12 / 28
初めての依頼
1
しおりを挟む
目覚めると、知らない天井が広がっていた。屋根裏でもなければ、ヴァンサの部屋のものでもない。
数回、瞬きを繰り返す。ゆっくりと顔を傾けた。燦々と降り注ぐ太陽は、早朝の穏やかな日差しではない。
────寝過ごした。
僕は勢い良く起き上がり、ベッドから転げ落ちる。こんな時間まで眠っていたら、きっとヴァンサに叱られる。今度こそ、地下室に 五日間も閉じ込められてしまうだろう。もしかしたら、それ以上のつらい罰を受けるかもしれない。
ドタンと勢いよくベッドから転がり落ち、床に体を叩きつけた僕は、微睡んだ視界の中である違和感に気がついた。
「あれ……?」
床質が屋敷のものではない。
ざらりとしたその表面を撫で、そこでようやく僕がエッジレイの家で一夜を過ごしたのだと思い出した。
「おはよう、ティノ。どうした? 大丈夫か?」
頭上から声が降り注いだ。顔を上げると、黒髪の大男が僕を見ていた。彼はすでに寝衣から正装に着替えている。
「え、エッジレイ! ごめんなさい、寝坊しました!」
素早く立ち上がり、寝癖を整える。エッジレイは僕の姿を見て、小さく微笑んだ。そのまま、整えたばかりの寝癖をグシャリと掻き乱す。
「いい。気にするな」
頭を撫でられポカンとしている僕を軽々と抱き上げ、もう一度ベッドへ寝かせる。
「もっと寝ていろ。アンタは早起きすぎる」
ブランケットを肩までかけられ、ポンと腹を軽く叩かれた。「朝食ができたら、呼びにくる」と言い残し、部屋を後にする。
僕は呆然としたまま、もう一度見慣れない天井を見つめる。
────こんなにゆっくりした朝は、初めてだ。
チラリと窓の外へ視線を投げる。燦々と降り注ぐ朝日が部屋へ入り込み、緩やかな風がカーテンを揺らしている。
逸らした視線の先に、僕の愛用している魔導書があった。椅子の上に置かれたそれは、綺麗に拭かれている。
昨日、僕は屋敷へ帰り、魔導書だけを手に取り逃げるようにあの場所を去った。何も告げずに去った僕は、心臓を破裂させんばかりに高鳴らせていた。何度も「大丈夫かな」と聞く僕にエッジレイは「俺が守るから大丈夫だ」と繰り返した。
ふぅ、とため息を漏らしブランケットを口元あたりまで引っ張る。淡い体温が滲んだベッドはとても気持ちがいい。
エッジレイは、このベッドを僕に譲ってくれた。「この家に居候するのは僕なので、あなたがこのベッドを使うべきです」と説得したけれど、彼は首を横に振り「俺は野宿で鍛えてるから大丈夫だ」と告げ、硬い床の上にブランケットを敷き、そこで眠ってしまった。
────迷惑、かけてるよなぁ。
悶々とした後悔が僕を埋め尽くす。急に僕のような人間が押しかけて、寝床まで奪ってしまうなんて。恥知らずもいいところだ。エッジレイが優しい人間だからっておんぶにだっこだなんて……。
「僕って、ほんと……」
────役立たずな、ままだ。
徐々に瞼が重くなる。まだ眠気が支配している脳内が微睡んできた。掠れゆく意識の中、頭を撫でたエッジレイの手のひらを思い出す。気持ちよかったなと思いながら眠りについた。
◇
「本当にごめんなさい」
合わせる顔がなく深々と謝罪をする。「こんな時間まで眠ってしまって……」と震える声を漏らすと、エッジレイは「気にするな」と微笑み、スープを温め直した。
「ま、まさか二度寝が、あれほどまでに気持ちいいものだなんて……」
「二度寝、したことないのか?」
「は、はい……すぐに起きて作業に取り掛からないと、仕置きをされるので……」
椅子に座った僕は眠気まなこを擦りながら、頷く。エッジレイが焼きたてのパンが乗った皿を僕の前に置き、怪訝そうに「仕置き」と鸚鵡返しをした。
やがて、僕の寝癖を指先で弄った。
「この家では、ゆっくりしていい。もっと、たくさん眠っててもいいんだ」
厳しい顔つきをしているのに、彼はとても穏やかにそう言った。おずおずと頷く。
