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初めての依頼
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目覚めると、知らない天井が広がっていた。屋根裏でもなければ、ヴァンサの部屋のものでもない。
数回、瞬きを繰り返す。ゆっくりと顔を傾けた。燦々と降り注ぐ太陽は、早朝の穏やかな日差しではない。
────寝過ごした。
僕は勢い良く起き上がり、ベッドから転げ落ちる。こんな時間まで眠っていたら、きっとヴァンサに叱られる。今度こそ、地下室に 五日間も閉じ込められてしまうだろう。もしかしたら、それ以上のつらい罰を受けるかもしれない。
ドタンと勢いよくベッドから転がり落ち、床に体を叩きつけた僕は、微睡んだ視界の中である違和感に気がついた。
「あれ……?」
床質が屋敷のものではない。
ざらりとしたその表面を撫で、そこでようやく僕がエッジレイの家で一夜を過ごしたのだと思い出した。
「おはよう、ティノ。どうした? 大丈夫か?」
頭上から声が降り注いだ。顔を上げると、黒髪の大男が僕を見ていた。彼はすでに寝衣から正装に着替えている。
「え、エッジレイ! ごめんなさい、寝坊しました!」
素早く立ち上がり、寝癖を整える。エッジレイは僕の姿を見て、小さく微笑んだ。そのまま、整えたばかりの寝癖をグシャリと掻き乱す。
「いい。気にするな」
頭を撫でられポカンとしている僕を軽々と抱き上げ、もう一度ベッドへ寝かせる。
「もっと寝ていろ。アンタは早起きすぎる」
ブランケットを肩までかけられ、ポンと腹を軽く叩かれた。「朝食ができたら、呼びにくる」と言い残し、部屋を後にする。
僕は呆然としたまま、もう一度見慣れない天井を見つめる。
────こんなにゆっくりした朝は、初めてだ。
チラリと窓の外へ視線を投げる。燦々と降り注ぐ朝日が部屋へ入り込み、緩やかな風がカーテンを揺らしている。
逸らした視線の先に、僕の愛用している魔導書があった。椅子の上に置かれたそれは、綺麗に拭かれている。
昨日、僕は屋敷へ帰り、魔導書だけを手に取り逃げるようにあの場所を去った。何も告げずに去った僕は、心臓を破裂させんばかりに高鳴らせていた。何度も「大丈夫かな」と聞く僕にエッジレイは「俺が守るから大丈夫だ」と繰り返した。
ふぅ、とため息を漏らしブランケットを口元あたりまで引っ張る。淡い体温が滲んだベッドはとても気持ちがいい。
エッジレイは、このベッドを僕に譲ってくれた。「この家に居候するのは僕なので、あなたがこのベッドを使うべきです」と説得したけれど、彼は首を横に振り「俺は野宿で鍛えてるから大丈夫だ」と告げ、硬い床の上にブランケットを敷き、そこで眠ってしまった。
────迷惑、かけてるよなぁ。
悶々とした後悔が僕を埋め尽くす。急に僕のような人間が押しかけて、寝床まで奪ってしまうなんて。恥知らずもいいところだ。エッジレイが優しい人間だからっておんぶにだっこだなんて……。
「僕って、ほんと……」
────役立たずな、ままだ。
徐々に瞼が重くなる。まだ眠気が支配している脳内が微睡んできた。掠れゆく意識の中、頭を撫でたエッジレイの手のひらを思い出す。気持ちよかったなと思いながら眠りについた。
◇
「本当にごめんなさい」
合わせる顔がなく深々と謝罪をする。「こんな時間まで眠ってしまって……」と震える声を漏らすと、エッジレイは「気にするな」と微笑み、スープを温め直した。
「ま、まさか二度寝が、あれほどまでに気持ちいいものだなんて……」
「二度寝、したことないのか?」
「は、はい……すぐに起きて作業に取り掛からないと、仕置きをされるので……」
椅子に座った僕は眠気まなこを擦りながら、頷く。エッジレイが焼きたてのパンが乗った皿を僕の前に置き、怪訝そうに「仕置き」と鸚鵡返しをした。
やがて、僕の寝癖を指先で弄った。
