた。僕の方へ視線を遣り「初めまして。こんにちは」と微笑む。僕も頭を下げ挨拶をした。
「お疲れ様、クロエ」
「今日はどのようなご用件で?」
「彼と正式なパートナーになりたいんだ」
「申請をしたい」と続けるエッジレイに、クロエが微笑み、僕の方を一瞥した。「エッジレイ、ようやくパートナーを作る気になったんですね」と揶揄うように口元を隠しながら笑った。
「笑うんじゃない」
「だって、ふふ。あなたがひとりぼっちを謳歌することをやめて、嬉しいんですよ。エッジレイぐらい強くても、一人じゃ任務は危険ですからね」
エッジレイを見上げると、ほんのり頬が赤くなっていた。ムッと唇を尖らせる仕草は子供らしさが滲み出ていて可愛く思えた。
「彼は以前に別のギルドに所属していた。脱退手続きをしてくれ」
「承知しました。では、パートナーのお名前をお伺いしても?」
クロエが聞いてくる。「ティノ・アンデサロです」と告げると、クロエは分厚い本に手を翳し、目を瞑った。橙色の光が彼女の手を包み、黙り込む。
「すごい、初めて感じる魔力です」
「彼女たちのような仕事をしている人間は、攻撃や治癒とはまた違う魔法の使い方をするんだ」
クロエがパッと顔を上げた。「ティノはどこにも属していませんね」と言われ、エッジレイが首を傾げた。
「おかしいな。登録されていないのか。じゃあ、元ギルドに探られる必要もなさそうだな。よし、好都合だ」
「ティノの情報は俺以外には公開しないよう制限してくれ」とエッジレイがクロエに告げた。「かしこまりました」と頷き、紙を差し出す。
「今から、俺とアンタが正式なパートナーになれるよう、申請をしに行く」
エッジレイが服の襟を整え、剣帯を腰に巻いた。手袋とブーツを履き、外行きの格好へどんどん変わっていく。食事を終えた僕は彼を見上げ、ポカンと口を開いたまま固まった。
「そ、そういうのがあるんですね……」
「あぁ。お前は元々いたギルドに入った時、交わさなかったのか?」
父に売られた時の記憶を呼び起こす。しかし、何も出てこなかった。父に売られた日以降、僕はヴァンサが仕切る屋敷に閉じ込められた。だから、まどろっこしい契約をした記憶がない。
「わからなくて」と返した僕を見つめ「わからなければそれでいい」とエッジレイが優しくひとりごちた。
「ティノ。これを着ろ。少し大きいが多分、サイズは合うはずだ」
渡されたのはグレーのローブだった。フードを被るとすっぽりと顔が隠れる。「一応、アンタは厄介なギルドから逃れてきた身だからな」と付け加え、ローブのボタンを留める。
「このぐらい、一人でもできますから……」
世話を焼かれ、頬が熱くなる。まるで何もできない赤子になったかのような感覚に陥った。
「……アンタを見てると甘やかしたくなるな」
「あ、甘やかしたくなる……?」
「あぁ。お前も肩の力を抜いて、俺に甘えろ。気張りすぎだ。な?」
ふふ、と小さく笑ったエッジレイは僕の背中をポンと叩く。「行こうか?」と促され、僕は小さく頷いた。
────甘やかされるのは、本当に久しぶりだ。
母にしか甘えたことがない僕は、この年齢になって「甘えても良い」と宣言され、それにどう答えて良いかわからず狼狽えた。
────甘える、とはどうすれば良いのか。
時々、行為が終わった後に、ヴァンサがひどく甘えてくる時があった。猫のように擦り寄り「本当はお前のことを愛している」と譫言の如くひとりごちる。きっと戯言なのだろうと聞き流しながら、彼の頭を撫でてやると、震える指先で縋ってくるのだ。
────あぁいう風にしたら良いのだろうか?
隣を歩くエッジレイを見上げる。彼に擦り寄って甘えたら、どうなるのだろうと考え、そこで思考を止めた。
────変なことをして嫌われたくない。
エッジレイは僕みたいな役立たずを拾うほど、世話焼きなのだ。そんな彼に、無礼なことをして失望されたくない。
頬を軽く叩き、気合を入れ直す。
僕は彼に拾われた身だ。献身的に生きて、彼を支えなければいけない。
「エッジレイも、僕に甘えてくださいね」
「はは、そうか。そうだな。俺も甘える時は甘えるよ」
「はい! 僕、奉仕は得意なので、大体のことはできます! なんでも仰ってください」
彼は喉に何かを詰まらせたような表情を浮かべ「奉仕……?」と返した。エッジレイの表情を、また曇らせてしまった。僕は自分に失望し、どうして彼の機嫌を損ねるようなことを言ってしまうのだろうか、とへこんだ。
◇
集会場と呼ばれた場所は、とても賑やかだった。エッジレイみたいに大柄な男性や、重そうな武器を軽々と掲げる女性が複数いて、受付と何かを話している。「ここは俺たちみたいな人間に仕事の斡旋や依頼を申し込むところだ」とエッジレイに言われ、相槌を打つ。
「こんにちは……ってあれ? エッジレイじゃないですか。お疲れ様です」
受付にいた女性は茶髪のボブを揺らしながらハキハキと言葉を述べた。僕の方へ視線を遣り「初めまして。こんにちは」と微笑む。僕も頭を下げ挨拶をした。
「お疲れ様、クロエ」
「今日はどのようなご用件で?」
「彼と正式なパートナーになりたいんだ」
「申請をしたい」と続けるエッジレイに、クロエが微笑み、僕の方を一瞥した。「エッジレイ、ようやくパートナーを作る気になったんですね」と揶揄うように口元を隠しながら笑った。
「笑うんじゃない」
「だって、ふふ。あなたがひとりぼっちを謳歌することをやめて、嬉しいんですよ。エッジレイぐらい強くても、一人じゃ任務は危険ですからね」
エッジレイを見上げると、ほんのり頬が赤くなっていた。ムッと唇を尖らせる仕草は子供らしさが滲み出ていて可愛く思えた。
「彼は以前に別のギルドに所属していた。脱退手続きをしてくれ」
「承知しました。では、パートナーのお名前をお伺いしても?」
クロエが聞いてくる。「ティノ・アンデサロです」と告げると、クロエは分厚い本に手を翳し、目を瞑った。橙色の光が彼女の手を包み、黙り込む。
「すごい、初めて感じる魔力です」
「彼女たちのような仕事をしている人間は、攻撃や治癒とはまた違う魔法の使い方をするんだ」
クロエがパッと顔を上げた。「ティノはどこにも属していませんね」と言われ、エッジレイが首を傾げた。
「おかしいな。登録されていないのか。じゃあ、元ギルドに探られる必要もなさそうだな。よし、好都合だ」
「ティノの情報は俺以外には公開しないよう制限してくれ」とエッジレイがクロエに告げた。「かしこまりました」と頷き、紙を差し出す。
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