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救世主

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 僕が地下室から出られたのは、三日後のことだった。目を焼く太陽の光は、数日振りのようにも感じたし、数年振りのようにも感じた。身体中が痛くて気怠かったけれど、やっと出ることができてよかったと胸を撫で下ろす。耳に聞こえる鳥の囀りに頬を緩めると、そこがずきりと傷んだ。

「おい、グズグズするな。さっさと持ち場につけ」 

 僕を解放したギルドメンバーが背中を足蹴りする。前のめりに倒れかけ「わかりました」と返した。
 どうやらヴァンサの怒りはおさまったらしい。躾と称された折檻は無事に終わった。「三日で済んでよかったな」と誰かに嘲笑われ、僕は小さく頷く。
 出ることができた喜びを噛み締める前に、自分のすべきことをしなければ、とここ数日で溜まった洗濯物を見て、気を引き締める。
 いつもより早い手順でカゴに衣類を詰め、急いで川へ向かった。途中、足が痛み、転びそうになったけれど気にしていられない。自分の治癒は後回しにして、まずは仕事をしなければ。
 ────じゃなきゃ、また地下室に閉じ込められてしまう。
 それは嫌だ。痛いのも、辛いのも、苦しいのも嫌だ。でも、一番嫌なのは誰にも必要とされなくなることだ。ヒーラーとしての仕事、雑用としての仕事をできなくなる事はすなわち、僕の存在意味がなくなる。
 ────あの時みたいに、捨てられるのは嫌だ。
 父の背中が浮かび、それを掻き消すため頭を振った。
 目の前に見えてきた川は、いつも通り穏やかだった。まるで僕を迎え入れてくれるかのような水面に、心が落ち着く。川辺に膝をつき、衣類を水につける。擦り合わせ、汚れを解いていく。

「おい」

 背後から声をかけられ、振り返る。そこにはエッジレイが居た。しかし、以前遭遇した時とは違う顔つきをしている。驚いたように目を見開く彼に、僕は「わぁ」と声を漏らした。

「お久しぶりです、エッジレイ。また会えて嬉しいです」
「そんなことよりアンタ、なんだよその顔……」

 その顔? そう問われ、僕は首を傾げた。よほどひどい顔をしているのかと考え、そういえば三日間も地下室に閉じ込められていたのだと思い出す。だとしたら、疲れた顔をしているのかもしれない。アハハ、と片手をあげて笑った。

「そんなに疲れた顔、してますか?」
「違う。アンタ、自分の顔をよく見てみろよ」

 彼の必死な形相に気圧される。恐るおそる、川の水面に自分を映してみた。

「あ、あぁ……」

 痣だらけの顔がそこにはあった。だからエッジレイは困惑していたのか。思わず、納得した声を漏らす。

「それに、この手。見てみろ、腫れてる。相当、痛いはずだ。わからないのか?」

 ぐいと手を引っ張られ、痛みで顔が歪む。確かに鈍痛は常に感じていた。けれど、そんなに珍しいことじゃない。

「気にしないでください」
「気にするだろ」
「いつものことなので」

 本当に気にして欲しくなくて、僕はいつも通りの貼り付けた笑顔を見せる。その表情を見て、エッジレイは訝しげに顔を顰めた。

「アンタはヒーラーだろ。自分で治癒したらどうだ?」
「これが終わったらやります」
「そんなに大事なことか?」

 積まれた衣類を見て、エッジレイがため息を漏らす。「えぇ、僕には大事なことなんです」と返した。
 そう、僕にとっては大事なことだ。捨てられないために、彼らの役に立たなければならない。

「なんでそんな状態になったんだ」
「……僕が悪いんです。だから、折檻を受けました」
「折檻?」
「はい。でも、当然ですよ。ギルドメンバーやギルド長に迷惑をかけたので……」

 肩を掴まれる。強制的にエッジレイと向き合うように体を動かされた。彼の瞳はとても黒く、気を抜いたら吸い込まれそうなほど美しい。
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