「この家では、ゆっくりしていい。もっと、たくさん眠っててもいいんだ」
厳しい顔つきをしているのに、彼はとても穏やかにそう言った。おずおずと頷く。
テーブルに置かれたスープを指差し「食べていいですか?」と問う。「アンタのために用意してるんだから当たり前だろう」と返され、拍子抜けした。
目の前にはスープとパンと、切りたての瑞々しい果実がある。淹れたてのコーヒーもあり、僕は身を縮こませた。
「全部?」
「量が少ないか?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあ、多いか? アンタ、少食っぽいからな」
昨日の夕食時から気になっていたことだ。彼は僕によくしてくれている。食事だって豪勢なものを用意してくれるし、きちんと与えてくれる。どうも馴染みがない習慣に、本当に僕はここにいて良いのだろうかと不安になる。
「いえ、量とかそういう問題じゃなくて……いつもはみんなの残飯を食べているので、こんな良いものをいただいていいのか、ちょっと申し訳なくなって……」
「残飯を食べてたのか?」
「はい」
短く答えると、エッジレイは顔を顰めた。彼はよく、その顔をする。僕が喋るたびに彼が不機嫌になるのが少し寂しかった。「本当にひどい扱いをされてたんだな」と、ため息を漏らした彼を困らせたくなくて、ギルドにいた時に貼り付けていた笑顔を無理に作って見せる。
「全然! 僕みたいな役立たずには、そのぐらいがちょうどいいんです」
瞬間、頬に彼の手が伸びた。ゆっくりと撫でられ、体が強張る。
「無理に笑うな。アンタはきっと、そうやって自分の悲しいことや辛いことを笑顔で誤魔化してきたんだろ。ここではもう、そんなことしなくていい」
「じゃあ、ゆっくり食べろ。俺は洗濯物を干しに行くから」。そう言い残し、去った大きな背中をぼんやりと眺める。でっぷりとした艶やかな果実をフォークで刺し、口に運んだ。口内に酸味がじわりと滲む。
「美味しいです」。ポロリと目から涙がこぼれ落ちる。僕はぐずぐずと泣きながら、果実を咀嚼した。
数回、瞬きを繰り返す。ゆっくりと顔を傾けた。燦々と降り注ぐ太陽は、早朝の穏やかな日差しではない。
────寝過ごした。
僕は勢い良く起き上がり、ベッドから転げ落ちる。こんな時間まで眠っていたら、きっとヴァンサに叱られる。今度こそ、地下室に 五日間も閉じ込められてしまうだろう。もしかしたら、それ以上のつらい罰を受けるかもしれない。
ドタンと勢いよくベッドから転がり落ち、床に体を叩きつけた僕は、微睡んだ視界の中である違和感に気がついた。
「あれ……?」
床質が屋敷のものではない。
ざらりとしたその表面を撫で、そこでようやく僕がエッジレイの家で一夜を過ごしたのだと思い出した。
「おはよう、ティノ。どうした? 大丈夫か?」
頭上から声が降り注いだ。顔を上げると、黒髪の大男が僕を見ていた。彼はすでに寝衣から正装に着替えている。
「え、エッジレイ! ごめんなさい、寝坊しました!」
素早く立ち上がり、寝癖を整える。エッジレイは僕の姿を見て、小さく微笑んだ。そのまま、整えたばかりの寝癖をグシャリと掻き乱す。
「いい。気にするな」
頭を撫でられポカンとしている僕を軽々と抱き上げ、もう一度ベッドへ寝かせる。
「もっと寝ていろ。アンタは早起きすぎる」
ブランケットを肩までかけられ、ポンと腹を軽く叩かれた。「朝食ができたら、呼びにくる」と言い残し、部屋を後にする。
僕は呆然としたまま、もう一度見慣れない天井を見つめる。
────こんなにゆっくりした朝は、初めてだ。
チラリと窓の外へ視線を投げる。燦々と降り注ぐ朝日が部屋へ入り込み、緩やかな風がカーテンを揺らしている。
逸らした視線の先に、僕の愛用している魔導書があった。椅子の上に置かれたそれは、綺麗に拭かれている。
