役立たずなヒーラーは幸せな夢を見る

中頭かなり

文字の大きさ
上 下
11 / 28
救世主

11

しおりを挟む
「ティノ」

 エッジレイが僕の名前を呼ぶ。肩を掴んでいた手に力が籠った。けれど、痛くはない。故意的に振るわれる暴力とは違う力強さが、身に沁みた。

「俺の元へ来い」

 まっすぐな言葉に、拍子抜けする。「え?」と素っ頓狂な声を漏らすと、彼は続けた。

「そんな奴らより、俺の方がアンタを大事にする。だから、俺と一緒に来い」

 木々が騒めいた。穏やかな風が二人の間を流れる。エッジレイは表情筋を固くしたまま、唇を舐めた。

「俺は今、個人で依頼を受けて仕事をしている。ただ、一人でしている以上、負担は大きくなるんだ。だから、アンタが欲しい。俺と組んでくれないか」

 僕は予想外の言葉に、呆気に取られた。先程まで出ていた涙が引っ込み、心臓がドキドキと脈を打つ。

「ぼ、僕はすごく役に立ちませんよ。たいした仕事もできないですし……」
「それでも別に構わない。俺の隣にいてくれるだけでいい」

 ひどく落ち着いた声音でそう言われ、思わず「あう……」と間抜けな声を漏らす。何と返して良いか分からず、口を開閉させた。

「俺にはアンタが必要だ」

 彼の言葉が脳内で何度も繰り返される。「俺にはアンタが必要だ」。一言一句、声の抑揚さえ寸分の狂いもなく反復し、僕の血液にまで浸透する。
 必要だと言われることがこんなにも心臓を震わせるのだと、初めて知った。
 乾いた喉へ唾液を流し込み、彼を見据える。

「……ほ、本当に、ですか?」
「あぁ、もちろん。喉から手が出るほど欲しい」
「……ヒーラーとしても未熟者ですし、雑務も手際が良くありませんし、そのこと以外でも……あなたのお役に立てるかどうか、わかりません。それでも、良いんですか?」
「あぁ。俺は別に、アンタが他者より劣るとは思っていない。だからそう、卑下するな。今、一番重要なのは、アンタがどうしたいかだ」
「僕が、どうしたいか……」

 ────僕は、誰かに必要とされたかった。ずっと。
 エッジレイはただひたすらに黙り、回答を待っている。手のひらに汗が滲む。無意識にそれを、くたびれたズボンで拭った。
 ────僕は。

「エッジレイ、僕は……僕自身を必要としてくれるあなたと一緒にいたいです」

 漏れ出た声は震えていた。でも、言ったと同時に色んなものが肩から降り、楽になったような気がした。
 彼は僕の言葉を聞き入れ、穏やかに微笑んだ。肩から手を離し、散らばっていた衣類をカゴへ放り投げる。

「よし。じゃあ今日からアンタと俺はパートナーだ。よろしくな」
「は……はい。でも、その……ギルド長に叱られるかも、しれないです……」

 彼と共にいたいと言った矢先に、ヴァンサの顔が浮かぶ。彼から逃れられないような気がして、浮かれていた気持ちが一気に沈んだ。
 しかしエッジレイは気にしていないのか、あっけらかんと「知ったこっちゃない」と放った。

「ギルドの出入りなんて珍しくない事柄だ。たった一人のヒーラーが抜けたところで、何を騒ぐことがある。必要なら、フリーのヒーラーでも雇えばいいだけの話だ。ギルドを抜けるアンタには関係ない」

 僕の心配をよそに、彼はさっぱりしていた。「ギルド長に何かされたら、俺がコテンパンにしてやるから安心しろ」と言われ、太い腕を見て納得する。彼ならヴァンサでも歯が立たなそうだな、とぼんやり思った。

「アンタは心配しすぎだ。俺が絶対に守ってやるから安心しろ」

 彼の言葉に頷く。ヴァンサの元を離れると、きっと恐ろしい目にあう。けれど、そんな不安や心配より、エッジレイの言葉の方が強かった。
 ────なんだか、不思議な人だな。
 どうして、会って数日もないのに僕にここまで肩入れをしてくれるのだろう。とても世話焼きなのだな、と彼の優しさに微笑んだ。
 「どうする? この衣類、このままここに捨てていいか?」。彼が面倒くさそうにカゴに詰まった服を一瞥する。「だ、ダメですよ、ギルドのみんなが困っちゃいます」と慌てて彼からカゴを奪い取ると、エッジレイは「自分の衣類ぐらい自分で洗えない奴らは勝手に困ったらいいんだ」と唇を曲げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

処理中です...