テーブルに置かれたスープを指差し「食べていいですか?」と問う。「アンタのために用意してるんだから当たり前だろう」と返され、拍子抜けした。
目の前にはスープとパンと、切りたての瑞々しい果実がある。淹れたてのコーヒーもあり、僕は身を縮こませた。
「全部?」
「量が少ないか?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあ、多いか? アンタ、少食っぽいからな」
昨日の夕食時から気になっていたことだ。彼は僕によくしてくれている。食事だって豪勢なものを用意してくれるし、きちんと与えてくれる。どうも馴染みがない習慣に、本当に僕はここにいて良いのだろうかと不安になる。
「いえ、量とかそういう問題じゃなくて……いつもはみんなの残飯を食べているので、こんな良いものをいただいていいのか、ちょっと申し訳なくなって……」
「残飯を食べてたのか?」
「はい」
短く答えると、エッジレイは顔を顰めた。彼はよく、その顔をする。僕が喋るたびに彼が不機嫌になるのが少し寂しかった。「本当にひどい扱いをされてたんだな」と、ため息を漏らした彼を困らせたくなくて、ギルドにいた時に貼り付けていた笑顔を無理に作って見せる。
「全然! 僕みたいな役立たずには、そのぐらいがちょうどいいんです」
瞬間、頬に彼の手が伸びた。ゆっくりと撫でられ、体が強張る。
「無理に笑うな。アンタはきっと、そうやって自分の悲しいことや辛いことを笑顔で誤魔化してきたんだろ。ここではもう、そんなことしなくていい」
「じゃあ、ゆっくり食べろ。俺は洗濯物を干しに行くから」。そう言い残し、去った大きな背中をぼんやりと眺める。でっぷりとした艶やかな果実をフォークで刺し、口に運んだ。口内に酸味がじわりと滲む。
「美味しいです」。ポロリと目から涙がこぼれ落ちる。僕はぐずぐずと泣きながら、果実を咀嚼した。
数回、瞬きを繰り返す。ゆっくりと顔を傾けた。燦々と降り注ぐ太陽は、早朝の穏やかな日差しではない。
────寝過ごした。
僕は勢い良く起き上がり、ベッドから転げ落ちる。こんな時間まで眠っていたら、きっとヴァンサに叱られる。今度こそ、地下室に 五日間も閉じ込められてしまうだろう。もしかしたら、それ以上のつらい罰を受けるかもしれない。
ドタンと勢いよくベッドから転がり落ち、床に体を叩きつけた僕は、微睡んだ視界の中である違和感に気がついた。
「あれ……?」
床質が屋敷のものではない。
ざらりとしたその表面を撫で、そこでようやく僕がエッジレイの家で一夜を過ごしたのだと思い出した。
「おはよう、ティノ。どうした? 大丈夫か?」
頭上から声が降り注いだ。顔を上げると、黒髪の大男が僕を見ていた。彼はすでに寝衣から正装に着替えている。
「え、エッジレイ! ごめんなさい、寝坊しました!」
素早く立ち上がり、寝癖を整える。エッジレイは僕の姿を見て、小さく微笑んだ。そのまま、整えたばかりの寝癖をグシャリと掻き乱す。
「いい。気にするな」
頭を撫でられポカンとしている僕を軽々と抱き上げ、もう一度ベッドへ寝かせる。
「もっと寝ていろ。アンタは早起きすぎる」
ブランケットを肩までかけられ、ポンと腹を軽く叩かれた。「朝食ができたら、呼びにくる」と言い残し、部屋を後にする。
僕は呆然としたまま、もう一度見慣れない天井を見つめる。
────こんなにゆっくりした朝は、初めてだ。
チラリと窓の外へ視線を投げる。燦々と降り注ぐ朝日が部屋へ入り込み、緩やかな風がカーテンを揺らしている。
逸らした視線の先に、僕の愛用している魔導書があった。椅子の上に置かれたそれは、綺麗に拭かれている。
昨日、僕は屋敷へ帰り、魔導書だけを手に取り逃げるようにあの場所を去った。何も告げずに去った僕は、心臓を破裂させんばかりに高鳴らせていた。何度も「大丈夫かな」と聞く僕にエッジレイは「俺が守るから大丈夫だ」と繰り返した。