昨日、僕は屋敷へ帰り、魔導書だけを手に取り逃げるようにあの場所を去った。何も告げずに去った僕は、心臓を破裂させんばかりに高鳴らせていた。何度も「大丈夫かな」と聞く僕にエッジレイは「俺が守るから大丈夫だ」と繰り返した。
ふぅ、とため息を漏らしブランケットを口元あたりまで引っ張る。淡い体温が滲んだベッドはとても気持ちがいい。
エッジレイは、このベッドを僕に譲ってくれた。「この家に居候するのは僕なので、あなたがこのベッドを使うべきです」と説得したけれど、彼は首を横に振り「俺は野宿で鍛えてるから大丈夫だ」と告げ、硬い床の上にブランケットを敷き、そこで眠ってしまった。
────迷惑、かけてるよなぁ。
悶々とした後悔が僕を埋め尽くす。急に僕のような人間が押しかけて、寝床まで奪ってしまうなんて。恥知らずもいいところだ。エッジレイが優しい人間だからっておんぶにだっこだなんて……。
「僕って、ほんと……」
────役立たずな、ままだ。
徐々に瞼が重くなる。まだ眠気が支配している脳内が微睡んできた。掠れゆく意識の中、頭を撫でたエッジレイの手のひらを思い出す。気持ちよかったなと思いながら眠りについた。
◇
「本当にごめんなさい」
合わせる顔がなく深々と謝罪をする。「こんな時間まで眠ってしまって……」と震える声を漏らすと、エッジレイは「気にするな」と微笑み、スープを温め直した。
「ま、まさか二度寝が、あれほどまでに気持ちいいものだなんて……」
「二度寝、したことないのか?」
「は、はい……すぐに起きて作業に取り掛からないと、仕置きをされるので……」
椅子に座った僕は眠気まなこを擦りながら、頷く。エッジレイが焼きたてのパンが乗った皿を僕の前に置き、怪訝そうに「仕置き」と鸚鵡返しをした。
やがて、僕の寝癖を指先で弄った。
「この家では、ゆっくりしていい。もっと、たくさん眠っててもいいんだ」
厳しい顔つきをしているのに、彼はとても穏やかにそう言った。おずおずと頷く。
テーブルに置かれたスープを指差し「食べていいですか?」と問う。「アンタのために用意してるんだから当たり前だろう」と返され、拍子抜けした。
目の前にはスープとパンと、切りたての瑞々しい果実がある。淹れたてのコーヒーもあり、僕は身を縮こませた。
「全部?」
「量が少ないか?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあ、多いか? アンタ、少食っぽいからな」
昨日の夕食時から気になっていたことだ。彼は僕によくしてくれている。食事だって豪勢なものを用意してくれるし、きちんと与えてくれる。どうも馴染みがない習慣に、本当に僕はここにいて良いのだろうかと不安になる。
「いえ、量とかそういう問題じゃなくて……いつもはみんなの残飯を食べているので、こんな良いものをいただいていいのか、ちょっと申し訳なくなって……」
「残飯を食べてたのか?」
「はい」
短く答えると、エッジレイは顔を顰めた。彼はよく、その顔をする。僕が喋るたびに彼が不機嫌になるのが少し寂しかった。「本当にひどい扱いをされてたんだな」と、ため息を漏らした彼を困らせたくなくて、ギルドにいた時に貼り付けていた笑顔を無理に作って見せる。
「全然! 僕みたいな役立たずには、そのぐらいがちょうどいいんです」
瞬間、頬に彼の手が伸びた。ゆっくりと撫でられ、体が強張る。
「無理に笑うな。アンタはきっと、そうやって自分の悲しいことや辛いことを笑顔で誤魔化してきたんだろ。ここではもう、そんなことしなくていい」
「じゃあ、ゆっくり食べろ。俺は洗濯物を干しに行くから」。そう言い残し、去った大きな背中をぼんやりと眺める。でっぷりとした艶やかな果実をフォークで刺し、口に運んだ。口内に酸味がじわりと滲む。
「美味しいです」。ポロリと目から涙がこぼれ落ちる。僕はぐずぐずと泣きながら、果実を咀嚼した。
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