ふぅ、とため息を漏らしブランケットを口元あたりまで引っ張る。淡い体温が滲んだベッドはとても気持ちがいい。
エッジレイは、このベッドを僕に譲ってくれた。「この家に居候するのは僕なので、あなたがこのベッドを使うべきです」と説得したけれど、彼は首を横に振り「俺は野宿で鍛えてるから大丈夫だ」と告げ、硬い床の上にブランケットを敷き、そこで眠ってしまった。
────迷惑、かけてるよなぁ。
悶々とした後悔が僕を埋め尽くす。急に僕のような人間が押しかけて、寝床まで奪ってしまうなんて。恥知らずもいいところだ。エッジレイが優しい人間だからっておんぶにだっこだなんて……。
「僕って、ほんと……」
────役立たずな、ままだ。
徐々に瞼が重くなる。まだ眠気が支配している脳内が微睡んできた。掠れゆく意識の中、頭を撫でたエッジレイの手のひらを思い出す。気持ちよかったなと思いながら眠りについた。
◇
「本当にごめんなさい」
合わせる顔がなく深々と謝罪をする。「こんな時間まで眠ってしまって……」と震える声を漏らすと、エッジレイは「気にするな」と微笑み、スープを温め直した。
「ま、まさか二度寝が、あれほどまでに気持ちいいものだなんて……」
「二度寝、したことないのか?」
「は、はい……すぐに起きて作業に取り掛からないと、仕置きをされるので……」
椅子に座った僕は眠気まなこを擦りながら、頷く。エッジレイが焼きたてのパンが乗った皿を僕の前に置き、怪訝そうに「仕置き」と鸚鵡返しをした。
やがて、僕の寝癖を指先で弄った。
「この家では、ゆっくりしていい。もっと、たくさん眠っててもいいんだ」
厳しい顔つきをしているのに、彼はとても穏やかにそう言った。おずおずと頷く。
テーブルに置かれたスープを指差し「食べていいですか?」と問う。「アンタのために用意してるんだから当たり前だろう」と返され、拍子抜けした。
目の前にはスープとパンと、切りたての瑞々しい果実がある。淹れたてのコーヒーもあり、僕は身を縮こませた。
「全部?」
「量が少ないか?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあ、多いか? アンタ、少食っぽいからな」
昨日の夕食時から気になっていたことだ。彼は僕によくしてくれている。食事だって豪勢なものを用意してくれるし、きちんと与えてくれる。どうも馴染みがない習慣に、本当に僕はここにいて良いのだろうかと不安になる。
「いえ、量とかそういう問題じゃなくて……いつもはみんなの残飯を食べているので、こんな良いものをいただいていいのか、ちょっと申し訳なくなって……」
「残飯を食べてたのか?」
「はい」
短く答えると、エッジレイは顔を顰めた。彼はよく、その顔をする。僕が喋るたびに彼が不機嫌になるのが少し寂しかった。「本当にひどい扱いをされてたんだな」と、ため息を漏らした彼を困らせたくなくて、ギルドにいた時に貼り付けていた笑顔を無理に作って見せる。
「全然! 僕みたいな役立たずには、そのぐらいがちょうどいいんです」
瞬間、頬に彼の手が伸びた。ゆっくりと撫でられ、体が強張る。
「無理に笑うな。アンタはきっと、そうやって自分の悲しいことや辛いことを笑顔で誤魔化してきたんだろ。ここではもう、そんなことしなくていい」
「じゃあ、ゆっくり食べろ。俺は洗濯物を干しに行くから」。そう言い残し、去った大きな背中をぼんやりと眺める。でっぷりとした艶やかな果実をフォークで刺し、口に運んだ。口内に酸味がじわりと滲む。
「美味しいです」。ポロリと目から涙がこぼれ落ちる。僕はぐずぐずと泣きながら、果実を咀嚼した。
15
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる